Mafioso or Gangsta
「クレイ。お前は昔のことは知らないだろうからな。一つ、面白い話をしてやるよ」
それからいくらか経った日、ミーティングの為にガーディアンの中で唯一の召集を受けた俺は、他に列席しているウォーリアーのOGから話を振られた。
いつも通りにサーガを中心にした、歴戦の面々が揃っている会合だ。
「面白い話?」
今はある程度の話し合いや報告を終え、教会内の人間たちが各々で好き勝手に話す、雑談のような状態となっている。
「お前、さっき言ってたろ。ギャングスタは商売人みたいなもんだなって」
確かにメイソンさんにも話した内容を、俺は先ほどこの場でも意見した。やはりここでも多くの仲間からの肯定を貰えた意見だった。
「あぁ、それが?」
「俺達はよく、マフィオーソとギャングスタでその違いを例えることが多い」
言うまでもなく、マフィオーソはマフィアの構成員、ギャングスタはギャングの構成員をあらわす単語だ。
「というのも、昔、B.K.Bはマフィアと揉めたこともあったんでな。奴らの特徴は良く分かってる。マフィアとギャングは大きく違う。特にB.K.Bはそれが顕著だ」
「それは興味深いな。是非聞かせてくれ」
「マフィアってのは完全なるピラミッド型の縦社会だ。一番上にファーザー、つまりボスがいて、その下にアンダーボスと呼ばれる若頭が一人、その下にカポっていう幹部連中が複数控えてる。さらに下が一般のマフィオーソやら準構成員だ」
これはマフィアだけに限らず、その他の一般企業にも同じことがいえる形式だ。
「対してギャングはプレジデント、リーダーが一人いるが、その下は完全に横一列だからな。しかも、B.K.Bの場合は必ずしもサーガが偉いってわけじゃない。一丸となって戦うときは奴が旗を振るが、普段のシノギは完全に個人個人の自由だ」
「確かにな」
「奴は金だって毎月決まった額なんて取らない。そこも自由だ。上げたい奴は自由に上げろってな。しかもそれで私服は肥やさず、その時にB.K.Bが必要な物を買ったりしてる」
まさに個人事業主だな。マフィオーソにも自由な商売をやってる奴はいるが、上からの指示や命令も、上納金も絶対だ。
サーガは、最近だとユニフォームの代金が払えない者の分は代わりに出していたはず。そういった部分に上がりを充てているわけだ。
ただ、これは何もサーガに限って事ではない。たとえば、同じハスラーでも仕事がうまくいっている奴、大して稼げていない奴と様々だ。
博打やクスリに使いすぎてオケラになっている阿呆もいるが、そういった一文無しの連中は周りが助けたりもしている。
あまりにも度が過ぎる散財を繰り返して、周りの援助ばかりを頼っているような奴が現れた場合は制裁が行われる。
強制指導で済めばよし。最悪は追放されるか、その実行を聞いたことはないが射殺もあり得るのかもしれない。
困ったときはお互い様だが、甘ったれがいつまでも暮らしていけるほど甘くはない。働かざるもの食うべからずだ。
「マフィアはどうなんだ?」
「奴らは縦社会だからな。仕事は上から降りてくるものも少なくないし、横の連中とは協力よりも競争をしてる。カポは自分たちの誰が次のアンダーボスやファーザーになるかで睨み合っているし、同じカポを持つマフィオーソ同士も次のカポを狙ってる。上昇志向は結構なことだが、平気で味方を蹴落とすってのは気に入らねぇな」
良くも悪くも実力主義というわけだ。トップダウン型なのだから仕方のない事だろう。味方と競争が出来ない、つまり俺達に近い心を持っている者もいるはずだが、ソイツが組織内で上に登れるかと言ったら難しいはずだ。
組に貢献した実力や財力が重要視されるため、血縁でファーザーの実の息子や孫がボスを継ぐというのは珍しい例だとも聞く。
やはり、マフィオーソは会社員でギャングスタは自営業って感じだな。
「おい。マフィア、マフィアってうるせぇぞ。奴らと何か揉めたのか?」
俺とウォーリアーのOGとのやり取りが耳に入り、サーガが会話に割り込んできた。あまり好きな話ではないのだろう、その顔は険しい。
