Unite! B.K.B
俺が目を覚ました時、まず視界に入ってきたのは聖母マリアの肖像画だった。どうやら俺は仰向けに寝かされており、肖像画は天井に貼られているものらしい。
顔も含め、全身が痛い。骨折はないようだが、打撲だらけだ。
「ここは……サーガがアジトにしてる教会か……」
「やーっとお目覚めかよ、へなちょこ」
俺が寝ているベンチの、すぐそばのベンチに寝転がってコミックを読んでいたのはシザースだった。
俺の世話役か? なんでこんなやつを選ぶんだよ。ムカつくから忘れたフリでもしておいてやるか。
「誰だ、お前は? サーガかメイソンさんと話がしたい」
「はぁ!? クレイ、頭でも強く打っちまったのかよ!? 俺だよ、俺! シザースだ!」
「頭に響くから大声を出さないでくれ。えーと、シザース、さん?」
「マジでやべぇな!」
慌ててシザースが飛び出していくのを笑うと、腫れた顔が痛かった。冗談も楽しめやしない。畜生め。
「クレイ、おはよう」
やってきたのはサーガではなくメイソンさんだった。
まぁ、サーガの方は俺を殴った本人だし、自分の攻撃を受けた相手がどの程度の具合かもよくわかっているはずだ。致命的なことはしていないと理解しているので、あまり心配には思っていないだろう。
「あぁ。それで、俺はもうB.K.Bになったのか? タトゥーでも彫らなきゃいけないか」
「そうだね。これでお前はメンバーだ。でも結局は気持ちの持ち様だよ。タトゥーはどっちでもいいみたいだよ。俺達の頃は即座に彫り込んでたけど、時代は変わるもんだ」
詳しく聞くと、タトゥーを入れたくない奴がいるというよりは、ギャングに入る前から何かしらの彫り物を入れている若者が増えたことが起因らしい。たとえば、背中だったり、腹にセット名を入れる決まりがあっても、そのスペースが空いていない者がいたりする。
なのでセット名を入れるも入れないも自由なのだそうだ。彫り入れもメンバーが直接行うよりは、プロのタトゥーアーティストに任せることが多くなったという。
俺自身はどっちでもいいが、ひとまず保留にしておくことにした。
「クレイ! 本当に俺のことが分からないのか!?」
俺とメイソンさんの会話がひと段落したところで、彼を呼んできたままその後ろに控えていたシザースがそう言った。
面倒なので忘れてしまった演技を続行する。
「……あぁ。悪いがやっぱりお前の声は頭に響く。うるせぇから出て行ってくれないか?」
「ちっくしょうぅぅぅ! こんなになるまで殴るなんて、ひどすぎるぞ、サーガ!」
何やら泣き叫びながらシザースは飛び出していった。うるさいと言っている事はまるで理解できていないようだ。
「なんだ、アイツ? 俺から忘れられたくらいで、そんなに寂しいのか? 思い出したら抱き着いてきそうだから、永久に忘れておくぜ」
「あんまりからかうなって。純真無垢なんだよ、アイツは」
当然だが、メイソンさんは俺がシザースを弄んでいる事には気づいている。
「なんだぁ? シザースが泣きながらどっかに走って行ったが」
ここでサーガも教会内に入ってきた。あれからまだ続行されているであろうバーベキューの場で、結構な量の酒を飲んだのか、赤ら顔になっている。
「あぁ、クレイがからかっていじめちゃったんだよ」
「やめてくれよ、メイソンの兄ちゃん。ほんの冗談じゃねぇか」
「犬猿の仲でも、これからは同じB.K.Bの仲間だ。もしシザースの身に何かあった時でも、お前は命をかけなきゃならない。それは理解しているんだろうな?」
サーガが酒臭い顔を俺に寄せる。酔ってはいるが、話している内容は至って真面目だ。
「俺がシザースの為に命を張る……か。今はまだ想像もつかねぇよ」
「シザースだけじゃないぞ。仲間、家族、この地元に生きとし生ける全ての者たち。それを守る覚悟が必要だってこった。肝に銘じておけ」
言ってることは分かるが、教会で聞くとギャングの皮をかぶった神父様の退屈な説法にしか聞こえねぇな。
「それで……今でも俺には報復の件、反撃の算段は聞けないのか?」
「教えるわけねぇだろ。たとえお前がメンバーになっても、俺がお前に期待するのはK.B.Kの諜報活動だ」
もちろん、それを狙って歓迎を受けたわけではない。少しばかり期待はしていたが、そう甘くもないわけだ。
