Homie
「おい、そこまでにしておけ」
「あぁ!? なんだてめ……B.K.B!?」
「なんでギャングスタが出てくるんだよ! すっこんでろ!」
別に客同士のトラブルは放っておいてもいいのだが、シザースが囲まれてボコボコにされるのはよろしくない。たとえ仕掛けたのがコイツだったとしてもだ。
とはいえ、B.K.Bの看板をこんなダサいことに使うのは気が進まない。シザースがメンバーであることも伏せておいた方が良いだろう。
「お前らが囲んでるその阿呆。ちょっとソイツに個人的な用事があってな。十分殴っただろう? 死なれちゃ困るんでな。ここは俺の顔に免じてそこまでで勘弁してやってくれ。すぐにつまみ出すから」
「チッ……ギャング相手にも揉めてんのかよコイツは」
「ぐぅぅ……クレイか? 畜生め……」
「ほら、立て。お迎えだぞ、クソッたれが」
周りの客にはそれ以上の手出しをさせず、そう言って俺はシザースを連れ出す。
表に止めていたボロ車の助手席にシザースを押し込み、俺は運転席に座って車を動かした。ガタガタと何やら動きがおかしい。
クソが、誰かタイヤに悪戯して穴でも空けやがったな。盗まれるよりはマシだが、このままメイソンさんのところに持っていった方がよさそうだ。
「で、ボコられてスッキリしたかよ」
「ふざけんな……ぶつかってきたのはあっちの方だってのに。次見かけたら熊もリスもギャラリーも、全員撃ち殺してやる」
むしろ店の中でよかった。もちろん入店時にボディチェックされ、銃器の持ち込みはできないので丸腰だったからだ。俺の銃もシザースの銃もこの車の後部トランクに入っている。
「あんな近距離で見てたらぶつかりもするだろ。押し返すくらいならまだしも攻撃しちまうとは」
「だから、先に攻撃されたんだっての。いってぇ……」
だめだこりゃ。何を言っても自分に非があるとは思えないらしい。
……
「ちょうどもう店を閉めるとこだったよ。どうしたんだい?」
メイソンさんの整備工場。日もすっかり落ちていて、メイソンの兄ちゃんは工場のシャッターを下ろそうとしているところだった。バイトはリカルドがいたようだが、すでに上がったらしい。
「あれ? 車とシザース、どっちを診て欲しいんだい。後者なら専門外だよ」
助手席から降りたシザースの腫れ上がっている顔を見て、メイソンの兄ちゃんが笑う。
「こんな奴の事は見なくていいぜ。車がパンクしちまったんだけど、修理道具借りてもいい?」
ちょっとした穴くらいなら、道具を借りて俺にも直せる。
「どれどれ。ぱっくり切られてるじゃないか。応急処置より履き替えちまったほうがいいよ」
「マジかよ。まったく、どこの悪ガキだ。こんなボロ車に悪戯するなんてよ」
「古タイヤでいいよね? 工賃込みで十ドルにしといてあげるよ」
持ってきたのは韓国製の古タイヤだ。品質は悪いが俺にとっては別にどうでもいい。
少しだけメイソンさんの奢りを期待したが、流石にそれは無いか。ただ、良くない品であろうと破格の安さであるのは間違いないのでありがたい。
「手持ちがないからバイト代から差し引いといてくれないか? リカルドの」
「馬鹿言うなって。クレイの分から、ね。それで、シザースはどこで遊んでたらそうなったのかね」
車の腹下にジャッキを差し込みながらメイソンさんが訊いた。彼がジャッキハンドルを上下させると、キュッキュッとリズミカルに車体が軽やかに斜めに傾いていく。
「……ストリップ劇場だ。一人対百人の大立回りさ。そして俺様の大勝利だぜ」
「話を盛るなよ、阿呆。せいぜい一対十ってとこだったろ。しかも負けだ」
「負けてねぇだろ……! あの後は全員ぶっ飛ばす予定だったんだよ! お前が邪魔するから!」
「はいはい、そりゃ悪いことしたな。すまんすまん」
「野郎っ! うぉっ!?」
俺に飛び掛かってこようとするも、シザースは足がもつれて勝手に転んだ。それだけフラフラの状態だということだ。
「シザース。気持ちは分からないでもないけど、クレイは仲間としてお前を助けてくれたんじゃないの? 敵を間違えないようにね」
