Launch! K.B.K
「ジェイク、そっちに行ったぞ! 逃がすな!」
「おう、任せとけ!」
ハイスクール近郊の薄暗い路地裏。ゴミ袋に群がるカラスが、俺とジェイクの大声でバサバサと飛び去った。捨てられたスプレー缶やワンクスタの残した真新しいタグが地面に残されている。
学内での調査が功を奏して、ワンクスタを捕らえる機会を得た俺達K.B.Kのメンバーは、今まさに大捕り物を繰り広げていた。先を走る標的は三人。その後ろをジェイクが率いる仲間達四人が追いかける。
「リカルド、お前は無茶すんな! 傷口が開くぞ!」
「はぁ、はぁ……! それはお前もだろ、クレイ……!」
そして、最後尾を駆ける俺の横には、息を切らせて走るリカルドの姿がある。あれから一週間ほどの日々が過ぎ、俺もリカルドもなんとか走るくらいは出来るようになっていた。
俺はまだ悩んでいる。こうしてワンクスタを追い詰めれば、奴らをこらしめることはできる。ほとんどのワンクスタは立ち向かうこともせずに、裸足で逃げ出すだろう。それほどまでにジェイクや、アイツが連れてきた仲間は頼もしかった。
しかし、これは正しいのかという葛藤は簡単には消えない。俺達の登場でワンクスタの連中が学内から消え去った時、ようやく俺は心の底からやって良かったと思えるのだろう。ジェイクの手を取った以上は、やり遂げるしかない。
「おらぁ!」
飛び掛かったジェイクが、一人のワンクスタを地面に抑えつけた。他の連中がそれを取り囲む。残る二人のワンクスタは逃げ足が速く、追いつけそうになかった。コイツに吐かせようという算段だろう。
「クソ……! なんで俺がこんな目に!」
情けない声を出すワンクスタは両膝を地面につけられ、両腕を二人のK.B.Kメンバーから引き上げられた状態で狼狽した。まるでギロチンの前に引き出された罪人のような体勢だ。
「安心しろ、てめぇは簡単には殺さねぇからよ」
ジェイクがワンクスタに顔を寄せて不敵に笑う。完全に悪役の顔ではないか。もちろん、殺すというのは単なる脅し文句であって、コイツの口を軽くするための方便だ。とはいえ、やはり俺にとっては気分の良い手段ではない。
「さっき逃げた奴らは誰だ?」
ジェイクが叩きのめす前に、俺がワンクスタに尋ねた。なるほど、学内で見たことのあるメキシカンの生徒だ。真面目そうに見えて裏では悪さを働いていたわけか。
「い、言うもんか! 俺をひどい目に合わせると、後が怖いぞ……!」
精一杯の強がりも、震える声と体では全くその意味を為さない。憐みの目で見つめると、なぜかコイツは俺が怯んだと取ったらしい。さらにまくし立てた。
「お、俺の後ろにはB.K.Bがついてるんだ! お前たちなんか一捻りでたたまれちまうんだからな!」
「B.K.Bねぇ。家族にメンバーがいるのか?」
「いや……それは……でもさっき逃げた二人の片割れ、アイツはB.K.Bのメンバーの弟なんだからな!」
これで完全に俺達がビビったと勘違いしたらしい。得意げに笑みを見せるが、やはりどこか引きつった顔であるのは隠せていない。
「それで?」
「それでって……!」
正直なところ、実際にその家族に危害を加えた場合、メンバーが出張ってくるのかどうかは分からない。ただ、奴らも馬鹿ではないし、何よりギャングスタであることに対する誇りが高いと聞く。子供の喧嘩に親が口出しをするような真似をするだろうか? そりゃもちろん、殺してしまったり大怪我を負わせるような真似は禁物だ。だが、ギャングとは関係のない悪戯描きをしていたところを叱られ、こらしめられたくらいで反応するだろうか。
「教えてくれ。悪いのは道端にタギングしてたお前らだよな? それを俺達が成敗して、それでなぜB.K.Bのメンバーが怒るんだ? まったく関係ないだろう」
「こ、これはメンバーに頼まれてやってたことなんだよ!」
「嘘はやめろ。メンバーがワンクスタにタギングの指示を出すなんて聞いたことが無いぞ。ただの落書きなんかやらせて何の得がある?」
ギャング絡みでないのであればもはやタグと呼んでいいのか分からない代物だが、グラフィティと呼ぶにはアート性もないので、とりあえずワンクスタが描いたものもタグという呼称で統一しておく。
「試験……そうだ、これは試験なんだよ! 俺達がB.K.Bにメンバー入りできるのかどうか、それを試されてるのさ! 街にいくつかタグを描いて、それを一定期間死守するってのがその内容さ!」
