Firearms! of B.K.B
高架下の河原から、どぶ川の水面に銃口を向けて構える。
拳銃は何度も使ったが、ライフルのような大きい銃を扱うのは少し緊張する。大勢の観客がいる前だというのも大いに影響しているだろう。
「単発からだ」
俺はそう宣言し、引き金を一度絞った。特に狙う的などは準備していない。
タンッ、と軽快な音が響いて水面の一部で円柱状に水しぶきが上がる。
「三連射」
続いてそう宣言し、手元のスイッチをセミオートに切り替えて、俺は同じように引き金を絞る。ただし、今度は二回だ。
タタタン、タタタン、と三連発の音が響く。
「連射」
最後に試す機能はもちろんフルオートだ。さらにスイッチを切り替え、引き金を絞りっぱなしにする。
タタタタタタタタン、と残りの十数発の弾を全て吐き出し、アサルトライフルは黙り込んだ。
銃床を充てていた右の肩甲骨がじんわりと痺れている。緊張で身体が強張っていたのもあるが、やはりフルオートのライフル射撃の衝撃は中々のものだ。
「どうだ、見たところ普通だが」
「ライフルの衝撃ってのはこんなに強いものなのかと驚いてるよ」
「何? おい、俺にも撃たせろ」
サーガが俺と代わる。暴発などはしないという安全性は確かめられたが、俺の感想が気になるらしい。
「弾だってタダじゃないんだ。この弾倉いっぱいで最後にしてくれ」
「それは俺が決める」
「まったく、大したお客様だな」
ぶつくさと文句を垂れながらも、中国人は弾が空になったマガジンをサーガから受け取り、二十発ほどをそれに装填して返した。
杖は俺が預かり、サーガも俺と同様にどぶ川の水面に銃口を向ける。
タタタン、タタタン、タタタタタン、とセミオート三連射とフルオート射撃の発砲音が響いた。
「……」
構えていた銃を下ろし、サーガが逡巡する。肩や腕、首などの感覚を研ぎ澄ましているのが分かる。
「確かに、多少の違和感があるな。だが、それが何なのかは分からん。よく気づいたな、クレイ」
「そうなのか」
他の一般的なアメリカ製やドイツ製のライフルの感覚を知らない俺はそう答えるしかない。
「そんなはずはないぞ。我が祖国の一級品だ」
「初めは十丁だ。3000ドルにしろ。問題なければ残り40を24000ドルで買ってやる」
それが、サーガの出した答えだった。十丁分は言い値のさらに半額だ。もちろんその回答に相手は憤慨する。
「馬鹿を言うな! その値ではこっちが大赤字だ!」
「なら要らん。帰れ」
「分かってくれ、今の時点でもかなりギリギリの値段なんだよ。銃をアメリカに入れるのだって簡単じゃないんだからな!」
「十丁分の値引きも出来ないくらいカツカツだってか? 後の分はそっちの言い値で買うと言ってるだろうが」
交渉は決裂かと思われたが、相手は険しい顔で大きなため息をつく。
「分かった、4500だ。最初の分は4500まで負けてやる。ただし、それらが問題なく運用できれば残りも必ず買うと約束してくれ。でないと首が回らなくなる」
「……」
お互いの希望額の真ん中で提案してきたか。ただ売り込みたいだけであればサーガの言う通りにしてもよいのだろうが、後にも続く関係を本気で望んでいるのだと良く分かる。
「これでダメなら引き上げだ。ただし、こちらにはワッツの事を教えた貸しがあることを忘れるなよ、ビッグ・クレイ・ブラッド」
「4000だ」
「悪魔め」
……
交渉を終え、マフィアの車が引き上げていく。初回のアサルトライフル十丁は明日の深夜、またこの場所での受け渡しとなるらしい。値段はサーガの要望通りの4000ドルだ。
「子だくさんの肝っ玉な主婦かよ、あんなに値切って」
「そうだぜ、サーガ。十分安かったじゃねぇか」
メンバーから珍しくサーガを非難するような声が飛んできている。俺も同感だ。せっかくのいい話をご破算にしかけたとしか捉えられない。まぁ、結果オーライだが。
「うるせぇ。何か、妙な感じがしたんだよ」
「やっぱり銃に何か欠陥があるのか?」
妙な感じといわれて俺に思い浮かぶのはそれくらいだ。しかも、ライフルを扱ったのは初めてだったので経験則ではなく完全なる直感でしかない。
「さぁな」
「珍しく的を得ない物言いだな」
「クレイ。さっきのサンプルの見た目、覚えてるか」
「あぁ。ほら」
念のため、携帯電話で実物の写真も撮ってある。
「よし。それを回して、お前のところの連中を使って調べろ」
