Bloods & Crips
以前、中華系マフィアのハンらと取引を行った高架下。そこには俺とサーガ、他にはウォーリアーやハスラーのOGらが集結し、それに向かってリーチ達、ワッツ・ネイバーフッド・クリップの連中が立っていた。
他の友好セットと会うのとはわけが違う。相手は本来であれば敵対しているクリップスなのだから、その緊張感は倍増だ。
リーチの方は前回俺もお目にかかれなかったプレジデントを連れて来ている。なので、この場では俺とリーチが話すのではなく、サーガと相手方のプレジデントだけが発言できる。というより、その二人以外は言葉を発することさえ憚られるくらいのピリピリとした空気だ。
「ビッグ・クレイ・ブラッドのサーガだ」
「ワッツ・ネイバーフッド・クリップのドールだ」
互いに自己紹介をした。サーガがそうしたからか、ドールもおそらくニックネームで返す。
ドールは中肉中背の男だった。上下は紺色のディッキーズ。靴はファットレースを通した黒のオールスター。スキンヘッドにロサンゼルス・ドジャースのベースボールキャップを斜め向きにして被っている。口元は紺色のバンダナで隠した、オールドスクールでド定番なギャングスタファッションだ。
対するサーガは真っ赤なエンジェルスのベースボールシャツにリーバイスのストレートデニム、靴はレースを抜いたアディダスの白いスーパースターだ。頭は編み込んでコーンロウにし、赤いバンダナをデコで鉢巻きにしている。
アイテム自体は古めかしいものばかりだが、こちらはどちらかというとニュースクールっぽい着こなしだ。
「一応、礼を言わせてもらおう。俺達に手を貸してくれてありがとう」
「ウチの奴が勝手にやっただけの事。こちらとしても、あのクソセットをわざわざこんな所から退治しに来てくれて助かったぞ。奴らは調子に乗り過ぎてたからな」
「普段であればウチはクリップスとは付き合わねぇんだが、そちらさんはどうだ?」
「まぁ、ウチもそうだな。ブラッズでよろしくやってるセットはねぇ」
ふっ、と二人が笑う。緊張感がいくらか緩んでいくのを感じた。本人たちは最初からこうなるのが分かっていたのだろう。互いに二、三歩ずつ前に出て軽く手を握った。
名実ともに、同盟の締結である。
「で、サーガよ。ウエスト・ワッツ・クリップのテリトリーなんだが」
「分かってる。初めからウチはあんな飛び地が欲しいとは思っちゃいねぇんだ。お前のところで面倒見てやってくれるか、ドール?」
「もちろんだ。ちぃと喧嘩の手助けしただけでウチのシマが増えるなんて、こりゃ大したおこぼれだぜ。言う事無しだ。で、そっちの要求は? ボランティアだってんならこのまま帰るがよ」
サーガ個人としては別にそれでもいいと思っているはずだ。今回の俺達の目的はウエスト・ワッツ・クリップの壊滅だった。その先にいる黒幕に繋がる道筋があればよかったのだが、特に何も見つかっていない。
「そうだな……クリップスサイドで仲間集めを頼めるか?」
「仲間? 何かやるつもりか?」
B.K.Bでは繋がれないギャングセットも、ワッツ・ネイバーフッド・クリップを挟んで引き込んでやろうという話らしい。
クリップスの仲間が増えるのはあまり嬉しくないが、黒幕がどんどん動きにくくなるのは間違いないだろうからな。
「俺らを狙ってる連中はそこかしこにいるんでな。その芽を摘んでおきたいのさ」
「あっぱれな嫌われっぷりだな。ウエスト・ワッツ・クリップにも狙われて、一体、お前のセットは周りに何をした?」
「それは俺も知りたいぐらいだ。余所に攻め込むなんて真似は何年もやってないんだがな。とにかく俺達を目の敵にしてる阿呆がいて、色んなセットを焚きつけてきやがるのさ。確実に糸を引いてる誰かがいる。そいつを殺すのが最終目標だな」
ドールは声をあげて笑った。
「ははっ! 映画さながらじゃねぇか! いいねぇ。何だか知らねぇが、一緒に喧嘩してやるよ。ついでにウチのシマをどんどんデカくしてくれよ」
「ここから遠くて俺達に必要ねぇならやるさ。ただし、デカくしすぎて身を滅ぼさねぇようにな」
ドールはサーガとは違い、セットを大きくしたいと思っているようだ。
サーガは野心の様なものこそないものの、必要とあれば力を増やす。実際、ここから近い場所だったのであれば吸収するか従えていただろう。