「いいや。ギャングとマフィアの違いについて、教えてもらってたのさ。揉めるって、近くに組があるのか? こんな田舎町に?」
「ちぃと車で走ればいくらでもいるだろう。それこそL.A.まで出ちまえばごまんとな」
ここ、イーストL.A.の片隅とは違い、ロサンゼルス市内は大都会だ。ビバリーヒルズなんかの高級住宅街には、ハリウッドスターに紛れてマフィアの大親分の屋敷もあると聞く。
ごみ溜めで細々と暮らしているギャングスタのプレジデント達とは大違いだ。ギャングがマフィアを毛嫌いするのは、富裕層に対するやっかみもある。
とはいえ、住み分けはハッキリしているのでお互い関わることなどほとんどない。
「昔、ウィザードが奴らに利用されていたことがあってな。そこからはあまり良い印象がねぇ。奴らの犯罪はライフスタイルじゃなく、金の為のビジネスでしかねぇからな」
ウィザード……確かE.T.の一人だったな。それにサーガの口からも、俺の頭の中のイメージと同じような言葉が出てきた。
「今はどうなんだ?」
「ここ数年は何も。最後はどこぞのチャイニーズマフィアとダウンタウンで撃ち合いがあったくらいか。敵味方一人ずつ死んで、後日手打ちになって終いだ」
「どちらにせよ、今の状態で敵を増やすのは得策じゃないな。逆に、手を結んだり協力したことはないのか?」
「冗談でもそんなことは言うな、クレイ。今言った通り、マフィアはビジネスで動いてる。そんな連中とつるむって事は、俺達も仕事上だけの付き合いと割り切らなくちゃならないって事だぞ。それは味方じゃねぇ。ただの顧客と小売店みてぇな関係だ。最終的な信頼ってのは、心の根っこが理解できるかどうかだからな」
マフィオーソは稼ぎ先さえあれば場所には固執せず、全世界どこであろうと飛び回るだろう。それとは違い、ギャングスタは仲間や地元に執着する。最近出会ったC.N.Cの連中ですらそうだ。
どれだけ新しいことを始めた奴らでも根っこには地元の事、家族の事、仲間の事、恋人の事がある。
それらを切り捨ててでもビジネスを優先する冷徹なマフィアとは正に、水と油のような関係だと言える。どう足掻いても相容れない。
反対に向こうからギャングを見れば、何をそんなに馴れ合っているのかとしか思えないだろう。
「それが通るなら、B.K.Bに兵隊を差し向けてきてる奴とも分かり合いたいものだがな」
「阿呆。そりゃ別問題だ。何者かは知らんが、たとえギャングスタだとしても奴は無理だ。既に血を流し過ぎてる。奴は殺す。それだけだ」
「だったら、今話題に出てるマフィアを騙して利用する形で、そこにぶつけるってのはどうだ?」
これは完全なる思いつきだが、B.K.Bにとってはダメージもなく、効率的に思える。もちろん、根回しはかなり大変だろうが。
「……ダメだな。悪くねぇ手ではあるが、賛成は出来ん。まず、利用するにしても最初の接触は不可避だ。わざわざマフィアに会いに行くって事になる。どう騙すかも重要だし、俺達の言葉を信じ込ませるには奴らに信用されるくらい深い仲になるって事だろ?」
「まぁ……そうなるな。卑怯ってのもあるか?」
「いや、そこまでは言わん。しかし誰かをぶつけるって話なら、やっぱり別のギャングか警察の方がよっぽど簡単だ。だが、そんな真似はしたくねぇって思いもある。今回の敵は俺達の手で仕留めることに意味があるんだよ」
同盟や友好的なセットなど、味方こそ増やしはするが、最後のトドメは自分たちで、という事か。
「それはまぁ……理解はできる。そのくらいはこだわっても当然だ。大勢の味方の仇だから自分で殺したいって話だろ? 律義者なんだな」
「意地っ張りと呼んでくれても構わねぇぜ。危ない場面は誰かに頼めばいいものを、俺が出るせいで近い奴らが必要以上に死んじまうかもしれねぇのにな」
「アンタ自身もな。だが、それを拒否するB.K.Bのメンバーじゃねぇだろう。俺みたいな新参者だって理解できてるんだ。他の連中もアンタの意見には賛成だろうぜ」
「そういうこった」
隣のウォーリアーやハスラーのOG達も口をそろえてゲラゲラと笑っている。
こんな信頼関係も、嫌いじゃねぇな。
「で、マフィアの件だが」
「ん?」
そっちの話は終わりだと思っていたが。
