K.B.K! n B.K.B!
「はぁ? なんで俺がそんなことしなくちゃならねぇんだよ。B.K.Bのプレジデントは忙しいっての」
「いつも暇そうにしてるじゃねぇか」
サーガは口をへの字に曲げて苦い顔をする。実際、忙しそうなフリして大したことはやってるように見えない。もっとも、直接働かずとも金が上がってくるような、何らかの仕組みを作り上げたからこその生活なのだろうが。
まず俺は、外敵との抗争の状況についてちょくちょく連絡が欲しいという頼みを言いに来ていた。
K.B.Kの活動を安全に行うためだが、B.K.BはK.B.Kとワンクスタの争いは歯牙にもかけていない。ガキの戦争ごっこなど、どうでもいいのだ。
「かわいい高校生がくたばってもいいってのかよ」
「大人しく学校か家に閉じこもってりゃいいだろ」
「そうしてても撃たれるんだろ? 頭のいかれたギャング共にさ」
はぁ、とサーガがため息をつく。
「あのな、できる限り俺たちはこの町を守るつもりではいる。それはわかってくれてると思う。だがよ、わざわざ危険な真似して外をぶらぶらしてる奴らを逐一守り続けろっていうのか?」
「そうは言ってないさ。危険が少しでも減るように、連絡だけでもくれないかって言ってんだ。今日はあの辺でよそ者が目撃されたんだな、ってのが分かるだけでも登下校時に安全だろ」
「登下校の為だけにそんな情報欲しがるとは思えねぇがな」
まぁ……その情報をもとにワンクスタ狩りの活動を維持するって、そう思われるよな。
「いや、信じてくれ。俺らはしばらくの間、活動を自重することを決定したんだ。誓ってもいい。どちらにせよ、よそからちょくちょく狙われてる状態じゃ、悪ガキどもも動けなくなるだろ。俺たちも見回る意味がないんだ」
「まったく、手のかかるガキどもだ。本当にあぶねぇんだから言うとおりにしろよ?」
よし、なんとか承諾してくれた。これはかなり大きい。
「ありがとう、サーガ。家に引っ込んでろって時には、俺に電話くれるか?」
「いいだろう。ただし、敵を発見するのは俺じゃないかもしれない。というより、俺の可能性は限りなく低い。見回りをしてる主要なメンバーに、お前の番号を回しておく。そいつらには俺とお前の両方に即座に連絡するように伝えておくから、知らねぇ番号からの電話でも出ろ」
「わかった。本当に助かるよ。それともう一つ、話があるんだが」
「ったく……いい加減、厚かましいぞ」
そう言いながらも、サーガは顎で話の先を促す。
「うちの、K.B.Kのメンバー達をアンタに紹介させてくれねぇか?」
「はぁ? それは何の意味があるんだ?」
サーガが目を細める。
「うちの連中からそういう意見が出てんのさ。やってる内容は違えど、この町を守りたいって部分では一致してるからな」
「馬鹿言え。お前らと俺たちとでは住む世界が違う。たとえ同じ場所に立ったとしても、見えるのは似ても似つかねぇ景色だ」
「えらく芸術的な表現をするもんだな」
「からかってんのか? とにかくそれは却下だ。お前が色々吹き込んで、ガキ共が俺たちに興味を持つように仕向けてるんじゃねぇだろうな、クレイ?」
そんなつもりはないが、俺がした話からこういう流れになったのは間違ってない。
「……みんなの意識が変わるのはいい事だろ」
「必要ねぇ。ビビッて距離取ってるくらいがちょうどいいのさ。社会科見学のつもりなら一般企業に頼むんだな」
「ま、こっちの頼みについてはそういう回答しか返ってこないとは思ってたさ。実際、あいつらがB.K.Bと会ったところで何かが起こるわけでもないもんな」
