Kids Note
集まったのは、ビッグ・Eを含めて三人だった。偶然なのか、他の二人は最初にポーカーを一緒に遊んだ少年らが名前を挙げていた暴れん坊のエリックと強盗のアレックスだ。
彼らを一緒にすると喧嘩になるという話だったが、互いににらみ合っているだけで今のところはぶつかっていない。
その二人をここに呼んだのがビッグ・E本人なので、多少の義理が生じたといったところか。
周りにはうわさを聞き付けたギャラリーが二十人ほどいる。すべてが少年らと同じ年ごろの子供たちだが、ポーカーをしたあの三人はいない。
暴れん坊のエリックはビッグ・Eとは対照的に小柄な少年だった。カールがかかった長髪にマリナーズのベースボールキャップ。目には色の濃いローク。グレーのタンクトップとハーフパンツ、靴は紺色のニューバランスだ。
アレックスは筋肉質な長身。定番の上下ディッキーズにオールスター。髪は編み込んだコーンロウ。そして少年とは思えないほどたっぷりの口ひげを伸ばしており、眼鏡をかけていた。
俺を含めた三人のガーディアンは、ビッグ・Eら三人と向き合う。
まるで三対三の喧嘩が始まりそうな雰囲気だな。それもそれで面白そうだが、ギャラリー達も参戦してきて乱闘騒ぎにでもなりそうだ。
「クレイ、ここでやるのか?」
「そのつもりだ」
「何というか、かなり優しいものになる。それでサーガがどう言うか分からないぞ」
ガーディアンのホーミーが言う事はもっともだ。ここで手荒な歓迎をやるという事は、俺達三人の攻撃を耐え抜けば良いという事になる。
この場には喧嘩自慢のB.K.Bのウォーリアーが一人もいないし、そもそも十人以上から囲まれることも少なくない歓迎を、たった三人からの攻撃しか受けないということ自体が生ぬるい。
俺の入団試験もサーガとのタイマンだったので運がよいと言えばそうだろうが、あんな化け物を相手にするよりも今回は楽勝のはずだ。奴は俺達三人よりはるかに強い。
つまり、この歓迎はかなりの高確率で突破されてしまうという事だ。
それ自体は悪いことではないが、この悪ガキどもが仲間となってしまったら、馬鹿をしないように目を光らせておかなければならない。
ただ、それはハスラーに丸投げするつもりだ。
その後になってようやくガーディアンの増員となる。何せハスラー候補を五人も見つけねばならない。それが叶うまでは早めに終わらせてしまった方が良いと考えていた。
言い方は悪いが、ハスラー用の人員は適当にさっさと見つけてしまって、ガーディアン用の人員はじっくりと吟味して探したい、と言うのが俺の考えだ。
ガーディアンになる人間と言うのは、守りに対する情報を一手に握るため、ハスラーよりもさらに信頼できる人物でないと厳しい。
その分、審査基準も引き締めなければならない。
「サーガにとやかく言われる筋合いはねぇさ。何せ、ハスラーを優先的に集めるように頼んできたのは奴だからな」
「ハスラー? このガキどもはガーディアンに組み込むんじゃないのか?」
「来る道中で話したはずだぞ。最初の五人はハスラーだ。そこから先がガーディアンの補充になる」
「んだよ。俄然やる気がなくなったぜ。お前の判断に従うよ、クレイ」
伝えていたつもりだったが、ハスラー優先となれば俺が適当なのも理解できたようだ。
「さて、誰から行く?」
三人の悪ガキ共に訊いた。
彼らもギャング式の手荒な歓迎のルール上、一人ずつ試されるという事は分かっている。
互いに睨みつけ合いながら「お前が先に行けよ」という無言の圧を出し合っているので、後半が有利だとでも思っているのだろうか。それとも俺達の攻撃がどれほどのものかを先ずは見学したいのか。
「なんだ、腰抜けしかいねぇなら今回の話は無しだ。誰も受けねぇなら帰るぞ」
俺がそう言うと、三人は揉め始める。
「おい、てめぇが行けよビッグ・E! 言い出しっぺだろ!」
「そうだぜ。男を見せろよ、ブタ」
エリックとアレックスに責められ、ビッグEの顔がみるみる赤くなっていく。
責められた怒りと恥ずかしさが相まって、まるで熟れたトマトみたいだ。
「ざけんな! ボスが出るのは最後だって相場が決まってんだろ! さっさと行けよ、雑魚共!」
「誰が雑魚だ! 三下のくせに! 一人じゃビビってたから俺とアレックスを呼んだんだろ、てめぇ!」
「ブタは家畜なんだから人間様より先に死ね」
とうとう掴み合いが勝手に始まってしまった。ギャラリーも、見世物自体は何でも良かったようで大盛り上がりだ。
「おうおう、何か勝手に始まっちまったぞ。どうする、クレイ?」
ガーディアンのホーミーが訊く。楽し気というよりは、本当に呆れている様子だ。
このまま三人で殴り合いの喧嘩になって、怪我でも負った状態であれば、手荒な歓迎に耐えられる可能性は格段に落ちるというのに。
パァンッ!
