Study! LA
さらに俺は、バイトの後にも夕食をメイソンさんと共に取ることでさらに話を聞くことにした。
本人も色々と聞かれることは分かっていたようだが、俺からの誘いは珍しいこともあって、喜んでファミレスに連れて行ってくれた。
「ま、お互い独り身だし、自宅で寂しくオートミール食ってるよりはマシだよね」
「高校生に独り身だなんて表現使うなよ……所帯持ってる方がおかしいだろ。それに、メイソンの兄ちゃんは家に帰れば家族がいるだろ?」
先代の親父さんは亡くなったと聞いているが、彼にはお袋さんや年の離れた妹さんがいたはずだ。いや、妹さんはもう嫁に出ててもおかしくないか。
「ははっ、女二人に男一人の食卓ってのは肩身が狭いんだぜ?」
「なんだそりゃ。やっぱり独り身じゃねぇだろ」
「ママからぴーちくぱーちく近所の小言を聞かされるよりも、男とガヤガヤしながら食うメシの方が美味いって話だって。ほら、早く注文しようよ」
まぁ、それはなんとなくわかる気もする。お袋と二人暮らしだった頃、煙たく感じたりもしたものだ。今となってはそれも悪くはなかったのだが、そういったことには失って初めて気づかされる。
「俺はこのステーキとパンで良いよ」
「あいよ。すいませーん」
メイソンさんが太ったウェイトレスに注文をし終えると、俺はさっきまでの話の続きを切り出した。もう大した情報は出てこないのかもしれないが、サーガより何倍もメイソンさんの方が話しやすいので、聞けることは今のうちに全部聞いておきたい。
「現役のギャングスタだった頃はロサンゼルス中を駆け回ってたのか?」
「ロサンゼルスと言うか、メンバー達はカリフォルニア中を駆け回ってたね。ロングビーチとかサンフランシスコとかラスベガスとか」
「ラスベガスはネバダ州だろ」
どうでもいい指摘だが、ラスベガスはその距離の近さ故に同州だと勘違いされやすい。カリフォルニア州内のサンフランシスコの方がロサンゼルスからはよっぽど遠いくらいだ。
「そうだっけ? じゃあ、全米を駆け回ってたって言い直すよ。そっちの方がかっこいいし。ハリウッドにも良く行ってたし」
「逆にハリウッドは近所だろうが……」
「まぁ、色々とメンバー達が移動してたのは本当だよ」
ハリウッドが世界を股にかけるのはスクリーンの中だけだ。場所自体は俺達からすると珍しくもなんともない。
「そうだ、サーガが離れてたってのは?」
「ガイは家族の都合で一旦、ニューヨークに住んでたことがあるんだよ。その何年かの間はB.K.Bから抜けてた形になるね」
「それで大人になって戻ってきたって事か。よっぽどB.K.Bに思い入れがあったんだな」
いや、とメイソンの兄ちゃんが首を振る。
「思い入れが無かったわけでは決してないけど、大事にしてたママが引っ越し先のニューヨークで亡くなってね。それでガイはあっちでギャングを作って、彼らと共にロサンゼルスに戻ってきたんだよ。元々、ママについて行く形での別れだったから、ニューヨークにいる必要が無くなったのさ」
「そうだったのか。形は違えど、母親がいなくなってしまったのは俺と同じだな」
「でもその決断がB.K.Bを救ったんだ。ちょうどそのころ、B.K.Bは抗争続きで疲弊してたんだよね。そこに新しい仲間たちが一気に増えて、力を取り返した。ざっくりだけど、そんな感じかな」
今でこそ大きな力と知名度のあるセットだが、B.K.Bにもかつてピンチは幾度となく訪れた歴史があるのだろう。かなり激しい時代だったのは今までの話で理解できている。
「B.K.Bのメンバーたちが裏切り者だって言わなかったのはそういう理由か」
「そうだね。ガイ自身は嫌われるつもりで引っ越しの詳細は話してなかったんだけど、家族絡みでやむを得ない事情だってのは結局みんなには伝わってたし、ガイのおかげでB.K.Bが救われたのは事実だ」
「嫌われるつもりで?」
