Enter! B.K.B
二日後。メイソンさんの言った通り、サーガがアジトに戻ってきた。若干、話し方がまごつくものの、それ以外は何の問題もない。完全回復と言ってもほとんど差し支えないだろう。
しばらくひりついていたB.K.Bも、プレジデントの帰還によってバーベキューパーティーが催され、大いに盛り上がっている。もちろん俺も出席だ。
「クレイ、よくやってくれてるな。お前の仕事ぶりは見事だった」
教会の前にベンチを出し、それに座って会場の盛り上がりを楽しんでいるサーガ。俺はその横に立っている。
「お褒めにあずかり光栄だね。俺をアンタの代役に立てなくて後悔しただろ」
「それとこれとは全く別の話だと言っただろう。そっちはコリーにしかできない仕事だった」
「そんで? アンタ以外の連中にも俺の活躍は届いてるんだろうな?」
サーガに認めてもらうこと自体も重要だが、こちらも負けず劣らずに大切なことだ。他のメンバー達が俺のことをあくまでもサーガの客人と見るか、頼りになる仲間と見るかで居心地はかなり変わってくる。
「そりゃ当然だ。お前らの情報でこっちが動いてたのはみんな知ってる。ただ、それでデカいツラできると思ったら大間違いだ。頭ではそうだと分かってても、実際の現場でお前と仲良くやってたわけじゃねぇからな」
「それはアンタが許さなかったからだろ」
「そう言うな。実際のところ、お前が協力してくれて助かった。正面切って戦うよりもずっと価値のある形でな。だから邪険に扱われる事はねぇし、俺は認めねぇ。この後、全員の前でお前を紹介してやるから安心しな」
とうとう全てのB.K.Bメンバーに俺が認知されるわけだ。あれほど憎んでいたギャングスタに認められる……なぜか、心地良い感覚がざわざわと身体の中を駆け抜けた。
少し離れた場所では、メイソンの兄ちゃんがB.K.Bメンバー達に囲まれてちやほやされている。当然彼にも俺と同じようにご招待がかかっていた。
実際、ちやほやされるだけの活躍をしたらしい。サーガの代役とは言え元B.K.Bの、それもE.T.と呼ばれるオリジナルギャングスタだ。戦いっぷりは勇敢で、指揮も見事だったという。
また戻って来いよ、と何人からも言われて、ニヤニヤと笑いながら、戻るか、どうしようか、などと談笑している。
あんまり調子に乗るなっての。アンタは今、立派な車屋だろ。
一方で俺達K.B.Kは寝返りを希望していたワンクスタの全てを仲間に引き入れ、既にそのメンバーは200人を超えている。
このパーティーに連れて来たいとサーガに言ったが、さすがに多すぎると断られていた。
「サーガ、メイソンさんはきちんと元の生活に戻してくれるんだろうな?」
「待て、俺が軟禁してたみたいな言い方をするんじゃねぇ。それに、戻るも残るもブラックホールの意思次第だ。確かに俺が帰ってくるまでの面倒は頼んだが、そこから先は俺の管轄じゃないぞ」
「あの調子じゃ、古巣であるB.K.Bの居心地の良さに、すっかりほだされちまうんじゃないかって思ってな」
「だから本人次第だ。俺はどっちでもいいとしか思ってない。どんな形であれ、俺とアイツは親友であり、家族だからな」
非常に心配ではあるが、もしギャングに戻るだなんて言い出したら俺が全力で止めてやる。
「……攻勢を仕掛ける算段はあるのか?」
もちろんメイソンさんの事も気にはなるが、実は本題はこっちだ。
「さぁな」
「おい、こっちはメイソンの兄ちゃんにもはぐらかされてんだ。俺達がしっかり仕事したと思ってくれてるなら、それくらい教えてくれてもいいだろ?」
「いいや。教えればお前は勝手に攻撃にも参加するだろうからな。与えた仕事以外の事にまで首を突っ込むんじゃねぇよ、ガキ」
積極的に前に出てドンパチやるつもりはないが、確かに遠目から見ておくつもりではあった。
防御において敵の位置を知らせているのは俺達だ。ただケンカをしたいだけの狂戦士であれば、そっちにだって向かう。だが俺はK.B.Kの仲間を巻き込む可能性がある、この町での抗争には首を突っ込まないようにしていた。
だからこそ攻めだ。そこでなら近くにはK.B.Kのメンバーはいない。B.K.Bの連中と、敵のセットの人間だけだ。
「待ってくれ。俺だって馬鹿じゃない。奴らの拠点の位置、敵のセット、その辺りのヒントを集めて、いち早く黒幕にたどり着けないか考えたいんだ。手出しなんかしない、約束するよ」
「それも余計な仕事だ。俺が考え、俺達が行動する。お前らはこの町に湧いた外敵の情報を知らせることだけ考えろ」
