Defense! B.K.B
「チカーノ。六人だ。黄色のVWゴルフ。武装は見えない。拳銃かもしれねぇから気をつけろ。繰り返す。チカーノが六人」
「了解した。見つかる前に引き上げろ。ご苦労さん」
俺は労いの言葉と同時に仲間からの電話を切った。そしてそのまま、サーガへと直接連絡を回す。
「クレイか。どうした?」
「敵影を確認した。六人だ。黄色のフォルクスワーゲン。そっちのすぐそばまで来てるらしい。銃がある可能性がある」
「分かった。ウォーリアーを回す」
サーガとの連絡もすぐさま終えた。
俺は外をぶらぶらしながらこうやって悠々と連絡を受けて流すだけ。もちろん直接この目で敵を見つけることもあるが、仲間たちとの連携を整えてしまえば、基本的には何とも楽な仕事だ。
だが、その効果は抜群だった。ここ最近で急に鉄壁になった守りの硬さに、B.K.Bを潰そうとしていた黒幕は舌を巻いている事だろう。
後ろを振り返ると、今日俺に付き添ってくれている数人の仲間。ほとんどが元ワンクスタだった連中だ。
別チームに学生もいるにはいるが、ワンクスタたちが実働部隊として多数参加してくれたこともあって、今ではグレッグやリカルドのように裏方に徹してくれているメンバーが多い。
結局、サーガに連絡できるのは俺だけなので、最終的には俺のところへ情報が集まる。そのせいで学生組のメンバーからは「もうお前も現場に出るのはよせ」と言われ続けているが、俺はそれを拒否している。
理由は簡単。今でさえ楽な仕事をさらにサボるような真似をしたくなかったからだ。それこそまさに、顎で人を使うだけのリーダーに成り下がってしまう。
「俺はB.K.Bのアジトに向かう。敵が排除されたか気になるからな。ここらの警戒は引き続き頼むぜ」
わざわざ敵がいる近くに向かうことになるが、今日のように味方が敵を発見した場合は出来る限りその顛末を見届けることにしていた。
俺は一度自宅に戻り、バイクのエンジンをかけた。ケンカが起こっているのであれば、それに巻き込まれた場合は車の方が安全なのは間違いないが、やはり機動力の高いバイクの方がお気に入りだ。
いつもの小教会の前にバイクを停車し、無遠慮に中へ入る。すぐそばでチカーノを見かけたという割には静かなものだった。
「サーガ」
「また来たのか。熱心なこった」
持っていた聖書をから視線を上げるサーガ。周りにはメンバーも数人集まっていた。
「敵は潰せたか?」
「いや、殺しちゃいない。だが追い返した。ものの五分でな。いつもながら、ガーディアンの情報に感謝する。追加の情報はあるか?」
「特にない。おそらくは、そのまま帰ったんだろうな」
今までにも、逃げたと見せかけて再攻撃してくる敵もいたが、それもガーディアンであるK.B.Kがすべて察知して、ウォーリアーが叩き潰してきた。
「いつまでもくだらねぇケンカを仕掛けてきてる奴の目星はついたのか?」
「大体はな。しかし何度も言うが、お前にそれを教えるつもりはねぇぞ」
「ぜひ聞きたいんだがな」
よく見れば、サーガの周りに集まっているのはウォーリアーの主力なメンバー達だ。普段は陽気な連中だが、今は危険な香りがプンプンと漂っている。
つまり、今まさにその話をしており、この場の空気はひりついている。出て行けとまでは言われないのは、俺の毎度の功績と、高い仲間意識からだ。
「話は変わるが、お前についてる連中は、ケンカできるのか?」
「無理だと分かってて聞いてるな? どうしてだ」
「手薄になっている間の守備をどうするか考えてる。ハスラーはウォーリアーの支援で手一杯だ」
なるほど、ウォーリアーが出張った時はそうなるな。しかし、K.B.Kの仲間にギャングの相手なんてさせたくないし、銃火器で武装させるなんて考えたくもない。
「高校生に銃を持たせて敵を撃ちまくれって、本気でそう思ってるかのか? だとしたら見損なったぞ」
「いいや。そのまま使うつもりはない。だが、もしお前の仲間内でB.K.Bに参加したいと思っている奴がいれば、多少の引き抜きも考えてる」
「それは……俺は反対だな」
結局は本人の意思を尊重すべきなのは理解している。ワンクスタだった奴らの中にはB.K.Bに入りたいと言い出す奴も少しはいるだろう。
