Gather! B.K.B
会場はB.K.Bのメンバーの家の庭で、芝生の上にBBQのグリルやテーブル、椅子が雑多に並べられ、そこに多くの連中が集まっていた。
ギャングメンバーはもちろんのこと、その家族や友人、近所のじいさんばあさんなど、総勢百名近い賑わいだ。特に区別することなく、色んな連中に声をかけて回った結果なのだろう。
DJブースも設置してあり、会場にはご機嫌なヒップホップが流れている。
それに合わせて踊っている者、Bウォークを踏んでいる者、歌っている者、何故かアコースティックギターをかき鳴らしながら全く別の曲を披露している者など、様々だ。
サーガと俺が到着すると、あっという間に囲まれて飲み物や串に刺した肉が次々と手渡された。
「よう、ニガー、待ってたぜ!」
「リル・クレイも来たのか! ま、飲めよ!」
口々にそんなことを言いながら、知らない男からコロナビールを渡されたが、俺は未成年だぞ。
「俺の事は警戒してるんじゃねぇのかよ。なんでこんなに接待されるのか分からねぇ」
そのビール瓶をサーガに押し付けながら訊く。代わりにスプライトの瓶をテーブルから取った。
「ま、そういうやつもいるだろうな」
結局は、俺がどこの誰かというより、サーガがこの場に連れて来たということが大きいのだと思う。あとは、ほとんどが親父の事を知ってるからか。
もしこの場に俺一人で現れたとしたら、鋭い視線もいくつか遠慮なく飛んできたに違いない。
「座るぞ。足がしびれてきた」
「あぁ、あそこが空いてるぜ」
動かない左足をかばうようにサーガが移動する。杖がないときは長時間立っていられないのも仕方ない。俺だって両手にいっぱいの食べ物は、テーブルについてからでないと落ち着いて楽しめやしないからな。
「んじゃ、乾杯だ」
「あぁ、うん。乾杯」
どっかりと椅子に座ったサーガが、ビール瓶を俺のジュースの瓶にぶつけてきた。くたびれた木椅子がぎちぎちと唸っている。
大量に受け取っていた串焼きの肉や野菜は、横のテーブルに置いてあった空のプレートにどさりと乗せ、各々が好きなものをつまんでいく。
だが、どうやらサーガは玉ねぎやピーマンみたいな野菜が嫌いなようだ。それだけ避けている。案外、ガキみたいなやつだ。
「なんで俺を誘ったんだ?」
「別に理由はねぇ。たまたまお前が遊びに来てからだ。誰といようと、メシ時なら一緒に食うだろ。メシにするから帰れ、だなんて薄情なことは言わねぇよ」
「ふぅん、そんなもんかね」
遊びに来てたつもりはなかったんだがな。
「よう、サーガ! あと、オマケの誰か知らねぇやつ!」
若いギャングメンバーの一人が俺たちのそばに寄ってくる。何度も見た腑抜け面だ。
「雑魚はどっかいけよ、シザース」
「あぁ!? 誰が雑魚だよ! 部外者の方こそ帰れよな!」
「お前のとこのボスが誘ってくれたんだ。つまりは客だぞ、もてなせよ」
見ればそのくらい最初から理解できるはずなのに、シザースは言われて初めて気づいたようだった。
「あ、そうか。だからサーガが横に座ってんのか。だからといって俺の客じゃねぇからな! 知らねぇよ! これ、よかったら食えよ!」
そういいながら、手に持っていた食いかけの肉を俺のさらに置きやがった。もてなしというより嫌がらせなんだが。なんなんだ、この阿呆は。
隣にいるサーガに非難するような視線を送ってやると、奴は肩をすくめた。
「別にコイツだって悪気があるわけじゃねぇだろう。いちいち気にするな」
「頭の教育が足りねぇんじゃねぇのか」
「言ったろ。ウチは会社じゃねぇってな。いちいちそんな教育しねぇ。親切心は素直に受け取っておけよ」
目の前で繰り広げられる舌戦に、意味が分からないシザースは不満げだ。
「おい、内輪でわけわかんねぇこと言ってないで、俺も混ぜてくれよ。そこ、座っていいか」
「シザース、足が悪い俺のために、ビールをもう一本もらってきちゃくれねぇか?」