だが、B.K.Bを狙ってくる敵は遥か遠くからやって来るものも少なくない。勝ってそこを奪ってもこちらの力が分散してしまう。それすらも黒幕の策の内なのかもしれないが。
「そんじゃ、互いにデカくなって最終決戦するか?」
「馬鹿か。そんなことがしたいのならウエスト・ワッツ・クリップとお前らを同じ目で見るぞ」
「へっ。そん時はそん時ってな。仲間集めだが、連中を引き付けるエサはあんのか? 手ぶらで引き込もうなんてのはお花畑だぜ」
「お前らのところと同じ条件でいいだろう。どこかを潰した時にそのシマを奪う。そうするのが分かってるんだから、隣接してるセットを仲間入りさせるのは避けろよ? 取り合いで揉めちゃ面倒だ」
クリップスの味方を増やす場合、その拠点はバラけていればバラけているだけ都合がいい。そのうちのどこか、近いセットに面倒を見てもらえる。
「んだよ、ウチの一人勝ちに持っていけねぇならこの話は無しだぜ?」
「それだけの仕事ができるつもりでいるなら俺は構わねぇが?」
「なめてんのか、てめぇ」
この交渉、一筋縄ではいかないか。敵対勢力同士なのだから、ちょっとした意見の違いでやはりこうなる。
「待て待て、二人とも落ち着けっての。今日は美味い話で盛り上がるんじゃなかったのかよ」
意外や意外。二人の仲裁に入ったのはリーチ・ザ・リッパーだった。その通り名の如く、お気に入りの大型ナイフを腰に下げている。
西洋の騎士気取りなのかなんだか知らねぇが酔狂な奴だ。先日の喧嘩でも明らかになったが、コイツだけは意地でもハジキを使わない。
「リーチ、このくらいでビビッてんじゃねぇよ。じゃれてるだけだ」
「んなつもりはねぇよ、ドール。やりてぇならすぐにおっ始めよう」
「阿呆か、お前らは。ただの自殺になるぞ」
このサーガの言葉はもっともだ。たったの数人で大勢のB.K.Bに囲まれているこの状況で喧嘩となれば、ワッツ・ネイバーフッド・クリップの連中の命は数分と持たないだろう。
「だったら認めろよ。俺達の総取りをな」
「俺はシマをやる代わりに仲間を集めろと言った。それを全部寄越せと言うならお前のところ一つでそれなりの仕事ができるんだろうともな。東に西に引っ張りだこになるかもしれん。それをワッツ・ネイバーフッド・クリップが一手に引き受けるという事でいいんだな?」
「はぁ? 待て、そんなにあっちこっちに行けるわけねぇだろ。身体は一つだ」
「だから俺は仲間を集めろって言ってるんだろうが! あぁ!?」
突如キレたサーガが、杖でドールの胸を突き飛ばした。他のOG達も一斉に動き、ワッツ・ネイバーフッド・クリップのリーチ達が手出しできないように武器で牽制する。
「んなことも理解してねぇくせに口答えしてきてんじゃねぇぞクズが! そんな脳みそしかねぇ人間が、方々に散ったデカいシマを管理できるはずがねぇんだよ、マザーファッカーがよぉ! 俺の言葉が分からねぇなら、もっとマシな英語が話せる奴を連れて来い!」
「クソが……! ハナっから俺達をここで始末するつもりだったのか、ビッグ・クレイ・ブラッド!」
突き飛ばされ、胸の辺りを抑えながらドールが歯をむき出す。腰に拳銃を差しているが、それを抜くほど愚かではなかった。
「なんでそういう考えになるんだ! どこまでも馬鹿だな、てめぇは! 自分勝手な意見ばかりが通ると思ってるのか! きちんと仕事をするならお前の要求も叶えてやろうってのに、それはできねぇとは何様のつもりだ! 喧嘩を吹っかけてきてるのはてめぇのほうだぞ、ドール!」
「できねぇもんはできねぇだろうが!」
「なら仲間を集めればいいだけだろう! できもしねぇのに、自分一人だけが旨い蜜を吸えると思ってんのか!? トップがそんな考えだとセットの仲間にも見放されるぞ!」
リーチを含むウエスト・ワッツ・クリップのメンバーらも、サーガに対して怒りをぶつけていたはずだが、この言葉でハッとした。
ドールは個人で力をつけるだけつけて、自分たちをも出し抜いて欺くつもりだったのかという疑念だ。
「ドール……? 私腹を肥やそうって腹だったのか、お前?」
「ドールが俺達を裏切る、だと?」
「んなわけあるか! ウチのセットを肥やすのが私腹だって言うんならそうなるがな! おい、サーガ! 俺を嵌めやがったんだろ! みんな、騙されるんじゃねぇ!」
「……コイツじゃ埒が明かねぇな。面倒だが、ドールは殺すか? どちらにしろ少し黙ってもらうのがいい」
サーガがそんなことを言うものだからドールはついに銃を引き抜く。