そして俺自身がB.K.Bのメンバーである以上、どの口が言ってるんだって話になるのも分かる。だがそれでも、俺はK.B.Kの仲間からギャングスタを作りたいとは思わない。
「そう言うだろうと思ってたさ。勘違いしないように言っておくが、もしお前の仲間で手荒な歓迎を耐え抜いて、B.K.Bに入る奴が出てきたとしても、ソイツはガーディアンだ。ウォーリアーにするつもりはない。主力が駆けつける前に、多少の抵抗が出来るガーディアンが何人かいてもいいと考えたまでだ」
「多少の抵抗とはいえ、銃撃戦だって考えられるわけだろ? 俺自身の事を棚に上げて言わせてもらえば、学生には殺し合いなんて荷が重いっての」
「それを決めるのは本人だろう。ただ、何も仲間の増員はお前の所だけで考えてるわけじゃないからな。もしそういう気合の入った奴がいたら教えてくれ。それだけだ」
もう外に出てろ、という圧がサーガの表情に出始めたので、俺は退散した。
「よう、大将」
教会を出て目の前にある俺のバイクに、シザースが跨っている。
「降りろ。えーと、シザースさんだったか」
「んだよ、まだその演技を続ける気か? みんなに聞いて、それは演技だってのは割れてんだよ。よくも騙してくれたな、コラ」
誰かの入れ知恵があるまで気づかなかったのかよ。本当に馬鹿な奴だな。
もちろん、ここで認めるのも癪なのでさらに演技を続けてからかい続けるだけの話だが。
「待て、何の話をしている? 俺がお前を騙して何の得になるっていうんだ? もしかして、俺達は仲が悪かったんだろうか? それなら付き合い方を考えねぇとな」
「は……? えっ、マジで分からねぇのか? まさか、俺はあいつらの方に騙されてたってのか! 畜生、どいつもこいつも!」
そしてなんと、この阿呆はまた騙されている。さすがにここまで上手く騙せるとは思っていなかったので、本人を前に吹き出しそうになるのを堪え、俺の顔はひくひくと震えた。
クソ、早くどっかに行ってくれ。
「それはそうと、早く降りろ。俺はもう帰るんだよ、シザースさん」
「いいや、ダメだ。一緒にサーガへの文句を言いに行こう! こんな後遺症を残すなんて酷い話だぜ!」
「断る。別に俺は不自由なんてしちゃいない」
「俺がしてんの!」
シザースがガキみたいに地団太を踏んでいる。まぁ……実際にガキだが、だからといって子供じみた行動に可愛げがあるわけでもない。
「だったら一人で行けよ。俺は興味ない。サーガと会うのに一人だと何か不都合でもあるのか?」
「は? 不都合? うーん、怖い。あと、寂しい」
「気色悪いんだよ。早くどけって!」
いつまで経ってもシザースがバイクから降りないので、力づくで押しのけようと一歩出る。だが、もしそれで車体ごと転倒でもさせてしまったら俺が馬鹿を見るので踏みとどまった。
「気色悪いとは何だよ! 仲間だろうが!」
「おい、誰か来てくれ! コイツが俺のバイクを盗もうとしてやがる!」
この声に、さすがに教会のそばにいたB.K.Bメンバーの数人が反応した。冗談好きのシャークや、若いレイの姿もある。
「クレイ、大丈夫か」
「シザース。クレイをからかうのもそのくらいにしておけよ」
集まってきた仲間たちが口々にそんな声をかけてくれた。誰の目にもシザースの方が悪い様に映ったようだ。実際、コイツがバイクから降りないまま駄々をこねているのが悪いのだから当然だが。
「おいおいおい! なんで俺が責められんだよ! ていうか、お前らも俺を騙してやがったな! 見ろよ、クレイはやっぱり俺のことを覚えてねぇぞ!」
まずい。一気に形勢逆転だ。キョトンとした後、仲間たちもようやく状況を理解し始める。
「は? クレイ、まだやってんのかよ?」
「シザースは馬鹿なんだから、もう勘弁してやれって」
「……コイツが俺のバイクから降りないのは本当だ。帰るに帰れねぇんだよ」
「おい、馬鹿って言った奴は誰だ!」
現場は大混乱だ。
そして、その騒ぎにつられるように、教会の中からウォーリアーの主力メンバーやサーガが出てくる。ミーティングも終わったようだ。
「おい、まだこんなところで騒いでたのか。遊ぶならよそでやれ」
「サーガ! クレイがやっぱり俺の事を覚えてねぇってよ!」
