Third Forces
最初の仕事は、先日サーガとも約束したハスラー増員の為の一手だった。
あまり乗り気ではないが、俺は二人のガーディアンのメンバーを連れて近隣の街へと出向いている。
以前は小さなギャング集団があった場所だ。クリップスにもブラッズにも属さない、小さなセットだったらしい。人口比率はチカーノが七割、黒人が二割、その他が一割。
言うまでもなく、チカーノが多いイーストL.A.だ。彼らをB.K.Bに入れるのはどうかという案も出たらしいが、ずいぶん前に却下されたと聞く。
チカーノの連中は俺たち黒人以上にプライドが高く、人種に強くこだわる。彼らは彼らだけでギャングを形成するし、なにより圧倒的に人数が多いのにわざわざ黒人のギャングセットに入ろうなんてもの好きはいない。
やはりここでも狙うのは黒人だ。彼らは少数派なので弾圧を受けているはず。その逃げ道としてB.K.Bを選びそうな奴がいれば迎え入れてやりたい。
当然、地元が多少なりとも違うと軋轢は生まれてしまうわけだが、人種が同じと言うだけでも多少は緩和される傾向がある。
要は、余所者でも黒人は良く、白人やチカーノ、アジア人はダメだという考え方を持っている者が多い。
スカウトを行う場合は堂々と赤い服、赤いバンダナを身に着けておく。
ワンクスタだと思われてしまわないこともないが、本物のギャングスタだと証明する手段は体に彫り込まれたセット名のタトゥーくらいしかない。
ちなみに俺は未だに何も彫っていないが、隣にいるメンバー達は施術済みだ。
街で道行く若者たち。ゆっくりと車を流すも、中にいる俺達の姿を確認するとそそくさと退散する奴らばかりだ。
手を焼きそうな仕事だが、これでいいと思っている。
ギャングスタは大手を振って歓迎されるような存在である必要はない。一般人からは煙たがられていて当然の存在であるべきだ。
その中からはみ出し者を見つけ出し、仲間にする。
「んだよ、みんな気合が入ってないねぇ」
「あぁ、こんなんじゃ誰も仲間に入れようとは思えねぇな」
同乗しているガーディアンの仲間からはそんな声が上がった。
「おい、お前らや俺の言えたセリフかよ。お前らだって最初はB.K.Bにビビってたじゃねぇか」
もちろん俺だってその一人だ。ファイブガイズで初めてベンとあった時なんて、恐怖で固まっちまってたからな。
「それはナシだぜ! てか、ビビってねぇし!」
「強がってんじゃねぇよ。お、アイツらはどうだ」
三人で道端でひっくり返した段ボール箱を囲み、その上に手札を捨てながらカードゲームをしている連中がいる。年齢は13,4ってところだろうか。
「よう、少年たち。ゲームを楽しんでるか」
「ん? うお、ブラッズかよ! おっかねぇ!」
なかなか良いリアクションだ。もちろん驚いてはいるが、その場から走って逃げ出したりはしなかった。
「か、金ならねぇぞ!」
「そうだぞ、見な! 賭けてるのはのはクォーターだからな!」
本来、路上でカードやダイスを使ってギャンブルをしているギャングスタは、1ドル札や5ドル札、20ドル札で遊んでいる事が多い。しかし彼らの場合は25セントコインで遊んでいるようだった。
もちろん路上での賭け事は法的にアウトなのだが、そこまでやかましく言われない地域柄だ。もちろん俺もそれ自体を咎める気など毛頭ない。
「そうか。お前らは近所の仲間か?」
「そうだけど、それが何だよ」
「別に何も。ところで、俺達も混ざっていいか? クォーターなら何枚かあるんだが。もちろんイカサマなんてしねぇからよ」
少年たちが目をぱちくりとさせる。
一緒に遊びたいという提案は予想していなかったからだろう。
せいぜい、ガキの遊びだとからかわれるか、なけなしの小銭を面白半分で奪われるか、または意味もなく殴られるかと思っていたのかもしれない。
「……は? 一緒に? こんな小銭を賭けて?」