「そもそも喧嘩の相手だって本当は敵じゃねぇよ。コイツが自分からちょっかいかけただけだ」
「子供だなぁ」
手早い作業でタイヤ交換があっという間に完了する。これぞプロの仕事って感じだな。
「いいかい、シザース。B.K.Bのギャングスタってのは誰かれ構わず喧嘩を吹っかける無法者であっちゃいけないんだ。家族を、地元を、仲間を守るためにしか戦わない。自分の感情や私利私欲に振り回されないよう、心も強くなって欲しいなぁ」
「んなこた! わかってるけどよ……」
「そう? それなら安心だね」
メイソンさんが切り裂かれたタイヤを外して転がしながらにこりと笑う。
サーガみたいに頭ごなしに怒るのも悪くないが、逆にこうやって優しく諭されるのも響くんだよな。特にシザースにとってはこっちの方が効果的らしい。
「心も強く、だとよ? 腕っぷしよりも先にな」
「お前は黙ってろよ、クレイ」
そして、俺ではダメらしい。
何を言われるかも大切だが、誰に言われるかはもっと大切だ。子供が同じ言葉を学校の先生や親に言われたら反発するのに、近所の兄ちゃんやおっさんに言われたらすんなり受け入れたりするのと同じだ。
メイソンさんがタイヤを片付けて戻ってきた。その手には救急箱がある。
「ほら、車の次はお前の修理だ。薬塗って絆創膏貼っときな」
「いらねーって。こんなのすぐ直るんだからよ。お袋かっての」
「ここでやっとかないと、本物のお袋さんに家帰ったら同じ事やられちゃうよ?」
タイヤ交換の時と変わらないくらいの素早い手つきで、消毒液を吹き付けたガーゼをシザースの顔に張り付けていくメイソンの兄ちゃん。
シザースは当然顔を振って避けようとしているのだが、その軌道すら先読みして的確に傷へとあてがわれていく。傷ではなく腫れの部分には湿布だ。
「そう言えば、ガイがE.T.のみんなからお袋って呼ばれてたの思い出したよ。アイツは一番の心配性だったからね」
サーガがお袋って呼ばれてた、だって? 確かに優しい面もあるが、今の姿からは想像もつかないな。
「おい! もういいだろ! 貼り過ぎだって!」
もはやシザースの顔は何も貼られていない面積の方が少ない。
「はっはっはっ! ミイラ男だな! マミーって呼んでやるよ」
「誰がお袋だよ!」
「は? いや、ミイラ男の方のマミーって言ったのにその反応はだるい……」
まさかここまでの阿呆だとは驚きだぜ。
「なんでお前の方がげんなりすんだよ、クレイ! 痛い思いしてんのは俺だぞ!」
「説明するのはめんどくせぇから、冗談すら通じないならもういいっての」
「おい! なんだよ、その目は! おい! んむっ!?」
唇の辺りも切れていたので、とうとうメイソンの兄ちゃんによってそこにも絆創膏が貼られる。
「呼吸はどうすんだよ、それ。まぁ、鼻の穴は空いてるし、それでも死んだら死んだで構わないか。阿呆だし」
「そんな酷い事を言っちゃだめだよ」
「呼吸器塞ぐのも鬼畜だと思うけどな」
メイソンの兄ちゃんがにやりと笑う。本気で死ぬとは思っていないだろうが、半分はふざけてるな。確信犯ってやつだ。
「シザース。理解できる日が来るのかわからないけど、クレイはお前にとって恩人だよ?」
「んぐむ、むぐぅむ」
「話すなら絆創膏剥がせよ、馬鹿かお前は」
俺の言葉にカッとなったシザースは、ベリッと自分の手で勢いよく口の絆創膏を剥がし、その痛みで悶絶している。
「えーと、馬鹿かお前は」
「……二回言うなよ! 馬鹿はてめぇだ! こんな奴、恩人なんかじゃねぇよ、メイソンさん! 仲間を馬鹿にするなんてあり得ねぇからな!」
「はいはい。んじゃもう店閉めるよ? まだなんかあるなら早く言ってくれ」
「おい、聞いて……んぐぅ!」
整備工場のシャッターとシザースの口の絆創膏、そのどちらもが塞がれた。
……
シザースを家の前まで送ってやる。意外にも普通の家で、中からは子供のはしゃぐ声と何やら叱っている母親らしき女の声が聞こえる。