「みんなと離れるのは辛いから、嫌われて蹴り出して欲しかったみたいだよ。真実を知られて同情されたり引き留められちゃうと決心が鈍るだろ? 家族と仲間を天秤にかけるなんて、普通なら一生かかっても出せない決断だろうから」
あのサーガが悩んでいる姿なんて想像もつかないが、気圧されてしまうほど迫力のある佇まいの裏には人間味を持った男なのだ。
「サーガともう少し話をしてみたくなったよ」
「そうかい? もう少し怖がっててもいいんだぞ」
「怖いさ。それでも、家族や仲間を想ってるのなら、少しは信頼できるかもしれない」
言って気付く。信頼だと? まさか、あのサーガに対してそんな言葉を使うとはな。
「分かったよ。好きにしたらいい。ガイの番号を教えてあげるから。でも、B.K.Bの連中が何かで揉めてるときは接触を控える事。それだけは約束して欲しいな」
「あぁ。俺だって命は惜しいんだ」
とはいえ、既によそとの喧嘩に巻き込まれてしまった経験はあるが。
ただし、今度はB.K.Bの悪事を暴いてどうこうしようという目的じゃない。彼らの生き方、彼らの考え方、彼らの周りの住民たちの気持ち、その辺りが知りたいだけなのだ。メイソンさんの言う通り、何か問題が起きている時を狙う必要はない。
メイソンさんの携帯画面に表示された番号を俺の携帯に打ち込み、サーガと名前を付けて登録する。ギャングのプレジデントが自分の電話帳に入るなんて奇妙な気分だ。
「ありがとう、メイソンの兄ちゃん」
「やれやれ……嫌だろうが何だろうが、ジャックの血はしっかり受け継いでるよ、クレイは。ニュージャックにならなきゃいいけど」
「うるせぇよ。余計なお世話だぜ」
暴れん坊だった親父に似て、自分勝手で強引な奴だとでも言いたいんだろう。
ニュージャックというのは新入りという意味のスラングだ。俺がジャック・二世だという事にかけた言葉遊びのようなジョークである。
つまりジャック・二世である俺に、新しいギャングメンバーにならないか心配だと言っているわけだが、その心配は無用だ。
……
……
「よう、来たぜ」
「クレイ……ここはガキが遊びに来る場所じゃねぇんだがな」
B.K.Bがアジトとしているエリア。その教会を模した部屋の中で、いつものようにソファに腰掛けて聖書を読んでいるサーガの姿があった。
「メンバーの中には俺よりガキな連中だっているはずだぜ」
「屁理屈は結構。何しに来たのか知らねぇが、大人しくしてろよ。聖書でも貸してやろうか」
メイソンさんに番号を聞いた数日後。電話をしたサーガは相手が俺だと知っても何の反応も示さなかった。「行っていいか」と聞いても「来なくていい」の一点張りだったので、こうして強硬手段に出たわけだ。
しかし追い返すでもなく、かといって歓迎するでもなく、空気のように扱われている。
「ロサンゼルスの事を聞こうと思ってな」
「ロサンゼルスの事? 役所か観光案内所にでも行けばいいだろう」
「違う。そういう事じゃなくて、勢力図……っていうのか? ギャングスタ共の間に、B.K.Bの活動に対して味方をしてるセットとか敵対してるセットとか、色々あんだろ」
サーガはパタリと聖書を閉じ、サイドチェストにおいてあったブランデーの瓶をあおる。
「んな事を知ってどうするつもりだ。そこもまとめて退治しようってのか、タフガイ」
返答には僅かに怒気が含まれている。それを直接当てられている俺の身は、気合を入れていないとちびっちまいそうだ。
「いいや。知りたいだけだ。アンタらが本当は一体どんな連中なのか」
「悪者だ。世間から弾かれたはみ出し者だ」
「いや。全部が全部そうではないと思ってる」
さらに一口。だが、思ったよりも残りが少なかったようで、空の瓶を苛立たしそうに見つめる。
「今はもう……ほとんど残ってねぇよ」
「ん?」
はじめは酒の話かと思ったが、そうではない。残ってない……?
