Adversity! B.K.B
それからも続々と届く連絡。ガーディアンの仲間とハスラーのOG達とで俺の携帯電話は鳴りっぱなしだ。
すでに近くにいた仲間たちは恐る恐る、敵の撃退へと向かってくれた。どの現場でも正面からの力押しではなく、奇襲の手はずだ。それしか勝ち目はない。
「畜生め……! すぐにでも動きたいってのに、あれやこれやと返答するだけで俺自身は動けやしねぇ!」
またあらたな報告を受け、その場所に近いハスラーとガーディアンの連携を依頼したところで俺は一人、悪態をついた。周りにはもう誰もいない。
何が「一人でもやる」だ。これが俺の役目だとは分かっていても、いざ現場が混乱してしまうと、最前線に立つことさえできない。サーガの苦労が知れるというものだ。
こんな路地裏にポツンと一人でいても仕方がない。俺は更なる電話を受け、それにまた指示を出しながら、まずはアジトである教会もどきを目指すことにした。
今、敵と出くわしたら命はないだろう。今回の襲撃だが、始めから容赦なく銃撃をしてきている。それも、今までで一番の人数をもってだ。偵察やちょっかいではなく、確実に潰そうとしてきている。
報告によれば、敵の正体は一つのギャングセットではなく、複数のクリップスから成るという。クリップスだけではなく、別のブラッズやチカーノギャングも参加しているかもしれない。
その、それぞれのセットの全てのギャングスタが参加しているわけではなく、何人か出し合っているという形だろうが、それでもこちらのガーディアンとハスラーだけでは到底太刀打ちできない規模だった。
「クレイ! 無事だったか!」
教会前。ハスラーのOGの一人がすでにそこにいて、俺を出迎えてくれた。
他のOGや、ハスラーのメンバーはいない。皆、戦っているのだろう。
「なんとかな。ここなら落ち着いて指示を飛ばせると思った」
「今、この町ではお前が大将さ。サーガとウォーリアー達が戻るまで死ぬ気で守り抜くぞ」
「分かってる。一応、俺が持ってる情報を共有しておくよ」
俺は教会内に入り、手書きでテリトリー内の地図を描いた。そして事細かに敵と味方の位置をOGに教える。
彼の言う通り、ガーディアンが矢面に立ってしまった以上は、俺が守りの要だ。もし俺が倒れれば、連絡が途絶えてドミノ倒しのように町の各所で味方は総崩れになるだろう。
その間にも次々と連絡は入り、どこどこでは敵を追い返した、どこどこでは突破されたと、地図上に新たな書き込みが増えていく。
パァン! パァン!
かなり近くで銃声が鳴る。アジト周辺で敵の目撃があったという報告は入っていない。それが出来ないほどに逼迫した状況であることが見て取れる。
「……! やるしかねぇか!」
「待て、クレイ! 俺が見てくる! お前はここを動くな!」
二人きりなので、どちらかが様子を見に行くしかない。俺が出ようとしたのだが、その仕事をハスラーのOGか買って出た。
「でも!」
「さっきも言ったろ! サーガが戻るまではお前が大将だ! 今、お前の首を獲られるわけにはいかねぇんだよ!」
「アンタだってハスラーのまとめ役だろ! 死なせられねぇよ!」
やはり俺が行くべきだ。今まで長らくB.K.Bを支えてきたこの男と、新入りに過ぎない俺と、どちらが組織にとって重要なのかは一目瞭然だ。
別に俺だって進んで怪我をしたり死にたいわけじゃない。そういった場面になれば死に物狂いでどうにか切り抜けるつもりだ。だが、それをこのOGにやらせるべきではないと本能が告げていた。
しかし……
バキッ!