「サーガ。この阿呆が俺のバイクから降りねぇから帰れないんだが」
「うるせぇ」
サーガはシザースの言葉も俺の言葉もたった一言で撥ね退けて、そのままウォーリアーたちと歩いて行ってしまった。
まぁ、今は忙しいだろうし、こんなどうでもいい話に付き合ってくれるわけもねぇな。
「もういいか? サーガに一言物申せたんだから満足だよな、シザースさん」
「全然話聞いてくれねぇ……」
固まってしまったシザースを数人がかりで引き剥がしてもらい、ようやく俺は愛車に跨れた。
……
数日後。ガーディアンの中で初めての被害が出た。俺が最も恐れていた事態だ。
いつものように町中に情報網を張り巡らせていたが、その内一つのチームが余所から入ってきたクリップスの構成員とぶつかったのだ。伏せているポイントから次の場所へ移動している最中の出来事だった。
当然、ガーディアンたちは大した武装はしておらず、ほとんどが丸腰だ。対するクリップスの連中はバットやゴルフクラブを持参しており、ガーディアンの二人が滅多打ちにされ、その場を離れた残りのメンバーから俺に連絡が入った。
俺はすぐにサーガに連絡をして自身もそこへ駆けつけたが、怪我を負って倒れている二人の姿しかなかった。一般人にしか見えないK.B.KがB.K.Bメンバーだと思われたかどうかは定かではないが、もし「数人単位で動いている連絡係みたいな奴がいる」とガーディアンの存在が漏れたのであれば思わしくない。
「大丈夫か!」
俺は仲間の一人の身体を引き起こして呼びかける。唸りながらもソイツは力なく笑った。
「うぅ……さすがに強いぜ、クリップスはよ……」
「クソッ、どうにか逃げれなかったのか? 無茶するんじゃねぇよ」
「へっ、そっちこそ無茶言うなよ、クレイ。俺とコイツで敵を食い止めて、他の奴らを逃がすのが精一杯だったのさ……」
出来る限りの事はしてくれたわけだ。これ以上、コイツを責めることなんて出来ない。こうして怪我まで負ってる奴に対して、何を言ってるんだ俺は。
「おい、病院に連れて行ってやってくれねぇか?」
後ろには俺と動いていた他のガーディアンや、少数のB.K.Bメンバーも来ている。
だが、これは打ちのめされた本人たちによって拒否された。
「病院に行くほどの事じゃねぇよ。寝てりゃ治るさ……」
「そうそう。骨も折れてねぇから、心配すんな」
俺は少し考えた後、ここからほど近いアジトへの移動を提案した。
「サーガは文句を言うかもしれねぇが、こいつらはB.K.Bの為に身体張ったんだ。アジトの教会もどきに連れて行って休ませよう」
「あぁ。俺達も賛成だ」
「構わねぇぜ」
B.K.Bメンバーも理解を示してくれた。怪我を負った本人たちや、俺が引き連れているガーディアンの連中は驚いていたが拒否はしなかった。
俺以外のK.B.KメンバーがB.K.Bの本拠地に訪れるのは初めてのことだ。俺だって死ぬほど緊張したんだ。いや、文字通り死を覚悟していたんだったな。こいつらだって緊張するのは同じだろう。
「ほら、乗れよ」
B.K.Bメンバーが気を利かせて回してくれた車に全員が乗り込み、教会に向かう。
サーガはクリップスの件で出張っており、アジトには不在だった。遠慮なくベンチに毛布を敷いて、その上に怪我をした仲間二人を寝かせる。
「ここがアジト……?」
「想像してたのは廃工場とかだったんだけどな」
俺と一緒についてきていたガーディアンたちからそんな声が上がった。俺だって最初は何で教会みたいな内装なんだと思ったので、全く同感だ。
バタンッ!
三十分ほど経っただろうか。勢いよく開け放たれたドアから、巨体のサーガが入ってくる。
その顔には分かりやすく怒りの表情が張り付いており、ガーディアンや俺は勿論の事、B.K.Bメンバーにも緊張が走った。特に彼を初めて見るK.B.Kの連中は、殺されるとでも思ったんじゃないだろうか。そのくらいサーガは怒り狂っていた。
勝手にK.B.Kの奴をここにつれてきやがって、と怒鳴り声が飛ぶかと思ったが実際は違った。
「くそぉぉぉぉぉぉっ!! すまねぇっ!! こんなケガを負わせちまって!!」
サーガはベンチに横たわる二人の身体を抱き寄せ、大粒の涙を流したのだった。




