Weep! B.K.B
驚いたのは俺とガーディアンたち。そして何より、寝ていたところを見知らぬ男に泣きながら抱き寄せられ、起こされてしまった怪我人だ。
サーガはなりふり構わず大泣きして、両手に抱えた二人がバタバタと暴れ始めたところで手を離した。
「だ、誰だよ……!」
「いてて……」
「すまない。二人とも、俺達の為に身体を張ってくれてありがとう。そして神様もだ。彼らの命を助けてくれて、感謝いたします」
サーガは教会の上座に据え付けられている木彫りの女神像に向けて十字を切って祈った。
「あー、みんないきなり変な奴が乱入してきて驚いてるだろうが、彼がサーガだ。B.K.Bのプレジデントだよ」
俺が紹介すると、ガーディアンたちからどよめきが起こったのは言うまでもない。
「まさか、彼が……サーガだって?」
「アジトが教会みたいな作りだったり、鬼の生まれ変わりだって言われても不思議じゃないはずのプレジデントがこんな男だったり」
「B.K.Bってのは一体どうなってやがるんだよ……」
彼らが言った部分を切り取ってみれば、一般的なギャングのイメージとB.K.Bがかけ離れているのは一目瞭然だ。だがそれでも、普段の活動は犯罪行為であり、やはりギャングなのだ。
「サーガはな。仲間が傷つくことを恐れるが、それ以上にメンバー以外に被害を出すことを恐れてるのさ」
「そうそう。俺らは今、この町を守るために戦ってんだからな。お前ら、ガーディアンだって一生懸命それに協力してくれてるのに、守ってやれなくて悪かったな」
サーガの心情を代弁するように、B.K.Bのメンバー達が口々にそう言った。
取り出したハンカチでチンと鼻をかみ、サーガはようやく話ができる状態に戻った。しかし、B.K.Bメンバーが死んでしまった時よりもガーディアンが怪我を負っただけでここまで取り乱すというのは珍しい。
「サーガ……ガーディアンを想ってくれるのはありがたいが、別に死んじゃいないんだぜ? 怪我くらいならウォーリアーにとっちゃ日常茶飯事だろうに」
「メンバーになる人間ってのは、それなりの覚悟がある連中だ。それと一緒には出来ねぇさ。戦争で兵士が死ぬのと、民間人が死ぬのとじゃ大いに違う」
「理屈は分かるが、そんなもんかね」
「お前以上に、俺の方がガーディアンに被害が出ることを恐れてたんだよ、クレイ。こうなる確率を少しでも減らすために、ガーディアンにも何人かメンバーを含めておいてやりたかったんだ。他のガーディアンを護れるようにな」
なるほど。K.B.Kからのメンバー引き入れは、手薄になった街の守りの為とは言いつつも、実のところガーディアンをそのものを守れる力が欲しかったのか。実際そうなるよな。
そうなると俺も考えを改めざるを得ない。最初からサーガの考え通りになる運命だったってのかよ。神を恨むというよりは、この男の先見の明に畏怖させられる。
身の危険を避けるためにガーディアンを完全に引っ込めるというのは無しだ。そのせいでB.K.Bの被害が増え、結果として町の平和は崩れ去る。ガーディアンの損害を減らすため、ガーディアンから多少なりとも戦えるようにB.K.Bメンバーを生み出す必要がある……何とも皮肉だな。
「わかったよ……だが、積極的に誘いはしないぞ。あくまでも入りたい奴がいるかどうか、意思確認だけを行う。手荒な歓迎が過酷であることも伝えた上でだ。それでいいな?」
「もちろんだ。俺達だって根性の入った奴しか受け入れられない」
「だそうだ。この中にB.K.B入りを希望する奴はいるか?」
この時、俺が引き連れてきたガーディアンは数人だが、まずは彼らに確認した。
「いや、遠慮しておく」
「俺も、ギャングメンバーになるほどの器じゃねぇよ」
俺の後ろに立っているガーディアン達が次々に辞退をする中、意外な二人が手を挙げた。
「俺は……入りたいと思う」
「俺もだな。B.K.Bメンバーになれるのか?」
先ほどクリップスの攻撃を受けて怪我を負った二人だ。彼らはただ、仲間の離脱からある程度のタイミングで逃げられなかっただけなのかと思っていたが、実は初めから最後の最後まで退くつもりはなかったのかもしれない。もしそうなら大したプライドだ。
