Arrival! B.K.B
「ほう? で、そんな物騒な格好でどこへ行くのかね? 自分たちの街にいるのが良いのではないかね」
想定外の状況だ。ポリスカーの目を引く事には成功したが、ワッツよりもずっと手前、メイウッドのあたりで停車させられてしまった。もちろん、ここまで出てきている時点で俺達の地元の不可侵条約はサツ相手にも通用しない。
不幸中の幸いだったのは、今回俺達は丸腰だという事か。サツ相手にドンパチやる必要はまるで無いので、職質などで奴らの手を煩わせることも想定していたからだ。
「あのな、お巡りさん。俺らはドライブしてるだけさ。疑わしきは罰せず、だぜ?」
「三台もぞろぞろと連なってドライブか? どこかに喧嘩をやりに行っているようにしか見えんがな」
クソ、この白人警官。俺の説得にも中々引っ込まねぇな。ま、怪しいに決まってるがよ。
「喧嘩? 勘弁してくれよ。だったらどうして俺達は銃どころかバットの一本も持ってないんだ」
これも警察と話す可能性があったので織り込み済みだ。ガーディアンは戦闘に参加しないのであえて全員丸腰でやってきている。もちろん車のトランクにも一切武器は積んでいない。
この警官もそれは確認している。
「それは知らん。現地調達でも何でもできるだろう。ギャング共が固まって動いてて気にするなという方が無理だ」
「誰がギャングだなんて名乗ったかね。いつまで俺達をこんなところで呼び止めてるつもりだ? 他にも守るべき者がいるだろうよ」
「いや、どう見てもギャングだろうが。どこのセットだ。それだけ聞いたら行っていいぞ」
嘘をつけ。言ったらさらに足止めされるに決まってる。
「まぁ、ブラッズに憧れてるのは事実だけどよ。そんな大層なもんじゃねぇっての」
当然、本当の事を返すわけにもいかないので、俺は機転を利かせてワンクスタを偽る事とした。俺以外のメンバー達はワンクスタ出身で本物のギャングスタになった連中。敢えてそれに成り済ますというのであれば話は簡単だ。
「そういうことか。馬鹿な真似はやめて、さっさとママのところに帰るんだな。さもないと痛い思いをすることになるぞ」
まるで彼自身が暴力を振るうかのような発言だが、これは比喩だ。別のギャングスタの目に留まって痛めつけられる前にやめておけという事だろう。
「わかったわかった。ただし、今日のドライブくらいは大目に見てくれよ。せっかくのお楽しみが台無しだぜ」
「……ふん」
気に食わなそうな様子で俺のドライバーライセンスを返し、警官は道を譲った。
……
いよいよワッツへと近づいて来た。そこは言わずと知れたゲットーだ。壁中のタグ、破損して放置された車、炎上してそのままになった家屋、電線に引っ掛けられたコンバースオールスター、街角に立つギャングスタ。
メディアの印象操作でコンプトンばかりが目立って影がうすいが、はっきり言ってこちらの方が危ないと言っても間違いではない。
殺人事件、強盗、強姦、どれをとってもトップクラスの発生件数で、余所のギャングとなる俺達でも、いや、余所のギャングであればなおさら気を引き締めていかなければならない。
街の象徴たるワッツタワーは鉄線で組まれた不気味な出で立ちで、観光名所とされながらも夜には観光客など一人も見当たらない。否、昼だってほとんどいない。
当然だ。こんなヤバイ場所に観光客が出歩いていて、無事で済むはずがない。
時刻はすでにてっぺんを回り、街灯の少ない街並みはかなり暗い。車のヘッドライトだけが頼りと言っても過言ではない。
「どこにでも敵の兵隊が隠れてそうな雰囲気だな」
仲間の一人がそう言った。まさにその通りだ。道の両側に伏せ、奇襲でもかけられようものなら簡単に俺達はハチの巣になってしまうだろう。
しかし、その最初の被害者が俺達ガーディアンとなる可能性は限りなく低い。ウォーリアー達の車列はもう敵さんのエリアに突入しているはずだ。
俺達はそこまで入っていくわけではなく、いくらか手前の路肩に車を停めた。警察車両は見当たらない。であれば味方からの救援の連絡待ちだ。それをアジトで指揮を執るサーガに伝える。