口が回るようになってきた。話が通じると踏んで、どうにか嘘を重ねてこの場をしのぎ切ろうとしているのが分かる。もう少し泳がせれば逃げた仲間の事も吐くかもしれない。
「……ジェイク」
俺はその意図をジェイクに耳打ちして、少し待つように伝えた。短い舌打ちと了承の頷きが返ってくる。さっさと殴りたいっていうのか? まったく困った切り込み隊長だ。
「おい、何をこそこそ話してやがるんだ! 自分らの愚かさが分かったなら、早く俺を開放しろ!」
「分かった分かった。開放してやらないでもないが、いくつか質問に答えろ」
パッ、と日が射したようにワンクスタの表情が緩む。俺の言葉を信じたようだ。悪いが開放は話を聞いた後、そしてジェイクの鉄拳を食らった後だ。別に嘘ではない……よな? まぁ、卑怯であるのは認める。だが情けは無用だと、俺は自分に言い聞かせた。
「し、仕方ねぇな……質問ってのはなんだよ!」
「メンバーの弟がいるって言ったよな? なんでその後ろ盾がある奴が逃げた?」
「知らねぇよ! 後で報復があるにしても、自分が怪我すんのは嫌だったんだろ!」
「じゃあ、さっきの仲間の一人がメンバーの家族だってのは嘘じゃねぇんだな」
「当たり前だろ! アイツの兄貴はメンバーだ! 俺も会ったことがあるからな! すげぇおっかねぇんだぞ!」
まず確認したかったことは、メンバーの家族であるというのが虚言かどうか。これは真実だと思ってよさそうだ。
「次の質問だ。お前はメキシカンだが、なぜチカーノ系のギャングではなくブラッズを頼ってるんだ?」
ブラッズは主に黒人の構成員が多い。B.K.Bもメンバーは全員が黒人だったはずだ。チカーノ、つまりメキシコ移民であればスレーニョスなどのギャングがある。少し離れたエリアだが、そちらを目指すのが自然だ。
「俺は……その、別に……ギャングメンバーになりたいとまでは思ってないからな。楽しけりゃそれでいいんだよ」
なるほど。たまたま住んでいる場所に最も近いギャングである、B.K.Bの威を借りているだけというわけか。こういった輩は、一度痛い目に合えば観念する気がする。
「他人の迷惑になることが楽しいってか?」
ジェイクが口を挟んだ。今にも殴りつけそうな勢いの巨体を俺が必死で引っ張る。
「ジェイク、待てと言ってるだろう!」
「あぁ? ならさっさと終わらせろよ! コイツの腑抜け面は見てるだけでむしゃくしゃしてきやがる」
「お、おい! まさかお前ら、俺を逃がす気なんかねぇってか!」
再びガタガタと震え始めるワンクスタ。歯までカチカチと鳴っている。首元に結ばれている赤いバンダナが、怯えた子犬の首輪みたいで何とも哀れだ。
「それはお前の回答次第だな。質問は次で最後だ」
「わ、わかった! 答えるから許してくれ!」
「さっきの仲間の名前、学年や住所。洗いざらい全て吐け。それが条件だ」
……
ボロボロになったワンクスタの姿を見下ろし、俺はため息をつく。
ジェイクと、他のK.B.Kメンバーの拳や服には鮮やかな返り血が散っていた。綺麗なままなのは俺とリカルドだけだ。
「お手柄だな、リーダーよ」
ジェイクが満足げに言った。
「ここまでやる必要はなかったんじゃねぇか?」
「ふん、甘いのは変わらねぇな。でもコイツはきっと更生するぜ。ま、更生ってほど落ちぶれてる犯罪者でもねぇけどな。何にせよ街の悪ガキが一人減ったわけだ。ハッピーだろ」
「うぅ……」
意識は失っているはずだが、ワンクスタがうめき声を上げた。奴は約束通り、すべてを吐いた。そして俺達はその約束を破って攻撃を加えた。もし本当に逃がした場合、コイツはギャングの真似事をやめただろうか? それはもう確認できない。だが間違いなく、逃げた連中に電話やメールで俺達の事を伝え、こちらの行動に多少なりとも障害を与えたであろう。それに、話をすれば許してくれると思われでもしたら舐められてしまう。きっと悪事をやめはしない。
俺達七人はそのまま解散する。
家まで追いかけるという事はワンクスタの家族にも会うことになり、家同士の問題に発展しかねない。特にギャングメンバーに接触してしまうことになり、出来れば顔を覚えられたくないという結論に至ったからだ。
明日以降、学内かその家路の途中で残る二人を追い詰めることになるだろう。