Select! B.K.B
初めての機会と言ってもいいかもしれない。その日の放課後、K.B.Kは学生組、元ワンクスタを含む全員がとある駐車場に集合していた。
あらかじめ、ガーディアンの諜報網が数時間だけ手薄になることはサーガに連絡を回している。ウォーリアーが出張らずに地元に控えているので少しくらいは問題にならないとの事だった。
「さて、みんな。集まってくれてありがとう」
みんなを集合させたのは他でもない。B.K.B入りを望む奴を調べるためだ。
既に先日の怪我から回復した二人のガーディアンから「いつになったら手荒な歓迎を受けれるんだ?」という質問があったので、彼らをB.K.Bのもとへ連れて行く前に、他の希望者も募っておきたかったのだ。
「話は伝わってるな? 俺達ガーディアンの中から、B.K.Bに入りたい奴がいれば、遠慮なく言ってくれ。もちろん強制じゃない。K.B.Kのままでガーディアンとしての活動を続ける事には何の問題もない」
「まさかこんな展開になるとはなぁ」
「いや、俺は予想してたよ。どんどんK.B.Kがギャング化されていくってな」
リカルド、グレッグの二人がそれぞれ言った。リカルドは分からないが、グレッグはやや否定的に感じているように思える。
「ギャング化ってのはちょっと違うな。今回みたいにガーディアンも敵ギャングに見つかることはあり得る。怪我だって負わされた。それで、B.K.Bのウォーリアーが駆け付けるまでの間、ほんの少しだけ自衛できるようなメンバーが欲しいんだ、グレッグ」
「あぁ。しかも、その二人が率先して入りたいって言ってるんだろ? 下手に抵抗したら死んでしまうぞ」
「抵抗しなくても殺されることはある。牽制できるくらいの力はあった方が安全だと俺は考えた」
皆の顔を窺ったが、元ワンクスタのほとんどが悩んでいるようだった。B.K.Bに入れるチャンスがあるなら結構な数が志願すると思っていたが、これは予想外だ。
ただ、迷っているということは入りたい気持ちがゼロではないという事。きっぱりと断るつもりなら悩む必要などないだろう。
予想外といえばもう一つ。学生組の方も悩んでいる連中が多かった。こっちはグレッグのように否定的な意見ばかりが出ると思っていた。
学生組についてはB.K.Bになったとしても、表にはほとんど出てこないのであまりギャングに入る意味などないはずだが。
「みんな、答えはすぐに出さなくてもいい。基本的には個人の意思を尊重するつもりだ。B.K.Bになったとしても同じK.B.Kの仲間、ガーディアンであることに変わりはない。それに、手荒な歓迎もあるから強い身体と精神が必要だ」
いくつか手が挙がり始めた。それぞれが覚悟を決めた、という顔をしている。
全部で二十ほどだろうか。リカルドはギョッとし、グレッグはやれやれと首を左右に振った。俺はと言うと、初めの志願者はこんなものかと納得するも、学生組にも数人いたのは素直に驚きだ。
「よく分かってるとは思うが、B.K.Bも他のギャングの例に漏れず、Blood In Blood Outだ。殺されるって程じゃないはずだが、腹くくったなら簡単に辞めるなよ」
ブラッド・イン・ブラッド・アウト。手荒な歓迎や殺しの依頼など、流血沙汰によってギャングは仲間入りの選定を行う。逆に脱会の場合もやはり処刑による制裁や戦死などの流血沙汰が考えられることから、掟は広くそう言われる。
B.K.Bを辞めた人間と言うのはメイソンさんが該当する。彼の場合は当時のプレジデントが深い理解を示してくれたとは聞いたが、ここの仲間たちにはそう簡単に入ったり辞めたりできるものだと思わせない方がいいのは当然だ。
……
数日後。俺はそのメンバーを引き連れてB.K.Bのアジト、教会の前へとやってきていた。もちろん、彼らへの手荒な歓迎を敢行するためだ。
通常通りガーディアンとしての諜報活動をしているものもいるが、リカルドを含む、B.K.B入りを希望してはいない仲間も何人か見学のためにやってきていた。さすがにグレッグはいない。奴は車屋でバイト中のはずだ。
