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B.K.B 4 life 2 ~B-Sidaz Handbook~  作者: 石丸優一
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Disposition! Gangsta

 警察署内に併設されている留置場で、俺達は退屈な時間を過ごしている。簡素な鉄格子の部屋に並べて入れられているので、それぞれの仲間と会話をすることは可能だが、あまり喋っていると警官に叱られる。


 銃の不法所持で罰金と没収を科せられる者もいるはずだが、基本的には無罪で即釈放となるはずだ。あの場にいたカップルが正しい証言をし、俺達が何もしていないことを認められれば、だが。

 しかし、彼らとてわざわざ俺達に恨みを買うような事もするまい。それよりは実際にあの若者を傷つけた酔っぱらいを捜索して取り締まってもらいたいはずだ。


「数日はくらい覚悟しなきゃならんか」


「なんでパクられたんだよ! 逃げりゃよかったろ!」


 俺のつぶやきを聞いてか聞かずか、隣の牢にいるシザースが吠えた。


「あそこで逃げようものなら誰かが撃たれててもおかしくなかっただろう」


「クレイの腰抜けめ! だったら撃ち返せばいいんだよ! 数はこっちの方が多かっただろうが!」


「馬鹿が。人数が多いとか、そんなことは関係ねぇんだよ。俺は全員の命の方が大事だ。死ぬなら俺達がいないところで勝手にサツに喧嘩でも売って死ね」


 ガァン! と乱暴に鉄格子を蹴る音が響く。警官が走ってきて、シザースは「こらぁ!」と雷を落とされた。

 奴は一人だけ何度も騒ぎ立てているので、警官も見ていずとも誰が鉄格子を蹴って音を出したかすぐにわかるようだ。


「ガキは牢の中でも黙ってられねぇから大変だな。俺らは先に出るから、一生一人で騒いでろよ」


「はっ! お前だって簡単には出れやしねぇよ!」


「やっぱりお前は馬鹿だな。俺はハジキも持ってなかった。被害者に声をかけただけで、たまたまあの場にいた不運な少年だ」


 それからもシザースはああだこうだと騒ぎ立てていたが、とうとう堪忍袋の緒が切れた警官によって、別の部屋へと移されていった。完全なる独房行きってやつだ。

 他の仲間は俺と同じく落ち着いており、対面、隣などの牢にいる。時折会話するぐらいのことはあったが、あくまでも普通の声量だ。それに関しては警官も見て見ぬふりをしてくれた。ある意味、シザースとの比較で大目に見てくれたのだったら、これはアイツのおかげだな。


 とにかく暇だ。携帯電話も没収されているし、牢の中にはベッドと便所以外は何もない。日の光が差し込む小さな窓があるが、そこにも鉄格子がはめられているので、外の空気なんか吸えるはずもなかった。


 誰か、外にいる人間が心配して様子を見に来てくれるかとも思ったが、誰も来やしない。連絡が取れなくはなったが、俺達がどこにいるのかまでは分からないのだろう。

 いや、分かっているが大したことじゃないと思っているのかもしれない。


 結局、釈放まで二日半をそこで過ごし、ようやく何もなかったと理解された俺は釈放された。シザースなど、銃を所持していた人間も同時だったのは意外だが、もちろん得物自体は没収されている。

 まぁ、一週間というならともかく、二日くらい連絡が取れない程度じゃ、誰もそこまで気にはかけないか。


「あぁ……?」


「お姫様方。リムジンじゃねぇが、迎えだ」


 警察署の外に待機していた一台の大型バン。サーガ自らがハンドルを握ってお迎えとはな。


 俺達をその中に乗せ、サーガは車を出した。


「俺達が捕まってる情報はアンタにも渡ってたんだな」


「当たり前だ。ここは俺の庭だぞ。すぐに警察側の協力者から連絡があった。だが、ほとんど何もしてないって話だったからな。署を出る日取りだけを控えて待ってただけだ。しかし、運が悪かったな」


