B.K.B Love
「分かるか、クレイ」
「分からねぇよ」
ガッ!
サーガの蹴りが俺の腹に入る。重い一撃に、俺の身体はいとも簡単に吹き飛ばされた。
「……分かるか?」
「分からねぇって言ってんだろ!」
「強情な奴だ」
俺が倒れた横には、もう一人転がされているメンバーがいた。シザースだ。
ただし、奴は両手両足を縛られ、口もガムテープで塞がれている。
かなり逼迫したこの状況。理由は当然、シザースが下手を打ったことにある。いいや、下手を打ったどころの騒ぎではない。サーガによれば、奴がB.K.Bを貶めるために暗躍する黒幕側と繋がっているという事らしい。
いったいどこからの情報だよ。いきなりそんなことを言われ、こともあろうにサーガは俺にシザースの頭を撃ち抜けと命令してきた。
こんな阿呆を使い走りにする意味も分からないし、証拠が不十分だと言って、俺がそれを拒否しているのがこの状況だった。
「とにかく、シザースと話させてくれ。俺はいきなりこんな場所に呼ばれて撃てと言われても納得できねぇんだよ!」
「クレイ、お前は詳細を知るべきじゃねぇ」
「サーガ! 俺は別にシザースを庇おうとしてるんじゃねぇ! 本当の事を知って、どうすべきか考えたいんだよ!」
サーガが俺のシャツの襟首をつかんでグイッと立ち上がらせる。
「シザース」
続けて、サーガがシザースに呼びかける。奴は目線だけを上げて俺達を見た。縛られてはいるが外傷は特にない。抵抗しなかったのだと思われる。
そこも引っかかる。シザースは馬鹿で阿呆だ。殺されると分かっていれば暴れ回るだろうし、逃げようとするはずだ。
そうしなかったという事は、制裁されるのを望んでいたという事か? いいや、バカバカしい。
「口のテープを外すぞ」
「ふん」
サーガは鼻を鳴らしただけだったが、俺は承諾と受け取ってシザースのテープを剥いだ。
「……」
「なんだ、叫びでもするかと思ったが意外に大人しいな、お前」
「サーガ、クレイ……俺も色々とヘマやってきたかもしれねぇが、こりゃ何なんだ。別に殴られもせずに、ただついてこいって拘束されただけだから大人しくしてたけどよ。俺を撃つだ? わけわかんねぇ」
「ほら見ろ、サーガ。シザースを殺すとしても、きちんと説明してやれよ」
「殺されてたまるか。だが、わけわかんねぇのはその通りだ。俺が誰と繋がってるって? そんな覚えはねぇっての。クソが……どこからの情報だよ、サーガ?」
シザースは寝そべっている姿勢から上体を起こし、胡坐をかいて地面に座った。
「複数の情報筋からだ。お前が余所の連中の小間使いにされて、こっちの情報を流してるってな」
「待てよ! 俺はそんなことした覚えはねぇぞ! 情報を流すって、俺は何を誰に話したんだよ!?」
「サーガ。やっぱりシザースの様子がおかしいぜ。コイツはそんな手の込んだこと実行できねぇ。使われてるとしても、嵌められてんじゃねぇのか?」
知らない所で情報を漏らしてしまっていた、となら考えられないこともない。本人は気づかない間に、だ。
「チッ……お前が関わりのある酒屋、レコード屋、それから街で出会った女。何でもいい、その辺りに怪しい奴が潜り込んでたって話だ」
「ならシザース本人に責任はねぇじゃねぇか。殺せってのはおかしいぞ」
「逆だ、クレイ。理由はどうあれ、B.K.Bの情報が流出する手先に成り下がっちまってる。本人の意志はどうであろうとな。だが、ここまでくると俺はシザースに裏切りの意識があるようにしか思えん」
「そんな曖昧な理由で俺にシザースを殺すように言ってるのか?」
俺の中で沸々とサーガに対する怒りが湧いてくる。
彼に渡されていた拳銃を見下ろし、俺はマガジンを引き抜いて地面に捨てた。
「クレイ、どういうつもりだ。やれねぇか」
「あぁ。やれねぇ。もちろんシザースが裏切る気持ちを持っていたら話は別だ。でも、コイツが利用されていたんだとしたら、その利用していた奴らを突き止めてぶっ殺せばいい。俺は仲間を最後まで信じる。見捨てねぇ」
「……シザース。満足したか?」
「ま、及第点ってところだな!」