「ここがアジトかぁ。ていうか、B.K.Bの構成員がたくさんいるな……おっかねぇ」
当たり前のことを言いながらリカルドがおどおどしている。
そこまでビビッてるんなら何でついて来たんだ、コイツは。
「そこそこの人数を連れてきたじゃねぇか、クレイ」
俺と対峙するサーガが言った。その周りにはB.K.Bのウォーリアー達もいる。
「いや、俺の後ろにいる全員じゃねぇ。この内の二十人くらいだ。残りは見学した後で、怪我したウチの連中を運んで帰る係さ」
「そうか。ところで、お前は参加するんだろうな?」
「俺が参加? 何の話だ?」
俺は少し前にB.K.B入りを果たしている。今更もう一度、手荒な歓迎を受けろと言われても意味が分からないし、またサーガに殴られるなんてまっぴらごめんだ。
「お前はB.K.Bのメンバーであり、今ではウォーリアーやハスラーと並んで重要な役割となったガーディアンの長だ」
「だから、何が言いたいんだよ。俺はこいつらを連れてきただけで、歓迎を受ける理由なんかないだろう」
「受けるんじゃなく、受けさせるんだよ。お前が自ら後ろの連中の歓迎役を受け持つのかどうかを聞いてるんだ」
「は? おい、馬鹿を言うな……!」
俺に仲間をぶっ飛ばす役目を押し付けようってのかよ! 冗談じゃないぞ!
「なんだ、やれないのか? 別に一人で全員分やれって言ってるわけじゃないんだけどな。ウォーリアーが加勢する」
「断る! 俺はこの手荒な歓迎自体、必要なのかと疑問を持ってるくらいだ。自分がやられるだけならまだしも、大事な仲間を殴るなんて理解できねぇよ」
「……必要さ。ギャングってのは厳しくて汚い世界だ。ちょっとした甘えが命を落とす結果につながることだってある。やりたくない事だってやる必要がある。手荒な歓迎ってのはな、やる方もやられる方も辛いんだよ。だから、お前がやる側を経験しておくのも大事だ」
サーガはため息をついた。
やる側も辛い? 考えたこともなかったが、確かにこの俺の気持ちは誰もが感じるはずだ。もし、嬉々として新たに迎え入れる仲間を痛めつけている奴がいたら、そんな奴は絶対に誰からも信頼されないだろう。
「今日はもういい。だがよく見とけ。やられるガーディアン側じゃなく、ウォーリアー側の顔をな」
「……分かった」
「始めるか。最初はどいつだ」
サーガは教会の表に出してあった椅子に座った。
候補者全員に対して一斉に襲い掛かるわけではなく、一人ずつ前に出させ、それを囲う形で進行するようだ。
「俺が行く!」
やはりなと思った。声を上げた一人目はこの間、クリップスに大怪我を負わされた仲間の一人だった。もう一人の方も臆することなく挙手している。一番手と二番手は彼らに決まりだ。
それにやや遅れて、いくつかの手や声も上がるが、この二人の反応の早さとは程遠かった。
それもそうだ。大勢の屈強なウォーリアーの群れを目の前にして、ビビるなっていう方が無理がある。
「よし、さすがは俺の見込んだ二人だ。一分間で行う。計測は俺がやろう」
サーガは携帯電話の画面を開いた。
「よろしく頼む」
構えるわけでもなく、前に出た仲間の一人は棒立ちの姿勢をとった。
それに対峙するのは大小さまざまなウォーリアーが四人。俺の時はサーガ一人が相手だったが、感じる恐怖感はこの方が大きそうだ。
「始めろ」
静かにそう言ったサーガの声に反応し、四人は一斉に動き出す。
まず、小柄なウォーリアーの男の拳が強かに腹をえぐった。
「……ぐっ!」
だが、仲間はそれを正面から受け止め、地に足をつけたままで耐え抜いた。腹に力を込めたのか、歯を食いしばっている。
B.K.Bからも、ガーディアンからも、見事だと歓声が上がった。
「おらっ!」
しかし、すかさず背面から別のウォーリアーの蹴りが入る。これは力を込めて防ぎようもなく、前面の拳と背面の足に挟まれてしまった。
「ぐぅぅっ……!」
これはむしろ挟まれたおかげで倒れることはないのだが、倒れたくても倒れられないというのはかなり堪える。苦しそうなうめき声に、会場は手に汗握る緊張に包まれた。