「どうせなら会わない方が身のためだって吹き込んどけよ。会うたびに仲間が一人ずつ撃ち殺されるぞ、とかな。いや、取って食われるの方がインパクトがあるぞ」
「嘘はよくねぇだろ」
俺のツッコミを鼻で笑い、サーガは携帯電話を取り出した。一斉に仲間たちへ、メールで俺の番号を送ってくれているようだ。
これで俺は晴れて、B.K.Bの多くのメンバー達とお友達だ。感動で涙が出そうだぜ。
「これで、今日の俺の仕事は終いだ」
「楽なもんだな、プレジデント様は。俺の顔を知らないメンバーにも番号を?」
「顔は知らなくても、うちの連中は全員、お前の存在は知ってる」
B.K.Bは巨大な組織だ。これだけ出入りしていても、俺はまだそのすべての構成員と会ったわけではない。
だが、近頃出入りするようになったジャックの息子の話は伝わっているというわけだ。仲良くしろというよりは、見かけても攻撃するなという意味合いが強いのかもしれない。
ピリリ、ピリリ。
さっそく、俺の携帯電話が知らない番号からの着信を知らせる。サーガよりも先に俺の番号にかけてくるということは、外敵を見つけたという連絡ではなさそうだ。
「誰だよ、俺の番号が伝わった途端にかけてくるような阿呆は」
「さぁな。せっかくだから出てやれ。仲良くしたいんだろ」
液晶画面を睨む俺にサーガがそう促す。
「もしもし」
「おぉ、出た出た。クレイの番号かよ?」
「あぁ? その声はシザースか?」
そういえばコイツとは何かと因縁があるが、番号交換はしてなかったか。
「そうだぜ! なんか、サーガからお前の番号が俺に送られてきてさ。かけてくれってことだよな?」
「違うだろ。ちゃんと文面読んだのか、お前?」
「いや、あんまり読んでねぇ」
内容を理解せずに連絡してくるなっての。おそらくコイツは一斉送信だということにも気づいておらず、サーガが個人的に俺の番号をシザースに教えたと思っている。
「じゃあ読んどけ。アルファベットは読めるよな? 学校行ってねぇから無理か?」
「馬鹿にすんじゃねぇよ! 俺はスペイン語だって読め……」
キャンキャンと金切声が耳に響くので、途中で切った。
ピリリ……
「なんだよ」
「てめぇ! 俺がまだ話してる途中だっ……」
ピリリ……
「だから何回もかけてくんなって」
「クレイ! てめ……」
とうとう俺は携帯電話の電源ごと切った。
「はっ、シザースか? 仲がよさそうで俺は嬉しいよ」
「こちらこそ、そう聞こえたんなら何よりだな。素敵なお友達を紹介してくれてありがとよ」
軽口を叩き合っていると、今度はサーガの携帯電話が鳴った。
「見ろ、お友達からだ。話すか?」
画面にはシザースの名が表示されている。
「いや、もう腹いっぱいだ。アンタに譲るよ」
「俺だ……あぁ、あぁ、そうしてくれ。まずは俺だが、余裕があればクレイの方にも教えてやってほしい。よろしくな」
文面を読み返したのか、シザースの頭でもサーガから俺の番号が伝えられた事情が理解できたようだ。
「あぁ? クレイなら目の前にいるが? 何か伝言があるなら伝えといてやる。あぁ、『くたばれ』だな。伝えておく。というか聞こえてる。クレイ、お前からは?」
「『気持ち悪いから、もう電話してくるな』だ」
中指を立てつつシザースへの愛のある言葉を返答してやった。サーガが鼻で笑う。
「あー。聞こえたか? 話せなくて寂しいみたいだから、また折を見て連絡してやってくれ。ちなみにクレイの電話が切れたのは調子が悪くて最終的にバッテリーがなくなっただけだ。悪く思ってやるなよ、ニガー」
「ふざけんな! 誰がそんなこと言って……!」
シザースが電話の向こうでコロッと騙されているのが手に取るようにわかる。絶対にまた、かけてきやがるぞ!