俺は彼から強かに顔を殴られ、教会内のベンチを巻き込みながら後方に倒れ込んだ。
「クレイ、お前なんざここから出ても何の役にも立たねぇんだよ! 大した経験もねぇガキが分かった風な口を利くな! おまけに丸腰じゃねぇか!」
「……ってぇ……! 何しやがる、おっさん! 急に先輩風なんか吹かし始めやがってよ!」
「まだ殴られてぇか!? いいからここで待ってろ! サーガが戻るまで、お前は指示を飛ばし続けろ! それがガーディアンの仕事だろうが!」
それ以上の問答はぴしゃりと跳ねのけ、彼は扉から出て行ってしまった。
言い分も妙だったし、力づくとは無理やりにもほどがあるってんだよ、畜生め。
完全に彼の言葉を無視してその背中を追いかけてやろうかとも思ったが、また鳴り出した携帯電話がそれを許してはくれない。
「俺だ、大丈夫か」
「クレイ! どこもかしこも押され始めた! 奴ら、百人近くいるぞ!」
元ワンクスタのガーディアンメンバーからの悲痛な叫び。確かこの仲間は手荒な歓迎にも耐え、今ではB.K.Bの正規のメンバーだったはずだ。銃も持っているのでガーディアンの中では主力といえる。
彼の目で見える範囲で百人という事は、他の場所も合わせるともっと多いという事だ。こちらは一点に百人も集められない。
もし、各所各所にそれと同等の数を配置できているのであれば、恐ろしいほどの大軍だ。国同士の戦争じゃあるまいし、千人規模という事はないだろうが。
「少し後退しろ。また身を潜ませて何度でも物陰から奇襲だ。不意打ちを恐れさせて少しでも奴らの足を遅くしろ。それが俺達に出来る最大の時間稼ぎだ。正面からはぶつかるなよ!」
「了解だ! お前の方は無事なのか!」
「今のところはな。アジトにいるが、俺一人だ。ここの正確な位置はまだ知られてないか、知ってても街を荒らして最後に来る気だろう」
「分かった! じゃあ、またな!」
どうする。俺は予定通りこの場で指示を出し続けるだけでいいのか。仲間が血を流しているというのに。
だが、OGが言っていたように、俺一人が出て行って何が変わる? 丸腰では敵一人倒すことすらできない。
そんなことを悶々と考えていると、教会の正面の木扉が開いた。OGにしては帰りが早すぎる。まさか敵かと一瞬身構えたが、立っていたのはシザースだった。
シザースはウォーリアーとしてケンカをしていることも少なくないが、大抵はパトロールをして回ったり、ハスラーの仕事を手伝わされていたりと、良く言えば遊撃手、悪く言えば使いっぱしりという珍しいポジションにいた。
初めに出会った頃も近所のワンクスタとつるんでいたので、ギャングとしての活動は自由奔放なようだ。おそらくだが、彼の性格を鑑みた上で例外的にサーガが許可を出しているのだろう。
「クレイ……仲間が倒れてる。すぐそばでだ。それなのに、お前は一人でこんなところに閉じこもって何やってやがる……」
シザースはわなわなと肩を震わせている。たった今、仲の良かった仲間の死を見てきたとか、そんなところだろう。
「ふん、お怒りなのは理解したが、俺だって好きでこんなことしてるわけじゃねぇ。今はこれが俺に与えられた役割だ。仲間がやられねぇように指示出してんだよ。阿呆には死んでも理解できねぇさ」
半ばシザースに対しての記憶喪失ごっこは続けているのだが、今はそんな状況にはない。俺の考えをそのまま普通に返した。
言葉の通り、コイツがそれを理解できるなんて微塵も思っちゃいないが。
「近くで仲間がピンチなら、助けに行かねぇでどうするんだよ!」
ピリリ……ピリリ……
シザースの雄叫びを消すように、俺の電話は鳴る。説明するよりは見てもらおうと、俺はハンズフリーにして通話を受けた。
「クレイ、繋がってよかった! 俺だ、ディディだ! 角の酒屋のとこで、十人くらいのクリップスに左右を囲まれてる!」
「すぐに場所を移せ。前と後ろ、どちらの方が抜けやすい?」
「……後ろだ! でも、これ以上退くと……」
「大丈夫だ。近くにハスラー側の人間が伏せてる。誘い込んで叩き潰せ」
「分かった! 助かったぜ!」
通話が終わり、シザースを見ると、苦虫を嚙み潰したような顔で俺を睨みつけていた。