「調べろ? 一体何をだよ」
「違いや違和感が無いかだ。メーカーのページでもあっちの軍隊の写真でもいい。それと同じものと見比べてみろ」
コピー品を疑ってるわけか。ただでさえ品質が不明な中華銃の、さらにコピー品ともなれば信頼性はガタ落ちとなる。それを危惧していたんだな。
サーガ自身も『本物』を見たことが無いので、仮にハナからコピーを掴まされていたとしてもその違和感を上手く言い表せなかったわけだ。
「ようやくアンタの思考が理解できたよ。やってみよう。だが、中国のページだ。その写真自体も信頼していいかは微妙だがな」
「それはない。本物が無い偽物なんて存在しないってんだよ」
……
期日は経ったの一日だ、俺はガーディアンの学生組をフル活用して銃の情報集めに取り掛かった。
俺自身も慣れないインターネット検索でそれに尽力している。とはいえ、パソコンなんて高級品は持ち合わせていないので、携帯電話でだが。
そんな中、着々と写真や画像が送られてくる。最も有効打となりそうなのはグレッグが送って来た中国軍の写真だった。アサルトライフルを構えた歩兵の写真が画面いっぱいに大きく写っている。
一番欲しかったのはメーカー、或いはガンショップが出しているはずのホームページやオンラインストアだが、残念ながらそれを発見することはできなかった。
リカルドからメールが入る。奴は俺がみんなに配ったサンプル銃の写真を手に、ロサンゼルスをバイクで駆け回っている。ガンショップを訪ねて聞き込みをして回るためだ。そんな中、中国人の店主の店で反応があったらしい。
『コピー品だとよ』
メール文の末尾にかかれたリカルドの一言。その店主をどこまで信用していいかは不明だが、サーガと俺の嫌な予感は的中してしまったかもしれない……
ひと波乱あるぞ、これは。
……
……
取引場所には同じ男たちが現れた。ただし、車はセダンではなくトラックだ。十丁とは言ったが、もっと積んできているのかもしれない。
それを待ち受けるB.K.Bのメンバー達。全員にサーガからのお達しがあり、銃の携帯を強制されている。俺もウォーリアーたちに借りた拳銃を腰のベルトに挿していた。
「よーし、止まれ!」
サーガが手を挙げると、プシュッと大型車特有の排気ブレーキが鳴り、トラックが停止した。
「これはまた大勢での大歓迎だな。約束の品を持ってきた。見てくれ」
二人の中国人がトラックから降り、コンテナの後部を開けた。
そこに兵隊でも積んできていれば即座に全面戦争に突入してしまうだろうが、約束通りにライフルが積まれていた。他には拳銃や弾薬、中国製の家電なんかの箱も見える。どれも彼らの商品であるのは間違いないので、これから他の現場にも向かうのかもしれない。
中国人のマフィオーソは木箱を下ろし、地面に置いた。約束のアサルトライフル十丁が包まれているはずだ。
サーガが顎で俺に蓋を開けて見ろ、と指示してくる。俺は箱の中身を携帯電話の写真と見比べた。
「……確かに。『昨日のものと同じライフル』が入ってるな」
「そうか、それは残念だ」
たまたま昨日のサンプルがコピー品であり、今日持ってきたのが本物であれば良かったのだが、すべてコピー品と思わしき品だった。ただし、リカルドが尋ねた店主の情報が正しければ、だが。
「何? 残念とはまたおかしなことを言うな」
相手の中国人が怪訝そうな表情を浮かべる。明らかに不穏な雰囲気だ。
「まぁいい。約束の4000ドルは払おう。ただ、お前は『問題が無ければ残りの四十も買ってくれ』と言ったな」
「それがどうした」
「残りは買っても良いが、24000なんてのは高すぎだな。こりゃよく出来た、非正規の銃みたいだからよ。何が高品質だ。素人が町工場で作った模造品だろうが」
相手がアジア系の初めから細いその目をさらに細める。
「模造品? 一体何の話をしている? 祖国の銃器製造メーカーから直接引っ張ってきた品だぞ。どうしてそんなことが出来ようか」
「いいや、ウチの方でもこの銃に詳しい人間を使って調べさせてもらった。お前らと同じ中国人のな」
「何事かと思えばそんなくだらん話か。そいつが儲けを横取りしようと思って嘘をついてるんじゃないのか。大方、武器商人だろう?」
「ノーコメントだ」
銃砲店の人間であることは伏せておくようだ。実際、そんな話をすればソイツは殺されるに違いない。