「クレイか」
「あぁ。サツがいないんで適当に停まってる。そっちからは俺らにやってほしい事、何かないか?」
「そうだな、今のところは何もない。しばらくそこにいろ」
「わかった……なっ!?」
突如、ガシャンと俺の顔の真横にある、車のサイドウィンドウが割れた。そして、ぬっと突っ込まれたナイフが俺の首を捉えようとする。
「あっぶね……! なんだ、てめぇ! おらぁ!」
「敵かよ! 行くぞ、みんな!」
俺は間一髪、頭を後ろに倒して凶刃を躱し、さらに運転席をリクライニングさせて可動域を増やした。
そのままドアを蹴り開けて外にいる不届き者を吹き飛ばす。
「クレイ、どうした!」
電話口からサーガの声が聞こえるが構っている暇はない。同乗していた奴らや後ろの車からも仲間が一斉に飛び出した。
こちらは丸腰ではあるものの十人いる。俺を襲ったのは一人のナイフを持った男。パーカーのフードを目深に被っていて顔は分からない。
「囲め!」
「逃がさねぇぞ、この野郎!」
俺は近くに落ちていたレンガを武器代わりに拾った。
吹き飛ばされていたパーカーの男は起き上がったが、車とガーディアンに囲まれて逃げ場はない。
誰か一人を刺して突破することも可能だろうが、今のところ動きは無い。
「てめぇらどこのセットだ。ここらはウチの縄張りだ」
「あぁ? イーストL.A.のビッグ・クレイ・ブラッドだ。てめぇは?」
なるほど、たまたま停車しただけに過ぎないが、別のギャングセットのテリトリー内だったわけか。
しかし、いきなり殺そうとしてきやがって……ぶちのめしてやりたいところだが、出来れば殺しはやりたくない。
「ワッツ・ネイバーフッド・クリップのウォーリアー。リーチ・ザ・リッパー様だ」
「そうか。悪いが俺らの用事はウエスト・ワッツ・クリップでな。お前はお呼びじゃねぇよ」
「ウエスト・ワッツの連中とやるのか? 遠い街からわざわざ?」
ナイフを振り回して暴れまわるでもなく、仲間に連絡を取るわけでもない。
何事もなかったかのように普通の会話を持ち掛けてくるとは、余程自分の腕に自信があるのか?
いや、単純に阿呆なんだろう。
「誰に吹き込まれたのか、奴らがウチのセットに攻め込んできてな。その報復だ」
「そりゃいい。だったらこんなところで油売ってないで、さっさとやっちまえよ」
「うるせぇな。俺らの仕事は別にあるんだよ。だからこうして手前で待機してる。お前のセットのテリトリーだってのは知らなかったがな」
どうやら同じクリップス同士ではあっても、今回の標的であるウエスト・ワッツ・クリップと、コイツの所属するワッツ・ネイバーフッド・クリップとは敵対関係にあるらしい。
「別の仕事? 何でもいいが、ここにブラッズが堂々と車を停めてたらこっちの面目丸つぶれなんだよ。どっか行けよ、殺すぞ」
「チッ……移動してまたお前みたいな奴に絡まれたら面倒だ。俺ら余所者が停車してても問題にならないようなエリアはあるか? もちろん、ウェスト・ワッツ・クリップの連中のところに駆けつけやすい場所でな」
初めて会った、しかも俺をいきなり襲って来たクリップスのギャングスタにこんなことを聞くのは癪だが、俺達にそんなローカルな情報は備わっていないので仕方がない。
だが、ワッツはコンプトン並みのギャング激戦区だ。安全な場所を探す方が難しいと思われる。
「無理だな。ここら一帯はどこかしらのセットのテリトリーだ。地区外まで出るしかねぇ」
予想通りの回答が返ってきた。
「だったら少しの間、見逃してくれよ。ウエスト・ワッツ・クリップが潰れるのは好都合なんだろ? 敵の敵は味方みたいなもんだ」
「だからそれは面子が許さねぇっての。早く行って皆殺しにして来いよ。そんでお前らも全滅しやがれ」
「勝ったら死にようがねぇだろ。それよりも、お前のところはウエスト・ワッツ・クリップと仲が良くねぇセットなのか? それとも個人的な毛嫌いか?」
話している間であればこの場を繋げそうだ。ついでとばかりに俺は出来るだけの情報を得ようとする。
