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B.K.B 4 life 2 ~B-Sidaz Handbook~  作者: 石丸優一
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Deny! B.K.B

 また、俺は夢を見ているのか?

 真っ暗な視界の中、誰かの声がわずかに聞こえる。遠く、か細い。いや、違う。これはすぐ近くだ。生暖かい息遣い。耳元で囁いている……?


「おい、クレイ。起きろよ」


 聞こえた。はっきりと俺の名前を呼ぶ男の声。声色は若い。同世代だろうか? しかし、この状況はなんだ? なぜ、目の前は真っ暗で、誰かの声がすぐそばで聞こえているのか。


「……っ!」


 鈍痛。頭が割れるように痛い。なぜだ。


「お? やっとお寝覚めかよ? 正義のヒーローさんよ」


 今度は少し離れた位置から違う声が届いた。複数人が近くにいる気配がする。そうか、俺は研究室を出たところを誰かに拉致されて……まったく、物騒な学校だ。先生は守るだなんてほざいてやがったが、裏路地にいるのと何も変わりはしない。


「誰だ……! 寄ってたかって卑怯じゃねぇか! 顔をみせろよ!」


 ずきずきと痛む頭では息苦しく、体に力が入らない……違う。手足を縛られ、顔には何かを被せているようだ。これでは何もできない。


 返事の代わりに、いくつかの笑い声が上がった。少なく見積もっても五人はいる。教職員室の側で手際よく俺をさらったのだ。誰かが俺を転ばし、また別の誰かが頭を叩いて気絶させ、さらに他の誰かが目隠しを被せて、皆で手早くここまで担いで来たのだろう。


「おい……! 笑ってないで答えろ! ここはどこだ! 誰だ、てめぇらは!」


「自分の胸に手を当てて、よーく考えてみな。お前が大嫌いな人種だってのはヒントとして与えておいてやる」


 耳元の声が答えた。なるほどな。先生の危惧は真っ先に現実となってしまったわけだ。おそらく彼らはギャングと何らかの関係がある生徒たち。校内であることから生徒以外の者はいないはずだ。


「ここはどこだときいてんだよ……っ! クソ、頭いてぇな畜生……」


 また笑い声が上がった。


「さぁ、どこだろうなぁ? 学校の外だって事だけは教えといてやろうか」


 しまった。学校から運び出されてしまっているのなら、今ここにいる連中の中には、合流したギャングメンバーもいるのかもしれない。さすがに対決するには早すぎる。それに暴力に頼る形を取られては勝ち目などない。俺の身体から血の気が引く。


「ごふっ!」


 突如、何の前触れもなく腹を蹴られた。この固い感触はおそらく拳ではなく靴だ。地面に転がされているようなので踏みつけられたに違いない。


「おい、何をフライングしてんだ。順番に仲良くいじめようぜ?」


 耳元の声が少し大きな声で言った。そして、直後に顔が右から左へと動く強い衝撃を食らう。コイツ、俺の頭を蹴りやがったか。

 それを皮切りに、胸、脚、腕、肩と、身体中に鈍痛が走る。幸いにも道具は使ってこないが、固い靴の感触は否応なしに無抵抗の俺の身体をズタボロにしていった。


「ははは! どうだ、クレイ! 少しは反省したか! お前がバカげた考えを持ってるって聞いてな! この街にはB.K.Bにいなくなられちゃ困る奴らがこんなにいるんだぜ!?」


「く……そ……」


 最初に耳元で囁いてたやつの声だ。コイツがリーダー格か?