「本当だよ。喧嘩の仲裁をしようとしてとばっちりさ」


 ははは、とサーガが短く笑い、ライターでタバコに火を灯した。


「で、どうする? そいつらに仕返しでもするか?」


「まさか。ただの酔っぱらいとカップルの諍いだ。何にも思っちゃいないさ」


「いいいいいや! 俺は絶対に許さねぇからな!」


 俺達とは対照的に、唯一怒り心頭なのはシザースだ。中でも騒ぎ立てていたせいか、警官にこってり絞られたらしい。ついでに銃まで取り上げられているのも奴の怒りの根源だ。


 ピリリ……ピリリ……


 久しぶりに電源が入った俺の携帯電話が鳴っている。着信画面が示す相手はリカルドだ。

 俺と話していたはずのサーガは、シザースに対してこんこんと説教をし始めたので、俺は遠慮なく電話を受けた。


「俺だ」


「クレイ! メイソンさんから、釈放されるのは今日だって聞いてな! 平気か?」


「そうか、お前にも伝わってたか。別に何もしてないから怪我なんかの心配はいらないぜ。でも、連絡くれてありがとうな」


 礼を告げると、リカルドはへへっと照れ臭そうに笑った。


「俺とお前の仲じゃねぇか。今回は誤認逮捕って事だよな?」


「まぁ、多分そうなると思う」


「そうか。でもこれでギャングスタとしての拍がついた、だなんて馬鹿なことを考えんなよな」


 拍、か。確かに「パクられていっちょ前」みたいな風潮はあるのかもしれないが、俺はそんなものに興味はないな。


「ギャングスタにとっての美学なんて、俺には関係ねぇよ」


「それを聞いて安心したよ。じゃあまた、バイトの時にでも会おうぜ」


「あぁ、それじゃまたな」


 電話を切ると、サーガがもの言いたげに俺を見ていた。シザースへの説教の次は、俺への説教かよ、神父様。


「余所は知らんが、出来る限り捕まるなってのがウチの信条だ。勘違いするなよ、クレイ」


「へぇ? それは初耳だ」


 確かに、B.K.Bはその規模の割に、中で過ごしている奴が驚くほど少ない。大抵のギャングスタはその半生を塀の中で過ごす。特にプレジデントともなれば、終身刑でも打たれて中から指示を出すようになっていても何らおかしくはない。だが、サーガはこうして長年の間シャバにいる。


「そのためにサツとのコネクションを強固にするのはかなり苦労した。今回のお前らの件は大事にならなかったから俺も黙っちゃいるが、怪我でも負わされてたらアイツらも焦ってたと思うぞ。俺との約定をたがえる事になる」


 約定ってのは気になる。サーガの事だ。B.K.Bが有利になるような取り決めを裏で行っていた、という事は間違いなさそうだ。本当に仲間想いで、あちらさんにとっちゃ規格外な男だな。


「聞いても良いのか、それは」


「サツとの取り決めか? 簡単に言えば、俺達の地元じゃ目を瞑れって話だ。あっちにも限度があるだろうが、大抵はそれで済む」


 例えば大量虐殺なんか引き起こせば、警察も面目丸つぶれで黙ってはいられなくなるだろうが、基本的な生産活動は見て見ぬふり、という事だ。

 俺が今までにも感じていた、警察が役割を果たしていないという根本原因はサーガの方にあったという事になる。しかし、それはB.K.Bが自分たちの手でこの街を守るためには大きな意味を持つ。

 余所からの攻撃なんかは、警察はそれが実際に起きるまで動けないだろう。それを未然に防ぎ、支配されないためには、やはり実際にそこに住む地元のギャングである方が圧倒的に都合が良い。


 コンプトンなど、ギャングが群雄割拠する激戦区であればサーガが行ったような取り決めは必要ない。警官よりも圧倒的に多いギャングスタをどうやって取り締まれようか。大げさに言ってしまえば、市や街を丸々一つ、すべての住民を捕まえなければならないようなものだ。


 俺たちの街ではそれが通用しない。B.K.Bも大ギャングではあるが、準構成員など、すべてをかき集めてようやく数百人だ。周り近くにいくつかギャングがいるものの、細々としたもので、コンプトンやサウスセントラルのように街全体がギャング一色といった雰囲気ではない。

