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B.K.B 4 life 2 ~B-Sidaz Handbook~  作者: 石丸優一
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Conciliation! Gangsta

 それぞれの街への交渉役として一緒に向かうのは、慣れ親しんだガーディアンのメンバーとではなく、ハスラーのOGが一人と、護衛として手練れのウォーリアーが二人、俺を含めて合計四名だった。


 あれから数日経って退院を許された俺は、普通の学生生活に戻ってはいたが、夜はこうしてロサンゼルスの各地を飛び回っている。今日は二度目の交渉だ。

 二日前に行った初めての交渉は惨敗だった。B.K.Bだと伝えても攻撃されることはなかったが、ギャングスタ達はこちらに敵意剥き出しで、セットのリーダーには話すら聞いてもらえなかったのだ。


 そのセットと話すのはまた後日として、今回はまた別のセットへ向かっている。連絡はすでに取りつけてあり、話くらいは聞いてくれることになっていた。完全なる無駄足とはならないはずだ。


 街はずれのゲットーへと車が進入する。ハンドルを握るのは俺で、車もウチにあったポンコツだ。故障が多かったのも過去の話で、ここ最近はすこぶる調子がいい。


 路上に立つチカーノの売り子が見える。十代になったばかりの少年だが、黒いバンダナを腰に下げている。ギャングのハスラーだ。現金を受け取り、客に麻薬を与える。中学に上がったかどうかという子供がそれをやっているのが未だに信じられない。


「ついたな。ふん……チカーノの連中と交渉とは」


 ハスラーのOGが言った。

 ギャングスタの連合は黒人とチカーノと呼ばれるメキシコ系ギャングの混成で成っていた。チカーノの連中は黒人以上に自分たちのルーツへのこだわりが強く、そんなものに関わりは持たないと思われたが、中にはそうではない連中もいたというわけだ。


「来たか、ビッグ・クレイ・ブラッド」


 壁面にタグだらけの貧相な家に入ると、メキシコのアステカ文明をモチーフにした彫像や絵画がびっしりと飾られている部屋に案内された。

 その中で出迎えてくれたのは、車椅子に座っている80歳はくだらないだろうという禿げ頭の老人だ。


「アンタがプレジデントか」


「あぁ」


 老人はパイプを咥え、美味そうに煙を吐いた。

 まさかこんな、よぼよぼのじいさんがギャングの頭だとはな。力がありそうには見えないが、年上を敬うってのはメキシコ人の感性か? 俺達にはあまりない考え方だ。しかし、若い頃に散々悪さをしてきたのかもしれない。


「話はサーガから聞いてるな」


「そうだな。わしらとしてはお前たちと揉めようとは思ってない。じゃが、下につけと言うのも頷けん話だ」


 俺達四人は部屋に置かれている木椅子に座った。これで老人の視線の高さと合う。

 チカーノたちのメンバーも数人が入室していて、彼らは全員が立ったままだ。


「そんな気持ちの奴が、どうしてあんな連合に参加したんだ?」


「当然の疑問よな。わしとて血気盛んなガキ共の全てを抑え込めるわけじゃない。奴らは力試しのつもりか、金にでも釣られたか、勝手に数人を集めてお前たちのセットへの攻撃に参加しよった。もの言わぬ状態になって帰って来たがな」


「自業自得だ。俺達への恨み節のつもりなら聞く耳持たねぇぞ」


 一触即発にでもなろうかという俺の返答だが、意外な答えが返ってくる。


「わしもそう思う。もし生きて戻っても、立派な裏切り行為。ウチの誰かが殺したじゃろうな」


「仲間を殺す……? 本気で言っているのか?」


「当たり前じゃ。冗談でこんなことは言わん。ただし勘違いするな。掟を破って勝手な行動をした時点で、ソイツはもう仲間ではなく敵だぞ。わしらは決して仲間を殺したりはしない」