そこまで言うと、サーガは重たい身体をベンチから起こした。
「おーい、みんな。ちょっといいか」
いよいよ俺の紹介か。あれだけ騒がしかったバーベキュー会場が、嘘のように一瞬で静かになる。やはりこの男への尊敬と信頼は生半可なものではない。初代プレジデントであるサムの人徳も、これほどまでのものだったのだろうか。
「知ってる奴も多いだろう。俺の横にいるボウズだが、ジャックの息子のクレイだ。今回、地元に入ってきた馬鹿どもの情報を集めてこっちに知らせてくれていた、K.B.Kっていう連中の頭だ」
ほう、という感心したような声と、ようクレイ、やってくれたな! といったような気さくな声をかけてくる者もいる。もちろん前者は初対面の連中で、後者は顔見知りの連中だ。
この場にいるのはB.K.Bのメンバーの全てであり、欠席者はいない。パッと見て百人まではいないのではなかろうか。刑務所に服役中の人間を除けば、俺の顔を覚えられたと言っていい。
「クレイ、お前は本当によくやってくれた。あらためて礼を言わせてくれ。ありがとう」
「どういたしまして。アンタの方こそ、俺を信頼してくれてありがとう。仲間たちとコツコツやってきた事が、この町やB.K.Bの役に立ったと証明することが出来てうれしいよ」
サーガは俺とがっしりと握手をし、それから軽くハグをしてくれた。拍手や指笛がギャラリーの間で沸き起こる。
「で、サーガ! そのボウズをウチに入れるのか!?」
「ジャックの息子だろ! いつ歓迎するんだ!」
は……? ちょっと待ってくれ、俺はもうB.K.Bのメンバーとして認められたって事なのだろうか?
仲間と認識されることは素直にうれしい。サーガの代役として立ち上がりたいと思ったのも、敵の情報を流して支援したのも事実ではある。
だが、俺自身がギャングスタになってしまうというのは想像もしていなかった。もはや今ではB.K.Bを毛嫌いなどしていないが、それは俺の当初の目的からして本末転倒ではないのか?
「はぁ……ブラックホールや俺の気持ちも知らずに、コイツら好き勝手言いやがる。出来る限り遠ざけておきたくはあるんだがな」
「サーガ……」
「お前はどうしたいんだ、クレイ?」
俺は……どうしたいんだろう。どうするのが正解だ。
「クレイ! てめぇ、ウチに入るつもりかよ!? 見上げた変わり身の早さだな、おい!」
ギャラリーの中からシザースが叫ぶ。奴はどちらかと言うと反対のようだ。少し前まで俺が散々B.K.Bの事を否定していたのを知っているので、気に食わなくても当然だ。
かなり少数ではあるが、それに賛同しているメンバーもいた。
だが、それ以上に歓迎ムードを示してくれている連中が多い。もちろん、シザースのようにその辺りの事情を知っている者はそれなりにいる。それでも、今や貢献してくれたのだからと肯定的な意見を持っている人間の数の方が多いという事だ。
「……もし、みんなが俺のことを本当に認めてくれるというんなら、この身を置いても良い。だが、俺にもやりたいことがある。たとえばハイスクールの卒業、とかな。その辺りは理解してもらえるのか?」
ついに俺はそう言ってしまった。本当に、人生ってのはどう転ぶか分からないものなんだな。
「安心しろ。そのくらい俺達は理解してる」
いよいよサーガがそう言った。なぜだか俺以上に覚悟を決めたような鋭い顔をしている。親友だったジャックの息子を自分のもとで預かる、という事に対して責任感がのしかかってきているのかもしれない。
実際、お袋は俺をギャングから遠ざけたがっていた。俺の意思とはいえ、それに反することをしているのだから当然だ。しかしそれでもやはり、本人の意思こそが最も尊重される。
「学生兼、アルバイト兼、ギャングスタか。面白い時代になったもんだな、ガイ」
いつの間にやら、隣にはメイソンさんがやってきていた。諦めとも取れるその表情は、俺のわがままをついに認めてくれたことの表れだと言っていい。
「あぁ、まさに時代は変わるってことだ。俺達みたいな年寄りも取り残されないようにしないとな、ニガー」
何が年寄りだ。確かに十代の俺から見ればおっさんではあるが、その辺のガキなら簡単にぶっ飛ばしちまうくらいにはハツラツとしてるじゃねぇか。
「で、クレイに対しては歓迎もやるのか?」
「当然だ。クレイ、覚悟は出来てんのか? 歯の一本や二本は覚悟しとけよ」
「……は?」
しまった! 完全に忘れていた! ギャング式の手荒な歓迎ってやつか!