「ほう、男気があるな。気に入ったぜ」
サーガが二人の肩を掴む。
さっきまで泣きながら締め上げてたってのに、まだ痛めつけるのかよ。サーガ自身には悪気が無いのでさらにタチが悪い。
「どうだろう。かなり特殊な例になっちまうが、俺は彼らの事を、手荒な歓迎無しに迎え入れても良いんじゃないかと思ってる。実際、クリップスの奴らから受けた攻撃は俺らの洗礼よりもご立派なものだったはずだ」
サーガがそう言うと、B.K.Bメンバー達も相槌を打った。
「そりゃそうだ。そんな大怪我負ってるのに誰がもっと殴るって?」
「俺も問題ないと思うぜ。ただ、他の連中にはしっかり説明すべきだろうな。納得しない奴が後から現れても面倒だ」
勝手に進む話の中、それに反論したのは当の二人だった。
「待ってくれ。手荒な歓迎ってのは受けさせてほしい……特別扱いはご免だ」
「その通りだ。ただ、この怪我が落ち着いた後にして欲しいって気持ちはあるがな」
まさか、本気か、と思ったのは俺だけではないはずだ。これは、誰しもがその心意気を認めざるを得ないな。
「おぉぉっ! 見事だっ……!」
「ぐぉっ!? 苦し……っ!」
「さ、サーガ……!?」
だからその熱烈な歓迎はやめてやれっての。ヘッドロックに見えるが、首、絞まってるぞ。
……
二人が窒息してしまう前にB.K.Bメンバーと俺とでサーガを引き剥がし、その場は落ち着いた。
「しかし、お前らほどの人材がワンクスタやってたってのは信じがたいところだな」
「話は簡単さ、クレイ。B.K.Bの活動内容なんか知りもしなかった。ただ暴れて、物を盗んで、人を殺すだけの存在だと思ってたからな……」
「あぁ。おっかない連中だと忌避してたんだよ。でも、そうじゃない部分もあると知った。K.B.Kも立派なもんだと思ったんだが、B.K.Bも捨てたもんじゃなかったんだな」
B.K.Bの真実を知った俺と同じ理由だ。しかし、俺でもこいつら二人みたいに仲間を守るための自己犠牲や、怪我を負った後でも手荒な歓迎を真っ向から受け入れる精神力は持ち合わせていない。
今言葉に出した通り、ここまで強靭で道徳的な心を持つ男たちがワンクスタなんかをやっていたという方が驚きだ。もっとも、他に所属すべきチームやセットが見当たらなかっただけだとは思うが。
「ところで、サーガ。クリップスの方はどうなったんだ?」
「……取り逃がした。いつも通り追い払ったことに変わりはないが、今回ばかりは悔しいもんだな。もう少し懲らしめてやりたかったぜ」
現時点ではギャングメンバーではないこの二人の怪我に対して、敵の被害が少なすぎる、とサーガは悔しそうだ。
「B.K.Bの被害は?」
「皆無だ。ガーディアン様様だぜ」
「ふん、お褒めにあずかり光栄だよ」
それからいくつかクリップスの情報をやりとりし、俺が電話で別働隊にさらなる監視の強化を命じた辺りで、サーガは退室していった。今度はハスラーの仕事を手伝うのだという。普段はここでふんぞり返って聖書を読んでいるだけのイメージだったが、たまには忙しいこともあるようだ。
彼に続くようにB.K.Bメンバーも出ていき、残ったのは俺達ガーディアンだけとなった。
「お前たち、本気でB.K.Bメンバーになるのか?」
「本気も本気だ。入ったところで結局はガーディアンなんだろ? そう身構えることもないって。ウォーリアーにケンカは任せて、基本的には隠れて行動するんだからな」
「そうそう。もしもの時にクリップスやチカーノから離れられるようにハジキの一つでもあれば安心だろ。たとえ丸腰でも撃たれるときは撃たれるんだ。それなら自衛手段の一つや二つはあったほうがいい」
一緒に連れて来ていた後ろの仲ガーディアンたちが唸る。
まずいな。彼らの言葉はB.K.Bに入るつもりのなかった連中さえも感化されてしまいそうなほどだ。学生組を除く、すべてのK.B.KメンバーがB.K.B入りをしてもおかしくはない。
だが俺はもう、それを止めようとは思わなかった。K.B.KやB.K.B、そしてこの町が最も安全になるためにはそれも悪くないだろう。止めるとすれば、何かやりたい夢がある奴くらいなものだろうか。
