Rise! Lil Kray
俺の頭に血が上る。だが、それとは正反対に行動自体は冷静だった。
まず、インパラのキーをひねってエンジンを停止。助手席のドアを蹴り開け、運転席側で横になっているサーガもこっちへ引きずり下ろした。巨体のサーガは途轍もなく重たいはずだが、不思議なもので、するりと身体が滑り出る。
「大丈夫か」
何か返事をしようとするが、サーガはごぼごぼと血を吹き出すだけだ。しかし、空いている左手でbのハンドサインを出す。頬を撃ち抜かれて相当痛いだろうに、ウインクまでして見せた。
キキッ、と車のブレーキ音。インパラの陰に隠れているので俺達からは見えないが、この状況を作り出したクソ野郎どもの車だろう。
「来やがったか……おい、ハジキを貸してくれ。俺までやられちまう」
サーガは葛藤しているようだった。彼だって引き金くらいは引ける。だが、この場を乗り越えられる可能性が高い判断はどちらか。
「残念だが、やるしかねぇんだよ。まだ死ぬわけにはいかない。俺も、アンタもな」
彼は頷き、腰のあたりから拳銃を引き抜いて俺に渡してくれた。
地面に腹ばいになり、車体の僅かな隙間から向こう側を覗き見た。
タイヤしか見えないが、車は小さい。日本車か韓国車だろう。地についている脚は四本。つまり二人組だ。ただし、小さな車内にドライバーなどが残っている可能性もあるので、最大で四人はいるかもしれない。乗れる人数から五人以上とは考えづらい。二から四の間で間違いないはずだ。
「外に二人だけが見える」
サーガを見ると、左手のひらをこちらに向けていた。「待て」だ。今飛び出して乱射しても多勢に無勢で撃ち負ける。
そして、人差し指と中指を下に向け、テクテクと歩く人間のジェスチャー。次にもたれかかっているインパラをトントンと指さし、そこで引き金を引く動きに変わった。
「車内をのぞき込むまで引き付けて撃て、であってるか?」
サーガが親指を立てて頷く。そこで二人を仕留める以外にチャンスはない。
「俺の場所は? この場で立ち上がるのと、後ろから回り込むのはどっちがいい? さすがに車の下には入り込めないぞ」
ぴっ、とサーガが車の後方を指さす。
「相手の側面から不意打ちだな。分かった」
そろりそろりと俺はインパラの後部へと移動する。死角となっているため相手には音さえ聞こえなければ気取られないはずだ。
サーガがわざとらしく咳払いをした。俺は彼の方を見たが、こちらを見てはいない。何か俺に伝えたいわけではなく、敵の注意を引き付けてくれているようだ。
「中にまだ……おい、いねぇぞ!」
パァン! パァン!
敵はやはり二人。紺色の服を身にまとったチカーノギャングだった。どこのセットか知らなかったが、今はそんなことはどうでもいい。敵の車の方を確認する時間もない。
有無を言わさず火を噴いたのは俺が握る拳銃だ。一人には命中してよろめいたが、もう一人が俺に気づいて反撃をしようと構える。
パァン! パァン!
だが、その前に再度、俺が発砲した。当たった様子はないが、ビビッて身をかがめようとしている。しかし、こんな近距離でも当たらないものなんだな。
よろめいた奴の方も反撃に転じる。だが、それは許さない。俺はさらに二発撃ちこんだ。それぞれ一発ずつ、今度はしっかりと二人の腕に命中する。
「ぐぁっ!」
「チィッ!」
さらに撃ち込んでやろうとするが、ここで俺の銃のスライドが後方にとどまったまま停止した。弾切れだ。
「クソッ! マズいな!」
「おぉぉぉぉぉぉっ!!」
状況はかなりこちらが押してはいるが、今反撃されたら打つ手がない。そう思ったとき、インパラの屋根を伝って巨体が目の前に降ってきた。サーガだ。
口元からの出血など顧みず、言葉にならない怒号を上げながら捨て身のボディプレスを食らわせている。
「サーガ! 無理すんな!」
「あがぁぁぁぁぁっ!!」
叫び続けながら、押しつぶした二人から拳銃をもぎ取る。だが、撃つのではなく銃床の部分で殴りつけた。原始人かよ。
「ぅ……レイ!」
俺を呼んだのだろう。そう言ったサーガは、奪い取った拳銃の一つを俺に放り投げた。俺は慌ててそれを両手で受け取る。
「おい、暴発したらどうすんだ! 危ないっての!」
サーガに悪態をつくが、それは無視されて車の方を指さした。奴らが乗ってきた車。小型のトヨタ・カローラだ。幸い、中にドライバーはいない。
「あぁ!? あの車がなんだよ!」
インパラが動かないからあれで逃げようってのか? それ以外にあの車に用事はないはずだ。
パァン! パァン!
