Lil Kray Blood
「……」
腕を組み、考え込んでいるサーガ。顔にはぐるぐると包帯が巻き付けられ、まるでミイラ男のような風貌である。
それに対面しているのは俺とメイソンさんだ。
さらに、サーガの座っているベッドの真横には、護衛としてベルトに拳銃を差した一人のB.K.Bメンバーが突っ立っている。彼は病院側から他の患者が怖がるからと拒否されたようだが、お構いなしに居座っているらしい。入院しているのがそのギャングセットのリーダーなのだ。こうして誰かを護衛として置いておこうとなったのも頷ける。
ちなみにサーガの護衛任務は一日交代で、日が暮れるとまた別の仲間がやってくるらしい。
「コリー」
「うん?」
包帯の中からサーガのくぐもった声が聞こえる。たったの一日しか経っていないが、ゆっくりとであれば会話は出来ていた。ちなみに医者は治りが遅くなるからまだあまり口を動かすなと言っていたが、本人はそれを完全に無視している。
「少しの間……頼めるか」
「当たり前だ。お前が戻るまでは仲間の面倒を俺が見てあげるよ。一週間か? それとも一か月か? 一年だって構わない。仲間を見捨ててなんて……」
「サーガ! 俺の話も聞いてくれ!」
このままではメイソンさんが一時的にとはいえB.K.Bのリーダーになってしまうと、俺はメイソンさんの言葉に割り込む形で声を張り上げた。
「……ん」
「メイソンさんはギャングから足を洗って以来、ずっと真面目に仕事をしてきたんだ。いくら古巣のピンチだからって、それを台無しにするのはもったいないと思うんだよ」
「お前の言うことも、間違っちゃいない。だがそれは、本人が決めることだ。仲間の意思こそ尊重される」
「だったら、俺にも決めさせてくれ。メイソンさんをギャングに返り咲かせるくらいなら、俺がアンタの代わりをやる」
再度、腕を組んで考え込むサーガ。さっきメイソンさんを呼んだのと同じく、たっぷりと時間をかけて返答した。
「……それは無理だな、クレイ」
「何でだよ! 本人の意思を尊重するんだろ!」
「そうじゃない。誰もお前になんか、ついていかねぇからだ」
それは俺だってわかってる。メイソンさんにも言われた。
さらにサーガは言葉を続ける。
「ブラックホールがギャングに戻るのを台無しだと言うなら、お前の学生生活だってそうなれば台無しだ。なぜそれは許される」
「それは……」
「だからそこはイーブンだ。勘違いさせないように言っておくが、俺はどうするのが最善策か、という観点だけで回答した。コリーとお前と、どちらが俺の代役としてふさわしいかは一目瞭然だ。理由はそれだけだ」
サーガは俺のやる気など度外視で、如何にして自分が不在となる間を乗り越えるか、それが出来る人物は誰なのか、という事だけに焦点を当てて考えていた。
それこそが人の上に立つものが取るべき決断だろう。俺だって分かっている。だが、俺もこの程度で折れるわけにはいかない。
「俺にしかできない事だってあるはずだろう! アンタみたいにメイソンさんまで怪我をしたり死なせるわけにはいかねぇんだよ! 俺の度胸の強さは昨日の襲撃の時に見てくれただろう! アンタが断っても、勝手にやらせてもらうからな!」
「そこまで言うなら、お前にしかできない事というのを聞かせてもらおうか。俺を納得させるだけの材料はあるんだろうな。使えると思えば手出しするのを許可してやる。ただし、コリーの代わりにお前がB.K.Bをまとめようってのは机上の空論だ。そこはどう足掻いても無理だ。諦めろ」
クソ……こうなったら、俺がどんな形であれB.K.Bに入り込み、あれやこれやと理由をつけてメイソンさんを出張らせないように画策するしかない。
冷静になれば、どうして俺はここまで必死になっているのかと思うが、メイソンさんやサーガのピンチに恩を返し、この地元を平穏に保つにはこれしか思いつかなかった。
「俺にしかできない事……そうだな、俺には今、K.B.Kっていう仲間がいる。彼らをケンカにまで巻き込もうとは思わないが、アンタらB.K.Bが持っているよりも広大な情報網が敷ける。ワンクスタも次々と傘下に引き入れてるところだからな。その気になれば、この町で俺たちの目を掻い潜れる奴なんていないと断言してもいい」