「あぁ? ウチだけじゃねぇよ。あそこはまるで兵隊みたいな装備で周りのお友達を脅したり攻撃したりしてるからな。気に食わねぇのは当然だろ」
「そりゃ、マフィアなんかとつるんで武器を大量に回してもらえば、周りのセットとの力の均衡が崩れちまうわな」
「マフィア? ふざけんな。アイツらそんなわけのわかんねぇ手口で粋がってやがったのかよ」
どこのセットもマフィアとよろしくやるのは基本的にご法度だ。B.K.Bもそれに関しては違反してしまっているわけだが、それをコイツに話す理由もないので棚に上げる。
B.K.Bを潰そうとする黒幕の差し金だろうが、やはり行き過ぎた武器を持つと勢いづいてしまったか。
ウエスト・ワッツ・クリップは今まで均衡していたであろう周りのセットとの関係性も崩してしまっている。
つまり、本来であれば必要のない敵を多く作り出してまったわけだ。
強力な武器を持ったところで俺達以外に向けなきゃ良かったものを、それを自重できなかったと見える。馬鹿な奴らだ。
「不思議に思わなかったか? いきなり重武装してよ」
「そりゃな。いい話を聞けた。そんで、どうしてお前らのセットも攻撃受けてんだ?」
「それはマジでこっちが聞きたいくらいだ。ま、聞く間もなく皆殺しにするんだろうがな」
「皆殺しとはまた自信たっぷりじゃねぇか。そんなに強いのかよ、お前らのセット」
B.K.Bの力を知らないギャングスタに会うのは初めてかもしれない。別の地域で、尚且つ若いメンバーであればこういう事もあるだろう。
「最強だ。向かうところ敵なしのな」
「……っははは! 最強と来たか。だったら俺らの事も潰しに来やがるか? 受けて立つぜ、おい」
「別にてめぇらのセットとは揉めてねぇだろ。世界征服を企んでる悪の組織か何かと勘違いしてんのか? そりゃコミックの読み過ぎだぜ」
「最強とかのたまってる奴の頭の中も大して変わらねぇぜ。ま、気に入った。お前、名前くらい教えろよ。俺はワッツ・ネイバーフッド・クリップのウォーリアー。リーチ・ザ・リッパー様だ」
なぜか気に入られてしまったが、ここで待機できるのであればなんだっていい。二度目の自己紹介を受け、気は進まないが俺も返答する。
「ビッグ・クレイ・ブラッドのクレイだ。リル・クレイなんて呼ばれたりする」
「セット名が入った名前とはまた御大層だな。まさかお前、プレジデントか?」
「いいや、違う。俺の名前はあんまり気にするな」
初代プレジデント……はサムか。その兄だというビッグ・クレイにあやかってつけられた名前なのは間違いないだろうが、だからといって俺がこのセットのルーツなわけではない。
「で、いつまでいるんだよ。俺だって暇じゃねぇんだ。ここにいる間は見逃してやるが、さっさと行けっての」
「俺らはサツの動きを止めるのが仕事なんだよ。デカい喧嘩だ。邪魔が入るのは間違いないからな」
「サツ? そんなもん奥までは来やしねぇよ」
やはり、ワッツにも俺達の地元やコンプトンのように不可侵条約的なものは存在しているようだ。
「普通ならな。デカい銃で派手に撃ち合って、爆弾なんかもバンバン爆発してたらさすがに黙ってねぇだろ」
「は! 爆弾まで持ち込んでんのか、お前ら。いいね、無茶苦茶にしてやれ」
「だからそれは攻め手の仕事だって言ってんだろうが」
「何だったら俺も参加してやろうか? 面白い祭りになりそうだ」
徐々にヒートアップし始めるリーチ・ザ・リッパー。面倒な奴に絡まれちまったもんだ。
「いや、要らねぇって。余計なことはするな」
「遠慮すんな。仲間に連絡を取ってやる」
「おい、やめろ!」
突然、別のクリップスが背後から出てきたとなれば絶対にややこしくなる。挟み撃ちと勘違いした味方が大混乱に包まれて負けちまう可能性だって大いにあるのだ。
そして、奴が電話をかけると思っていたのも俺のミスだ。
「よし、送ったぞ。ちょっと待ってろ」
携帯を耳に当てないので取り上げはしなかったが、リーチはメールの一斉送信で仲間を呼びつけていたのだった。