ナイスだ、サーガ。いや、結局数秒で戻ってきちまうか……
「あん? お安い御用だ。コロナでいいか、サーガ?」
「バドで頼む」
「りょーかい」
サーガの依頼通り、バドライトの瓶を持ったシザースが戻ってくる。サーガがバドワイザーじゃなくてそっちかよ、と突っ込むかとも思ったが、何も言わずにそれを受け取った。
勝手に俺たちの横の椅子に座ったシザースも同じものをうまそうに飲んでいる。
「なんだ、シザース。いっちょ前にビールか」
「そう言うお前はスプライトなんか飲んでるのか、クレイ」
「法令遵守だよ、馬鹿野郎」
ガキが早々にビールの味なんて覚えちまって。お先真っ暗だな。
「馬鹿はどっちだっての。自分が今、どこにいるのかをよく考えた方がいいんじゃねーの?」
「チッ……天下の犯罪者集団、B.K.Bのお膝元だったな」
「おい、どうでもいいことで喧嘩するな。せっかくのメシがまずくなるぞ」
見かねたサーガが止めるも、本心ではどうでもいいと思っているのだろう。片手にビール、逆の手には携帯電話を持って、メールか何かをチェックしている。どう見てもメシなんか楽しんでねぇじゃねぇか。
「しっかし、なんだかんだ言ってお前、ちょいちょいウチのテリトリー内にいるよな。仲間に入りたいのか?」
「ふざけるな。サーガに用事があったから顔を出したら、ここまで連れてこられたんだよ」
「ふーん。サーガとサシで密談とは、その辺の悪ガキも真っ青だろうぜ」
それは言われなくてもわかっている。自分でも、ビビらずによくやっているものだと褒めてやりたい。
「シザース、俺を猛獣かなんかと一緒にするな。これでも巷では紳士で通ってるんだぞ、クレイ」
「冗談のつもりか本気なのか分からねぇから何も言えねぇよ……」
俺のつぶやきは届かなかったようで、サーガは隣で大きなげっぷをしている。これで紳士、ねぇ……
キキィッ!
大きなスキール音。目の前の小道で車が急ブレーキを踏んだようだ。その場にいた、誰しもに緊張が走る。
ギャングメンバーたちは一斉に銃を取り出した。
「何の騒ぎだ?」
「サーガ、俺の後ろへ」
サッと立ち上がったシザースが腰の拳銃を引き抜いてサーガをかばう。とっさに敵襲を疑うのは当然のことだ。
「た、大変だ! みんな!」
しかし、急停車した車から走ってきたのは真っ赤なディッキーズに身を包んだ一人のB.K.Bメンバーだった。
味方だとわかり、武器を下す面々。だが、その様子から緊張を解くまでには至らない。
「シザース、大丈夫だ。何があったか俺が話す」
ゆるゆると左脚をかばいながらサーガが動く。
「あっ、サーガ! ここにいたのか! 丁度良かったぜ!」
慌ててやってきたB.K.Bのメンバーは、ここにサーガがいることまでは知らなかったようだ。たまたま通りかかった先でBBQが行われており、そこに仲間の姿が見えたので急ブレーキを踏んだということだろう。
「あぁ。せっかくのどんちゃん騒ぎが台無しだぜ。しかし、いったい何があったっていうんだ、ホーミー? その慌て様だと、ただ事じゃねぇようだな」
「あぁ! 大変なんだ! ちょっと俺の車を見てくれ!」
「車……? わかった、見せてみろ」
その男に肩を貸され、サーガが車へ向かう。ぞろぞろとメンバー達もそちらへ向かう中、近所の住民らの大半は心配そうな表情を浮かべている。
ただし、じいさんばあさんたちは気にせず食事を楽しんでいた。さすがは長らくこの地で生活してるベテランだな。
「こりゃひでぇ」
「おい、どうしてこんなことに」
サーガやB.K.Bのメンバー達に続いて俺もその車を見に行ったのだが、皆がそう口にするほど、激しい修羅場を突破してきたのが一目でわかった。
リアトランクからガラスにかけて連続した弾痕が残っている。機銃で掃射を受けたのだ。よくこの状態で逃げて来れたな。
「ドライブバイだ。今時珍しい、イカレた野郎だったよ」
