Demise! K.B.K
長らく続いた高校生活が終わりを告げようとしていた。残すはおよそ半年。長らくとは言ったが、B.K.Bに参加してからは目まぐるしく時が流れていった気がする。
最近のクラスメイト達はどこそこの大学に行くだの、どこそこの企業に行くだのと話していることが多い。K.B.Kのメンバー達も同じような感じだ。
食堂で久しぶりに俺と三人でランチをとっていたリカルドやグレッグの口からも似たような話が出てくる。
「リカルドはやっぱりバイク関連か」
「あぁ。俺自身もここまでハマるとは思ってなかったけどな! 昼は技術系の学校に通いながら、夕方からはメイソンさんの店で引き続き修行させてもらうつもりだ。三年以内に店を持ちてぇ」
リカルドのバイク好き、特にハーレーダビッドソン好きは日に日に増している。仕事にしようって言うくらいなのだからその情熱は本物だ。
「グレッグは大学だよな。何を学ぶんだ?」
「法律だよ、クレイ。弁護士を目指す」
「大したもんだ。お前たちの夢がかなうことを願ってるよ」
心の底からそう願っている。俺の人生はギャングと深く関わることになっていくのだろうが、こいつらは違う。
「クレイは、B.K.Bに残るんだよな? でも、まだ学校に行きたいって夢も完全に捨てたわけじゃないんだろ?」
「一応はその気持ちも残ってるよ。隙があれば通っても良いと思ってる。お前達みたいに絶対にこれになりたいとか、そんな立派な夢はないんだけどな。ただの親父やギャングへの当てつけだ」
それが俺の弱さだったとも言える。
たとえば、絶対に警官になる、検察になる、市長になる。そんな目標があればよかった。だが、俺の大学行きは漠然としていて、それでいいと思っていた。その先はない。
それが、B.K.Bに籍を置いてしまっている理由なのかもしれない。
しかし、街の平和が守られるのならば、俺はB.K.Bの中でB.K.Bの狼藉が無いかを監視し、B.K.Bが道を踏み外さないように最大限努力するつもりだ。
「ギャングスタとしては高卒でも十分インテリだろうさ」
これは俺の言葉だ。
だからもう行かなくても良いんじゃないか、という言葉が続くと思ったが、リカルドやグレッグからは意外な返事があった。
「どうせならそのまま吹っ切れちまうのも面白いかもな。大学にまで行ったら逆にすごいだろ。もちろん、落ち着いてからな。いつからでも挑戦くらいはできるだろ?」
「それはいいな。クレイ、首席で卒業して大学院で博士号でも取ったらどうだ? 別に、そんなギャングスタがいたって神様も怒りはしないさ。もちろん、天国のご両親もね」
馬鹿なこと言うなよ、とは返せなかった。俺がこいつらに言ったように、こいつらも俺の将来を思ってくれていたんだな。
「ははっ。クレイが泣いてら」
リカルドに言われて気付く。俺の目からは一筋の涙がこぼれていた。
……
「なんだい、最近はぼぅっとしていることが増えたね」
「あっ、ごめん! あちゃぁ、どうしようか……」
単純なオイル交換の作業だったが、メイソンの兄ちゃんに言われた通り、呆けていた俺はオイルを入れすぎていつの間にかあふれ出していた。おかげでエンジンルーム内が油まみれだ。
「ほれ、このパーツクリーナとウエスで拭いておきなよ。俺はメシ買ってくるから、何か要る?」
「いや、腹は減ってねぇかな……強いて言えばミントがキツイ辛めのガムでも買って来てくれたらうれしいよ」
「そりゃ名案だね。今日はリカルドは休みだし、グレッグは先週でラストだったし、留守番頼んだよ」
アルバイト中もうわの空だ。情けねぇ。ハイスクールの仲間との別れが近いってのが、ここまで俺に影響を与えるものだとは驚きだ。
一応は覚醒したつもりなのだが、エンジンルームを清掃した後に念のため手と顔を洗った。そのまま洗車作業に移る。
そうこうしている間に、メイソンの兄ちゃんが帰ってきた。注文通りにミント味のガムと、ついでにサンドイッチとコーラを買ってきてくれたようだ。
「休憩しようか」
「分かった」
整備工場に併設されているプレハブの事務所に入り、昼食タイムだ。腹は減っていないと言ったものの、こうやって一息つけば不思議とメシも腹の中に入っていく。
「二人だけなのは久しぶりだね」
「そうだったか?」
