Meaning! K.B.K
携帯電話が鳴っている。
自室の窓の外は大雨だ。風も強く吹いているので嵐と言っても過言ではない。穏やかな地中海気候で、まとまった雨すらあまり降らないカリフォルニアでは少しばかり珍しい悪天候だ。
K.B.Kの活動も減り、平日休日問わずにバイト三昧の日々だったが、悪天候を理由にメイソンさんから今日は来なくていいと言われていた。
そうなると完全に手持無沙汰だ。勉強をするのが正解なのだろうが、そんな気力もない。
「もしもし」
「やっと出たか! すごい嵐だな!」
リカルドは、長らく鳴りっぱなしだったコール音が俺の声に切り替わって安堵したようだ。
「あぁ、お前もシフトだったよな? 休みって言われたのか?」
「さすがにな。この嵐じゃ出る気にならないよ」
「車でも出れないくらいだからな。フロントガラス越しでも前が見えそうにない」
ただでさえ風で飛ばされたゴミ箱か何かにぶつかりそうなのに、そうでなくとも前が見えずに壁に突っ込んでしまいそうだ。リカルドは俺と違って車を持っていない。バイクで出ようものなら確実に転倒してしまうだろう。
「それで退屈しのぎに電話したってわけさ。お前はテレビでも見てたのか、クレイ?」
「いいや、寝てただけだ。誰かに起こされるまではな。まったく、起きたせいで腹が減ってきたじゃねぇか」
「そんな厭味ったらしい事言うなよ! どうせ夜にも寝るんだからさ」
通話をハンズフリーにし、冷蔵庫をあさる。チーズしか入ってない。戸棚のオートミールも空っぽだ。参ったな、買い物しておけばよかった。嵐が去るまでチーズと水だけで空腹に耐えるしかない。大航海時代の漂流者の気分だ。
「おい、冗談だろ。何も食い物がねぇ。リカルド、ちょっと買ってきてくれよ」
「そっちのほうが冗談じゃないっての。それより、あれからサーガとは会ったのか?」
B.K.Bから俺に連絡をもらえるようになった話は仲間たちに共有してある。同時に、K.B.KをB.K.Bに引き合わせるのは断られたこともだ。
しかし、メンバー達の中にはB.K.Bが本当に街を守っているならその雄姿を見てみたいという連中も多い。
「いいや。いくら俺でも、用件なく気軽にギャングスタと遊ぶ仲じゃないからな」
「そうかぁ」
「リカルド。俺たちがハイスクールを卒業した先、K.B.Kはどうなると思う?」
サーガに言われ、虚無感の源となった疑問だ。俺自身、一人でB.K.Bを無くし、一人で完結するつもりだった。卒業なんか関係なかった。それが今や外敵から街を守るB.K.Bを見直し、俺たちの方はワンクスタを潰し、もうすぐ来る刻限に縛られている。
「どうなるって? 解散だろ? 売れなくなったバンドみたいにさ」
「そしてまた、この街はワンクスタが悪さをするのか?」
「そりゃ嫌だけど、大人になって仕事を続けながらもK.B.Kが見回りを続けるのかよ。会社や大学が遠けりゃ街を出て引っ越す奴も少なくないだろうし、学校がなけりゃみんな集まらないぜ? そんなの馬鹿げてるさ」
馬鹿げてる、か。確かに自分事を捨ててまでやることじゃない。普通はな。
「そう、だな……」
「クレイ? 逆に訊きたいんだが、お前はこれから先も永久にワンクスタ狩りを続けていくつもりだったのか? 違うよな。この街の治安をよくしてそういう輩が出てこないようにするのが目標だったろ?」
「あぁ」
「だったら、K.B.Kがいなくなった後は、どうにか自治体や警察がワンクスタの軽犯罪を抑止できるように働きかけるしかなくねぇか? B.K.Bとは不可侵条約結んでるのかもしれないけど、それなら可能だろ」
ターゲットこそB.K.Bというギャングではなくなったが、リカルドが言うのは俺が初めのころに考えていた策だ。相手がワンクスタという軽犯罪者になった分、いきなり取り締まりが始まるのではなく、警らの強化といった緩い活動になるだろうが。
「確かにな。俺だってそうするしかないとも考えてたんだ」
「今更だけど、B.K.Bってそういう事やらねぇの? K.B.Kがいなくなったあと、サーガに頼んで引き継いでもらえよ」
「やらねぇだろうな。ワンクスタ自体が奴らが守ってるこの町の住民に入っちまう。大したことはやってないし、もちろん敵対勢力でもない。ただケチな悪戯で街の風紀を乱してるだけだ」
「だったらもう放っとけよ。いようがいまいが大した連中じゃないんだから」