あまりやりたくはなかったが、俺は腰から銃を引き抜き、空に向けて一発だけ発砲した。住民らに聞かれて通報されなければいいが。
そして、効果はてき面。騒ぎは嘘のように落ち着いた。
「お前ら、俺らを待たせておいて何を勝手に遊んでるんだ? 殺されたくなかったらさっさと支度しろ。暇じゃねぇんだよ」
目の前にいるのは本物のギャングスタ。ガキどもに今一度それを理解させる。
……
もう後には退けないぞ。そんな面持ちをした悪ガキ三人が横一列に並ぶ。
最初は、ギャングのメンバーになれば顔が立つ。腕試しをしてやろう。そんな軽い気持ちでここに赴いたのかもしれない。
だが、実際に目の前で発砲されると、嫌でも命の危険が伴っているという気持ちになる。
実際には手荒な歓迎で命を落とすなどという事はない。審査する側も痛めつけるのが目的ではないので、多少の加減はするからだ。別に相手を殺したいわけではない。
「やる、でいいんだな? 誰からだ」
「じゃあ、俺から……」
ようやく一歩を踏み出したのは、やはり巨漢のビッグ・Eだった。もしここでエリックやアレックスが出てきていたら、その瞬間にブーイングの嵐だっただろう。それほどに今の場の空気はビッグ・Eの出番が決定的だった。
「歓迎は一分間だ。一分後、立ち上がれなければ失格。一度立ち上がればその後は倒れようが座ろうが好きにしていい」
「時間は誰が計るんだ?」
「俺の携帯にアラームを入れる。それは何の心配だ? 計測係が一人いれば相手は二人になるとでも思ったのか」
もう後には退けない状況なのに最後まで小賢しい奴だ。
「ビッグ・E! 根性見せろよ!」
「そうだぞ、たったの一分でぶっ倒されんなよな」
この声援は、意外にもエリックやアレックスからだった。いがみ合っているはずだが、全員に降りかかるこの窮地が彼らに多少なりとも友情を芽生えさせようとしている。良い兆候だ。
もし彼らがB.K.Bに入って活躍するのであれば、仲間意識は絶対的に必要な要素となる。
「それでは、開始するぞ!」
言うが早い、ガーディアンのホーミー二人が俺の前に躍り出てビッグ・Eの鼻っ面に拳を、脇腹に蹴りをそれぞれお見舞いした。
まさか、速攻を賭けられると思っていなかったビッグ・Eはその二発をまともに食らい、身体を左に半回転させながら吹き飛んだ。だが、倒れはせずにたたらを踏んで耐え抜く。
歓声が大きく響いた。彼の根性を褒めたたえる歓声だ。後に出番を控える他の二人も拳を突き上げて応援している。
次の顔面への攻撃は両手をクロスしてガードされた。
本来、ガードは許可されていないのだが、最初の不意打ちのせいで抱いた警戒心からとっさに出てしまったものだろう。これくらいなら目を瞑ってやるとする。
だが、顔面を防いだせいでまたも腹はガラ空きだ。そこに再度、蹴りが入った。
さらに、膝、脛、と下段に攻撃が加えられていく。
一瞬、反撃をしようとしたのか、ビッグ・Eはガードを解いて右腕を振り上げたが、ハッとしてそれを引っ込める。これも本能的なものだろう。
さすがに攻撃をされたらその時点で一発アウトだったが、なんとかそれは回避された。
「いいじゃねぇか。ビビってた割には悪くねぇ反応だ」
言いながら、俺も蹴りを数発、腹に入れてやった。それ以降はホーミーたちに任せ、手元の携帯電話の時間を確認する。
残り十五秒。もちろん時間が来ればアラームが鳴るのでこの行為は全く必要なく、俺一人の攻撃の手が止むのであちらに有利になる。
「がはっ……!」