「あー? 聞こえねぇなぁ!」


「なん……で、いなくなったら困るのか……教えろ……俺を、納得……させれるか……?」


「納得だと? まだ痛めつけられるだけじゃ足りないってか。強情なやつだぜ。さっさと謝ればいいのによ」


 また、顔を蹴られる。前歯が飛んだのがわかった。口の中を切って盛大に血が溢れる。


「ごほっ! がはっ!」


 血を飲み込んでしまわないようにうつ伏せの体勢へと転がった。地面にどろりと血がこぼれる感覚が気持ち悪い。


「うげー。血がいっぱい出てるよ。ゾンビみてぇ」


「早く……聞かせろよ……!」


「はぁ? まだそんなこと言ってやがんのかよ、この……!」


「まぁまぁ。いいじゃねぇか。そんなに知りたいなら教えてやろうぜ」


 リーダー格だと俺が断定した声が一同を黙らせた。足音がゆっくりと近づいてきて、側にしゃがんだ気配がした。


「それはな、良い隠れ蓑になるからだよ」


「あ……?」


「俺達が赤い服着て悪さすりゃ、周りは勝手にB.K.Bがやったもんだと思ってくれる。もちろん、本当に家族がメンバーの奴だってここにはいるさ。メンバー入りを目指してる奴もな。でもよ、半端な奴がもっと強い奴を後ろ盾として甘い蜜にありつく。これってよくあることだと思わねぇか?」


 クズだ。コイツは……ただのクズだ。

 確かにやってることはメンバーの連中と比べれば、生ぬるいママゴトなんだろう。大した被害も出してないだろうし、警察も目を光らせるほどじゃない。近くにもっと大きな悪が潜んでいるからだ。当然、手痛い制裁は加えられない。

 やりたいことだけやって、責任は他人に押し付けている。隣のガラス窓を打ち上げたボールで割ってしまって、先生やお袋に頭を下げさせているようなものだ。


「連中に……バレたらどうするつもりだ……?」


「バレるも何も、メンバーだって俺達みたいな奴がごまんといるのは知ってるだろ。何の障害にもなりゃしねぇよ。別に対立してるわけじゃねぇんだからな」


 これは正論だ。家族などは別としても、メンバー入りする一歩手前の準構成員や、恰好を真似して粋がっているワンクスタは、警察にとっても、そしてB.K.Bにとっても、その眼中にはない。取るに足らない存在だ。

 メンバーとなって初めて、警察やよその地域のギャングの敵となり、B.K.Bの身内となる。


「そうか……よくわかったよ。お前らは陰で……こそこそ悪事を働いて、それはすべて……B.K.Bのおかげで表沙汰にならずに……済んでるわけか」


「そういうこった。だから俺らはお前の考えが邪魔なんだ。もう一つ付け加えるとするなら、家族がメンバーの奴や、自身がメンバー入りを目指してる奴からすれば、家族や、目標を貶されたってことにもなるわけ。こっちのほうはまだ理解できるか?」


「わからねぇ……な。ギャングは悪の存在だ。家族だからと肯定は……すべきじゃねぇし……それを目指すだなんて……言語道断だ」


 顔面が強く、地面に押し付けられた。みしりと嫌な音がして、鼻血が垂れてくる。そろそろ意識が朦朧としてきた。短時間で血を流しすぎている。


「さーて、そろそろお終いといきますか」


 その言葉に俺は目だけを強く瞑ったが、身体は力を抜いて楽にする。まさか生徒に殺されはしないだろう。顔を見れないのは悔しいが、奴らの考えはあらかた聞けた。身構えて耐えるより、このまま大人しく気絶してしまった方がマシだ。いつか必ず、こいつらの好きには出来ない街に変えてやる。


「お、おい! あれ見ろ!」


 衝撃はなかなか訪れず、誰かの声が割り込んできた。何かを見つけたのは分かるが、俺には確認ができない。


「ちっ! 行くぞ!」


 バタバタと遠のいていく、いくつもの足音。どうやら逃げていったらしい。警察か、そうでなければ誰か大人が駆けつけたのだろうか。しかし、それならば怒鳴り声の一つでも聞こえてきそうなものだが。

 じゃりっ、とアスファルト上の砂を踏みしめる音が聞こえた。


「あ? なんだ、お前? 何でボコられてんの?」


「うっ……誰、だ?」


 すっ、と目の前が明るくなった。瞑っていた目をゆっくり開く。被せられていたらしい茶色のズタ袋が見えた。サイズが浅く小さいので、鼻の上くらいまでを覆い、顎をひもで止められていたらしい。


「訊いてんのは俺だっての」


 目の前が真っ赤に染まった。血ではない。そこに立っている男のワークパンツが、そして靴までもが深紅だったからだ。俺はハッと息をのんだ。そして、そのせいで血が気管に入って盛大にむせる。


「あーあー。何やってんだ、お前。きったねぇなぁ」


 俺の吐いた血がついてしまった靴をぐりぐりと俺の脛辺りに擦りつけてくる。真っ赤なコンバース・オールスター。そのシューレースも真っ赤なものに変えられていて、言うほど血は目立たない。ギャングスタだ。いや、さっきの連中と同じ、ワンクスタか?