 言っている事がちぐはぐだが、ルール破りの罪は一瞬で敵対するほどに重いという事だ。B.K.B内では、裏切り行為にどう対処しているのか俺は知らない。


「そうか。それで、俺達の下につく気はないんだな?」


「ない。ただし危害を加えないことは約束しよう」


「協力関係は結べるか? 別に何かして欲しいわけじゃない。俺達の周りに友好的なギャングセットが増えれば、もうあんな馬鹿な攻撃をしてくる連中は出てこないだろうと期待している」


 ただ、B.K.Bとは協力関係にあると周りのギャングセットに知らしめるだけでいい。それに影響される連中が増えれば良し。最悪でも、味方と思われるセットがいくつかあるだけで敵は背後を気にして攻めづらくなる。


「逆に問おう。わしらが協力関係を結ぶとなれば、ここが標的になることもあるじゃろう。それはどうするつもりか?」


「もちろん実害を被るようであればこっちからは助ける。不満か? 反対にお前たちからは応援を寄越せなんて言わない」


 正直なところ、かなりB.K.Bにとっては不利でうまみの少ない提案だ。しかし、これも友好的なセットの数を重ねていけば強固になると俺は信じている。


「ならん。それはわしらの信条に反する。手を取り合うのであれば、五分でないとな」


「それは……ありがたいが、いいのか」


 願ってもない申し出だ。サーガの意志では出来る限り完全に下につけるセットを抱えたいようだが、五分の同盟関係となればそれと変わらないくらいに心強い。


「二言はないとも。だが、お前たちの頭を連れてこい。もしくは、わしが参上しよう。それが条件だ」


「それは納得だ。確かに俺みたいな下っ端がトップのアンタと締結できる話ではないな」


「そんなことは言っておらん。会ってみたいんじゃよ、多くの敵から取り囲まれながらも屈しなかった男の目をな。それに、裏切り者の身勝手とはいえ、責任はわしにある。そっちに被害を出した謝罪もせんとな」


 なんとも律儀な男だ。謝罪なんて、報復としてB.K.Bが本人たちを殺してるんだからどうでもいいはずだが。


「……好きにしろ。ウチのプレジデントには伝えておく。日取りや場所はこちらが指定する。いいな?」


「承った」


 よし。サーガに良い報告が出来そうだ。

 立ち上がり、さっさと帰ろうとしたところを老人の一言が止める。


「待て。おい、ビールを持ってこい。客人と乾杯だ」


 盃で契りでも結ぼうってのか? 古風なギャングスタだ。古風というか、実際に老人ではあるが。

 控えていたチカーノの若い衆がコロナビールを何本か持ってきた。


「……分かった。一口だけだぞ」


 俺達四人と老人が瓶をぶつける。俺以外の面々は一気に飲み干したが、俺は宣言通り、軽く口をつけただけだ。


「なんじゃ、酒は苦手か、若いの」


「あぁ、悪気はない。これで勘弁してくれ。代わりにサーガにはしこたま飲むように伝えておく」


 建物を出ると、周りのチカーノギャングたちの反応が来訪時の警戒するような視線とは真逆になっていた。

 軽く会釈するように頷き、ハンドサインを向けてくれる。友好的になるという事は仲間だと認める事。俺達も彼らにハンドサインを返して車に乗り込む。


「チカーノと組むってのは初の快挙なんじゃないのか」


「少なくとも俺は知らねぇな。歴史に残る第一歩だ」


 俺の質問にハスラーのOGが答えた。彼が知らないのであれば、B.K.Bの誰しもが経験したことが無いものだと判断してよさそうだ。


 人種というものは見た目が出る分、国籍以上に人を区別し、差別化する。それを越えるというのは簡単なことではない。特に被差別人種である黒人とチカーノであればなおさらだ。


……


「そうか、よくやった」


 それは短く、味気ないものだった。しかし、それは俺の気持ちを満たすには十分な言葉だった。


「会う場所や時間はアンタらの方で調整してくれ。俺の仕事はここまでだ」


 サーガに褒められてうれしい、なんて幼稚な理由じゃない。俺の働きが何十、何百という仲間や住民の命を救う。その第一歩を達成したという実感が生まれてきたからだ。

 喧嘩で勝つよりも、その芽を摘む方が何倍も人の役に立ったと思える。


「あぁ」


 サーガはベンチに深く腰掛け、俺が入院中に準備した資料を携帯電話で読んでいる。ただ、いつも読んでいる聖書のような紙媒体に比べると目が疲れるのか、時折両目を閉じて瞼をつまんでマッサージしていた。


