Rough! Party
会場はアジトからほど近い、高架下の空き地。そこに集まっているB.K.Bのメンバー達のボルテージは最高潮だった。ガーディアンもほとんど全員が仕事をさぼってここに集まっていた。
今この瞬間、敵が攻めてきていたら大惨事だが、特に今夜はそうはならなかった。
もちろん今回の集まりの目的は、ビッグ・Eのツレとなる、エリックとアレックスの二度目の手荒な歓迎だ。
「来たぞ!」
「よう、倒れんじゃねぇぞ!」
ガキらしくシャカシャカとローチャリを漕いで駆けつけたのは三人。先導してきたビッグ・Eと件の二人であった。
正面から待ち受ける、今回の相手となる十人ほどのウォーリアー達。
サーガも離れた場所でキャデラックの後部座席の窓を開けて、そこから観戦している。マフィアのボスかよ。カッコつけやがって。
「葉巻にシャンパンのボトルでも傾けてたら完ぺきだったな」
「は? シャンパン? お前は下戸だろ」
俺は今回、観戦者の中の一人にすぎないので仲間たちが集まっている場所に立っているが、すぐ横にいたシザースが俺の独り言に反応してキョトンとしている。
というか、なんでまた俺の近くにコイツが居やがるんだよ。うっとおしい事この上ないぜ。
「うるせぇ。俺の方よりあっちを見てな。それと、出来れば俺から離れた場所で見てくれ」
「別にうるさくねぇだろうがよ! あとなんだよ、葉巻って! あるなら俺にもくれよ!」
「あぁ!? うるせぇんだよ! 黙っとけ!」
これは俺ではなく、近くにいた別のホーミーからのクレームだ。
かかったな、馬鹿め。そのままつまみ出されろ、シザース。
……
そうこうしているうちに、最初の挑戦者、エリックの出番だ。
彼は小柄だが、今日はオーバーサイズのワークシャツとワークパンツを着ているので少しだけ大きく見える。
これは賢いな。だぶついた服の方が体へのダメージは通りにくい。
「開始するぞ!」
「いけぇ! 叩きのめしてやれ!」
「エリック! 負けんなよ!」
ウォーリアーの一人の掛け声と同時に、四方八方から声援が飛んだ。隣にいるシザースも当然うるさい。
そして、屈強なウォーリアー達が次々とエリックに襲い掛かる。
エリックも身構えるが、ガードなどの体勢は取らない。いや、ルール上、取れない。
脚を前後に開いて腰を少し落とし、倒れないように両手で膝小僧のあたりをグッと掴んだ。
ガツンガツン、と怒涛の勢いでウォーリアー達の攻撃が殺到する。
ただ、意外にも人数自体は、そこまで挑戦者のエリックにとって大きな障害にはならなかったようだ。
確かに連続はしているが、同時に当たるのはせいぜい二人分の攻撃。結局のところ、俺達ガーディアンが行った手荒な歓迎と手数は大差ない。
ただし、その威力は桁違いだ。喧嘩を専業にしている連中なのだから、普段から身体はしっかり鍛えている。
その一撃一撃が確実なダメージとして、身体に蓄積しながら重くのしかかっている事だろう。
「ぐぅっ……!」
エリックが苦しそうな声を上げ、一度仰向けに倒れた。しかし、地面に手をついてすぐに立ち上がる。
「いいぞぉ!」
「気合入ってんじゃねぇか!」
これには会場の皆が賞賛の声援を惜しみなく送った。
立ち上がる途中で蹴り倒されたりはせず、ウォーリアー達もそれを一拍だけ待った。情けをかけたというよりは、試験なので公平さを保った形だ。
「続けるぞ!」
「よっしゃぁぁ!」
「食らえ!」
そこからは再度、容赦のない攻撃がエリックに浴びせられる。
殴られ、蹴られ、また何度も倒されたが、その度にエリックは歯を食いしばって立ち上がった。
「そこまでだ! 攻撃をやめろ!」
時間を計測していたウォーリアーの一人が仲間たちに声をかける。エリックは土埃と血にまみれながらも、ちょうど立ちあがったところだった。文句なしの合格だ。
「はぁ……はぁ……こ、これで……よかったんだよな?」