しかし、B.K.Bメンバーか……別にサーガから殴られた以外はまだ何をしたわけでもないが、K.B.Kの連中には何と言われるんだろうな。
「つまり、B.K.Bメンバー内にも詳しく知らない奴はいるって事か?」
「当然だ。俺は仲間に余計な情報は与えない事にしてる。与えるのはそいつがやるべき仕事、そいつが知るべき情報だ。何でもかんでも全員に伝えてると、お前みたいに関係ないことをやり始める奴が出てくるからな。別に意地悪して隠したいってわけじゃない。常に最善の動きができるように全体を見るのが俺の仕事だ」
俺から見ればB.K.Bメンバーは誰もかれもが同じような仕事、同じような動きをしているイメージだったが、当然ながら戦闘員であるウォーリアーと売人であるハスラーには役割分担されているだろうし、ウォーリアーにも攻めと守りの担当分けが成されている事だろう。
K.B.Kが諜報活動と仲間の引き入れに仕事を分けていたのと全く同じだ。
「仕事が変わらねぇんなら、俺はB.K.Bに入った意味なんてあったのか?」
「学生生活が終わるまでは、お前にとっては大差ないように感じるだろうな」
「どういう意味だよ」
「ギャングを仕事としてしか見れないって事だ。本来、ギャングってのはライフスタイルそのものだ。通いでやるもんじゃねぇ」
これは理解できる気がする。確かに学生としての別の生活がある以上は、俺は肩書ばかりのギャングスタで、精神的には本当のギャングスタとは全くの別物だ。もはやワンクスタと言ってもいいくらいの代物かもしれない。
「だがそれは認めてくれたはずだ。さっき言ったように、俺にだってやりたいことはある。文句は言わせねぇぞ」
「もちろんだ。好きにすればいい。だが、お前が本当の意味でギャングスタになれるかどうかはその先だな。自分のことを優先してる内はまだまだだってこった」
「チッ……」
気に食わない言い方だが、こちらは容認してもらっている立場だ。飲み込むしかあるまい。
それに、何と言われようと俺は自分の人生を今ここで決めるつもりはない。B.K.Bがすべて、という考えには到達できていない。可能であれば大学にだって行きたいくらいだ。さすがにそれは厳しいというのも分かっているが。
「どう生きるかはお前の勝手だが、あまり俺達を落胆させるなよ」
捨て台詞のような言葉を吐くと、サーガは教会から出て行った。
「メイソンの兄ちゃん」
「ん? なんだい?」
メイソンさんが手にした瓶ビールをあおる。
「俺がギャングになって、残念だと思うか?」
「そうだね。できればなって欲しくなかったさ。でも、今のお前はガイが言ったように本当の意味ではギャングスタじゃないよね。何というか、町を平和にするためなら、その肩書きすら利用する奴って感じるかな。敵の情報欲しさだったり、この町での活動のしやすさを取ってギャングに入った現実主義者ってところだろうね」
「返す言葉もねぇよ」
さすがにそれくらい分かっているよな。B.K.Bメンバーの連中にはそこまで透けてはいないと思うが。
だが、命をかけてシザースや他の連中を守ろうとは思えなくとも、出来る限りの協力はするし、迷惑をかけるつもりはない。
「とにかく今は地道にK.B.Kの活動をするしかないだろうね。別に、B.K.Bのてっぺんに立ってギャングを率いてみたいなんてのは夢じゃないだろ?」
確かに以前、メイソンさんがギャングに戻るくらいなら、俺がサーガの代わりにB.K.Bをまとめると言った。だが、そのまま居座るつもりなんてなかったし、純粋にメイソンさんを守ろうとしただけだ。
「メイソンの兄ちゃんがB.K.Bに戻ってしまったらそうするよ。そんで、車屋に戻れってプレジデントの権限で命令してやる」
「はいはい。御心配には及びませんよ」
ひらひらと、めんどくさそうにメイソンさんが手を振る。
「本当かよ。居心地が良さそうにしてるから心配だぜ」
「自分が入っちまった奴が何を言ってるんだか。それに、居心地が悪いわけないだろ。B.K.Bは俺の古巣だし、ガイみたいな古い仲間とは喧嘩別れしたわけでもないんだから」
俺は体を起こそうと力を入れる。そこら中から痛みが走り、顔をしかめた。
「どうした? 寝てなよ」
「いや、みんな盛り上がってんだろ? 仲間になったのに一人だけ仲間外れってのは気に食わねぇ」