 そして、その疑問は俺が顔を上げたと同時に消え去った。アップにまとめた長いドレッドヘア。そのてっぺんをバンダナで結んでいる。忘れもしない、ファイブガイズの店内で出くわしたギャングスタだ。


「あ……う……」


「なんだよ? いてぇのか? あんまジロジロ見んな。俺がイケメンだってのは誰もが分かってんだよ」


「くっ……」


 言葉が出ない。目の前は真っ赤だってのに、頭の中は真っ白だ。口から血が溢れているせいで息がつまっているんじゃない。コイツの纏う圧倒的な空気に気圧されてしまっているのだ。先ほどまでの、痛めつけられていた時のわずかながらの恐怖心の比ではない。

 ギャングスタと一対一という恐ろしい状況。この数分後に俺が命を落としたとしても何も不思議なことは無いのだ。死神の鎌は今まさに首筋に当てられ、引き抜くのを待っている。


「お前、若いな。学生?」


 どうやら、ファイブガイズで見た顔だとは思ってもいないようだ。緊張していた俺やリカルドとは違って、コイツにとってはいちいちそんなことを覚えている方がおかしいのかもしれないが。


「おい、鼓膜やっちまったのか? もしもーし」


 再度問われて、俺はゆっくりと頷いた。


「いじめられっ子ってやつかね? ほら、ちと引っ張るぜ」


「いてぇ……」


 ギャングスタは俺の左腕を引っ張って身体を起こし、近くの壁に寄りかからせてくれた。なんだ? なにをやってるんだ、コイツは。とりあえず、いきなり撃ってくることはなさそうだ。そういえば、コイツはファイブガイズでも普通にメシを買ってただけだったか。しかし俺は、不自然に白いTシャツが膨らんでいる、奴のへそ辺りを油断なく確認した。


「んじゃ、あとは頑張れよ」


「は?」


 そのまま立ち去ろうとするギャングスタの意味不明な行動に、自分でもびっくりするほど間抜けな声を上げてしまった。


……


「ほれ、食えばいいんじゃねぇの? うめぇぞ」


 差し出されるチーズバーガー。いや、俺は腹なんか減ってねぇし、むしろ腹も含めて身体中痛いんだが……


「あ、えぇと……ありが……とう」


 俺は困惑するしかない。なぜ、ギャングスタにメシをもらっているのか。その原因は、立ち去ろうとするコイツに、ファイブガイズにいなかったかと訊いてしまった俺にある。

 さすがに動けなかったので、助けを呼んでほしかっただけなのだが……奴は俺がチーズバーガーを食いたいのだと勘違いしたらしい。まったく意味が分からないが、俺は思いがけず気を遣われて面食らってしまっていた。そして当然、コイツの機嫌を損ねるという最悪の事態だけは避けなければならないので文句も言わずに受け取る。


「あ、金は払えよな。持ってるか?」


「あぁ……」


 ズボンに手を突っ込み、小銭を探す。


「あれ? ねぇな……ここに、入れてたのに」


「はぁ!? おい、ボコられた挙句にカツアゲまで食らってんのかよ! だっせぇー! てか金は返せよな!」


 マズい。今度こそ殺される。俺は目をきつく瞑る。


「明日な! 明日ここに集合! いいな!」


「……は?」


 待て。待て待て待て待て待て。待てよ! なんでそうなる? なんで俺が憎きギャングスタと待ち合わせなんかしなきゃならないんだ!


