Conflict! B.K.B
「へぇ。結局そうなっちゃったんだね」
「なんだよ、嬉しくなさそうだな。俺とはあんまり関係ないだろう」
俺は綺麗に仕上がったシボレー・タホの窓ガラスをタオルで拭きながらメイソンさんに向けて口を尖らせた。
今から、この車の修理を依頼したお客さんが引き取りに来るらしいので、話しながらも手は止めない。
「そりゃあねぇ。確かにクレイがギャングスタになるのを俺は望んでなかったさ。それも本人の意思なら仕方ないって思った。でもそれが仲間まで引き入れちゃったら、ますますギャングとして活発になるじゃないの。いつでもやめてくれていいと思ってたのにさ」
「仲間を引き入れた責任からか? どちらにせよ、簡単にやめれるとは思ってなかったぞ」
「やめるなら全力でサポートするけどね。なにせ、経験者なもので」
「それはそれは心強い限りだ」
実際、メイソンさんだけではなく、サーガも初めは俺のB.K.B入りは賛成していたわけではない。ブラッド・イン・ブラッド・アウトとはいえ、俺がやめるといえば喜んで放り出してくれそうだ。
K.B.Kの仲間がいるいないに関わらず、俺自身がそんなことはしたくないので関係のない話だが。
「おーい、このバイクなんだが、注文した部品間違ってないか? サイズが合わないんだよ」
離れて別の車両の整備作業をしていたグレッグがメイソンさんに向けて質問している。奴はいつの間にやら、リカルドを合わせた俺達三人の同級生の中で一番仕事に詳しくなっていた。真面目な性格で飲み込みも早いからだ。
「えぇっ!? わかった、すぐ行く! あ、クレイ、そのタホのお客さんが来たら対応してくれるかい?」
「あぁ、任せときな」
ちなみにリカルドは今日休みだ。日曜日なので、自慢のハーレーでどこかに出かけている事だろう。
その後、予定通りに車を取りにやってきたお客さんとやり取りをし、昼飯のサンドイッチを事務所内でグレッグと二人で食べる。俺はバイト中の食事は簡単なスナック菓子などで済ませるか、たまにメイソンさんから近くの店で食わせてもらうことが多い。
だが、グレッグは必ずと言っていいほど母親手作りのサンドイッチや弁当を持参しており、量が多い日はこうやって分けてもらえることがあった。
俺も一人で暮らすことには慣れてきたが、やはりお袋の出してくれた料理が恋しいと思うことだってある。それでグレッグの弁当をもらうことがちょっとした楽しみにもなっていた。ハイスクールでのランチは誰もが食堂で済ませるので、これを味わえるものバイト中だけだからだ。
「もういいのか、クレイ?」
「あぁ。二つも食っちまって腹一杯さ。分けてくれてありがとうな」
「そうか。じゃあ残りは俺がいただくよ」
最後のハムサンドイッチをグレッグが頬張り、紙コップの水で流し込む。今回のバリエーションはハム、ツナ、チーズと様々なものがあった。
「グレッグ、お前のお袋さんに美味かったって伝えておいてくれよ」
俺は特にツナが気に入った。
「ん? いや、やめておいた方がいいと思うぞ。母さん、舞い上がってしまって、物凄い量を作りそうだ。残したら一大事だからな」
「ははは、リカルドやメイソンさんにも食ってもらえばいいだけさ。持って帰っても良いんなら、俺の晩飯にだって出来る」
「それなら四人全員が仕事に入る前日に伝えることにするよ」
リカルドも俺のようにグレッグからたまにお裾分けを貰っているが、もしそうなればメイソンさんは初めてだ。
交代で店先に誰か一人は出ておくので、四人同時に卓を囲むことは難しいのが残念ではあるが。
ピリリと俺の携帯電話が鳴った。相手はガーディアンの仲間だ。
俺やグレッグがこうやってバイトをしている間にも、元ワンクスタのK.B.Kメンバーは監視を続けているし、学生組も手が空いている奴は情報収集を行ってくれている。
トップの俺がバイトなんかしてていいのかって気にはなるが、流石に生活の為の金はある程度必要なので仕方ないと理解してもらっていた。
「俺だ、どうした」
「おそらくクリップスだ。トヨタのセダンが二台。見たことない連中だが、お揃いの茶色の服装でおめかしした黒人に見える」
「分かった。サーガには俺から伝える。追跡しろ。ただし見つかるなよ」
「了解」
