Gang Games
「これを見ろ」
数週間後、教会の中で開かれた会合に俺も出席していた。
サーガがバンと叩いて示したのは、ロサンゼルス周辺地域の拡大地図だ。B.K.Bや同盟のセット、味方となったクリップス、潰した敵の拠点など、様々な情報が書き込まれている。まるで戦争ゲームの盤面だ。
「先週落としたのがここ、昨日はこれ」
次々と指をさすサーガ。俺はなんとなくそれを見ていただけだったが、ハスラーのOGの一人が何かに気付いたようだ。
「こりゃまずいな。ワッツ・ネイバーフッド・クリップが食い過ぎてる」
「その通りだ。敵さんがこれを狙ってるとは断言できねぇが、明らかに俺らを潰そうって連中はワッツに集中していて、それもほとんどがワッツ・ネイバーフッド・クリップのテリトリーに近い」
「……狙ってんだろ、これ。ワッツ・ネイバーフッド・クリップを俺達から離反させたいんじゃねぇのか。わざと勢力を伸ばしやすいようにしてるんだと思うが」
クリップスサイドの味方セットの一つに力を一極集中させて、俺達と食い合いをさせようって腹か。黒幕の野郎もかなり頭がキレる上に、こっちの勢力図も良く分かってやがる。
「リーチかドールはなんか言ってるのか?」
俺がそう訊いた。結局、ドールは殺されずに済んだと聞いている。その代わり、B.K.B絡みの喧嘩だけは一人ではなく、リーチと共同で方針を決めているらしい。
「言ってくるわけねぇだろ。シマを増やしてくれてごっそさんとしか思ってねぇさ」
「リーチだけ呼び出して、真意を聞いてみる方が良いと思うがな」
「応じはするだろうが、真意なんざわかりゃしねぇよ」
サーガは首を縦に振らない。
「何もしねぇよりは良いだろ?」
「おい、クレイ。そこまで言うならお前が行ってこいよ」
「そうだぞ。サーガの時間を使おうとするな」
サーガではなく、周りの連中から意見が飛んできた。
「俺が出向いたらB.K.B側が下手に出るみたいじゃねぇか。話すのは俺でもいいからこっちに呼び出してくれよ」
「そのくらいならやってやるが、俺は顔出さねぇぞ」
「構わねぇよ。ありがとうな」
俺が礼を言い終わるよりも早く、サーガは携帯電話で連絡を取っている。せっかちな男だ。この判断力の早さがB.K.Bのトップでいられる理由でもあるんだろうがな。
「おう、リーチ。調子はどうだ」
ハンズフリーでは無い為、リーチの返答は聞こえない。サーガの独り言を見守るような形になる。
「そうかそうか。ちょっとこっちまで出て来い。クレイが話があるそうだ。ん、あぁ? そうか、なら明日でいい。あとはそっちを出る前にクレイに電話しろ。じゃあな」
「……一発かよ。リーチも不審がって、もう少しごねるかと思ったがな」
「はっ、俺を見くびるんじゃねぇよ。明日だそうだ。奴の真意が探れる自信があるなら探ってみろ」
……
リーチは仲間さえ連れず、たった一人で古いトヨタ・カローラやってきていた。無防備だが、信頼されているとも取れる。
場所は教会ではなく、リーチにも分かるように高架下だ。最近は外部の人間と会うときはここを使うことが多い。
ちなみに我らがアジトであるあの建物は正式にチャーチ、教会と呼ばれるようになっていた。昔のB.K.Bのアジトはホームベースと呼ばれていたらしい。
「いちいち呼び出したりせず、電話で良かったんじゃねぇのか? サーガまで使いやがって、いったい何なんだよ」
「そう言うだろうと思ったが、大事な話くらい面と向かってが良いと思ってな」
俺は跨っていたバイクから降りた。念のため銃も持たされているし、ガーディアンのメンバーは見える距離に何人もいる。リーチからも見えているはずなので特に隠しているわけではない。ここはB.K.Bのテリトリー内だ。
「ドール込みじゃなくて、俺だけなんだな」
「あいつは俺達からは反感を買ってる。信頼ならねぇ」
「俺は違うってか? 嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。このところシマも増えてるしな。なんだかんだ言ってドールもお前らには感謝してるはずだぞ」
殺しかけたのにそれは無いだろうとも思うが、俺はただ頷いた。
「シマが広がる事、お前はどう思ってるんだ?」
「どうってのは? 悪いことじゃねぇだろう。人間もシノギも増える一方だ」