「あぁ。お前はもう俺達の仲間だ。よくやったな」
すべてのウォーリアーからのハグを受け、エリックの挑戦は終わった。
……
エリックは隅で軽い手当てを受けている。大した怪我ではなさそうだ。
そうなると次はいよいよ真打……と言っていいものか、とにかく俺の中ではメインイベントとなる問題児の登場だ。
アレックスは以前と同じ服装だった。今回はエリックも同じ格好をしているが、アレックスは長身なのですぐにわかる。
「よう、のっぽ。準備が良ければ一歩前へ出な」
「あぁ」
腕組をしたまま、自信たっぷりと言った表情のアレックスが足を踏み出す。
良く鍛えられた筋肉があるので倒されることはない、という自信なのだろうが、お前の問題はそこじゃないっての。
サーガをちらりと見る。葉巻をくわえて煙を吐いていた。やっぱりゴッドファーザーごっこで完全にふざけてるな。
こっちは気が気じゃないってのによ。
「……いいぞ、いつでも来い」
「よし、開始だ!」
エリックの時と同じく、ウォーリアー達が一斉に攻撃を繰り出す。心なしか、先ほどまでより熱がこもっているように見える。少々挑発的なアレックスの態度に感化されたのか。
まったく、ウォーリアーの連中も大人げないぜ。
アレックスは最初は腕組をしていたが、ガードに見えなくもないと考えたのかそれを解いた。
両手を斜め下に開いて構え、拳をしっかりと握り、胸や腹で攻撃を受けている。
問題は顔だ。奴は俺への反撃の際、顔への攻撃で頭に血が上った。顔なんて狙われて当たり前の部位なので、そこを耐え凌げるかが鍵となる。
「ガキの割にはなかなかに鍛えてるな! 良い身体してやがるぜ! だったら、これはどうだ!」
そして、ついに一人のウォーリアーのパンチがアレックスの頬へとめり込んだ。
俺と、そして前回の状況を理解しているガーディアンのホーミー二人にだけは緊張が走っている事だろう。見かけてはいないが、彼らもこの会場で観戦しているはずだ。
「耐えろよ、アレックス……」
俺の願いが通じたのか、アレックスは怒りの表情は浮かべたものの、反撃には移らなかった。握っていた拳をさらにきつく握り直し、歯を食いしばって耐えている。
それよりも、顔を殴られてふらつきもしないとは、コイツは体幹が驚くほど強い。これは本格的にウォーリアーが欲しがる人材じゃなかろうか。
その辺は勝手にハスラーとウォーリアーで話し合ってくれといったところだが、そのせいで俺達にハスラーに入れる奴をもう一人探してくれ、なんて話になるのは無しだぜ。
幸か不幸か、それ以降はアレックスの顔に攻撃がヒットすることはなかった。それでも腕や腹など、痛い部分をつかれてはいるが。
「そこまでだ!」
そして、とうとうその時が訪れる。エリックと同様に、立った状態での終了の合図だった。
しかもアレックスの場合は、一度も地に膝をついてすらいない。立ち上がることを待つまでもなく、満場一致で合格だ。
「ふん、こんなもんかよ……!」
「よう! 大したもんだな、お前」
攻撃をしていたウォーリアーの一人がアレックスの肩に手を回した。
「……ふっ、まだまだ一時間は耐えれるぜ」
アレックスが笑い、彼とハグをした。前回も含めて、奴の笑顔を見たのは俺もこれが初めてだ。
「うぉぉぉぉっ! 二人とも合格しやがったな! クレイ!」
隣のシザースがうるさい。
視線の隅では、後部座席にサーガを乗せたキャデラックが走り去っていくところだった。
……
「あっ。クレイ、ちょっといいか」
数日後、その日のパトロールを終えてアジトに立ち寄った時に、ハスラーのOGから声をかけられた。
ちなみにハスラーの人員補充の仕事は五人分を既に終えていて、現在はガーディアンの人員増強計画の途中だ。
「なんだ? 割り当てた新入りのクレームか?」
「はは、逆だよ。癖はあるが、なかなかに骨のあるガキ共だ。これは俺達ハスラーからの礼だ、とっとけ」