どんな奴らがいるのか、コミュニケーションを取りたかったが、流石にこの身体じゃ厳しいか。
「そういう問題じゃないだろ。それに、お前から行く理由なんてないさ……ほら」
メイソンさんが言うと、二人のB.K.Bメンバーが教会に入ってきた。どちらも初対面の若者だ。
「よう、クレイ! 派手にやられたじゃねぇか! わざわざサーガにぶっ飛ばされる事を選ぶなんて、気合入ってんな!」
「酒は飲めるか!? 持って来てやったぞ!」
そういうことか。たったいま加入したばかりの相手だろうと、一度仲間になれば認める。これがギャング連中が大事にしている、仲間を想う気持ちってやつなのか。
「あぁ、悪いが下戸なんだ。酒じゃない方がありがたい」
自分自身が下戸かどうかは正直不明だ。親父も酒やタバコ、大麻はやらなかったらしいし、今更始めようとは思っていない。
「そうなのか? コーラを持って来てやるから、ちょっと待ってろ!」
一人が退出していき、もう一人がそばのベンチに座って話しかけてきた。
「で、具合はどうだ? うちのボスのパンチは効いただろう?」
「あぁ、まだどこもかしこも痛いぜ。それでも、俺を認めてくれてうれしいよ。ありがとう」
「そりゃ、あんなガッツを見せられたらな。もともとは入れなくてもいいだろって思ってたんだが、考え直させられたよ。俺はレイってんだ。先月B.K.Bに入ったばかりだ」
レイと名乗った少年と俺は握手を交わした。こうやって、一人一人と顔見知りになっていきたいところだな。
……
……
「冗談だろう!? なんでそんなことになってんだよ!」
クラスルームで、リカルドが俺の肩を掴んで激しく前後に揺らす。
「まぁ、成り行きでな……」
「かぁーっ! もう、お前が何を考えてるのか分からねぇよ!」
まだK.B.Kメンバー全員に打ち明けたわけではなく、まずは旧友であるリカルドにだけ、俺がB.K.Bのメンバーとして受け入れられたことを話した。
正確には俺の怪我を見て何事かと聞かれ、白状したというのが正しいが。
「ただ、基本的には変わらずK.B.Kを動かすだけの立場だ。あっちのメインの活動はお預けを食らってるし、そもそも意味のない殺しや盗みに加担する気はねぇよ」
攻めてきた外敵を討つというなら話は変わってくるが、クスリを捌いたり、金目の車を盗んだりするなんて御免だ。
「当たり前だ! そんなことして捕まったりするなよな! それと、学校を辞めるなんて言い出さねぇよな?」
「言わねぇよ。俺の目的はあくまでもこの町を平穏をすることだからな。ギャングとしての人生を謳歌することじゃない。K.B.Kの仲間が動きやすくなるための決断だと考えてくれ」
「それならいいけどな……まさか入っちまうとは」
それからすぐにK.B.Kの仲間たちにも話は伝わり、様々な反応を見せられることとなった。
特にグレッグは猛反対をしてきた。B.K.Bが町の治安維持に大きく貢献していることは事実かもしれないが、そんな活動の裏で犯罪行為をしていることは明らかなのだ。それに俺が意図せず加担させられることを本気で心配してくれていた。
ギャングメンバーとなった今でも俺はK.B.Kに携わる活動しかできないと伝えると、多少は理解してくれたが、B.K.Bの事は完全に信用はするなと念を押した。
他の学生メンバーもどちらかと言えば反対派が多かったように見える。だが反対にワンクスタからK.B.Kに引き入れた連中のほうは俺のB.K.B入りを支持してくれた。自分たちの頭が本物のギャングスタになって、偽物に過ぎなかった彼らも鼻が高いのだろう。
だが、サーガの指示通り、俺の仕事は一切変わらない。戦闘員であるウォーリアーや、そのウォーリアーの中でも最も先陣を切る鉄砲玉であるシューター、物品の売買を行うハスラーではない。
俺やK.B.Kは今までのB.K.Bにはなかった役職、地元の防衛の為の情報網を敷く監視者、守護者という意味合いでガーディアンと呼ばれることとなった。
つまり、B.K.Bの組織構造は大きく分けてウォーリアー、ハスラー、ガーディアンの三つとなったわけだ。
ガーディアンの中で事実上B.K.Bメンバーにカウントされるのは俺だけだが、ギャングメンバーではないという隠れ蓑を利用して町中に味方を配置できるので返って都合がいい。
こうして、俺のギャングスタとしての活動がスタートしたのだった。