痛いのは勘弁願いたいものだが、俺も言い出した以上は退くに退けない。
「何だ、ビビってんのか」
「いや……どうせなら、アンタとタイマンってのはどうだよ? そっちの方が盛り上がるんじゃねぇか」
「確かに面白れぇが、何か勘違いしてるな。タイマンだろうが囲いだろうが、お前は手出しした時点で負けになるんだぞ」
「……構わねぇよ。どうせならアンタの手でやってくれ」
一見、相手がサーガだけであれば楽なようにも思えるが、結局はべらぼうに強いのだ。何人かの雑魚を相手にした方が怪我は少なくて済むかもしれない。
俺は早くも自身の言葉を後悔し始めていた。
……
ボキボキと太い首を左右に傾けながら音を出すサーガ。それに立ち向かう俺はあまりにも弱々しく、みじめだ。
その間にはメイソンさんがレフェリーでもやるかのように立っている。いや、実際にレフェリーなのだろう。
サーガの攻撃で俺が死ぬ可能性も考慮してくれているのだと思う。一発一発、俺がダメージを負う度にその状態を確認するというのも大変だろうが、彼はそれをやるつもりだ。
「頑張れよ、クレイ! 根性見せろ!」
「やっちまえ、サーガ! 世間の厳しさを教えてやれ!」
「ぶっ殺せ! えーと……ぶっ殺せ!」
取り巻きから飛んでくる様々な声援。最後のはシザースだな、絶対。あのクソ野郎め。どう考えても殺されちゃダメだろうが。
「一分だ。耐えて見せろ」
「あぁ」
その、俺の返事が終わるかどうかという刹那、既にサーガの拳は俺の腹にめり込んでいた。息は止まり、胃の中のものが驚いて飛び出しそうになる。
「……っは!」
声にならない声だけが漏れ、俺は軽々と吹き飛ばされた。駆け寄ってくるサーガと腕を組んで俺を見下ろしているメイソンさんが見える。
そう遠くないはずなのにはるか遠くから聞こえるような周りの連中の歓声。早く立ち上がらなければ、追撃で踏まれるか、馬乗りになって殴られる。
「く……っそ……!」
「……」
サーガは俺に、ふらふらと立ち上がる猶予だけは与えてくれた。しかし、直後に今度は奴の前蹴りが俺の胸に突き刺さる。二度目もまた簡単に俺は飛ばされ、うち捨てられた人形のように何度も地面をバウンドしてうつ伏せに倒れた。
「こ……んのぉぉぉぉぉぉっっ!!!」
たった二発。それを食らっただけで、大きな声を上げていなければそのまま気を失ってしまいそうだ。手で土を掴みながら、俺は小鹿のように震えて立ち上がった。
「おら、もう少しだぞ。頑張れ」
優しい言葉とは裏腹に、厳しく重たいパンチが顔に飛んでくる。謝りながら我が子の首を絞める母親じゃあるまいし、どんな感情でいればそんな器用な真似ができるんだよ。
切れた唇から滲み出た血を拭うと、次のパンチが目の前にあった。右手で防いだが、意識が持っていかれそうになる。
「ぶ……っ!」
「おい、下手に防いだり避けたりすんな。あぶねぇぞ」
「どの口が言って……ごふっ!」
さらに腹に一発。容赦なくジャブが入って、俺は舌を噛んだ。
そして一発、二発、三発……ついに俺は空を見上げる形で地に倒れた。羊でも数えれば眠ってしまいそうだ。もちろん、そうなれば俺の負けだが。
「おい、クレイ。立てるか」
サーガが俺の顔を覗き込んでいる。メイソンさんもだ。何のつもりだ?
もう指一本動かせない自信がある。目が霞む。呼吸が乱れる。口からは血が混じった涎が出る。だが、もう一度。もう一度だけならと、俺は最後の気力でゆっくり立ち上がった。
「一分経ったぞ」
そして、その言葉を聞くや否や、俺はサーガの肩にもたれかかる形で前のめりに倒れた。