「ただ、偽物を売りつけたからといっていきなりぶち殺そうとはなってない。それは分かるな。故障なく動けば別にそれでいいんだ。だが、そうだとしたら高すぎないかと言っている」
「だから、模造品だと決めつけてもらっては困る。これは正真正銘、正規ライン生産の極上品だ」
本気でそう思っているのか、騙そうとしているのか、もしくはこちらの情報が誤りなのか、判断が難しいところだ。
だが、サーガだけがここで相手の失言に気付き、それを鋭く突く。
「正規ライン? 正規品が密輸に流れるわけねぇだろ。共産国が国絡みで敵といっても良いアメリカに武器を送るとは考えられん。万一、本物ならメーカー側の人間を買収してるはずだ。見たところ刻印もねぇが、正規ラインでそんな真似できるのか? 国を騙すような真似をよ」
実際に工場のラインで製造されたものであれば、ごまかせないようにシリアルナンバーの刻印があり、中国という巨大な国家に管理されているはずだ。無理やりにでも掻い潜るのであれば、刻印が消された跡が残っているはずだがこの銃にはそれもない。
「初めから我々を騙すつもりだったか、ビッグ・クレイ・ブラッド」
「それはこっちのセリフだ。何度も言うが、コピー品が悪いと言ってるんじゃねぇし、今のところはお前らをここで始末しようとも思ってねぇ。偽物なら偽物で構わねぇから、安くしてくれればもっと買うと言ってるんだよ」
「だから勝手に決めつけるな。だが、そこまで言うのであればこちらとしても気にはなる。実際、俺個人としてはそんな情報は聞いていない」
「だったら本国で手配してる人間に訊いちゃどうだ。あっちに駒がいるんだろ?」
演技でこんなことを言っているわけでなければ、この中国人も騙されている可能性があるというわけだ。
サーガの指摘に従い、中国人は携帯電話でどこかへ連絡を取り始めた。早口の中国語で相手と何やら話している。どこか拙い英語に比べると、やはり母国語なので流暢だ。
初めは普通の調子だったが、しばらくすると怒鳴りつけるような声色に変わり始める。なにやら想定外の事態となったらしい。
二分程度待たされ、奴は大きなため息をつきながら通話を終えた。
「で?」
「お前達の指摘通りだ、ビッグ・クレイ・ブラッド。こちらも祖国の人間から正規品だと騙されていたらしい。問い詰めたら白状したよ。確認不足だったのは否めないな」
「そりゃよかった。もしお前の話が本当であれば、これ以上のコピー品をつかまされる被害者が減ったというわけだ」
まだ、このマフィアたちが言っていることが本当かどうかは分からない。
しかし、次の一言でその俺の気持ちは覆った。
「まさにその通りだ。感謝するぞ。俺達だってクソみたいな商売をするつもりはない。今の電話口で仕入れ値を大幅に下げさせたし、責任者はあっちで始末しておく。だが今の手持ちは残念ながらこの銃だけだ。そっちの言った通り、安値でどうかな? 最初のこれも2500ドルで構わないし、残りの40は12000としよう」
「ここから先は偽物だと認めた上で価格勝負しかないからな。もちろんその値は悪くねぇが、品質はまだ疑いが晴れん。少しばかり使ってから判断させてくれ。故障に不具合だらけだと困るんでな」
「もちろんだ。好きなだけ試して、納得できるなら追加注文の連絡をしてくれ」
思ったよりはまともな相手で良かった。
足元だけを見て嘘をつき通してしまうこともできただろうが、そうはしなかった。よっぽどB.K.Bのネームバリューを高く買ってるんだろうな。
「だが、これはウチの貸しだぜ。お前の顔を立ててやってるって事を忘れるなよ」
「何を言ってる。偽物の指摘は確かにこちらの落ち度だったが、先にワッツの情報を無償で提供してやったはずだ。それでチャラのはずだろう。値引きもそちらの要求以上にしてやってるんだからな」
「ふん。少しはまともに動いてくれる銃であればいいがな」
「今までの客からクレームが出たことはあまりない。返品交換は受け付けないからな。そのための大安売りだ」
いくら偽物でも粗悪品ではないらしいが、不良品もゼロではないといった言い草だ。
「それと、この話を言いふらすのはやめてくれよ。別の客の耳もある。今までに売った分で多方面と揉めるのはご免だ」
その口止め料も込みでの値段設定というわけだ。
「約束はしねぇが覚えておいてやる」
「いいや、約束だ。頼んだぞ」
いろいろと不安は残るが、こうしてB.K.Bの武装が大幅な強化をされた。