「クレイ、ギャングメンバーになって、何か変わったことはあるか?」
俺に、後ろのメンバーから質問が飛んできた。
「俺はお前たちとは違ってメンバー入りする前からここに入り浸ってたし、サーガとの面識も自分から作りに行った。役割もお前たちK.B.K、つまりガーディアンの取りまとめだ。だから大きく変わったわけじゃない」
「B.K.Bメンバーになるならないに関わらず、ガーディアンを武装させようって気はないのか? 安全のために」
「ダメだ。誰でも彼でも戦わせるつもりはない。それに下手に武装すると慢心が起こる。今みたいに隠れて諜報活動しようって流れが大きく変わっちまう。どうせ敵に見つかっても、俺達で倒せば別に良いだろうってな」
皆が頷く。
「ギャングを相手にするってのはそんなに甘くない。だからあくまでも、ガーディアンは最低限の武装で、あまり戦闘に特化させたくはないのさ」
志願者のB.K.B入りを止める気はない俺でも、それを行わずしてケンカをさせる気はなかった。まず、手荒な歓迎に耐えられない奴は戦闘中に平気で逃亡するだろうし、何より戦力としてカウントするには少々心許ない。
「それよりも、俺はサーガに驚いたぞ。本当に彼がB.K.Bのトップなのか? あんなに人情がある男だとは」
また別のガーディアンの一人が言った。
「本当さ。B.K.Bの連中ってのは異様なほどに身内をかばう。俺もまさか、ガーディアンの為に涙まで流して大泣きするとは思ってなかったがな。ギャングメンバーに対する想いも強いが、それ以上の物だったように感じる」
「だったら、B.K.Bメンバーになるよりも、K.B.Kのままガーディアンを続けた方が良いんじゃないのか?」
「なんだ、お姫様扱いされたいだけかよ、てめぇ?」
「そうだぞ、男を見せろっての!」
俺が何か返す前に、怪我を負った二人から厳しく叱責されている。
「待て待て。考え方は人それぞれだ。K.B.Kのままでいたいって奴も間違っちゃいないさ。メンバーに入らなくとも適当な扱いをされることはないってのはみんなも理解できただろうからな。あとはそれぞれが好きに判断したらいい」
例えば、B.K.B入りを果たしたメンバーがK.B.Kのままで活動を続ける奴や、B.K.B入りをしようとして手荒な歓迎に耐えられなかった奴を見下すような事があってはならない。
その逆も同じで、B.K.Bメンバーになった奴がギャングだ犯罪者だと煙たがられることも避けなければならない。
今でこそK.B.KはB.K.Bに理解を示すようになっているが、元々はこの町を守る正義の味方として立ち上がったのだから、差別的な考えは根底にわずかながら残っているはずだ。それを呼び起こしてはいけない。
特に、現場で足を動かしている元ワンクスタと家から情報提供と連絡でサポートしている学生組とではかなり温度差がある。一気にB.K.Bメンバーが増えると完全にB.K.Bに吸収されてしまうのではという不信感が出てくるかもしれないので、俺がうまく立ち回るしかないだろう。
「誰もが個々人の意見を完全に否定することは俺が禁止する。誰にだって考えはある。大事なのは、誰もが大切なガーディアンの同じ仲間だってことだ。これからも敵はやって来る。内輪揉めなんてしてる暇はないぞ」
「……それもそうだな。俺達はクレイに従うよ」
「俺も、クレイに賛成だ。B.K.Bに入らないからって、悪く言ってすまなかったな」
よかった。この場だけでもK.B.K、ガーディアン同士でいがみ合いになることは避けることができたようだ。この意識がK.B.K全体に広がってくれればいいのだが。
「ところで、俺たち二人はいつまでここで休んでればいいんだ? 何日もここに放置されても落ち着かないんだが」
「明日の朝までは俺が残るから、他のみんなは先に戻ってくれていい。朝になったらサーガか、B.K.Bのメンバーにでも車で送ってもらおう」
怪我を負った二人には、今夜くらいはこれ以上動かずに安静にさせてやりたい。完全回復にはさらに数日かかるだろう。
俺の言葉で、引き連れて来ていた他のガーディアンたちは帰り始めた。