 まるでジジイだな。チカーノの爺さんとお似合いじゃないか。会合には酒より、萎びた茶でも出す方が良さそうだな。


「そろそろ老眼鏡が必要かもな」


「うるせぇ。俺はまだ四十手前だ」


 三十代なんざ十分にジジイだろうが、という言葉は飲み込んだ。サーガ以外にも多くのOGを敵に回しそうで、考えるだけでも恐ろしい。


 B.K.Bを支えているのはそのほとんどが十代の若者たちだ。二十代、三十代、四十代と進むにつれてその人数は減っていく。

 死んだ奴、捕まった奴、ヘマをやって辞めさせられた奴、真っ当な生き方を見つけて抜けた奴、様々な理由があるだろうが、人生を歩んでいくにつれてその数は増えていく。


「四十のバースデーには老眼鏡が欲しいらしいって言いふらしといてやるよ」


「部屋がそれだらけになるからやめろ。眼鏡屋にでもなれってか」


「そりゃ名案だ」


 全く面白くない冗談だと思ったが、本当にサーガが眼鏡屋なんてやってたら、その絵面は相当面白いな……


「眼鏡はともかく、真っ当な商売なら俺なんかよりお前の方が性に合ってると思うがな。何より真面目だ。俺はどうしても悪知恵が働いちまう」


「そうか? メイソンさんよりは上手くやれるかもな」


「ありゃダメだ。儲けの事を一切考えられない。お人好しにもほどがある」


「違いないな」


 お袋の車の修理や、譲ってくれたバイク……サーガの言う通り、メイソンさんには利益を度外視してしまう傾向がある。顧客は多いのに、工場は古いままで生活も質素なのはそのせいだ。

 もう少し金を取ってもいいと思うが、本人に言ったところで聞き入れはしないだろう。


「ブラックホールとは比べるべくもないが、そうだな、お前は自分のやりたいことも尊重しつつ、相手の気持ちも考えられるだろう。そう言った奴は交渉や商売に向いてるのさ」


「アンタだって仲間の事は大事にしてるじゃないか」


「仲間は大事にするが、客はそこまで大事に出来ねぇのさ。金を巻き上げて、食い物にしてやろうって態度が滲み出る」


 サーガは元々、ハスラーをやってたんじゃなかったか?

 まぁ、確かに普通の商売とは違って、ヤクを売る人間に愛想なんて必要ないが……


「ハスラーに転職を勧めてるのかよ、先生。俺はガーディアンを創設した手前、一抜けなんて御免だからな」


「ハスラーになれなんて言ってねぇぞ。お前にはいつだってギャング以外の道も残ってるって事だ」


「だからそれも要らねぇっての」


……


 それから俺はいくつかのギャングと同盟を組むことに成功し、また、いくつかのギャングは完全にB.K.Bの配下として取り込むことに成功した。

 ただし、その反対も何度もあった。交渉が失敗して断られるだけならマシな方で、激昂させてしまったり、殺されかけて命からがら逃げてきた事も一度だけあった。


 俺たちの町が襲われることはほとんど無くなったが、それでもゼロではない。散発的に小規模な奴らが攻勢を仕掛けてくることはある。もちろん前ほど大きな問題にはなっていないが、鬱陶しい事に変わりはない。


 そんな時、そいつらを捕らえて交渉を行うのは俺の仕事になっていた。殺してしまった場合も、そのセットと話し合うことがあればそれは俺の役目だ。


 ガーディアンは守りの要だって話だったはずだが、いつの間にか俺はギャング内での顔役になっていった、というわけだ。こんな形で矢面に立たされるのは勘弁してほしいもんだな。

 まぁ……そこまで嫌いじゃないんだけどよ。

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