Sanction! B.K.B
俺にとっては懐疑的だったサーガの残虐な判断も、後々になって効果的だったと言うことが証明された。
先日のB.K.Bの拠点への攻撃に参加していたギャングのいくつかが、例のギャング連合体から離脱するという事態が相次いでいるらしい。
仲間を殺されたと怒りに任せて本気の報復を練ってくるかと思ったのだが、恐怖心、あるいは割に合わないという損得勘定が勝ったという事だ。
全てを合わせれば大人数だが、各セットのメンバー単位で言うと数人ずつとなっていたのが上手く働いたのかもしれない。これは黒幕にとっても大番狂わせだったはずだ。
さらにサーガはそういったギャングセットに対して逆にこちらの傘下に入るよう打診しているらしい。どうしてそんな血も涙もないことを次から次へと考えつくんだ、あの男は……
病室にいた仲間たちは次々と復帰していき、残るは俺だけとなっていた。
一人であれば個室にでも移してくれればよいものを、そのまま大部屋に取り残されているせいでガランとしているのが際立つ。
学校も数日間休んでしまった。この程度なら特に進級にも卒業にも問題はないが、あまりバケーションを取ることもなかったので、長らく学校を休むと不思議な感覚だ。
この日は学校帰りにリカルドを含む学生組のガーディアンたちが俺の病室に遊びに来てくれていた。
「これ、頼まれてた本だ。退屈しのぎに使ってくれ」
「あぁ、ありがとうな」
リカルドから差し入れの、カスタムバイクを紹介する雑誌とコミックを何冊か受け取る。
みんなからのカンパで購入してくれたらしい。
「俺の話、学内で広まったりはしてないか?」
「別に。わざわざ言いふらす人間もいないさ。病気で連休してるって話になってるはずだぞ」
K.B.Kであることは知れ渡っていると思うが、今や俺が本物のギャングスタであることや、敵対ギャングから撃たれたという話は伏せるように頼んでいた。もちろん、学生組で俺以外にB.K.Bの手荒な歓迎に耐えた者も何人かいるので彼らの正体も同様だ。
保身の為ではない。他の関係ない生徒たちを怖がらせたくはないと思っているからだ。
「ならいいが。K.B.Kとしての活動は?」
「問題なし。お前が居なくてもそれくらいどうにでもなるっての。B.K.Bの方は知らねぇから俺に訊くなよ?」
「メイソンさんは?」
「いつも通り。一応、心配はしてたぜ」
メイソンさんは一度も見舞いに来ていない。寂しいわけではないが、俺には小言の一つや二つ言いたいはずだ。聞いてやらないといけない。
彼らが帰ると、今度はハスラーのOG達が数人でやってきた。俺をぶん殴って教会に押しとどめた彼もいる。
「おぉ、クレイ。くたばってなかったか」
「おかげさまでな。アンタに一発やり返すまでは死ねなくてよ」
一同から、どっと笑いが起きる。
「それだけの減らず口が叩けるんなら安心だ。殴っておいて正解だったぜ」
「ありがとうと言うべきだろうな。だが結局、別のところで撃たれちまったんだが。痛すぎて生きた心地がしなかったよ」
「腹に風穴が空いたんだ。俺だってそんな致命的な傷は受けたことが無い。それを耐え抜いたとあれば、立派な男の勲章だぜ」
そんなもん欲しくなんか無かったんだがな。タトゥーだって彫るかどうか決めてなかったのに、それより先に銃弾が撃ち込まれるとは。
「アンタみたいなOGが弾を受けてないとは驚いたな」
「手足なら銃弾だろうが凶刃だろうが何回も掠ってるがな。致命傷が無いのはただの運だ。まともに撃たれたことのない人間の方が少ない」
「死んだ奴も多いのか」
「正直なところ、拳銃なら半々だな。ライフルやショットガン相手なら、腹や胸に当たるとほぼ助からない」
意外にも拳銃の殺傷能力は低いのだという。銃弾も小さく、威力も弱いので、処置さえきちんと行えば助かる見込みは十分にあるのだろう。もちろん、頭や心臓みたいな急所に当たればおしまいだが。
「俺に当たったのは……拳銃の弾だったのか」
「多分な。不幸中の幸いってやつだ。これで、大抵の事にはビビらなくなったんじゃねぇか? サーガの落とす雷以外はよ」