嘘はついていない。仲間に少々危険な綱渡りをさせてしまうことにはなるが、B.K.Bだけに任せておくよりは何倍も速く敵の動きを感知できるだろう。
「ほう」
「もちろん、彼らはギャングじゃないからな。完全に町の住民に紛れて潜伏させる。それを俺が一手に受け付けて、情報をB.K.Bに流す。こないだまでサーガが俺にやってくれたことの逆だ。自慢じゃねぇが、構成員数だけで言えば既に俺達の方がアンタらよりも多いんだぜ」
「分かった。だったらやってみろ。だがお前が情報を流すのはB.K.Bじゃなく、ブラックホール個人だ。それならお前がB.K.Bに必要以上に近づかなくて済むだろう。しばらくはアジトにも顔は出すなよ」
「まだそんなことを言うのかよ! それならメイソンさんもB.K.Bの連中にどこか遠くから指図してりゃいいだろ! そもそも俺らがいなくともアンタがやれるじゃねぇか!」
行動自体を許可されたのは嬉しいが、俺だけ蚊帳の外とは気に食わないぜ。
「人間をまとめるのと、情報を流すのでは仕事が全然違う。そのくらい理解しろ」
「クソが……」
ガツン! と隣のメイソンさんから拳骨を落とされた。
「でっ……!?」
「不平不満ばっかりじゃなく、ちょっとは彼にも感謝しなよ。お前はお前にできることをやれ」
「分かったよ……」
潮時だ。もう何を言ってもサーガの意見は覆らないだろう。今はメイソンさんの言う通り、俺に与えられた情報戦の機会でどうにか活躍し、サーガにそれを認めてもらうしかない。予想以上の成果を上げれば、俺が動ける場所を少しは緩和してくれるはずだ。
「クレイ、お前は先に帰ってな。俺とガイで少し話があるから。そこのお前も外してくれないかな?」
「あぁ」
メイソンさんが俺と、護衛のB.K.Bメンバーを病室から締め出した。何の話かは知らないが、事実上のトップ会談というわけだ。準備する武器や兵隊、敵対セットの拠点箇所や構成員など、かなりディープな内容に違いないので気にはなるが、また拳骨を食らうだけなのでさっさと退散した。
……
「何だって!? お、俺はお断りだぜ!」
K.B.Kの面々が集まる中、俺の言葉に反発したのはリカルドだった。サーガや俺が襲われた話をした後で、敵の情報を集めるために駆り出そうというのだ。危険なのは誰にだってわかる。そして、俺はその辺りの判断は各々に任せることにした。
「あぁ、そう思う奴は外れてもらって構わない。もちろん、それを理由にK.B.Kから追い出したり、悪く言ったりはしないから安心しろ。だから、みんなもよく考えてくれ」
皆が目を見合わせ、ガヤガヤと騒ぎ始めた。俺と一緒にB.K.Bへ協力する奴、自分の身は守るべきだと主張する奴、およそ同数に見える。
「こうしよう。外に出て情報を集める奴は街を回る。そっちのチームはクレイがリーダーだ。家にいる奴らはインターネットやニュースで情報収集して、外にいる奴らにそれを教える。そっちは俺やリカルドがまとめよう。どうだ?」
自身も家から出られないであろうグレッグが言った。それならば連携しながら効率よく仕事が出来そうだ。
「そりゃいいな! 中の奴らのおかげで外で動く奴らの仕事が素早くなる!」
「ワンクスタの中で俺達側に寝返ろうって連中も同時に引き入れていこうぜ」
俺が納得できたように、仲間たちもそれには賛同できたようだ。
「いい案だ、グレッグ。採用しよう。そんじゃ、振り分けるか」
結果、六割が外で俺と共に活動する連中。残る四割が自宅や学校からその動きをサポートする連中に分かれた。まるでギャングスタの中のウォーリアーとハスラーのような関係だ。
外の面々はさらにそこから六つの小さなチームに分けることになった。その内の四つはパトロールを、二つは寝返りを希望しているワンクスタを仲間に引き入れる役だ。
「決まりだな。早速、この後、学校帰りには始めよう。元ワンクスタの仲間が増えてくれば日中にも人間を動かせるようになる。善は急げだ」
下校時は、サポート役の連中も一緒に動く。とはいえ、彼らが家に帰りつくまでに歩いたり、車で移動したりするだけだが。
そして、自宅だったり外食だったり、夕飯の後でそれぞれが本格的に動き始める。