シザースはひょいと立ち上がり、手足を縛っていたロープを自らはらりと解いた。
「……は?」
やられた……これは、サーガとシザースに一芝居打たれたな。
放り捨てたマガジンから覗いている弾丸にも頭がついてない。たとえ俺が引き金を引いていても、空砲か、動かないかのどちらかだったか。
「てめぇら……」
「悪く思うな、クレイ。シザースの提案で、お前がB.K.Bの仲間をどれくらい本気で思っているか試した。もちろん、俺もお前の本心が知りたかった。これからお前が成長した時、ガーディアン以外のメンバーも引っ張っていくのを任せられるかどうかをな」
「待て、俺が引っ張る? まさか、俺をアンタの後釜か何かだと思ってんのか?」
ゴツン、と重い拳骨が俺の脳天に突き刺さる。違ったらしい。
「図に乗るな。俺は生涯現役だ」
「ははは! クレイが殴られてるのは気分が良……ぐふぉ!?」
調子に乗ったシザースもついでに腹を殴られている。
「んで、シザースが俺を試すような真似を提案した理由ってのはなんなんだよ。俺はそんなに疑わしいことをしていたのか?」
今度は俺のターンだ。嵌められて頭に来たので、こいつらの考えを全部聞き出してやる。
「B.K.Bってのは結成当初から絆や誇りという言葉にこだわってきた。お前が入ったのは少し特殊な状況だったからな。ジャックへの反発もあっただろう。それを乗り越えて、どのくらいB.K.Bに対する愛情が育っているのかを見たかったんだ」
「愛情だと? 百歩譲っても友情だぜ」
「お前が毛嫌いしてるシザースなんか、それの試すにはもってこいだろ。コイツを消せるチャンスが来た時、私情を挟むのか、最後まで仲間を信じるのか。さすがに裏切りが濃厚だという証拠があまりにも多かったら話は変わってくるがな。それはお前がさっき自分で言った通りだ。その時は俺達だって腹をくくって仲間を殺すさ」
俺が地面に捨てた拳銃をサーガが拾い上げて腰のベルトに挿す。
「で、疑ってすまんで済まそうとはしてねぇよな?」
「あぁ? 飯でも奢れってか。ちゃっかりしてやがる。タダでは起き上がらねぇぞって面だな。シザース、お前が言い出しっぺだ。クレイに特別級の接待でも準備してやれ」
「は!? なんで俺……ぐふぉぁ!」
再度、鳩尾に一撃を入れられたシザースが涎を垂らしながら悶絶する。
サーガはそのまま去り、俺とシザースだけがその場に残された。
……
……
「で、俺はなんでこんなところに連れて来られてんだ?」
「何でって、俺はお前を接待するんだろ! めんどくせぇなぁ! 金もねぇってのに!」
ドンドンと低音の効いた音楽がフロアに響き渡る。薄暗い室内、中央にあるランウェイの上で照明に当てられた裸の女が踊っていた。
ストリップショーだ。なんでこんな店を選ぶかね。メシでいいってのに。
大きな音響の中、俺に向けて叫ぶようにそんな悪態をついてはいるが、シザースは女に対して時折指笛を吹いたり手招きをし、チップの一ドル札や五ドル札を投げつけている。
踊っているストリッパーも微妙な表情だ。もっといい値段の紙幣を投げてやれよ。
俺はランウェイから少し離れ、ソファに座ってすするようにコーラを飲み始めた。一応、まだ高校生なんだからな。こんなところに来て良い身分じゃないのは弁えてる。
もちろんシザースもそうだが、奴は専業のギャングスタだ。そんなことはお構いなしで酒場だろうがストリップ劇場だろうが通い詰めているのだろう。
「いいぞー! こっちに向けて股開いてくれー! あ、おい! そっちじゃねぇぇ!」
興奮冷めやらぬシザースが五ドル札で女を釣ろうとするも、ランウェイの反対側にいた別の客がひらひらと振っている二十ドル札に競り負けてしまったようだ。
他の客らもそのほとんどがチップとして二十ドル札を振っている。
これはアメリカ全土で言えることだが、二十ドル札よりも高額な五十ドル札、ベンジャミンと呼ばれる百ドル札は滅多にお目にかかれない。
さらに言うと、多くの店でこれら高額紙幣は偽札を警戒されて使えない。ストリップショーなどの場所でのチップであれば別に構わないが。