「間違いないな」
サーガの逆鱗以上に恐ろしいものがあれば教えて欲しいくらいだ。
「だが、ここまでお前を運んだのはサーガだからな。他にいた怪我人も一気にトラックに積んで、自分でハンドル握ってよ」
やはりそうだったか。彼は何度も見舞いに来てくれているが、そんなことは一言も話さなかった。
恩着せがましいことはいちいち言わなかったとか、そんな話じゃない。仲間を救うのは、プレジデントである自分が率先してやるのが当たり前だと思っているから、何も言わないのだ。
もし本人に訊いたら「あぁ。確かに俺が運んだが、それがどうした?」とでも返してきそうだ。
まとった強烈なオーラと威圧感だけではない。そういう部分もまた、サーガが崇拝されている理由の一つなのだろう。
「雷も怖いが、本当に怖いのは彼に見放される事なのかもしれないな」
「いい事言うじゃないか、クレイ。ま、今は早く身体を治すんだな」
「精進するよ」
ハスラーのOG達がぞろぞろと病室を出ていき、静寂が訪れた。
早く治せ、か。腹に穴が開いたのだ。未だに夜寝ているとき、体をよじった時などは強烈に痛む。普通に生活ができるようになるまで、どのくらいかかることやら。
だが、そんな俺も全くもって暇というわけではない。今回の大きな抗争のおかげで、必要なものが分かってきた。
まずはガーディアンの直接的な戦闘力だ。現場で動いている元ワンクスタの全員をB.K.Bに入れるとまでは言わないが、もう少し強力な武装と、喧嘩慣れもさせておきたい。ウォーリアーが居なければどうにもならないという事態を避けたい。
支援班の学生組には今のところ不満はない。十分に活躍してくれたと思っているが、現場の方にカメラを持たせてリアルタイムで学生組にも中継などしたらさらなる連携が取れそうだ。
サーガは攻めの喧嘩にシフトしていくと言っていたが、俺にはこの先も守りをおろそかにして良いとは考えられなかった。
頭によぎった様々な対策や手段を携帯電話のメモ帳機能へと記載していく。OGの連中なんかはあまり好まない文明の利器の活用だ。カメラによる中継や、GPSによる味方の地点把握も思いついたが、やはりこれも腕っぷしで登り詰めてきた先人からは褒められたものではない。
だが、時代は変わっているのだ。俺達みたいな若い世代にしかできない戦い方を次々と考えていかなければ余所に先を越されてしまう。
実際に、アジトの襲撃はウォーリアーが不在の時を狙ってきていたので、何かしらの情報網を敵の黒幕が使っていたことは事実。今まで通りだと不安は拭えない。
「あとは……敵さんの情報でもまとめるか」
B.K.Bへの攻撃に加担した複数のギャングの内、いくつかのセットの名前は上がってきている。サウスセントラルやコンプトンに拠点を構える、有名どころばかりだ。それが連合を組んだというのに驚きを隠せない。
それぞれに対し、同時に攻め入ることは不可能だ。全くもってこちらの人間の数が足りていない。各個撃破という形をとるのだろうが、サーガは既に停戦協定を結んだり、こちらの配下に加えることも考えている。
これが叶いそうなのも、敵の兵隊を皆殺しにして送り返した事が少なからず周りの恐怖心を煽っているからだ。まずは既に連合から離脱していると思われるセットから手を付けているらしい。
B.K.Bメンバーからは反対の声も上がっている。仲間を殺した奴と何故、手を組むのかという声だ。
しかし、全てを喧嘩で終わらせるという事がどれだけ無謀かと説く仲間も多いので、結局はサーガの意見がこのまま最後まで通ることになるはずだ。
俺の個人的な意見としては、全部の敵を倒したい気持ちも分かる。しかしこれ以上の味方の死は戦略的にも精神的にも耐え難い。
やはりサーガの行っている懐柔策が最も効果的だろう。いい気はしないがな。
……
さらに二日が経った。この間は看護師以外は誰も病室には来てくれなかったので酷く退屈だったが、ようやくの来客があった。
「サーガ……メイソンさん」