「小銭って、それで賭けてんだろ。俺らも手持ちにいくらかクオーターがあるから、そっちのルールに合わせてやれるって言ってんだよ。なぁ、お前ら?」
「俺は二枚しかねぇぞ」
「俺は四枚」
ガーディアンのホーミーに確認するとそれぞれの回答があった。最低でも二回は遊べるって事だ。
「えぇ……ギャングと賭けって……どうする?」
「やってもいいけど、負けても腹いせに金を取ったりしないでくれよな!」
俺だってギャングスタと遊ぶとなったら同じことを警戒するだろう。彼らの言動はもっともだ。
「もちろん、そんな真似はしねぇさ。どうだ、仲間に入れてくれるか?」
さらに数秒間、無言で目線だけを使って少年たちが相談する。そして頷き合い、結論は出たようだ。
「いいよ。ルールはポーカー。一回25セントな。勝った奴の総取り」
「了解だ。ただし、やるからには負けねぇぞ。俺達に金を取るなって言ったが、ルールの上で取ったものにケチはつけんなよ」
「そんなことするかっての! 健全な若者とギャングスタを一緒にするなよな!」
「そうだぞ、どの口が言ってんだよ!」
なかなかストレートに言ってくれる。勇敢な少年たちだ。
「そうかそうか。これは失敬。ほら、お前らも座れよ」
俺達三人と少年たち三人の計六人。小さな段ボールを囲んで片膝立ちで座った。
……
結果は俺達の惨敗。すべての25セントコインを取り上げられてしまった。全員分をすべて合わせても1,2ドル程度にしかならない損失なので、特に気にもならない。
だが、少年たちは先ほどの警戒は解けておらず、勝ったというのにその顔は暗い。
「あー、負けた負けた」
「もうコインがねぇ。1ドル札でやるか?」
「やらねぇよ! てか持ってねぇ! それより、これは貰うからな! 返せとか言って暴れるなよな!」
ガーディアンの二人の言葉に対し、少年の一人がそう返す。
「もちろんだ、お前らさすがに日ごろからカードやってるだけあって、センスがあるぜ」
「アンタらだって毎日やってんだろ?」
「馬鹿言え。遊んでばっかりじゃ生活できないっての」
いったいギャングスタに対してどんなイメージを持ってるんだ。毎日遊んで、酒を飲んで、喧嘩をしてる体たらくとでも思われていたらショックだな。
「ところで、どうしてここに来たんだ? まさか、本当にカードゲームしに来ただけ?」
「いいや。こう見えて仕事だ。今、仲間を探してる最中でな」
俺の回答に、少年らがびくりと肩を震わせる。
「え! 俺達はギャングになんかならねぇぞ!」
「分かってる。俺達だって誰でもいいってわけじゃない。だから、話を聞かせてくれないか。幅を利かせてる奴、悪さをしてる奴、そういった知り合いがいたら教えて欲しい。それで、俺達が実際にそいつらと話してみる」
「えぇー。知り合いを売るみたいで何か嫌だなそれ」
「そんなどうしようもない奴が輝ける場を見つけてやれる、と思えばいいだろう?」
これはなかなか良い決め台詞だな、などと自分で考えていると、少年らは渋々ながらも頷いた。
「そんなもんかね……? だったら何人か教えるけど、家までは知らないぜ」
「誰を教える? 暴れん坊のエリック? それともビッグ・E?」
「アイツはどうだろう。こないだコンビニで強盗しようとして捕まった……アレックスだっけ」
次々と少年らが考える近所の悪ガキの名前が挙がってくる。
「全員教えてくれ。顔の特徴と、家が分からないならどのあたりにいるか」
「全員!? あいつらを一緒にしたらマズイって! 絶対喧嘩になるし!」
「なんだ、そいつら同士は仲が悪いのか。ま、何とかなるだろ」
信じられない、と言った様子の少年たちだが、そういった連中をまとめるのはこちらの仕事だ。
……
それから、少年たちから聞いた悪ガキ共のたまり場を回る。
もちろんそこに常に誰かがいるはずもなく、ガランとした空き地などが多かったが、一か所だけ、証言の通り悪ガキがたむろしているバスケットコートがあった。
壁面は落書きだらけ、地面は穴だらけ、とてもではないがバスケットボールをやれそうなコートではない。