まず、俺と一緒に外回りを担当する連中は全員で集合した後、六つのチームに分かれて散っていった。俺もそのうちの一つに参加する。
今日の俺の仕事はワンクスタのスカウトだ。チームメンバーはその日その日でランダムで決め、パトロールとスカウトの仕事もランダムで決めることにした。
「クレイ、行こうぜ」
「地図はこいつだ、リーダー」
今日の行動を共にする仲間たちから声がかけられた。
さすがに学生の身分で夜遅くまで活動は出来ないので、二、三時間程度が限界だ。
目的地に到着した時、手筈通り五人のワンクスタが待っていた。迎えに行くから待っておくようにと彼らに連絡を回してくれたのはサポート組の連中だ。
ワンクスタは俺にも見覚えのある顔だった。いくらか前に、K.B.Kでボコボコにした連中だ。しかし、今回はバンダナで顔を覆ったりギャングのような格好はせず、五人全員が私服でそこにいる。
「よう、チンピラ」
「久しぶりだな。お前がプレジデントか?」
「そうだ。一つ聞きたい。今まで悪さしてきた奴らが、こっちに加わりたいっていう心境の変化がどんなものかをな」
五人の内の一人が俺と話す。
「別にどうってことはないさ。つまらない悪戯に飽きてきてたとこでな。そこにお前らが仲間を集めてるって聞いた。俺達に何をやらせる気だ? ボランティアのゴミ拾いでも募ってるのかよ」
「いいや。最近B.K.Bがよそからの攻撃を受けてるのは知ってるだろ? それを助ける。彼らの敗北はこの町の自由が奪われることを意味するからな」
「待て、鉄砲玉になれってんならお断りだぞ。ギャングスタ相手じゃ手も足も出ねぇ」
ワンクスタは結局、本物にはなれなかった中途半端な連中だ。自身の力の無さを理解しているらしい。情けない話だ。
「はっ。誰もそんな事を期待しちゃいねぇよ。それに、俺達は仲間になった奴を手駒みたいには使わない。仕事は諜報活動だ。町に入ってきた敵の位置や数を連絡してほしい。俺からB.K.Bにその情報を回し、あっちが対処してくれるのをサポートする」
「……まぁ、出来そうだが、この状況下で外をうろつくだけでも十分危険な仕事だぞ」
「だが、誰かがやらなきゃならない。断るなら無理にお前らは迎え入れないが、どうする?」
五人組はそれからあれやこれやと話し合っていたが、やがてその結論が出た。
「やろう。またお前らと敵対しても、同じことの繰り返しだからな。俺達だってこのままじゃ何にもならないってのは分かってたんだ」
「決まりだな。俺達K.B.Kは新たな仲間を歓迎する。同じような考えを持っている奴を知ってれば、いつでも連れて来てくれ。一人一人のそんな思いが、この地元を守る力になる」
……
それからも、仲間集めと町のパトロールは継続された。徐々に成果は増え始めている。当然、こちらの母数が増え続けているのだ。敵が入ってきた時の情報伝達の早さは目を見張るほどだった。さらに、元ワンクスタの連中の稼働によってほとんど二十四時間体制での監視網が完成している。
その成果は大いに認められ、ついにはサーガやメイソンさんに対しても俺の発言がそれなりに通るようになってきた。アジトへの出入りもだ。
「こっちからの大攻勢はまだ仕掛けないのか?」
「クレイ。そりゃ、ちょっと踏み込みすぎじゃないかい?」
サーガが拠点にしていた小教会。そのベンチの一つに座っているのは、サーガではなくメイソンさんだ。
彼が踏み込みすぎと言ったのは、その作戦が思い切りすぎだと言っているのではなく、その情報を俺に聞かせると思うか? という意味合いだ。つまり、逆に考えれば攻めに転じる算段は既にあるという事。
あの車に残されていた証拠から、件のチカーノは完全に叩き潰したらしいが、まだ敵の全貌は見えていないと思っていた。
「そう言うなって。俺だってそこそこ頑張ってんだ。そっちの話も聞きたいよ」
「退院の予定が早まって、ガイが戻る。明後日だ。聞けるものなら彼に聞くんだね」
「そりゃいい!」
リーダーが復帰するのであればメイソンさんは代役なのでお役御免となるはず。だが、俺はそうなる可能性は低い。町の防御において、これだけの網を張っているのだ。必ず、B.K.Bの中枢に食い込んで見せる。