「なんだよ。少しはその足りない頭でも理解したか」
「……腰抜けめ」
「言ったろ。俺だって行きたいんだよ。でも俺がここを離れて戦ってる間、こうやって助けを求めてくる奴らとは話せなくなる。そのせいで仲間がもっと多く傷つく。行って一人、二人は助けられるかもな。でもその間に十人が死ぬぞ」
「分かったって言ってんだろ!」
「言ってなかっただろ、阿呆」
出来ればこの役目はあのハスラーのOGに押し付けてしまいたかったが、今はもう無理だ。もちろんシザースに携帯電話を預けてしまうなんて真似は出来ない。馬鹿だからな。
「シザース。お前はさっきから威勢がいいが、ここに残るのか?」
そこまで言って、俺はシザースの異変に気付いた。ワークパンツの右太ももの辺りから出血しているのだ。
なるほど、自身が思うように動けないからイライラしてんのか。
「お前……おい、ちょっと見せて見ろ。応急手当用の薬くらいここにはある」
教会の内装を呈するが、ここはあくまでもギャングのアジトだ。怪我の手当てをすることなど日常茶飯事なので、包帯や消毒液くらいは部屋の隅に置いてある。
「あぁ? なんでもねぇよ、こんなもん!」
「なんでもねぇかどうかは俺が決める」
やせ我慢をしようとするシザースの言葉を無視し、俺は救急箱を開いた。中から消毒液の瓶と包帯、ハサミを取り出す。
「ほら、座れ。それとも消毒で滲みるのが怖いのか? 付き添いにママでも呼んできたらどうだ」
「怖くねぇよ! 手当なんていらねぇ程度だって言ってんだよ!」
「俺が見て同じように思えば何もしねぇさ」
「チッ……!」
観念したシザースが教会内に並ぶベンチの一つに腰を下ろした。
最初から赤く染まっているせいで血が分かりづらいデッキーズ製のワークパンツを俺が捲ると、どす黒く変色した血が傷口にへばりついていた。
「結構深いな。何でやられた?」
「いや、やられちゃいねぇ。退くときにガラス板を踏み抜いた」
「なるほどな。それで切れちまったか。縫うのが一番だろうが、俺にはそこまで出来ねぇ。テープで開かないように固定してやるよ。後で病院かどっかでどうにかしろよ」
とはいえ、直接傷口にテープを貼っては剥がすときに皮膚が引っ張られて開いてしまう。まずは消毒液を含ませたガーゼで傷口を覆い、包帯を巻き、その上からテープで固定した。
これで処置は合っているのか知らないが、そのままにしておくより何倍もマシなはずだ。
「……あんがとよ」
注意していなければ聞き取れないほどの掠れた声で、シザースが俺に礼を言った。一瞬驚いたが、これをからかわないわけにはいかない。
「あ? なんか言ったか? はっきり喋れよ」
「別に何も言ってねぇよ!」
「嘘つけ、礼みたいな事つぶやいてたろ」
「礼だぁ!? 言うわけねぇだろ! まったく、平気だって言ってんのに余計な真似してんじゃねぇぞ、クレイ!」
痛むだろうに、立ち上がったシザースがダンダンッと右足で地面を踏みつけて平気だというアピールをする。
「平気ならもう行けよ。それとも休んでいくか?」
「……行きもしねぇし休みもしねぇよ。お前、丸腰だろう? 指示飛ばしてるだけの役立たずが一人じゃ、このアジトが危険だ。俺が守ってやる」
「勝手にしろ。邪魔はするなよ」
正直、この申し出は俺にとってありがたい。たとえアジトの中だろうと、たった一人で指示を飛ばし続けていては敵が来たときに何もできない。足を負傷したせいで大して動けなかろうと、シザースが防御してくれるのであれば、その隙に逃げることは可能だ。
喜んでシザースを見捨てる、という事ではない。たとえ奴が犠牲になってしまったとしても、俺がいなくなるよりは仲間の被害が減る。そのためならば俺もシザースも、自分の使命を果たすだろう。
さっきの問答でもあった、一人の犠牲で十人を救うという事だ。普段はお互いに「くたばれ」と言い合っていても、本当に死んで欲しいだなんて微塵も思っちゃいない。
「シザース……さん、だったか」
「あ?」
次々と入る電話連絡の合間、照れ隠しの記憶喪失ごっこを再開しながらシザースを呼ぶ。
「ありがとな」
「はっ! 真似すんな。聞こえねぇってんだよ」
だったらその返しも俺の真似だよ、馬鹿野郎が。