電話を切り、顔をしかめるグレッグに向けて頷く。
「クリップスらしい。新手のな」
「よくも飽きもせずにいろんなセットが来るもんだ」
「そう敵さんに伝えるようにサーガに言っておこう」
軽い冗談を吐きながら、俺はサーガに連絡を回し、詳細を伝えた。すぐに動く、ありがとうという短い返事と礼があって通話は終了する。
今回、俺に連絡をくれたガーディアンはB.K.Bに入っていない奴だったが、既に手荒な歓迎を突破した奴の場合は俺ではなく、サーガに連絡を回してもいい取り決めになっている。同じギャングメンバーなのだから当然だ。
だが、それでも直接サーガにだけ連絡をする奴というのはほとんどいなかった。まずは俺に、それが繋がらなければ仕方なくサーガに、という気持ちでいるのかもしれない。
やはり未だ、あの恐ろしいプレジデントと最初から直接電話で話そうという気概を得るに至っていないのだろう。
その点で、俺は良い緩衝材のようなポジションとなっている。
……
「大きな攻勢をかける」
その一言で小教会の中は熱気に包まれた。もちろん、発言したのはサーガだ。
中にいるメンバーはウォーリアーをまとめている主力のメンバーが数人、ハスラーの元締めをやっている古参のメンバーが数人、そして唯一、ガーディアンからは俺が参加していた。B.K.Bはワントップ体制なので他の人間に対して幹部という考え方はほとんどしないが、これは事実上の幹部会だ。
「敵の拠点がいくつか割れた。だが襲撃場所は当日、その時間になるまで決定しない。俺の心の中だけに留めておくつもりだ。いいな?」
「それがいいだろう。場所もそうだが、襲撃の予定自体も伏せておくべきだ」
「問題ない。奴らにようやく一泡吹かせられると思うと、もうワクワクしてきたぜ」
ウォーリアー達から続々と声が上がる。
俺も嬉しくは思うが、自身が参加できない現状を思うと難しい心境だ。敵を自分の手で殺したいとかそういう話ではない。その現実をこの目で見たい。それだけだ。
もちろん、ガーディアンの仲間を巻き込むつもりはない。こっそり俺一人だけでもついていきたい。
「クレイ」
「ん?」
「ウォーリアーと一緒に戦いたいって面だな。だが、ここは今までで最も手薄になる。この行動に出れるのは、お前らガーディアンの存在があってこそだ。だから、しっかりと俺達の地元を、家を、家族を、仲間を守ってくれよ」
やっぱりサーガはお見通しかよ。面白くはないが、ここまで釘を刺されて自分勝手な行動は出来ない。
「……あぁ、分かった。後ろは任せろ」
「ハスラーとの連絡も密にしておけ。戦闘員じゃねぇが、いざってときは協力を仰げるようにな」
ハスラーはサーガの言う通り、戦闘には参加しない。ウォーリアーと比べると力もない。だが、そこはギャングスタだ。ケンカが出来ない、なんてことは微塵もない。
ガーディアンがいるB.K.Bは例外として、どのギャングでも基本的にはハスラーであろうと戦える人材ばかりだ。もちろん、ガーディアンができる前のB.K.Bにおいてもハスラーはこの町を守るために戦ってきた。
今は商売に専念できる環境が整ったため、専ら何かを捌くばかりだが、緊急時に彼らの手を借りることになったとしても、頼りにならないなんてことはないのだ。
ちなみに現在のB.K.Bのハスラーは20名にも満たないほどの人数で、それを今この場にいる古参メンバーが動かしている。
「分かった。ハスラーとガーディアンだけでも一度、話しておきたい」
幹部会の解散後、サーガにお願いして教会を使わせてもらうことになった。
残っているはもちろん俺と、ハスラーの元締めたちだ。戦闘員ではないとはいえ、古参のOG達は迫力がある。
「改めて、よろしく頼む。俺がガーディアンのクレイだ」
「それは知ってるが、何か話し合う事でもあるのか? 連絡先を交換するくらいしか思いつかねぇが」
一人のハスラーがそう返した。わずかに白髪交じりの坊主頭。四十代にも見えるその男は、右目に大きな切り傷があって隻眼となっていた。身体は大きくないが、歴戦の戦士にしか見えない迫力だ。
「もちろんそれが最大の目的だよ。ただ、ハスラーが売りをやっている地点を可能な限り知っておきたい。トラブルが発生した際に助けを求めることがあった場合、誰がどのあたりにいて、誰に連絡を優先させるべきかは大事だろ?」