「ここのところ、他に味方してくれてるクリップスも出てきたが、そっちはあまり美味しい思いをしてねぇ。反発は起きて無いか?」
ゼロではないが、ほとんどワッツ・ネイバーフッド・クリップの取り分だ。
「反発? 味方になってからそんなに時間も経ってねぇし、これから出てきた所を食わせてやればいいんじゃねぇの?」
「そうか。しばらくは安心って事だな」
「あぁ」
これは俺が本当に聞きたいことではない。社交辞令、挨拶みたいなもんだ。B.K.Bが厄介だと思っているのは、そんな雑魚共の反発ではない。
「『ワッツ・ネイバーフッド・クリップからの反発、裏切りの声』は、起きてないか?」
「っ!? てめぇ、冗談でもそんな事……!」
「冗談言うために呼び出したんであれば良かったんだがな」
本題に入った。ここからは俺の腕の見せ所だ。リーチは明らかに動揺している。だが、どうあっても動揺することまでは分かっていた。
たとえば、奴の言葉の通り、俺達にワッツ・ネイバーフッド・クリップが疑われて驚いた時。
たとえば、実際に力を持ったのでB.K.Bと真っ向勝負しようと考えていた時。
どちらであれ、それは動揺につながる。
「心底見損なったぜ、クレイ」
「仕事だからな。お前にどう思われるかなんてどうだっていい。だが、お前もおかしいとは思ってるだろう? ネイバーフッド・クリップの取り分だけが異常に多い」
「それが、誰かの差し金だって言うつもりか?」
「十中八九そうだろうな」
別にそれを返せとか分配しろとは言わない。それに踊らされて馬鹿な真似をするつもりなら俺達もどうにかしなきゃならないし、気付いていないだけの能天気な集団なら警告が必要だ。
「大抵の奴らはラッキーだとか、そんな風に考えてる。俺もな。ドールは知らねぇ」
「知らねぇだ? 真っ先に狼煙を上げるならアイツだろ」
「その点は同意だ。だが、俺にそんなことを話してどうするってんだよ」
「お前には嫌われちまったが、俺はお前を信頼することにした。第二のドールになるような馬鹿じゃねぇってな」
どうやらリーチは何も考えていなかった能無しのようだ。であれば口説き落として監査役に立てるのが上策だろう。
「チッ……調子狂うぜ」
「お前もワッツ・ネイバーフッド・クリップの力が大きくなるのは万々歳だろう。でも、それで調子に乗り過ぎて俺達や他のクリップスから爪弾きにされるのはよろしくねぇんじゃねぇか? たとえ勝てる見込みが立ったとしてもだ」
「知らねぇよ。誰が相手だろうとやるときゃやるが、俺達がそうするって思われてるのは気分悪い」
リーチは口にくわえたジョイントにかちりと火をつけた。
「よく考えろ。それはお前が最初に毛嫌いしてたウエスト・ワッツ・クリップと同じ轍を踏むことになるんだからな。あいつらはダメで自分たちにはそれが許される、だなんて甘えたこと考えてねぇよね? しかも、恩を仇で返す様な形でよ。それに……」
「あん?」
「そうさせようとしてる誰かの狙いに乗っかるだけの、道化にはなってほしくないんでな」
「……どういう意味だよ?」
完全に食いついたと見ていいだろう。
「味方の暴走を止めれるのはお前くらいなもんだ。それを頼みたいのさ」
「仲間を見張れって事かよ。そんでお前にチクリを入れろってか。冗談じゃねぇぞ。俺の本当の味方はお前らじゃねぇ」
「んなこた百も承知だよ。ただ、その誰かに踊らされて俺達と対峙して、そんで負けた日にゃあ悔やんでも悔やみきれねぇぞ」
リーチが腕を組む。
「あ? なんで俺らが負けるって決めつけてるんだよ。癪な野郎だ」
「俺らに勝てるわけねぇだろ。勝っても、お前らは第二のウエスト・ワッツ・クリップだ。他のクリップスどもに潰される運命からは逃れられねぇよ」
「クソがよ、頭のてっぺんから足の先まで気に食わねぇ野郎だ」
リーチが吸いかけのジョイントを俺に差し出した。仕方なく俺は受け取り、少し吸って激しく咳き込んだ。
畜生、こんなもの吸わせるなよな。だがこれで話は終い。俺の勝ちだな。
……
「ほぉ? そのツラ、上手くいったんだろう。なぁ、クレイ?」
「見透かしてんじゃねぇぞ」
教会前で数人と賭けダイスゲームに興じていたサーガは、一発で俺とリーチのやり取りの結果を見抜いてきやがった。ムカつくぜ。