ここで、俺はサーガに言われていたことを思い返す。ガーディアン側ではなく、ウォーリアー側の表情に注目することだ。
正面から拳を叩き込んだ男は無表情だが、後ろから蹴りを入れた男は口元に少し笑みを浮かべているように見える。まさか、辛いと思っている奴があんな表情を浮かべるだろうか。甚だ疑問だ。
残る二人はどうだ。厳しい表情で間合いを測っている。その内心は測りかねるが、少なくとも楽しんでいるようではないので安心した。
「こっちからも行くぞ!」
先に攻撃していた二人が離れ、交代で次の二人が攻撃に移る。
「うぉぉぉっ!」
そこからさらに数発ずつの攻撃を浴びながらも、歓迎を受けているガーディアンの仲間は、気合の入った雄叫びを上げながら必死でそれに耐え抜いた。驚くべきことに、彼は一度も地面に手をつくことなく、その両足で立ったままだ。
特段、大きな体格をしているわけでもないのに、本当に見事だとしか言えない。
「時間だ!」
そして、サーガの掛け声で最初の手荒な歓迎は終了する。
結局、最後の最後まで倒れなかった……周りからの歓声や指笛、拍手がいつまで経っても鳴り止まない。
俺は真っ先に駆け寄り、手当と休息のためにその仲間へ肩を貸した。
……
そして二人目、三人目、と手荒な歓迎は続く。さすがに全員が倒れないなんてことはなかったが、ほとんどの人間が地獄の一分間を耐え抜いて見せた。
「終わった、な……」
「そうだな。リカルド、お前も手を貸してくれ」
呆然としているリカルドの肩を軽くたたき、俺は最後の仲間の手当てへと向かった。その仲間の青あざに湿布を張り、用意しておいた車に乗せてやる。
車は学生組、元ワンクスタたちが総出で準備してくれたもので、五台はあった。骨や歯を折るなど、重傷を負ってしまった奴らを乗せて病院へ出発したものもあるが、ほとんどは病院に行くほどのものではなかったので待機中だ。
ウォーリアーに対して、やり過ぎだと非難したい気持ちもある。しかし、怪我がひどかったのは変に攻撃を避けようとした奴ばかりなので、どっちもどっちといったところだ。
パチパチ、と乾いた拍手が一つ。サーガだ。
「お開きだな。本当ならこのまま歓迎パーティーでも開きたいところだが、怪我のせいでこの場にいない奴もいる。歓迎に耐えた奴をまた後日連れてこい、それでいいな、クレイ?」
「そうだな、それで問題ない。みんなも、理解してくれるか? 普通ならすぐにでもB.K.Bメンバーになれるはずだったが、さすがに数が多いのと、この場に全員いないのはマズい」
まとめて仲間入りを認めたいというのは、あくまでも迎える側の要求なので、見事に歓迎を耐え抜いた奴らに確認しておかねばならない。
「まぁ、病院に行った奴を差し置いては行けないな……」
「サーガ、そしてクレイに従うぜ!」
「俺もそれがいいと思う。さすがはリーダーたちの言うことだ。アンタらが正しいよ」
本音を言えば少しくらい不満はあるだろうが、彼らも了解の意を示してくれた。病院送りになった重傷者の中にも、歓迎に耐え抜いた奴がいるので、一緒にB.K.Bの仲間になる方がいいというのは筋が通っているからだ。
……
さらに数日後。俺はB.K.B入りが確定した十数人のガーディアンと共にアジトである小教会もどきに向かった。
今日は手荒な歓迎を行った日とは違い、リカルドなどのギャラリーは連れて来ていない。
運が良いのか悪いのか、この数日間は敵対ギャングの来訪はなく、ガーディアンの仕事も退屈なものだった。その間に歓迎を受けていた連中は身体を回復させ、この日を迎えることができたわけだ。
無論、骨を折るなどして松葉杖をついている奴もいるが、歩けないような奴はいない。
アジト前にはハスラーも含めたかなりの人数のB.K.Bメンバーが集結していた。
俺達を乗せた車列はそこへと滑り込んで行き、全員が降りる。
それから拍手と歓声で迎えられ、新入りとなったガーディアンの連中は酒宴で揉みくちゃにされることになった。
手荒な歓迎は終わったはずだろうってのに、困った奴らだ。