基本的にどんなに小さな額の支払いでもクレジットカードが主流のお国柄なのだが、ギャングスタであればそうはいかない。現金主義の人間ばかりである。
高い買い物をする際は二十ドル札を丸めてゴムでとめたものを使ったりする。丸める額は人それぞれだが、B.K.Bメンバー内では十枚止めの二百ドル、五枚止めの百ドルの二パターンが主流だ。
ちなみに、シザースは常に金欠なので二十ドル札を持っているとは思えない。奴のポケットの中にはクシャクシャの一ドル札と五ドル札、あとは小銭だけだ。
百ドル札をベンジャミンと呼ぶように、小銭の方は全てに愛称がある。下から、一セントコインはペニー、五セントコインはニッケル、十セントコインはダイム、二十五セントコインはクオーターだ。
あまり見かけない五十セントコインはハーフダラー、一ドルコインはゴールデンダラーと呼ばれるが、五十ドル札や百ドル札同様に普及率が著しく低いのでこいつらは扱うことはない。
さらにレアな二ドル札という何に使うのか分からない中途半端な額の紙幣もあるが、コイツだけは長年ロサンゼルスにいる俺ですらただの一回も財布に飛び込んで来たことが無い。ベンジャミンより価値があるんじゃねぇかという冗談すら飛び交うほどのレアキャラだって事だ。
ついでに財布事情だが、俺は二つ折りのコインケースつき財布を愛用している。
しかし、大抵のギャングスタは輪ゴムで止めるかマネークリップに挟んだ札束と、裸の小銭をそのままポケットに突っ込んでいる奴が多い。シザースは紙幣だろうがまとめず、ぐちゃぐちゃしているが。
「畜生! まったく俺の方には見向きもしねぇぜ、あのブスがよぉ」
「ブスならこっちを向かせなくても良いだろ」
どかりと俺の対面のソファに座りながら悪態をつくシザース。
「あぁ? そういう問題じゃねぇっての。俺様の方を向かねぇのが気に食わねぇんだよ」
「だったらベンジャミンでも持ってくるんだな。喜んで近寄ってきてくれるだろうさ」
「んな価値ねぇよ。あのブスに」
「ならもう諦めろよ。あとから綺麗な女が出てきた時のために、そのなけなしのチップが余って良かったと思え」
「確かにそうだな! いい事言うじゃねぇか、クレイ」
なんで俺がコイツに諭すような言葉をかけてやらねぇといけないのか。一応、接待されてるのは俺の方のはずなんだがな。
「いつまでいるんだよ。腹減ったからさっさと出ようぜ。コーラ以外、口にできるものがねぇんだよ」
「はぁ? テキーラとナッツでも食ってろよ。ほら、タバコ吸うか?」
「俺は下戸だしノンスモーカーだっての! 接待のつもりなら失格だよ、お前は!」
ガチャンッ!
グラスが割れる。しかしこれは俺らがいる席とは少し離れた場所から立った音だ。酒のある場所では必ずひと悶着ある。
「ん? 見ろよ、クレイ。熊みたいにでっかい奴と、リスみたいに小さい奴が殴り合ってら。入れ込んでるストリップ嬢の取り合いでもしてんじゃねぇのかね」
「そんなもんにいちいち関わらねぇぞ、めんどくせぇ。あ! おい、座ってろよ!」
「街の治安維持は俺らの仕事だろー?」
手をひらひらと振り、軽くそう返しながらシザースは喧嘩を見に行く。
俺はその場を動きはしなかったが、店の連中も周りの客もそれを止める気が無いのか、喧嘩はだんだんとエスカレートしている。グラスもどんどん飛び交い、やりたい放題だ。
シザースも治安維持などと言ったくせに、結局ギャラリーの一人に収まって罵声を浴びせ、もっとやれと煽り立てているだけだ。
「……阿呆が」
様子を窺いながら、そう悪態をついた瞬間、シザースがリスみたいだと言っていた小柄な男の身体にぶつかって吹き飛んだ。そして、あろうことかソイツにシザースは蹴りを一撃入れ、クマみたいな大男の方にもグラスを投げつけた。
当然の結果となる。
他の客らがタイマンを邪魔したシザースに怒り、またそれにシザースが反撃し周りを巻き込んだ乱闘へと発展していく。
やれやれだぜ。行くしかないんだろうな。
俺は口元を赤いバンダナで覆った。