それに、遊んでるんなら自分で交渉しろっての。
「ははっ。大したもんだ、さすがはB.K.Bいちのネゴシエイターだぜ」
「変な肩書きを作るなっての。面倒ごとが俺に集中してきても困るんだからよ」
「なぁに照れてんだ」
サーガがバシバシと俺の背中を叩きながら褒めてくれている。
「とにかく、リーチは今のところこっちに付いてると見ていい。ドールや他の連中が余計なことをしようとしたら俺に連絡が来るはずだ」
「それ自体は信用できるのか? 連絡するって口で言ってるだけかもしれねぇぜ」
近くにいた別のメンバーが訊く。
「あんまりそういうことをする奴じゃないと思ってるがな。もし裏切られたら俺がまんまと騙されてたって事だ」
「んだよそりゃ、話にならねぇじゃねぇか。むしろこっちが疑ってることだけが向こうに伝わっただけじゃねぇか」
まさにその通りだ。もしリーチがドールと組んで反旗を翻すとしたら、何の情報も俺には伝わらない。もしくは嘘の情報が流れてくることさえ考えられる。
「そこはもうリーチという男を信頼するまでだ。俺が先に相手を信用してないで、どうしてあっちが信用してくれるってんだよ。そんなもんじゃねぇのか、人間の付き合いってのは」
サーガが頷きながら割って入る。
「正解だぜ、クレイ。クリップス相手にそれが通用するのかは分からねぇが、仲間や味方ってのは自分が開襟してやってこそ、はじめて信頼してくれるもんだ」
「あぁ。もしこれでしくじったら、力を貸してくれ。これ以上にいい手が浮かばなかった」
「それを承知の上でお前に任せたのは俺だ。ここにいるみんなも、他の連中だって反対はしなかった。みんなでお前に任せるって決めたんだ。しくじった時はみんなの責任だ。心配するな、尻は拭ってやる」
サーガの言葉で場が落ち着く。それ以上は誰も何も言ってはこなかった。
……
それからさらに数週間。相変わらずちょっとしたセットがB.K.Bにケンカを吹っかけてきて、それを自分たちや味方で叩き潰すという状況は続いていた。
やはりと言うべきか、かなりの割合でワッツ・ネイバーフッド・クリップの連中のシマが増え続けている。
シマは増えても金は他の奴らに分配、物資はB.K.Bが独占している。これはシマが手に入った場合の約束事だ。そのセットにはテリトリー以外のものは渡さない。
ワッツ・ネイバーフッド・クリップもそろそろ管理が難しくなってきているだろう。辞退してくれても良さそうなものだが、その気配はない。
俺はというと、予想通り、迷惑な交渉役を数多く押し付けられる状態となっていた。ガーディアンじゃなく、ネゴシエイターという新しいチームまで作ったらどうだという冗談まで飛び交う始末だ。
作っても所属は俺一人じゃねぇか、ふざけやがって。
だが、こんなことになったのは何もリーチとの話だけが理由ではない。
ウチのテリトリーに攻めてきたとある敵対セットがいたのだが、ぶつかる直前に俺の説得で攻撃を停止させることが出来たのだ。
餌に使ったのは現状のワッツ・ネイバーフッド・クリップとそのほかのクリップスの近況。後々潰されるくらいなら先に味方になって美味い汁を吸った方が良いんじゃないかという提案だった。
まさかそれに乗ってくるとは思わなかったが、それが成功したせいで俺は方々で敵味方際限なく、色んな連中との交渉や話し合いをさせられているというオチだ。
「それがお前の喧嘩なんだろうさ、クレイ」
「気楽に行ってくれるもんだ」
久しぶりに顔を出したメイソンの兄ちゃんの整備工場でのアルバイト。グレッグとリカルドが少し離れた所で洗車しているのが見える。
俺は最近休みがちだが、ここにいる全員はギャングスタへの理解が非常に深いので何も言ってはこなかった。
むしろ、俺が実戦よりは交渉に精を出していることが嬉しそうだ。危険性が低いと思っているからだろうが、揉めたりしたら十分に命を落とす可能性もあるんだけどな。
「気楽だよ。今のB.K.Bは凄く安定してるように見えるしね」
「いや、ちょいちょい攻め込まれてるんだが?」
「平気さ。サーガがいるし、クレイもいる。万全だよ」
ポン、と肩に手を置かれた。
「そう遠くない将来、お前はB.K.Bの柱になるよ。サーガの背中をよく見て、お前なりのゲームを作っていくんだね」