「いや、それは……勘弁してくれ……ちっ、いてぇな、畜生……」


「はぁー? 俺に奢らせようってか? 怪我してるからって甘えてんじゃねーぞ、クソガキ」


 しまった。ついに地雷を踏んでしまった。三度、俺は目を瞑る。


「ま、いっか。ただし、それなら話聞かせろ。退屈してたんだよ。なんでボコられてんのかって質問に答えてもらってねぇよな」


 銃声はならなかったが、俺は息が出来ない。

 金はすぐに払えない。待ち合わせなんて出来るはずも無い。しかし、拉致られた理由を話すなんて一番無理な話だ。この状況で、B.K.Bを消そうとしている俺の考えにクラスメート達がブチ切れただなんて、B.K.Bのメンバーであるコイツの耳に入ったらお終いだ。


「あ……いや……」


「なんだよ。あれもダメ、これもダメって。それが親切にしてくれた相手に対する態度か? ちゃんと勉強してるならそのくらい習ってるだろうが」


 ぴくりと俺の眉間が動く。何でギャングごときに説教食らってるんだ、俺は。元はと言えばコイツらの存在のせいで俺はこんな痛い思いをして、今も恐怖に怯えてるってのに。俺だって気は長い方じゃないんだ。ブチブチと頭の中で何かがちぎれていく音がする。


「う……るせぇ……」


「あぁ?」


「うるせぇって……言ってんだよ! お前、ギャングスタだろ……! B.K.Bのメンバーなんだろ! お前らみたいな奴がはびこってるから、俺はこの街から……ギャングを……ギャングを消し去ってやりたいって! クラスでそう言ったんだよ! そしたら校内の馬鹿な連中が……寄ってたかってこのザマだ! わかったかよ、くそったれ!」


 終わった。言っちまった。俺はここで終わる。奴のベルトから引き抜かれた拳銃は、いとも簡単にこの頭をブチ抜くだろう。だが、もういい。俺は言ってやったんだ。そう、全部言ってやった。この、悪の権化たるギャングのメンバーにだ。これでわかっただろ。お前らは嫌われてんだよ、ざまぁみやがれ。


「どうした……! さっさと撃てよ! ムカついただろ! ムカついたら弾く。それがお前たちのやり方……んぉっ」


「ちとうるせぇよ、お前。血が飛ぶっつーの」


 なんだ、口の中に銃口……いや、柔らかい。これは、チーズバーガー? 口にチーズバーガーを突っ込まれた。なんなんだよ……


「んぐ……」


「うめぇよな、ここのチーズバーガー」


 なんだ、なぜ撃たない。なにをニヤついてやがる。クソが、身体さえ動けば、今ならコイツの顔面に拳を叩き込んでやれるのに。


「つーことは、さっき走ってったやつはハイスクールで幅聞かせてるワンクスタの連中ってことか。ふーん」


「……」


 当たり前だろ。たまたま近くを走ってた市民ランナーにでも見えたのか、阿呆め。

 とにかく俺は無言でチーズバーガーを食い進める。いつまでもこれが口の中じゃ何も言えねぇ。口が切れて血の味が強い。クソ、まったく美味くねぇ。

 ごくりとそれを飲み込むと、今度はなにやら冷たいものが口に当てられた。今度こそ銃口……じゃない。これは缶か。飲めって事かよ、クソ野郎。


「ん……!? ごほっ! おい、これビールじゃねぇか! 俺は未成年だぞ! それに酒は嫌いだ!」


 ふざけやがって! 怪我を負ってる学生に酒を飲ませる奴があるか! これだからギャングはクソなんだよ!


「うるせぇうるせぇ。そんだけ元気ならもう帰れるだろ」


「帰れねぇよ! 身体中いてぇんだよ!」


「駄々ばっかりこねるガキだぜ」


 ギャングスタは俺の左腕を引っ張って俺を立たせた。そして、あろうことか肩を組んで歩き始める。


「おい、何の真似だ? いてぇっての……」


「はぁ? つくづく恩知らずなクソガキだな。家まで送ってやるってんだよ。それとも病院の方がいいのか? それならそこの店で救急車呼んでもらえよ一文無し」


 ゴミ箱や廃車があるだけで薄暗かった路地を出ると、そこはファイブガイズから一本入った場所だった。空には夕暮れ時のオレンジ色の太陽が輝いている。


「なんで、こんな真似を……てかギャングは嫌いだって言っただろ! ムカつかねぇのかよ!」


「別にムカつかねぇよ。だって、お前が言ってる事は間違ってねぇだろ?」


「間違ってねぇさ!」


「ならいいじゃねぇか。何をキレてんだよ、お前は」


 長い二つの影を引きずりながら俺達は歩く。時々転びそうになる俺を、舌打ちをしながらギャングスタは支えてくれた。


……


 とうとう家の近くまでやってきた。俺は自分の警戒心の無さを呪う。コイツに家の場所なんか教えたら、絶対に後で面倒なことになるに決まっているじゃないか。だが、時すでに遅し。家は目と鼻の先だ。