なんと、イレブントップ。即ち、E.T.のお二人さんが揃ってご来場だ。
「腹の具合はどうだい、クレイ。心配はしてたんだけど、キツイ時に喋らせるのもどうかと思ってね。遅くなってすまない」
「少しずつ良くなってるよ。気を遣わせちまってたんだな」
なるほどな。メイソンさんがすぐに来なかったのはそういうことか。もし、俺が意識不明の重体だったら駆けつけてくれたかもしれないが、酷い怪我の割に元気で意識もハッキリしていると聞いていたのだろう。
命の心配がないのであれば、俺が痛みに苦しんでいる時は他の連中に任せて、回復した頃合を狙って顔を見に来る予定だったという事だ。
「メシはもう食えるのかい? 一応、差し入れのハンバーガーがあるけど」
そう言いながらメイソンさんは良い匂いのする紙袋を差し出した。ありがたいし、出来れば食べたいところだが、さすがに病み上がりでこれにはがっつけないな。
「いや、あまり食欲はないな。コーラかシェイクがあればもらうよ」
「もちろんコーラも入ってるよ。はいどうぞ」
「ありがとう」
「サムは撃たれた次の日にはこのくらい食ってたんだけどなぁ。残りのバーガーとポテトは俺の昼飯にでもしようかね」
少しぬるくなったコーラのストローに口をつける。食いたくもない病院食に比べれば何倍もうまい。
「……サムだって? 初代のプレジデントを張った化け物なんかと一緒にされてもな」
「サムは化け物なんかじゃないって。むしろお前よりは華奢だったぞ」
サムが華奢だって? そんなイメージはなかったが、なにせ幼いころの淡い記憶しかないのだ。大人は皆、大きいものとしてしかイメージに残っていないのも無理はない。
「そうだな。化け物と言えばマークやスノウマン、それにお前の親父、ジャックだろうさ」
サーガがメイソンさんの言葉に便乗する。親父も化け物の類かよ。
「だったら俺は化け物の息子か。光栄だね」
「僻むな。見た目は確かにガラが悪かったかもしれないが、みんな良い奴だったぞ」
「そうそう。懐かしいなぁ。出来ればまた、みんなと輪になって酒でも飲みたい気分だよ」
「心配するな、ブラックホール。そう遠くない未来に、俺達もあっちに行けるさ」
なんだかジジ臭い会話が始まっちまったな。俺だけ蚊帳の外で死ぬほど退屈だ。
「それより、他のギャングセットの連合はどうなってるんだ? 引き込んだり潰したりしてるんだろ? 少しはB.K.Bに有利な状況に持っていけてるのかよ」
「お前みたいなガキの気にすることじゃねぇ。俺がどうにかしてやるから、ゆっくり休んでろ」
「おい。見ての通り、俺だって不本意ながら撃たれて身体張ってんだ。いつまでもハブるのはやめろよな」
「そうだぞ、ガイ。クレイを前線に立たせろとは言えないが、彼だって色々とお前や仲間の役に立ちたいと考えてるのさ。ワントップも結構だが、若い子の頭の方が妙策を思いつくかもしれないよ?」
メイソンさんのフォローはありがたいが、結局二人とも俺をガキ扱いしてることに変わりはないな、畜生が。
「お前がそういうなら考えを改める。クレイ、実は懐柔策の結果が思わしくない。ケンカの方は俺やウォーリアーに任せておけという意見を曲げるつもりはないが、交渉事ならお前にも力を発揮できる場を作れるかもしれん」
メイソンさんの言葉ってのは、俺が感じてる以上に影響力があるんだな。この頑固者のサーガが、たったの数秒で意見を変えるなんて思いもしなかった。
「思わしくないってのは?」
「B.K.Bに恐怖して連合体から脱退したセットだが、沈静化はしていても、こっちに従属しようとまではならない奴らもいる。要は、ビビらせすぎちまったのさ。下につけば鉄砲玉かゴミみたいに扱われてボロ雑巾になると考えてるんだろ」
「味方になった時の待遇も、この間の残虐な皆殺しのイメージが払拭できないでいるわけか」
あれは敵対した場合の見せしめなんだが、やりすぎたな。
「それは否めん」
「分かった。俺にその仕事、預けてくれ」
こうして、俺は別セットとの交渉頭という大役を仰せつかったわけだ。