「しかしお前が高校卒業とは、時が経つのは恐ろしく早いよ。こーんな小さくて、『サム! サム!』って駆け回ってたのに」
「はは、そんなジジイみたいな事言わないでくれよ」
サムを追いかけてたってのはなんとなく覚えている。当時のB.K.Bメンバー全員に可愛がられていたはずだが、なぜだか、彼の印象が強く残っているな。やはり、プレジデントだっただけあって目立っていたという事なのだろう。
「十分ジジイさ。高校生と比べたらね。そういえば、K.B.Kだっけ、あれはどうするんだい?」
「解散、だろうな。別に若い連中に引き継いでいくつもりもない。俺らの代で終わりさ。もちろん、B.K.Bに入った奴らもいるから、そっちはギャングスタとして生きていくつもりだろうな」
ほとんどがワンクスタからK.B.K、そしてB.K.Bのギャングスタになった奴らだ。
学生組でB.K.Bにまで入った奴もゼロではないが、そちらはどうなるか不明だ。しかし、進学や就職がしたいのであればそれを絶対に優先させる。
B.K.Bを抜けるという話になってしまうが、誰にも文句を言わせるつもりはない。
K.B.Kがいなくなることでガーディアンは間接的に縮小し、一気にパトロールの体勢や情報網は弱体化する。サーガに相談しないといけないな。
だが、俺達が入る以前のB.K.Bに逆戻りというほどのものではないし、徐々にでもガーディアンを増やしていければいいはずだ。
ハスラーほどではないがガーディアンも基本的に非戦闘員なので、ウォーリアーよりは集めやすいと思われる。まだ埋もれているワンクスタがいたら当ってみてもいいだろう。
それとB.K.B全体としては、同盟セットが続々と増えてきているのは喜ばしい点だ。彼らとの交渉の矢面にはかなりの高確率で俺が立つ。そのおかげか俺の行動範囲はセット内でも一番だ。国務長官よろしく、大統領のサーガよりもよっぽど飛び回っている。
俺達の地区や街だけではなく、同盟セットを使ってもっと広範囲に情報網を敷くことも検討しても良いかもしれない。セット内ほどの連携は難しいだろうがな。
「それが最近ぼうっとしてる理由かい?」
「それもあるけど……K.B.Kだけじゃないさ。学校生活が終わると思うと感慨深くてね。それに、他のみんなの夢や目標を聞いてると、俺も大学に行きたかったなと思わないでもない」
「行きたいなら行けばいいと思うけどね。B.K.Bはお前の思うようなものじゃなかったはずなんだし」
「俺が一番やりたかったことは、この街が平和で暮らせる場所になる事だよ。俺の人生がどうなるってのは二の次でね。今、B.K.Bは何者かによって嵌められようとしてる。それが解決できて、放っておいても大丈夫だと確信出来たら進学するよ。それで良いじゃないかと自分に言い聞かせてる」
「そうかい。その先はどうするの?」
「深く考えちゃいないが……どこかで働いて、やりたいことが見つかったら起業する、とかじゃないか?」
その先、ね。さすがに長生きしてるおっさんはそんなことまで考えるわけだ。
「起業か。いいねぇ。何の商売だい?」
「さぁ、そこまでは分からねぇな」
「クレイの好きなものって、何だい?」
なんだ? 今日はメイソンの兄ちゃん、やけに質問責めにしてきやがるな。
「……趣味の話か? そこまでのめり込めるものはないよ。強いて好きなものを挙げるなら、生まれ育ったこの街だ。俺にはもう家族はいないから、せめてこの街だけは大事にしたいと思ってる」
「それでB.K.Bが卒業後の進路になっちゃったわけだ。もし大学に行ったとしても、この街の為になる商売をしたらいいんじゃないかな。小さな会社でも、小さな飲食店でも、なんだっていいさ」
「それは、そうだな。ここには残りたいと思ってる」
確かに、ちょっとした商売をこの街でやるだけでも何かできることがあるかもしれないな。憩いの場や、勤務先を街の住民に提供できるだけでも大したものだ。
それを含む街のすべてをB.K.Bに守ってもらうのが必要不可欠なわけだが。
「そう考えると、メイソンの兄ちゃん自身も正にそれを実践してるってわけだよな?」
「この工場かい? 俺の場合は親父の後を継いだわけだから、そういった目論見とは少し違うけどね。でも、クレイやリカルドのアルバイト雇用を生み出したのは事実だし、車を直したお客さんも喜んでくれてるとは思うから、街には貢献出来てるつもりではいるよ。この仕事をやってなかったら、現役を続けてたのは確実だね」