悪ガキは五人。どれが少年らが言っていた対象かは分からないが、とにかく話をしてみるしかない。
「おい」
「ブラッズ、か? 何の用だよ」
五人の中で最も巨漢の坊主頭が俺を睨みつけながら応える。
だが、俺には手に取るようにわかる。威勢はいいが内心はビビってやがるな。まぁ、ガキなんてそんなもんか。
「お前は……確かビッグ・Eだったか」
「は? 俺のあだ名を知ってるとは、名が通ったもんだぜ」
「まぁな。有名らしいじゃねぇか」
俺はそんなことはないと否定しようかと迷ったが、ここはつけ上がらせてみても面白そうだとそう返した。
「ふふん。えぇと、それで、俺を潰しに来た……と?」
なるほどな。それが威勢の良さでビビってるのを隠そうとしてる理由か。
ガキ相手にそんな事をするわけがないんだが、これもまた面白そうだ。話に乗ってみるか。
「良く分かったじゃないか。で、俺らとやり合うか? それとも、大人しく詫びを入れるか? どっちでも構わねぇぜ」
五人の顔がサッと青ざめた。
横に連れていたガーディアンのホーミーらは「何を言ってるんだ?」というような怪訝な目で俺を見てくる。
これ以上ビビらせても何の得にもならないが、悪ガキを少しからかうくらい許して欲しいところだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。マジで言ってんのか?」
「いいや、適当なことを言ってるだけだ。お前の噂はその辺で遊んでたガキに聞いた。俺らはお前の事なんか知らねぇよ」
「なんだよ! ビビらせんなよな! いや、名が売れてないってのは微妙に悔しいけどよ!」
ようやくビビっていると自分でも認めたか。からかうのもここまでにしておこう。ビッグ・E本人はともかく、取り巻きは今にも逃げ出してしまいそうだ。
「ちょっと、この辺りで幅利かせてる奴はいないかと見回っててな。面白い話があったら聞かせてくれ」
「面白い話? 他にどんな奴がいるとか? それとも俺自身の喧嘩自慢でもしろってのか?」
「お前が思う通りに話してくれれば話題は何でもいい」
「んなこと言われても困るぜ……」
名が売れるのは嬉しいが、本職のアウトローであるギャングスタに目を付けられるのは避けたいといったところか。
もう少し調子に乗らせて、勝手に武勇伝を語りたくなるように誘導すべきだったな。
「どうした? なにもねぇか。てめぇは大したことないってガキどもに吹聴して回ってやるぞ」
「ぐっ……!」
「もういい。邪魔したな」
だが、この程度の人物であれば別に用はない。さっさと移動をしようとしたら呼び止められた。
「待ってくれ。もしかして、幅利かせてるガキを襲うんじゃなく、仲間に引き入れようとしてるんじゃないのか?」
「は? お前、ギャングスタになりてぇのか?」
その通りなのだが、俺達と関わりたくないような素振りを見せておいて、襲われないと見るや否や調子のいい事を言い始めるような奴は感心しないな。
「なりてぇ……かな」
「そうか。そりゃぁ、お前の意思を尊重してやらねぇとな。だが、俺らが仲間を受け入れるときの歓迎の仕方は知ってるはずだ」
B.K.Bの場合は一分間、仲間から一方的な暴行に耐えるというのが試験内容だ。過度に足腰や急所を狙いはしないが、終了後、即座に立ち上がれなければ失格となる。
そして、再挑戦は一切受け付けない。
「わ、分かってるさ!」
「そうか。俺達はB.K.B。ビッグ・クレイ・ブラッドのガーディアンだ」
「ガーディアン? なんだそれは」
「詳しくは話せねぇが、簡単に言えばセット内で第三の役割を持った立場だ」
「……?」
ガーディアンは街の防御の為に情報戦も視野に入れているので、あまり込み入った話を教える事は出来ない。
「……場所的にも人が来ないし悪くないな。他にもお前みたいな気持ちの奴がいたら今すぐ呼べ。まとめて面倒見てやる」