輪ゴムで丸めて止めた20ドル札の束がいくつか入った紙袋を手渡される。1000ドルくらいはあるんじゃなかろうか。
まぁ、断る理由もないので受け取っておくとする。後でガーディアンの奴らにも分けてやろう。
「……儲かってるみたいで何よりだ」
「こっちの仕事は金勘定だぞ、どこよりも持ってるに決まってるだろ」
それはそうかもしれないが、結局のところハスラーが稼いだ金だってサーガのところに集まるようになっているのだから、自分で好きに使える金はそう多くないはずだ。
多少は金額をちょろまかして、くすねているんだろうな。別にそれくらいでどうとは言わないが。サーガ自身もよっぽどの額でない限りは目を瞑っているはずだ。
ただ、この金がそうだとは思いたくないものだな。
「ハスラー全員が豪邸を立てる日も近いかもな」
「はっ、そいつは要らねぇ皮肉だ。ただ、個人的なことを言わせてもらえば先月、メルセデスを買ったけどな」
「……それは驚きだ。ウォーリアーからの嫉妬に気をつけろよ」
「奴らだって古株の連中は意外と羽振りは良いぞ。ガーディアンはどうなんだ?」
ガーディアンの懐事情はウォーリアー以上に悪い。トップの俺ですらサーガから大した金は受け取ってないし、メンバー達の小遣い稼ぎも自給自足といった感じだ。
何か、俺達にぴったりの金策が必要かもしれないな。
「間違いなく彼らより悪いよ。今回みたいに、人員補充で駄賃を貰うってのを提案してもいいかもな」
「あー、それくらい良いんじゃないか? サーガに言ってみろよ」
その体制が出来れば多少はガーディアンも潤う。あまりメンバーに苦労をかけると、無駄な強盗や窃盗に走る危険性もあるからな。
俺達には決まった月給があるわけでもないので、確実に且つ安全に金が稼げる手段があると気持ちも楽だ。
基本的には防衛が仕事だから、ウォーリアーのように攻め込んでぶっ飛ばした敵から金品を奪うという機会も少ない。
「教会にいるのか?」
「いや、珍しくどこかに出てる。最近お気に入りの運転手付きキャデラックでな」
「あぁ、あの車か。マフィア映画の見過ぎじゃねぇのかよ」
「ははは、見かけたらそれも訊いてみろよ。それじゃあな、クレイ」
早速サーガに伝えたいところだが、ハスラーの彼の言った通り、珍しく居場所が分からない。
電話やメールで話すべき内容ではないと思うので、直接会いたいところだ。
「サーガの居場所を知らないか?」
「クレイ。いいや、何も聞いてねぇな」
「俺もだ。急ぎなら電話しろよ」
アジト周辺にいた数人のホーミー達に訊くも、手掛かりなしだ。
近くをウロウロしている間に、新入りのハスラー達、つまりビッグ・E達に遭遇した。
「よう。お前ら、揃って何してんだ」
「アンタか。一仕事終えて戻ってきた所だよ。連れまわされて、色んな売り場の場所を覚えさせてもらってるんだ。1ブロックの角、店舗、路地裏、個人の家まで、まったく、ヤクの売り先はごまんとあるんだな」
ビッグ・Eがやれやれと首を左右に振る。
早速、ハスラーの仕事を叩き込まれているようだ。しかし、いきなりやってみろではなく、意外にもきちんと教育はしてやるんだな。
「やっていけそうか?」
「別に何も問題はねぇ。がっぽり稼いで俺達こそがハスラーのエースだって言わせてみせるぜ」
「いいじゃねぇか、その意気だ」
ビッグ・Eの返答に、エリックやアレックスも頷いている。意識は高いようで何よりだが、結果が伴わなかった時に落ち込んだりしないかは心配だな。
「逆に、アンタらガーディアンってのは何やってるんだ?」
「お前らみたいな奴らを見つけるのも仕事の内だが、普段は街の防衛だな。ウォーリアーが剣ならガーディアンは盾だ。ハスラーはその二つとは違って、敵と直接関わらねぇが、大事な役目だから頑張れよ」
「あぁ、それじゃあな」
頼もしい新入り達の背を見送り、俺も帰路についたのだった。