「にぎやかな家じゃねぇか。あと、送ってやった礼ぐらい言えよ、薄情者」
運転席の窓を開け、玄関を開けようとするシザースの背中に声をかける。
「あぁ? ちいせぇ妹と弟がいるんだよ。いたずらっ子だから、お袋は毎日必死さ」
「そこにてめぇみたいなボンクラが加わるとあっちゃ、お袋さんも大変だな」
「誰がボンクラだ、ボケナスが」
ガチャリとドアが内側から開いた。
「こらぁ! あんた、また怪我してきたのかい! ギャングってのはどいつもこいつもバカばっかりだよ!」
デンと太った体系のマダムが開口一番、ドラ息子を叱りつけてくる。こりゃぁ肝っ玉母さんの典型例みたいなお袋さんだな。
「ちげぇよ、お袋! これは俺が悪いわけじゃねぇの!」
「だったらそこにいる仲間の仕業かい! アンタもちょっとこっちに来な!」
「それもちげぇよ! 人の話を聞けっての!」
まさか俺にまで飛び火するとは。シザースが人の話を聞かないのは母親譲りなんだな。自己判断で暴走するところなどそっくりだ。
「うるさいよ!」
「うるせぇのはそっちだろ! クレイ、もう行け! このババァめんどくせぇからよ!」
「誰がババァだ! ママと呼びなさい!」
バチィン! とシザースが激しいビンタを食らわされている。あの恰幅だ。メガトン級の破壊力なのは言うまでもない。
それよりも、怪我して帰ってきたから怒ってるんじゃなかったのか? 追撃かけるなんて恐ろしすぎるだろ。
俺は少しだけ逡巡した後、車から降りた。シザースの言葉を無視し、母親の方の言う事を聞いた形になる。
「おい! 何してんだよ、お前!」
「馬鹿、助太刀してやろうってんだよ。シザースは本当に騒ぎに巻き込まれて怪我しただけなんです。勘弁してやってくれよ、おばさん」
バチィン!
「お姉さんだろ!」
お、おう……まぁ、一発くらいは貰うだろうなと思っていたが、本当に一瞬で貰ったな。
「だがまぁ、逃げずに踏みとどまったんなら良し! アンタも、よく逃げなかったね! 二人とも根性があるってのは分かったよ! 上がんな! メシにするよ!」
「は、俺も?」
「そうだよ! ウチのバカ息子を助けてくれたんだろ? こーんなにでっかいチキンを焼いてるから食ってきな!」
……
「だれー?」
「だれー、おじちゃーん」
食卓を囲むと、シザースの母親が宣言通りの巨大なチキンの丸焼きをテーブルの上にドンと置いた。
さっきから見知らぬ俺に絡んできているのは幼い妹と弟だ。どちらも三歳か四歳くらいだろうか。弟はくりくり坊主頭に水色のパジャマ姿。妹は編み込んだ髪を頭の上で二つのお団子にし、こちらも桃色のパジャマ姿だ。どちらも愛くるしい。
しかし高校生に向かっておじちゃんとはひどいもんだぜ。
「俺はクレイって言うんだ。お前たちの兄ちゃんの仲間だ。よろしくな」
「クレイはなかまー?」
「ほーみー?」
ホーミーとは難しい言葉を知ってるな。
「ふん! こんなやつ、フレンドでもホーミーでもねぇよ」
「……だそうだ」
「じゃあ、てきー?」
頷いても良かったが、冗談を真に受けられても困るので普通に返す。
「敵じゃねぇよ。味方だ。今日も喧嘩の中で助けてやったんだぞ? お前の兄ちゃんが意地張ってるだけだな」
「だっさー」
「ね、きっしょー」
歳の割には中々の毒舌だな。将来が楽しみだ。
「うるせぇなぁ。ホーミーってのはもっとこう、サーガとかのことを言うんだよ」
「別にお前からどう思われてようと知ったこっちゃねぇが、どういう基準なんだよ?」
「あぁ? 俺が好きかどうか、そして俺を好きかどうかだな!」
「なら永遠にてめぇとはホーミーになれねぇな、シザース」
パンパン、と母親が手を叩き一同を黙らせる。
「ほらほら、いつまでくだらない事を言い合ってるんだい! それじゃ、いただくとしようかね。天におわします神様に感謝して!」
全員が手を組み、食前の祈りをささげる。
ホーミーか……果たして俺はB.K.BやK.B.Kのみんなをそう呼んでもいいのだろうか。