「直接マフィアとは関わらず、ここへ攻撃しに来た奴らを差し向けるっていう逆の手順なら使えるかもな。つぶし合ってくれる分には大助かりだ」
「それは……」
「無理か?」
まさか、俺にやらせようってのか。余計なことを言わなければ良かったと後悔しても、もう遅い。
「チッ……マフィアの拠点、いくつか教えろよな。知らねぇんだから」
「阿呆。そのくらい自分で調べろ。別に大親分の屋敷じゃなくていい。子分どもがアジトにしてる酒場くらいどこにでもあるだろ」
これは中々の大仕事になりそうだ。ガーディアンの職務の範疇を優に超えてしまっている。
「いや、ゼロからじゃマジで分からねぇよ。目星くらいは無いのか?」
「そこにお前のところのインテリ部隊を使わねぇでどうするよ。過去に起きた事件の記事とかなんとかあるだろ」
なるほど。学生組の情報網を使えと来たか。確かに、彼らの手であれば安全にアジトを割り出せるかもしれない。
インターネットが最も手軽だろうが、詳細を調べに大学や図書館などで新聞や資料を探してもよい。必ずマフィア絡みの事件が起きた場所が記されている事だろう。
だが、その場からは既に連中も退去している可能性が高いので、そこから先は更なる調査が必要だ。
「分かったよ。で、どうやって敵対ギャングを差し向けるってんだ? そこもガーディアン任せだなんて言うんじゃないだろうな」
「それはウチの仕事だろうな」
横にいるウォーリアーのOGが発言した。サーガもそれでいい、と返している。
「しかし、今は連中の手も緩やかになってきてる。ちぃとばかし痛めつけすぎたからな。次に来る馬鹿が出てきたら、そいつらを利用してみるか。それまでには調べておけよ、クレイ」
皆殺しにされて送り返されるのも気の毒だが、マフィアにぶつけるよう嵌められる連中の末路も見ものだな。
……
「マフィアの拠点を調べる? またどういう風の吹き回しだよ、そりゃ」
「サーガのお達しだよ。ただ、俺らの仕事は調べるところまで。どう使うのかはウォーリアーの仕事だ。敵対ギャングに吹き込んでぶつけるって魂胆らしいぜ。こっちは無傷だ」
「ふーん」
学内の食堂での会話とは思えないような物々しい内容だ。対面に座るリカルドは一瞬面食らったが、大した仕事じゃないと伝えるとその表情は緩んだ。
「ま、いいんじゃねぇのそのくらい。なぁ、グレッグ」
「うん? すまん、聞いてなかった。なんだって?」
グレッグは参考書を片手に物理学の勉強をしている。真面目なコイツは、いよいよ来年に迫った志望校の試験を目指して、誰よりも早めに準備中だ。
「いや、こっちこそすまん。なんでもないぜ。お前は何と言うか……そのまま頑張ってくれ」
「あぁ、ありがとう」
参考書に視線を落とすグレッグ。
勉学に励む学生にマフィアの拠点を調べる話なんて不要だ。グレッグはメイソンさんの所のアルバイトのシフトも少しずつ減らしている。今後はガーディアンの仕事もあまり関わらないように、俺達の方から気を回してやった方が良さそうだ。
「ま、情報収集は他の暇な奴にでもやらせようぜ」
「なんだよ、お前は忙しいのか。リカルド?」
「俺はハーレーに夢中だからな。将来は整備士免許でも取ってバイク屋にでもなるか」
本気か冗談かわからないが、他に夢中になるものがなければもちろん応援するし、俺みたいにギャングにどっぷり浸かっちまうよりはコイツにも合ってるだろう。
「楽しいならそれでいいさ。ただし、どうしても力を貸して欲しい時は無視するなよ?」
「命の心配が無けりゃな」
「薄情な奴め」
軽口で返すが、もちろん俺だって命や怪我の危険性があることに学生組を巻き込むつもりは毛頭ない。
現場に立つ元ワンクスタ組、かつ既にB.K.Bにメンバー入りを果たしている仲間にはそういった仕事を頼む未来もあるだろうが、それはお互い覚悟の上だ。
その日の午後、学内で久しぶりのK.B.Kのミーティングが行われ、俺はマフィアの拠点探しの件をみんなに伝えた。
あまり良い反応をしない奴もいたが、意外にも乗り気な奴の方がが多く、早速その日の夜からインターネットや新聞を用いての情報収集が開始されることとなった。