ドライブバイ。車に箱乗りの状態で見境なく乱射をする、凶悪な犯罪行為だ。この車を狙い撃ちしたのではなく、目についた他の通行人も見境なく容赦なく撃ち殺されたのだろう。
「クソが……相手は?」
「カンボジアか、ベトナムか、とにかく東南アジア系の奴らさ。場所は大学の近くだ」
「無茶苦茶しやがる。やり返すぞ。みんな、準備しろ」
その判断に一秒も要らなかった。
……
……
お開きとなったBBQ会場からアジトである教会もどきの部屋に引き返し、そこで別れを告げられる。
「クレイ、さすがにあぶねぇ。終わるまでここにいるか、まっすぐ家に帰れ。なんだったらコリーに連絡しろ」
「あぁ、そうするよ。外が危ないなら、ここでアンタの帰りを待ってるつもりだ」
もはや無理にB.K.Bの悪事を暴いてやろうという気持ちはない。
特に、今回の件はB.K.Bメンバーだけではなく、地域住民の身すらも危険にさらす凶悪犯の退治だ。警察が動いていないのであれば、ここらをテリトリーとする彼らに任せるほかないだろう。
「そうか。一人つけといてやる」
「いらねぇよ。ここが襲われる可能性でもあんのか?」
俺の護衛なんかに人員を回すくらいなら、戦力として使えっての。
「逆だ。お前がふらふらと遊びに来ないための見張りだよ」
「ふざけんな。どんだけ信用されてねぇんだよ。心配しなくても動かねぇっての」
そんな風に思われてるとは心外だぜ、という態度を装っておく。
「こないだは進んで巻き込まれるような事をしておいて、信用がねぇとはおかしな話だ。当たり前だと思うがな?」
「進んでじゃねぇって。近くで火の手が上がってたら誰だって飛び出すだろ!」
返しはするが、確かにそう言われるとあの時は動くべき状況ではなかったからな。
「安心しろ。シザースじゃねぇ奴を置いていく」
「……そりゃうれしいね」
別にシザースが見張りだったとしても動く気なんてさらさらないが、あの阿呆の相手をしないでいいんだったら楽なもんだ。
……
……
武器を手にしたサーガたちが勇ましい雄たけびを上げてバンやワゴン車に乗車し、出発してから一時間ほどが経過していた。
「それで、ソイツのズボンとパンツがくるぶしまで落ちてよ! 汚いケツが丸出しになっちまったんだよ!」
真面目にアジト内に閉じこもって携帯をいじっている俺の目の前には、バシバシと自分の膝を叩きながら涙を浮かべて爆笑している男がいる。
おい、その手元に置いてるAK47まで叩くなって。暴発でもしたらどうすんだ。
「しかもそれを通りすがりの女子高生に見られてやがんだよ! その金切声が響いてからが傑作だったんだぜ! ケツ出したまんまで走って逃げていくんだからよ!」
シャークと名乗ったそのB.K.Bメンバーは二人きりになってずっとしゃべりっぱなしで、反応の薄い俺のことなど気にも留めずに一人で騒いで一人で笑っている。
笑い話がほとんどではあるが、まじめな話もたまに出てきた。
唯一、俺の興味を強く引いたのは、彼がベンの親友だったという話だ。ベンには不本意ながらも命を守ってもらったからな。今となっては感謝の方が大きい。
「シャーク」
「うん?」
「ギャングより、コメディアンの方が合ってるんじゃねぇか。どうしてギャングスタなんかやってるんだ?」
自分が話したことで勝手に笑っているだけなので、プロになれるかと言われれば難しいだろうが、それでもギャングスタにしておくにはお調子者すぎる。
「さぁなぁ? でも、普通の会社で働いてるやつだって、その仕事がどうしてもやりたくてやってるわけじゃねぇだろう? 流れだよ、流れ。そうなる運命だったって思うしかねぇさ」
運命とは驚いた。だが、元を辿れば今まで他のギャングスタに訊いた理由と意味は同じだ。なりたくてなったわけじゃない。そうなるしかなかった。
このエリアにはそれが染みついてやがる。
そして……シリアスな話でも振れば大人しくなるかと思ったのだが、五秒後にはまた笑い話に戻っていた。