「それじゃあな」
「おい、サーガ!」
「なんだよ、うれしいくせによ」
携帯電話を取り上げようとしたが、すでに通話は切られ、素早く振り上げたはずの俺の腕は簡単に躱された。太ってる割には意外と動体視力が良いんだな。畜生め。
「サーガ、今いいか?」
教会内に赤いバンダナを頭に巻いた数人のB.K.Bメンバーが入ってくる。俺が知らない顔だ。その先頭に立つ小柄な男がサーガに話しかけた。
「あぁ、いいぜ。どうした?」
「そこにいるのがリル・クレイか? E.T.のジャックの息子だっていう」
「そうだ。よそ者とドンパチになりそうだったら連絡してやってくれ。怪我でもさせたらあの世のジャックに顔が立たねぇからな」
なるほどな。俺の顔を知らない連中が、今アジトにいるならと見に来たわけだ。近くにいたってのもあるだろう。
ジロジロ見られるのはいい気分じゃないが、こっちもできるだけB.K.Bの連中の顔を覚えておきたいのでお互い様だ。
「わかった。おい、リル・クレイ。夜道には気をつけろよ」
「それは敵が脅しに使うセリフだと思うが」
「そうだったか? ま、暗い場所だと俺たちが間違って襲っちまうかもしれないからな。そういった意味じゃ間違ってねぇさ」
「……おもしれぇ冗談だ」
まったく……揃いも揃ってバカばっかりなのか? 言葉の間違いより、そっちの間違いの方が重大なミスだっての。
そいつらが去ると、また俺とサーガの二人きりになった。
「まだいる気か? 俺は読書でもして、ビールを飲んだら昼寝したいんだが。本日の営業は終了だ。またのご来店をってな。いや、もう来るな。学生は入店拒否だ」
「悠々自適を絵に描いたような生活してるんだな」
「忙しいさ。俺がうらやましいんなら、お前も左脚を不随にするこった」
「なんだそりゃ? 五体満足でも同じように生きてるだろ、どうせ」
よくもこんなに皮肉ばかり言えたものだと自分でも感心する。
サーガもサーガで、こんなガキを相手によく怒りもせずにいれたものだ。ギャングの頭張ってるんだったら、もっと短気でもいいんじゃないのか。シザース当たりならすぐにケンカになるってのに。
いや、やめておこう。サーガと揉めるってことは、ほとんど死を意味する。
「いいや。この脚はサツのせいで動かなくなったものだ。少なくねぇ補償が生活費として出てる。悪くねぇだろ」
「まさか。犯罪者相手に州がそんなことするわけねぇだろ」
「大半の奴は泣き寝入りだろうが、俺の場合は運がよかった。ただそれだけのことだ。だから俺はホーミーからの上がりを取らねぇんだよ」
驚きの事実だ。補償を受けている事よりも、セットの売り上げで私腹を肥やしていないことにだ。
そんなのでトップと言えるのか? いや、だからこそ横の結束が強いのか?
「そんなギャングの頭目がいるとは思わなかったぜ。よくそれで、みんなついてくるな」
ある程度の額はプレジデントが取り上げていないと、それぞれが好き勝手にやって、稼いだ奴が力を持ちそうな気がするが。
「勘違いするな。俺一人のための上がりは取ってねぇって話だ。たとえば、セット内で必要な物資の買い付けには金を集めるし、ケガ人や病人の治療費、パクられた奴の保釈金、中にいる奴への買い付け、その他諸々、メンバーに対して必要な経費は別途徴収してる」
「あくまで、上がりからのアンタの給与がゼロって話か。だが、補償金だけで生きてるわけじゃねぇだろ。自前のシノギは持ってねぇのか?」
「あるさ。何とは言わねぇがな」
さすがに抜かりないか。切れ者と言われることだけのことはある。
「K.B.Kだったか。お前らがやってるヒーローごっこは」
「ん? そうだが」
「そっちの金はどうしてる? サークル活動だって金がかかるだろう」
「いや、そんなもんは取ってない。俺の仲間は、この町を平和にしたいと願ってる有志達だ」
K.B.Kの活動には、特に必要な資金もない。
「危ういな。誰かが活動中にケガしても、ソイツの自己責任ってことだろ。守る部分はトップが守ってやらねぇといつかは崩れるぞ」
「みんな卒業すりゃバラバラだ。そう何年もつるむわけにはいかない。その先はどうせ俺一人だからな」
「つまり、お前たちの卒業とともに、今までの事は何の意味もなかったことになるってことだな。納得してるんならそれでいい」
なんて言い方しやがるとも思ったが、確かにそうだ。K.B.Kがなくなった途端、俺は仲間がいなかった頃の俺に戻る。その先は? 結局、何もかもが元通りか? 俺はなにがしたかったんだ?
強烈な虚無感が襲ってくる。サーガの言葉はシンプルだったが、それほどに的確なものだった。