サーガは返答をせず、容赦なく倒れている二人に発砲した。
「クソッ!」
改めて、とんでもない事件に巻き込まれたものだと思いながらもカローラに走り寄る。そして、エンジンをかけたころにはサーガも助手席に乗り込んできた。始末は済んだという事だ。
「病院とB.K.Bのアジト、どっちがいい!」
命に別状は無いように見えるが、サーガはかなりの重傷だ。こうしている間にもぼたぼたと口から服、そして助手席のシートまで血が垂れている。
「……」
「クソッ! 病院だな!」
返事はなく、荒かった息も細くなってきた。俺はアクセルを踏みながら、携帯電話を取り出してメイソンさんに連絡をする。シザースと迷ったが、あの阿呆よりはよっぽど頼りになる。
「もしもし。いくら誘われても今日は厳しいよ」
「メイソンの兄ちゃん! サーガが撃たれた! 近くの病院に連れて行くから、後から来てくれないか!」
「え、撃たれた!? マジで言ってるの!?」
「あぁ! 大マジだよ! 危うく俺も撃たれるところだったんだからな!」
……
およそ十五分後。街で一番大きな病院に到着した時には、メイソンさんが既にそこにいた。事件現場からよりも整備工場からの方がここまでの距離は近いので、別におかしくはない。
「ガイ!」
「メイソンさん、手を貸してくれ!」
「もちろんだ!」
二人がかりで肩を支えるが、大怪我の割にはサーガの足取りはしっかりとしたものだった。血まみれの男が玄関口に現れたのを見て、中にいた受付の女がギョッとする。
「だ、大丈夫ですか!」
「見ての通りの大怪我だ! すぐに医者を呼んでくれ!」
俺が叫ぶと、女は猛烈なスピードで奥へと走っていった。玄関の中には待合用のベンチがいくつもあったが、他の患者は見当たらなかったので、ちょうど今は人が空いている時間帯だったようだ。
「どうしたんだ! 撃たれたのか!?」
女に呼ばれて現れたのは初老の黒人の医者だった。たまにハイスクールにも検診に来てくれるので、俺も良く知っている先生だ。
「あぁ、そうだよ! どうにかしてくれよ、先生!」
「こっちへ!」
俺とメイソンさんは先導する医者の指示通り、手術室へとサーガを運んだ。まぁ、運んだとはいってもほとんど自力で歩いてくれていたが。
そして、その先を医者や看護師たちに任せると、待合室でようやく一息ついた。
「大丈夫だ。確かに酷いが、あんなんじゃ死なないよ。それより、クレイ。大変だったろうに、彼を運んできてくれてありがとう」
「あぁ、いきなり襲われてな。サーガが身体張ってくれなきゃ、俺が死んでもおかしくなかった。チカーノの二人組だったが、サーガがトドメをさしたよ」
「そうか……当然の報いだ。メンバーへの連絡は?」
俺は首を横に振る。
「アンタだけだ。サーガの車も動かなくなって置きっぱなしだ。警察にも連絡するか?」
「警察とB.K.Bメンバーには俺から言っておく。インパラもそこに置いとけってな。俺が後からレッカーで引き上げよう。クレイはK.B.Kの連中に外出を控えるように連絡を。グレッグにはもう上がるように伝えてあるから」
テキパキと段取りを決めていくメイソンさん。しかし、車はそこに置いとけと言っておけば通るものなのか。警察とギャングの不可侵条約ってのは思いのほか有用らしい。
「お前たちが乗ってきた車は、敵のものかい?」
「そうだ」
「後で調べさせてくれ。奴らの素性が分かるかもしれない。たとえ盗難車だろうとね」
警官に頼むなり買収するなりして、ナンバープレートから持ち主は分かるだろうし、車内に何かしらの書類やレシートがあれば訊かずとも詳しく分かる。
盗難車だったとしても、盗まれた場所まで特定できれば、あのチカーノたちの活動区域がそれとなく浮かんでくるはずだ。
「それは構わないが、それをアンタが知ってどうする? まさか……」
「お前には関係ない」
メイソンさんの目は笑っているようで笑っていなかった。これはまさか、彼が現役の頃のオーラだろうか。会ったばかりの頃のサーガが放っていたものに近い、強力な威圧感が感じ取れた。メイソンさんは本気で怒っている。
