Hit! B.K.B
「ジェイク! ちょっと来い!」
勢いよく開け放ったクラスルームの扉。縦横に大柄なジェイクの姿を見つけると、大声で呼びつけた。
授業が始まる直前だ。他のクラスメートと談笑していたジェイクは訝しそうな眼で睨んできたが、俺の顔が涙と鼻水で酷い有様になっているのに気づくと黙って近寄ってきた。何か大事が起きたと察してくれたらしい。
「場所、変えるぞ」
「おう」
そのまま校舎の裏手にある生徒用の駐車場へと向かう。歩いている間、お互いに言葉は発しなかった。
身を隠すのによさそうな大型バンの後ろへと誘った。
「昨日の夜、リカルドがやられた。俺をやった奴らだ」
「……何? マジかよ。でもなんでリカルドが? 関係ねぇだろ、アイツは」
「アイツに頼んでたんだよ、犯人捜しを。俺がこうして目立ってる間にこっそりとな」
ジェイクはぼりぼりと自分の坊主頭を掻いた。何やら考えているのか、視線は少し上を向いている。
「次はお前が狙われるかもしれねぇ。だから、俺をここでぶっ飛ばしてクラスルームに戻れ。仲違いしてると見せればお前にまでは被害は及ばねぇだろ」
「……なんだそりゃ」
「一発だけでいい。俺はこのザマだ。苦労せずに簡単に倒れるぜ」
「お前、俺を見くびんじゃねぇぞ」
怒りだ。はっきりと伝わる、どすの利いた声音でジェイクは俺に怒りをぶつけてきた。
「見くびっちゃいねぇさ! お前は強いんだろうしな! でも俺はこれ以上、誰かが痛めつけられるのは嫌なんだよ!」
「だから、俺は手ぇ貸すって言っただろうが! なんでこの手を取らねぇんだよ!」
「取れねぇんだよ! 分かってくれよ!」
お互いの顔に唾が飛びかうほどの距離で俺達は怒鳴り合い、睨み合った。
ぐっ、と俺の襟首を掴んでジェイクが引き寄せる。見た目通り、とんでもない馬鹿力だ。
「お前、ギャングにはビビってねぇって言ったよな! 何で俺が怪我することにはビビってんだよ! そんなにボロボロになって、リカルドだってやられてんだろ!」
「これ以上の被害が出ないためだろうが!」
「だったら最初から変なレポートなんか発表すんなよな! お前のやりたいことってのはそんなに簡単に諦めれるものだったのかよ!」
これにはカチンときた。コイツの身を案じてやっているというのに、何て恩知らずな野郎だ。それに俺の志は生半可な覚悟ではない。
襟首にあるジェイクの手首を掴み返す。力を込めてやると、奴はわずかに表情を歪ませた。強くやりすぎたか? 俺もその反動で怪我をしてる腕が痛い。悪いがこれで引いてくれ。
「諦めねぇよ!」
「お前、言ってることとやってることがチグハグなんだよ!」
「うるせぇよ! 俺もどうしたらいいか分かんねぇんだよぉぉぉぉ!」
さらに力を込める。ついに痛みに耐えかねたジェイクが腕を離した。別に意味なんかないが、この力比べは俺の勝ちだ。
だが、その直後に奴の大きな拳が俺の顔面目掛けて飛んできた。俺に避けれるはずも無く、もろにそれを受けた。身体はいとも簡単に吹き飛ばされてバンのボディにぶつかる。
「……ってぇ! 何しやがる!」
「それはこっちの台詞だっての! 何で仲間を頼らねぇんだよ!」
「うるせぇ! お前は仲間じゃねぇ! 仲間だと思われたらお前がやられちまうんだぞ!」
また涙と鼻水が垂れてきやがった。いや、こりゃ鼻血も混ざってるか。畜生、ただでさえ汚かった顔に追い打ちをかけるなんて最悪だ。クソったれめ。
でも良かった。これで奴は俺と仲違いをしたことになる。ぶっ飛ばしてくれたし、あとは勝手に俺から離れて行ってくれればもう心配はいらないだろう。
「もういい。よくわかったぜ」
「……」
分かってくれたか。これでいい。これでいいんだ。これで……
「俺は俺で勝手に動く。実はさっき誰を味方に誘うか考えてたんだよ。お前を旗印にするつもりだったが、やる気がねぇんじゃ仕方ねぇ。そいつらとよろしくやるさ。安心しろ、てめぇの仇は取ってやるからよ」
「……は?」
何を言ってる。なんでそうなる。やめろ。やめてくれ。俺はお前に仇を討って欲しくなんかない!