 そんな中で警察に手出しさせないような形に持っていったのだから大したものだ。


「B.K.Bの活動範囲でも、今回みたいな場所はちっとばかし注意が必要って事か?」


「いいや、あそこは大丈夫なはずだった。ヘタ売ったのはサツの方だが大目に見てやってる」


 まさか。貸しを作ったのはむしろこっちの方なのか。信じられない。

 こうやって、相手を不利な状況に追い込んでいき、益々こちらが動きやすいようにしていくんだな。恐れ入った。


「アンタは今までどのくらい捕まってきたんだ?」


「俺か? 三度だけだ」


「それでも十分多いと思うが……」


 サーガの返答に、俺は少しばかり呆れてしまった。今の今まで心の中で奴に抱いていた畏敬の念を返して欲しいくらいだ。三度も入っておいてそんな誇らしげに言われてもな。


「馬鹿言え。ダントツで少ねぇってんだよ」


 腕が伸びてきて、軽く頭を小突かれる。ただ、確かにギャングスタ、それも一団の頭目であるプレジデントであればそれは少ないのかもしれないが。


「俺は四回だ! 俺の方がまだ若いのに、俺の勝ちだな! 初めてサーガに勝ったぜ!」


 こういう阿呆もいるからな。

 そして、予想通りそんなシザースもサーガから拳骨を食らっている。それも、俺が小突かれたものより何倍も力がこもった一撃をだ。


……


「おっと、前科者の御出勤だね」


「やめてくれよ、誤認逮捕なんだから前科者だなんて冗談じゃないぜ。それと数日間、シフトを空けてすまなかった」


 次の日、学校は休日なのでアルバイト先であるメイソンさんの整備工場に出勤すると、早速からかわれてしまった。


「いいよいいよ。代わりに他の二人に頑張ってもらったから。牢獄の住み心地はどうだった?」


「たったの数日でも嫌だったさ。実刑での懲役なんて耐えられそうもないね」


 警察署の留置場よりは刑務所のほうが色々な設備が揃っていて過ごしやすいとは聞くが、それでも長期間となればあんな退屈な生活なんてまっぴらごめんだ。


「そう思うならさっさと足を洗えばいいだけさ。でも辞めはしないんだろう?」


「……まぁな」


 バツが悪くなり、俺はうつむく。意地悪な意見だと言ってやりたいが、俺のやっていることは外から見れば矛盾だらけなのだから言い返せはしない。だが、誰に何と言われようともその道を進むだけだ。


「ま、俺も長らく入ってたからあんまりうるさくは言えないんだけどね。捕まった回数も年数もなかなかのもんだよ」


「そうなのか。車ドロで?」


「秘密」


 いや、絶対そうだろ。おっさんに舌を出してそう言われても全然可愛くねぇぞ。


「今のB.K.Bは、サーガが頑張って出来るだけ捕まらない体制にしてるらしいんだが、何か知ってるか?」


「確かにガイも頑張ってはいるけど、時代そのものが変わったよね。明らかにギャングの激しさは弱まった。逆を言えば、ギャングもそのくらいスマートじゃなきゃ今は生きられない。対警察にしろ、対クリップスにしろ、力比べは最後の手段かな」


 やはり、メイソンさんも他のOG達のように時代の変化を感じ取っているようだ。そして、それに柔軟に対応すべきだという意見も一致している。この辺りもB.K.Bは伝統ばかりに目を配る他のギャングと大きく差別化できる点だ。

 俺達のような若い人間が取っつきやすいのも、いろんな人間を垣根無く評価してくれるからだと言える。


 昔のB.K.Bも、激しさや力強さこそ今とは比較にならないのだろうが、プレジデントだけが力を振るうトップダウンの方式は採用していなかった。イレブントップは横一列だったと聞くが、それを慕って集まって来た若い衆も大事に扱ってきたのだ。

 言うなれば力ではなく、絆だろうか。それは今も崩れていない。


「これからのB.K.Bはどうなるべきだと思う?」


「えらく抽象的な質問だね。まぁ、変わらなくていいんじゃないかな? 常に変わり続けるのがB.K.Bだ。矛盾してるようでそれは矛盾してない。ギャングスタの性ってのは、時代に飲まれず、それを乗りこなすことだよ。決められたことをしていればいいパートの仕事とはわけが違う」


 変わり続けることを変えなくていい。つまり、B.K.Bにガーディアンという新しい風を巻き起こした俺の行動は正しい事である。そう言ってくれていると信じたいものだ。


「そう言われると、自営業もギャングスタも変わらないもんだって聞こえるな」


「その通りさ。ギャングはライフスタイルそのものだよ。生活そのものが仕事にまるっと置き換わるから、個人事業主と似てるね。どこで何を仕入れ、どこで何を捌くか、ハスラーの思考と一緒だろ? ウォーリアーだって、トレーニングと喧嘩ばっかりしてるわけじゃないんだから」


 平時のウォーリアーの中には、余所で恐喝やゆすりをしてる連中もいる。ヤクの取引と同じく、決して褒められたものではないが、そのターゲットやエリア選定はハスラーの思考と同じという事か。

 その商売は悪事だが、確かにギャングスタの生き方はライフスタイル全てにおいて密接に関係してくる。


 だが俺は……俺の正義をライフスタイルとして貫く。それだけだ。

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