「親父さまさまじゃないか。俺の親父は……うーん、ジャックのせいでギャングスタになったとも言えないじゃないけど、よくわからないな」
「ギャングスタは意外と踏襲するものではあるんだけどね。お前の人生は色々と珍しい境遇だから何とも言えないよ。ただし、最後の最後までギャングスタじゃなくても良い。大学に行ったって良い。起業したって良い。その時は俺だって力になるから」
……
……
さらに時は流れ、ついに俺達はハイスクール卒業の日を迎えた。
簡単な集会や教師陣の挨拶が行われた後、カフェテリアで大々的な立食式のパーティーが催されている。会場は手に手に食べ物やドリンクを持った数百人の生徒でごった返して大盛況だ。
「クレイ! ここにいたか!」
チキンを何本も手に抱えたリカルドが俺の元へやって来る。洋服にべっとりと油がついてしまいそうだが、気にした様子はない。
「ほれ、一本食うか?」
「あぁ、貰うよ」
俺は受け取ったチキンにかぶりつき、既に自分で取ってきていたジンジャーエールで流し込んだ。
「今日この後、K.B.K最後のミーティングなんだってな? 色々あったけど、今日でついに解散とは感慨深いなぁ」
「そうだな。本当にみんなには世話になったよ。一人一人礼を伝えて、全員の新たな旅路を見送ってやろうと思う」
「見送るだぁ? お前のギャングスタとしての旅路だってあるんだから、自分だけ留まるみたいな言い方はナシだぜ」
俺がそれに対して何か言い返そうとしたとき、後ろからポン、と肩を叩かれた。
振り返るとグレッグを始めとして、数人のK.B.K学生メンバー達が立っている。
「……なんだよ、聞いてたのか」
「あぁ、悪い気もしたが盗み聞きさせてもらったよ。それで、リカルドの言う通りさ。お前の旅路だって決してその場に留まるものじゃない。見送るってのはお互い様さ。今のところはギャングスタとして活動は続けるのかもしれないが、その先は決して行き止まりなんかじゃないはずだろう? 頑張れよな、俺達のリーダー、リトル・クレイさんよ」
「当たり前だ。俺は誰よりも頑張るつもりだぜ。ぬるい大学生活とは大違いの、血生臭い裏街道なんだからな……!」
なんだとっ、という声がいくつか上がり、俺は仲間から囲まれて身体をくすぐられたり、つねられたり、小突かれたりと大忙しだ。
……
場所を変え、俺達がよく集まっていた駐車場に移動した。確かにK.B.K全員が揃っている。ただし、それだけではなく、彼らの友人やガールフレンドなど、直接はメンバーではない者たちの姿もチラホラとあった。
ハイスクール最後の日なのだから、色んな連中が一緒に行動しているのも当然だろう。
特に秘匿とする話をするつもりはないので俺は何も言わなかった。
「よーし、みんな集まったなー。そんじゃ、クレイ! 最後のありがたいお言葉を頼むぜ!」
リカルドめ。調子のいい事を言いやがって。
俺は適当な車のボンネットの上に立った。
「……別に大した話は出来ねーぞ。とりあえず、みんな。今までK.B.Kを、そしてB.K.Bも陰から支えてくれてありがとうな。俺と、ワンクスタからB.K.B本隊に入った連中はそのままギャングスタとして生きていくが、お前らもそれぞれの道を迷わず突き進んでくれ。お前たちと過ごした時間は最高に危なくて、最高に楽しい時間だった。ありがとうな……えぇと、『ホーミー』達よ」
一瞬だけ静まり、俺を見上げる仲間たちから沸き起こる拍手喝采。
照れ臭く、恐る恐る呼び掛けてみた言葉だったが、みんなの心には刺さったようだ。
「そうだぜ! 俺達はホーミーだ! この先分かれようともホーミーだ!」
「K.B.K! K.B.K!」
「K.B.K! K.B.K!」
久しぶりに耳にするK.B.Kコール。
俺に向かって殺到する仲間たち。タックルでもぶちかます勢いで抱き着いてくる。
あんまり同じ場所に乗るなよ、この車の持ち主が可哀想だろう。
大勢の前で大泣きするなんて、だせぇ真似はしなかったが、俺の心はこの短い人生の中で最も温かい瞬間となった。色々と不運な事ばかりで頭がおかしくなりそうな時期もあったが……
こいつらに出会えてよかった。