「お前の言う勢力図だ。今はもう、そんなものはねぇ」
「そうなのか? だが、昔に比べればマシな時代になったってメイソンの兄ちゃんが」
「あぁ、それは間違ってねぇな。ぶつかることはかなり少なくなった。だが、それは同時に、どこかとの繋がりも無くなったって事だ」
なるほど、敵として争うセットも少なくなったが、味方として付き合うセットも減ってしまった、という事か。激動の時代でチームごと潰れてしまったか、残っていても接触する機会が無くなったわけだな。
「こないだの連中はなんなんだ? ぶつかることは減ったってのに」
俺も巻き込まれた、クリップスとの諍いの事だ。
「少し前からきな臭い動きをしてやがったが、とうとう、ちょっかいをかけてきやがった。減ったとはいえ、たまにはそういうこともあるってだけだ」
「どうするつもりなんだ?」
前々から上がってた噂では、B.K.Bはデカい抗争の準備をしてるって話だった。色々と尾ひれがついてそんな噂になってたんだろうが。
「そりゃ、潰すしかねぇよな。だが、潰してはいお終いってわけにもいかねぇ。奴らのテリトリーもこっちのものにするかどうかは話し合ってるところだ」
「最初から勝つ気満々かよ。負けるって思わないのか?」
「当然だ」
プレジデントたるもの、弱腰じゃ人はついてこない。本心は知らないが、返って来て当然の答えだった。
「E.T.で、現在もB.K.Bに残ってるのはアンタだけなのか?」
「……いなくなった奴らも全員残ってる。心の中にな」
そういう回答が聞きたかったんじゃねぇんだが……まぁ、良しとするか。
「話し合ってるって言ったな? 今はアンタ以外の主要メンバーはどんな人間がいるのか教えてくれよ。その、幹部と言うかサブリーダーみたいな連中が何人かいるって事だろ」
「それは教えられねぇな。意地悪で言ってるわけじゃ無くて、E.T.が回してた頃みたいな明確な決まりが無いってのが理由だ。俺がいて、あとはみんな横一列。そういう体制になってる」
「話し合いってのはその日その時でメンツが変わるって事か」
「そうだ。毎度毎度、纏まりがなくて難儀してる。困った奴らだ」
実際、組織の内情を言いたくなくて隠しているってわけではなさそうだ。
「よくそんなんで纏まってるな」
「だから纏まってねぇって言ってるだろ。かといってガチガチの寄り合いにする気もねぇ。仲間は会社の部下じゃねぇんだからよ。昔からE.T.だって上司紛いの事はやってなかったんだぞ」
「それは知らなかった。プレジデントがいて、直下に他のE.T.のメンツがいて、そらに下にその他大勢っていう構成だと思ってたよ」
大抵の組織はピラミッド型だ。ギャングにはそれが当てはまらず、完全なワントップの独裁体制に見える。
しかし、それすらも否定できる。たとえサーガが何かの決断をしたとしても、他の面々がそれを拒否すれば話は通らないだろう。
頭目がすべてを決めれるわけでもない。極めて不安定な運営方針だ。
だが、それは逆に強みにも成り得る。
一人一人が誰にも支配されない自由な組織。それは大きな信頼が無いと成り立たない。B.K.Bの結束の強さはそこにあるのではないだろうか。
愛する地元と家族、そして文字通り命を預け合える仲間を持つ集団。それが奴らだ。
サーガは纏まってなどないと言っているが、普段はそうやって自由にさせているからこそ、いざというときの連携がうまくできているのだと思う。要は、助け合いだ。サーガの指示が飛んでこなくとも、街を守るため、自主的に全員がどうするべきかを考えて動ける状態にある。
自分第一主義のアメリカ人には少ない思想だ。
……つくづく、犯罪組織でなければ最高なのに、と思わざるを得ないがな。
「クレイ」
「ん? なんだ?」
「今日はホーミーの家にBBQのお呼ばれをしてる。そろそろ向かうが、お前もメシがまだなら来い」
それなら何で帰れって言わねぇんだよ。本当、よくわからねぇ連中だ。