ギャングを潰すという目標が霧散し、目下の敵だったワンクスタを無視するとしたら、俺のこれまでの気持ちはもうどこに向かえばいいのやらだ。
「おい、ふざけんなよ! どうでもいいことに俺達K.B.Kは本気で向き合ってきたとでも言いたいのか、リカルド!」
「そうまでは言わねぇ。ただ、永久に同じことやり続けたってイタチごっこだろ? だから、お前も考えたんなら次のステップさ。もちろん、俺達がいる間は今のままで構わないけどな。その先の話」
「チッ……悪い。少し熱くなってた」
「腹減ってるからだろ」
「起こしたお前のせいだな」
そして、俺とリカルドは同時に吹き出した。
……
「嵐、行かねぇなぁ。おあっ!? クレイ、俺のTシャツが飛んでってる! 何でこんな日に外に干されてたんだよ!」
「てか早く切れよ。女子みたいに長電話するガラじゃないぞ、俺ら」
「だって暇じゃん」
「シャツでも追いかけてりゃいいだろ」
くだらない馬鹿話を続けているくらいならば寝たいのだが。そんなことを思ていると、キャッチホンが入ってきた。サーガだ。あちらから連絡とはなんとも珍しい。
「リカルド、キャッチが入ったから切るぞ。大事な話かもしれん。少なくともお前との雑談よりはな」
「嘘つけ。切りたいから適当な言い訳をしてんだろ。あーあ、プレステでもやるかぁ」
「なんだよ、プレイステーションっていう立派なお友達がいるんじゃねぇか。寂しい思いをしなくて済むみたいで安心したぜ」
「何がお友達だよ。そんじゃまたな、クレイ」
「あぁ」
リカルドの声が消え、代わりにサーガの不機嫌そうな声が耳に届く。
「クレイ、家にいるか?」
「もちろんだ。どうかしたのか?」
「この天気だ。事後報告になっちまったが、どこかの馬鹿が目撃されたらしくてな。当然、何の被害もない。まったく、計画性の無い阿呆を相手にしてると驚かされる」
まさかとは思ったが、こんな嵐の中でよそ者がB.K.Bのテリトリー内に現れたという。サーガの言う通り、計画性もなしに突っ込んできたんだろう。なぜ大雨の中で外にB.K.Bメンバーの誰かが出てると思ったのだろうか。
「本当に阿呆だな。しかしよく気づいたとも思えるんだが」
「残念ながら、阿呆はうちにも大勢いる。ふらふらと遊びに出てたホーミーからの連絡だ」
「何やってんだよ、ソイツは……」
「車で買い物に出ようとしてたんだと。相手の車にも気づかれて嵐の中でのカーチェイスになりかけたが、悪すぎる視界のせいでそうはならなかったみてぇだ」
そんな中でわざわざ遠征とは。失敗するのは簡単に思いつきそうなものだが。
「んで、敵は? アジアンか? クリップスか?」
「チカーノだ」
「また別のところだと? いよいよB.K.Bに対して何か企んでる奴がいそうだな。けしかけてるとしか思えねぇぞ」
ここまでくると確信できる。これまでの平和が嘘のように、タイミングよく侵攻を受けているのだ。サーガの知らないところで、良からぬ企みをしている奴が必ず存在する。ソイツがいるのは内か、外かは分からないが、B.K.Bを潰す気だろう。
「俺もそうだとは思ってる。いろいろと探っちゃいるが、そう簡単に尻尾を出したりはしねぇだろうさ。こういう姑息な手を使う奴は往々にして臆病者だって相場は決まってるからな」
「どうするんだ?」
「しばらくは降りかかる火の粉を払うしかねぇ。だが、本腰入れて戦争しようってんなら、いくつものギャングを同時に正面から相手にできるくらいの力が必要だな。手遅れになる前に、そのための準備も始めたところだ」
力が何を表すのか。メンバーの頭数を揃えるのか、武器弾薬や車両のための資金を調達するのか。しかし、サーガの事だ。思いつく限りは全方向で抜かりなく増力するつもりに違いない。
「同時に正面から……か。一斉に相手にしようってんなら、絶対にこの町が舞台になっちまうじゃないか。出張って各個撃破してくれよ」
「当たり前だ。出張るさ。お客さんが雁首揃えて勢ぞろいしてくれても、皆殺しにできるくらいに強化するって意味だ。正面からなんて状況はそうそう起きねぇよ。今のところ、奴らはそれぞれが手を組んでる様子はない。誰かがバラバラに依頼してんだろ。その誰かが個人なのか、セット単位の集団なのかは知らねぇがな」
確かにサーガの言う通り、今までにちょっかいをかけてきた連中同士のつながりは無いように見える。だがそれならば、奴らを同時に正面から相手して力比べをする必要はなさそうだが。
「それなら今のうちに一個ずつ潰してもいいんじゃないのか?」