しかし、それは既に彼を囲んでいたB.K.BのOG達から即座に奪われ、身体を地面に抑え込まれてしまった。口にはバンダナが猿轡のように結ばれて唸り声しか出せなくなる。
「リーチ、だったな」
「あぁ? なんだよ……」
ふいにサーガから話を振られ、リーチが緊張するのが分かった。
「俺とドールの話は聞いてたはずだ。俺は何か間違った要求をしたか? 俺にはどう足掻いてもドールが駄々をこねてるようにしか感じられない。こんな阿呆とじゃ交渉にもなりゃしねぇ。お前、今回だけ代役をやれ」
「いや……正直な話、アンタは間違ってねぇよ。ウチのボスがワガママ抜かしているように感じた」
これが、ドールが仲間から抜け駆けをしようとしているという疑念を抱かせた結果だ。普通に話していただけでは多少無理があっても味方の肩を持つだろう。サーガの話術の勝利と言える。
「代役は? 別にお前じゃなくても構わんが、この阿呆以外で頼む。話にならねぇからな」
「みんな、この場は俺が取り持ってもいいか? ドールに任せると話がややこしくなって進まねぇ」
リーチ・ザ・リッパーがワッツ・ネイバーフッド・クリップの連中の顔を見回しながら尋ねた。彼らからは頷きや「あぁ」という短い返事だけが返される。
「問題ないようだな。なら話を進めるぞ。ドールは……まぁ、あとで縛って返してやる。生かすか殺すかはてめぇらで決めな」
口を縛られたドールがもごもごと何か反論を言っているが、誰も聞き取れない。おそらく、このままだと味方に殺されてしまうだろう。
本気で自身だけの一人勝ちを目論んでいたのかは定かではないが、交渉をぶち壊しにしてこの場の仲間たちの命をも危険にさらしたのは紛れもない事実だ。
「それでいい。で、サーガよ。俺らはクリップスの連中を集め、アンタらがデカい喧嘩をするたびに加勢したらいいんだろう? で、どこかのシマが手に入るようなことがあれば分ける、と」
「その通りだ」
「でもそれじゃ、仲間集めに奔走した分の手取りがねぇ。後から入って来たセットがあっても、その次の喧嘩の時にたまたま敵地に近かったらそいつらが一番得するじゃねぇか。そこは納得できねぇぞ」
「その通りだ。それに気づかねぇくらいの馬鹿なら、そこまでのレベルの連中だと思ってたがな。そういう意見が欲しかったんだよ」
ここから、クリップス・サイドでは一番乗りで味方となったワッツ・ネイバーフッド・クリップの、他とは差別化を図るための話し合いとなる。
……
B.K.Bのサーガ、それとワッツ・ネイバーフッド・クリップのプレジデント代役であるリーチの間で交わされた取り決め。
まず、シマの分配は従来通り、最も管理しやすいであろう距離にいるセット。これはそのままだ。選べるわけではないので完全に運となる。
万が一、二つ以上のセットが争うようなそぶりを見せた場合は問答無用でB.K.Bのものとなる。
次に、その戦いで勝利した際に奪った物品、武器弾薬、麻薬、車などだが、これはB.K.Bとワッツ・ネイバーフッド・クリップでの折半となる。
だが、現金だけはその他のクリップス全てに配る。シマも何も手に入らなかった連中が騒ぎ立てるのを少しでも和らげるためだ。
既に同盟関係にあるブラッズの方にも配慮しなければならないので、そっちはB.K.Bが頂戴した物品を少しずつ与えることとなりそうだ。正直、B.K.Bにはほとんど何も残らないが、クリップスよりは信頼のおけるブラッズサイドの味方が強固になると考えて納得するしかない。
負けた時の事は何も決めなかった。連戦連勝など絶対にありえないことだが、サーガは負けをイメージさせないようにしたのだろう。
おそらく、集まった連中は一度や二度、負けたぐらいでも平気で抜けていく。そんな奴らに対して負けた際の手厚い保護をしてやるつもりはなく、勝ったときに飴だけ与えておけばよい。
負けた状態であれば、こちらに恨みを持って歯向かって来たとしても簡単に対処できる。そしてそのセットの持ち物を根こそぎ奪って、まだ残ってくれている連中に配るだけだ。上手くできている。
「リーチ」
「クレイか。ま、色々あったがお前らには感謝してるぜ」
「ドールはどうするつもりだ」
「……どうだろうな」
帰り際、俺は代理のリーチにそう問いかけたが、奴はハッキリと返事をすることなく、縛られたままのドールを車に乗せて帰って行った。