顔面に一発、綺麗に入ったパンチに脳を振るわされたのか、ビッグ・Eは仰向けにどうと倒れた。そこでアラームが鳴り響き、時間となる。
「終了だ!」
あとは、彼が立てるかどうか。固唾をのんで皆が見守った。
「ぐぅ……!」
後ろ手をつき、巨体を押し上げようとするビッグ・E。
「ぐぅぉぉおおおおっ!」
とっさのガードに使った両腕も、蹴りを食らった足腰も、かなりのダメージを受けているはず。それを押し退け、彼は見事にその両足で地面をダンッと踏みしめた。
「おぉぉぉぉぉぉ!」
「いいぞ! よくやったぁ!」
歓声と拍手喝采。その場で大地震が起きたかのようにビリビリとした音の振動が沸き起こる。
エリックやアレックス、残るその二人の声と拍手もその中に混じっていた。
「おうおう、美しい光景だねぇ。感動で涙がちょちょ切れそうだぜ」
「そう皮肉を言うなって。なんだか俺も清々しくて嬉しい気持ちになったぞ」
ガーディアンのホーミーたちが額の汗を袖で拭いつつ、一仕事を終えた。
……
お次は『暴れん坊のエリック』だ。ビッグ・Eやアレックスとは違い、唯一彼だけが二つ名を持っていた。
いったいどんな喧嘩を見せてくれるのかとも思うが、今回は手荒な歓迎だ。あっちからの反撃は許可されないのでその暴れん坊ぶりを見るのはお預けとなる。
だが、意外にも彼の挑戦は失敗となった。
確かに喧嘩は強いのかもしれない。その小柄な体型を活かして即刻で連撃をお見舞いして仕留める、そういったスタイルだったのも想像できる。
しかし、防御面ではやはり体力が無かった。打たれ弱かったと言った方が良いだろうか。
避けるのは上手いのだろうが、防御も回避も基本的に禁止ではダメージを受け続けてしまうので、彼は一分間の猛攻に耐えることが出来なかったのだ。
よほど悔しかったのか、エリックは地面に大の字になって倒れたまま号泣し始める。
彼の取り巻きらしき少年たちが数人、大慌てでそれを運んでいくも、運ばれているエリック本人からバシバシと叩かれていた。
……
エリックが退場し、ラストはアレックスだ。彼は腕組をし、無言で一歩前に出る。
「始めるぞ!」
これで最後の仕事だと、ホーミー二人が勢いよく飛び出して攻撃を繰り出す。アレックスは腕組を解いて、わざと腹や胸でそれを受けた。
筋骨隆々なだけあって自信はたっぷりと言った様子だ。であれば、他の二人と順番争いなどせずに一番手で出てきてほしかったが。
俺も加わり、三人からの攻撃に耐え続けるアレックス。俺の拳がアレックスの眉間にクリーンヒットし、ぐらりと体勢が揺らいだ。
「……この野郎」
その瞬間、そう呟いたアレックスが、スイッチが入ったかのように右の拳を俺の顔に向けて突き出した。
「うぉ!?」
完全に油断していた俺はその一撃をまともに頬に食らってのけ反った。サーガに貰ったのに比べれば非力だが、悪くないパンチだ。
「あぁ!? てめぇ、何やってんだ!」
「捕まえろ! 失格だ!」
ガーディアンのホーミー二人がアレックスを取り押さえる。だが、自暴自棄になってしまったのか、それも振り払って暴れ続ける。暴れん坊はエリックの方じゃなかったのかと言いたいくらいだが、このアレックスの方が問題児だったらしい。
「チッ……アレックス! てめぇ、いい加減にしやがれ! エリックの百倍はだせぇぞ!」
そう言って加勢に駆けつけてくれたのはビッグ・Eだった。
初めは肝っ玉の小ささにコイツはどうだろうなと思っていたが、これは考えを改める必要がありそうだぜ。