「それも考えた。だが、俺はそれ自体が罠の可能性も念のため考慮してる」
「何?」
「こっちが万全になるまで、あまり深追いはしない。てんでバラバラの集団だってのが見せかけで、俺達が突っ込んだところを結束して包囲されちゃ終いだ。だから、万が一そうなっても打ち勝てる状況に持っていく」
俺は本気で驚いた。サーガという男はどこまで先を読むんだ。チェスでもやったら、百手先まで考えるんじゃなかろうか。その慎重さが後手後手に回ってチャンスを見逃さなければいいが。
「兵隊を集めてるのか? 武器を?」
とうとう俺は具体案を訊かずにはいられなくなった。仲良くしてくれてるとは言え、俺は部外者だ。慎重なサーガはあまり深くは教えてくれないかとも思ったが、意外にも違った。
「まずはそんなところだ。だが俺は限界も知ってる。だから次の段階として、周りの味方だな。この間、お前が言ってただろう。あれからヒントを得た」
「勢力図の話か?」
「そうだ。昔みたいにB.K.Bと協力関係を結んでくれそうなところはないか、当たるつもりだ。無論、最優先はウチのセットの強化だが」
俺の言葉がヒントを……とんでもなく巨大な連合体が出来てしまうのではないかと思うと、手足が震えてくる。
それは高揚などではない。単純な恐怖だ。万が一、そんなもの同士がぶつかり合ったとしたら、昔の混沌とした時代に後戻りだ。いろんな町の罪もない連中が巻き込まれることになるだろう。だが、それ自体はもはや避けられないのだろうか……
「ともかく、どデカい戦争の覚悟がいるってことだな」
「覚悟? でしゃばるな。それは俺たちの仕事だ。お前は普段通り、学校に通ってバイトでもやってろ。コリーだってその時が近いことは知ってるが、俺達を信じてくれてる」
「メイソンさんか」
そりゃそうだ。俺が知ってることを、あの人が知らないはずがない。元は筋金入りのギャングスタだし、サーガとも付き合いは深い。車屋を継ぐという特殊な例がなければ、今だって現役だったはず。あのシザースがビビるくらいの大物だからな。
「大事な仲間だ。俺たちがやられるってことは、カタギになったアイツを危険な目に合わせることにもなる。そんなことは俺が許さねぇ」
「それはもっともだが」
「なに、正直言ってこのくらいの状況は屁でもねぇんだよ。初期のB.K.Bが乗り越えてきたいくつもの荒波に比べたら可愛いもんだ。安心していい」
ドンッと、ひときわ大きな雷が鳴る。俺の家のかなり近くに落ちたようだ。
「っ! ビビったぁ!」
「なんだ、電話越しじゃ音がデカすぎて途切れたみたいだ。雷がそばに落ちたか?」
「あぁ、近かったぞ。部屋の中が一瞬、太陽の中かってくらい明るくなった。さすがのB.K.Bも悪天候からは俺たちを守っちゃくれないか」
風に煽られて大火事でも起きなきゃいいが。万が一火の手が上がっても、雨も降っているので鎮火してくれないだろうか。
「ふざけた皮肉を吐きやがる。そんな悪い子が住んでるもんだから、神様は近くにお怒りの天罰を与えたもうたわけだな」
「さすがに敬虔なクリスチャンだけはある。そこまでの信者が率いてるんなら、ギャングにだって神の御加護があるんだろうさ」
「神はいつだって平等だ。国や警察とは違ってな。信じる価値がある唯一の存在だ。馬鹿には出来んぞ」
はた迷惑な説法が始まったが、俺よりもB.K.Bのメンバーに神の教えを広めて、悪行から足を洗えばいいだろうに。まぁ、そうなってしまえば、よその悪党どもに街を食らいつくされるだけなのだが。
しかし……聖人だらけのギャングスタか。絵面だけは面白い。神父様のマントの下からアサルトライフルが出てくるんだからな。まるでスパイ映画だ。
「クレイ、何を黙ってる?」
俺のふざけた妄想を、サーガの冷静な声が現実に引き戻す。
「別に。それより、逆にこっちからも、アンタらを狙ってるような輩を見つけたら連絡してやろうか。登下校時に限られるが、K.B.Kもそれなりに人数はいる」
「ほう? 悪くはないが、そんなことをしてる暇があったら、先に身を隠すべきだな。わざわざ巡回しようなんて思うなよ」
「それは最優先させるさ。その後に俺を経由してそっちに情報を流すんだったら問題ないだろ」
「ふん。好きにしろ」
直接B.K.BとK.B.Kを直接つなぐわけではないが、これで俺の仲間たちも少しは喜ぶかもしれない。まったく、おかしなことになったものだ。