「い、いや! 関係なくはない! 俺はアンタにまで怪我をしてほしくねぇよ! 調べるのは構わないけど、報復はB.K.Bの連中に情報渡してやればいいだろ!」
「そりゃそうさ。俺が一人で突っ込むとでも? ガイが動けないんなら、誰があいつらをまとめるんだよ」
「まさか、B.K.Bに戻る気か!?」
そんなことになれば一大事だ。メイソンさんはせっかく真面目に新しい人生を歩んできたというのに。
「馬鹿。そんなはずないだろ。彼の回復を待つ間、ちょっとだけ力を貸す。どう見たってB.K.Bは弱体化してしまうんだから、潰されないように守ってあげなきゃ」
数日か、数週間かは分からないが、サーガは確実に入院させられるはずだ。
「それなら俺がやる!」
「……え、クレイ。何を言ってんだ?」
言った自分でも意味が分からない。ただの高校生にしか過ぎない俺が、サーガやメイソンさんの代わりに何ができるっていうんだ。
「分からねぇよ! でも、メイソンさんはギャングとは一線を引いて頑張ってきたんだろ! それを無駄にすんなよ!」
「だからって、お前が連中をまとめてやるって? そんなの、あいつらが納得しないと思うけど」
「サーガに言ってもらえばいい! 話せないなら書いてもらえばいい!」
「やれやれ。本気で言ってるのか? これじゃ、お前のお袋さんに顔が立たないな」
確かにお袋は俺を危険な生活から引き離すことを望んでいた。だが、ここでメイソンさんに出張らせて、自身は指をくわえて見ているというのは嫌だ。あれでも、サーガは俺に良くしてくれた男なのだ。素知らぬ顔などしてはいられない。
俺もいつの間にやら、サーガという人間に惚れている部分があったんだろうな。
「だったら、親父なら何て言うと思う? サーガがこうして傷ついた。そして次は世話になってるメイソンさんが危険に飛び込もうとしてる。それを見過ごせって、そう言うのがジャックだったのか?」
「ジャックなら何て言うかって? さてなぁ。想像もつかないよ。でも、サムなら止めるだろうな」
「サム……? 初代のプレジデントか。関係ないだろ」
お袋の話を出してきたのはそっちだろうに、赤の他人の話をされても俺には何も響かないぞ。
「分かったよ。だったらサーガに任せる。でも、アイツが駄目だと言えばそれまでだぞ。どちらにせよメンバー達はサーガの意思に従うだろうから、そうなればお前が何を言っても無駄だ」
「ありがとう。メイソンの兄ちゃんならそう言ってくれると思ったよ」
「お前はジャックに似て頑固だからな。慣れたもんさ」
言いながらメイソンさんは携帯電話を取り出し、警察やB.K.Bメンバーに連絡を取り始めた。俺もそれに倣ってK.B.Kメンバー達へ危険な連中がうろついていることを話す。
何人かは俺達の力でとっちめてやろうかと意気込んでいたが、既にB.K.Bメンバーに情報は伝わっていることと、そのB.K.Bのリーダーが襲撃されて怪我を負ったことを伝えると、冗談抜きで危険な状況であると理解してくれた。普段のようにワンクスタをこらしめるのとはわけが違うのだ。
次はメイソンさんによる探偵ごっこの始まりだ。乗ってきたカローラを隅から隅まで調べていく。
「ダッシュボードに車両の所有権利書が入ってる。ほう、サウスセントラルの登録だな。控えを写しておこう」
サウスセントラルはロサンゼルス市内の南側に位置するゲットー地域だ。未だにコンプトンやイングルウッド、そしてこのイーストL.A.のようにギャングの活動が活発でもある。
「年式が比較的新しいし、綺麗に乗られてる。盗難車か、借り物だろうな」
「その住所、俺も控えさせてくれ」
「ほら、写真でも撮っておけ」
メイソンさんから手渡された控えを携帯電話のカメラで撮影する。
「一先ずの目標は出来た。この住所を訪ねる」
「いいや、まずはサーガに報告だろう。お前が動けるかどうかはそれからだ」
「……わかったよ」
そして、サーガの手術の終了と回復を待つため、次の日まで待つ事となった。