「まずは犯人探しからか。全部終わったら報告くらいはしてやるよ。そんじゃな」
「待て……!」
背中越しに手をひらひらと振ってジェイクがクラスルームへ戻っていく。
俺はバンに寄りかかりながら立ち、奴の背中を追いかけようと駆け出した。しかしすぐに足がもつれて固いアスファルトに顔面をぶつける。
ダメだ、やめろ……待て!
……
どうやら俺は半日そのまま車の陰で倒れてしまっていたらしい。気が付くと夕日が俺の顔に当たっていた。
「よう、日向ぼっこは楽しめたか?」
「……!!」
不意に降ってきた声に身構える。またワンクスタの連中が嗅ぎつけてきやがったのかと思ったが、目の前にいたのはジェイクだった。
「あ……? ジェイク……?」
「おう。今日の授業はもう終わったぜ。怪我人は堂々とサボれて羨ましい限りだ」
そんなことはどうでもいい。いや、良くはないが今は後回しだ。
「お前……まさか犯人を突き止めたのか?」
そこまで言って、俺はジェイクの後ろに複数の影がいるのに気が付いた。しまった、コイツが黒幕だったのか。協力するなんてのは嘘っぱちで……そうか。でもよかった。それならコイツに被害は及ばないという事だ。
「何をすっきりした顔してやがる? ほら、見ろよ。まず一人だ」
「何?」
どさりと誰かの身体が俺の目の前に転がされた。ボロボロになった服とパンパンに腫れた顔。見たことのない顔だ。
「コイツがお前やリカルドをやった一人だってよ」
ジェイクの後ろにいる複数人は奴の仲間? つまりジェイクは黒幕ではない……? いやそれよりもだ! まさか、本当に一人やっちまったのか!
「お前……何てことを!」
「俺は俺で勝手に動くって言っただろ? 見ろよ、コイツを。泣いて謝ってたぜ? もう悪さはしねぇってさ。ギャング相手じゃねぇんだったら簡単なもんだぜ。これでも効果が無いと言えるか?」
馬鹿な。ジェイクの考えが正しかったのか。
俺は何も言い返せず、転がっている生徒を見ながら唇をきつく結ぶばかりだ。
「別に俺らはお前の気持ちなんか分からねぇよ。でも、学校で卑怯なことやってる奴らに鉄拳制裁を加えてやるのが悪じゃねぇって事くらい、馬鹿だって分かるぜ」
「本当にこんなんで解決すんのかよ……」
「粋がってるワンクスタ程度ならな。お前もいきなり親玉ぶっ倒そうって考えてるわけじゃねぇだろ? ならまず学内から、次に街のクソガキども、そんでB.K.Bっていう風に一歩一歩近づいて行けばいいんじゃねぇの? 俺らもそこまでは付き合いきれねぇけどよ」
ジェイクが真っ白な歯を見せて笑う。
「さながら正義の愚連隊って奴だぜ。それに、どうせならお前やリカルドも俺達と一緒のほうが安全だ。違うか?」
「お前……」
「安心しろ。俺らは徒党を組んで誰かに悪さを働くようなタマじゃねぇよ。いい加減に目を覚ませ。複数相手と戦うってことは、自分ひとりじゃどうにもなんねぇ。誰かと組むってことは恥ずかしいことなんかじゃねぇんだよ」
ジェイクが俺の目の前に右手を差し出した。学生の皮を被ったこのワンクスタを殴りつけたせいだろう。その手には黒く変色した血がこびりついている。
「掴め」
「クソっ……」
パシン、と音を立ててジェイクの手を掴む。そのまま一気に引き起こされた。とうとう俺はコイツに折れてしまった。
「ワンクスタみたいに、ギャングスタファッションの真似なんかすんなよな……!」
「分かってるっての。でも名前だけは考えたぜ。今日は俺達の、大事な旗揚げだからな。リーダーさんよ」
「名前だと? そんなものいらねぇよ。俺達はギャングじゃねぇんだ」
「Kray's Blood Killersだ。略してK.B.K。お前の嫌いなB.K.Bの真逆の略称だ。どうだ、気に入ったろ?」
「もう勝手にしてくれ……」
こうして俺達はK.B.Kを結成するに至ったのだった。