「おい、クソガキ。お前、名前は?」


「はぁ……? クレ……いや、クリスだ」


 危なかった。B.K.Bのメンバーに本名まで知られたら面倒だ。特に俺の名前は奴らのセット名に含まれている。親父との関係がバレるのは難しくないだろう。


「そうか。俺はベンだ」


「しらねぇよ。礼なんか言わねぇからな……」


「言えよ」


 バシン、と頭を叩かれた。ギャングの分際で、説教臭いジジイかよ、コイツは。大して歳も俺と変わらないだろうに。見た感じ、二十そこそこだろう。


「ベンは……B.K.Bのメンバーなんだよな?」


「当たり前だろ。タトゥー見せるか?」


「いらねぇよ、男の裸なんて気色わりぃ」


 また叩かれた。頭がクラクラする。畜生め。

 そう言えば、メンバーには腰のバンダナ以外にも、セット名のタトゥーを彫るのを許されていると聞いたことがある。やはりコイツは本物のメンバーだったか。


「とはいえ、俺もメンバーになって二、三年の下っ端だからな。あんまり偉そうには出来ねぇのさ。いっつも、昔からいるおっさん連中にはぶっ飛ばされてんだぜ。上下関係ってほどのもんはねぇが、意見が割れた時は古株の考えが尊重されるからな」


「だっせ」


「うるせぇよ」


 やっぱりまた叩かれた。お前も十分おっさん臭いっての。


「なんで、自分のセットの……文句言われて平然としてんだよ? ギャングスタがそんなんで、ワンクスタの方がキレるなんておかしくねぇか」


「ファイブガイズで働いてる奴にファイブガイズの文句言ったってキレねーだろ。たとえ社長だってキレねーはずだぜ。もしキレるとすれば、ファイブガイズのバーガーが好きな連中だな」


「商売と一緒にすんなよ! お前らの生き方を否定されてんだぞ! キレるだろ、普通!」


「別に。だって俺らは理解してるからな」


 ベンが急に立ち止まった。俺はそのままよろけて前のめりに転ぶ。とうとう手は差し伸べられなかった。


「っ……てぇ」


「ギャングは嫌われてなんぼだ。外野に愛してくれなんて甘ったれた考えは持っちゃいねぇし、それを背負う覚悟でメンバーになる。でも、俺はギャングなんかなりたくてなったんじゃねぇ。なるしかなかったんだよ」


 上から言葉が降ってくる。なぜだろうか。今までで一番静かで、それなのに一番迫力のある、強い意志を感じる声だった。


「あぁ? 意味わかんねぇ……」


「分かんなくていいんだよ。お前はこのまま真面目に生きろ。普通に暮らせれば、それが一番の幸せだ。実際、変な憧れで入ってくる奴だっているが、その類だと結局はみんな足を洗う。どっぷり浸かるのは、それをやるしかない境遇に生まれた奴だけさ」


「カッコつけんじゃねーよ」


 俺が転んでいるせいで、拳骨の代わりにかかと落としが振ってきた。


「あれが家だよな? ここまででいいだろ。じゃあな」


「おい、待てよ! もう少しなんだから最後まで運べっての!」


「行かねぇよ。お前のお袋が俺を見たら泣くかもしれねぇぞ。息子がギャングとつるんでるってな」


「泣かねぇよ! だってウチのお袋は……!」


 ハッ、と口を抑える。


「あぁ?」


「っ……! なんでもねぇよ! さっさと行けよ、クソ野郎!」


「お前、どんだけ口悪いんだよ? どこでそんな口の利き方覚えるんだ? 言葉だけなら俺よりもよっぽどOGだぜ」


 OGとはオリジナル・ギャングスタの略語だ。筋金入りのギャングスタを意味する。

 ベンはそのまま振り返ることなく立ち去り、俺はしばらくその真っ赤な背中を見送った。

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