当然ながら現場に近いハスラーは、ガーディアンに手を貸してくれと言うにしても、その場は危ないから離れておけと言うにしても連絡の優先度が高い。
「あぁ。それくらいは構わないぞ。俺達の持ち場を全て話しておこう」
「助かるよ」
実際に現場に売人として出るのは彼ら自身ではない。だが、それを動かして管轄しているのは彼らだ。
たとえば、とあるハスラーがいる場所の近くでガーディアンが敵と接触したとする。その近くにいるハスラーというのは今この場にいるOG達ではないが、彼らに連絡を回していかようにも誘導をすることが可能だ。
直接売人と話すのも悪い手ではないが、そこから結局このOG達に連絡が回るはずなので一手遅れる。
それから、連絡などが俺の仲間のガーディアンとハスラーの売人で完結してしまった場合、俺はその情報を知らないままになってしまうので危険だ。
もちろん逆にハスラー側の上に連絡が回らない場合もある。なので、現場から俺へ、俺からハスラーの元締め達へ、そこからハスラーのメンバーである売人へというルートは守った方がいい。
俺が彼らから情報を得るのと同時に、俺の方からもガーディアンの配置先や動きを軽く話しておく。敵に目を光らせているガーディアンに対して、ハスラーから連絡があるというのは考えづらい状況だが、俺達の動きを多少は知っているだけでも安心感は出てくるだろう。
もしハスラーから何かあった場合は一手に俺が連絡を受けるわけだが、実際にはここにいる数人以外からの連絡はあり得ないので、俺一人で問題ない。
「ほう、そこまで満遍なくパトロールしてるわけか。通りでよそ者の発見が早いわけだ」
「ドンパチにならなかった時の発見数も増えてるよな。奴らの偵察を見事に潰してるわけだ。もちろん攻めてきた場合もちゃんと瀬戸際で止めれてるし、ガーディアンを甘く見てたぜ。悪かった」
ガーディアンの仕事を説明すると、ハスラーのOG達から嬉しい言葉が飛んでくる。少しばかり鼻が高いぜ。
「アンタらは、俺の親父の事、よく知ってたりするのか? 他のイレブントップの事とか」
サーガやメイソンさんが若かった頃からのB.K.Bメンバーであれば、親父や、他のE.T.の話でも聞けやしないだろうかと俺は質問した。
「もちろん知ってるさ。あの頃は今みたいな平和な時代じゃなく、大変な時代だった」
「やっぱり、アンタらにとってはこれで平和なのかよ。恐れ入ったぜ」
次々と敵対するギャングがやってきている状況で平和を語れる人間など、そう多くはないだろう。当時は毎日何人ものギャングスタや警官が抗争で死んでいたとは聞くが。
「平和も平和だ。末端の雑兵ならまだしも、B.K.Bの要だったE.T.もほとんどが死んじまってるんだから、当時がどれほどヤバかったかは理解できるだろ?」
「確かにな……」
「おい、打ち合わせはもう終わったんだろ? 昔話ならまたの機会にしよう。サーガにどやされる」
OGの一人がそう言い、ハスラーたちはそれぞれの仕事へと戻って行った。
……
恐れていた事態が発生したのは数日後、予定通りにウォーリアーが敵地へと攻撃を開始した夜の事だった。
パァン! パァン!
鳴り響く銃声。それもかなりの近距離からだ。
「マジかよ! あれを俺らで止めるってのか!?」
「やるしかねぇだろ! 今やB.K.Bに入っちまったんだからよ!」
俺の近くにいたガーディアンのメンバー達が騒ぎ立てる。
……敵襲だ。それも結構な数の。どう考えてもこちらのウォーリアーの不在を知っていたものとしか思えない。
俺からもハスラーのOG達に連絡を回したが、逆に向こうからもハスラーの売り場が次々と襲撃を受けているという連絡が入ってきた。
文字通り、絶体絶命のピンチってやつだ。
「クレイ、どうすんだよ!」
「クソが……ウォーリアーが戻るまで凌ぐしかねぇだろ。それがガーディアンの仕事だ。ただし強制はしない。俺は一人でもやる」
既にサーガにも連絡をしているが、あちらも攻撃で手いっぱいの様だった。彼らが引き上げてくるまでの数時間、ガーディアンの仲間に被害を出したくはなかったが、こればかりは俺達でどうにかするしかないのだ。




