Study! E.T.
「またまた改まって。面白いことを言い出したね」
「面白いか? 飽くなき探求心って奴さ」
「嬉しくも思うけど、あんまり深くかかわるのを止めたい気持ちもあるんだよ。忘れてない?」
メイソンさんは苦笑を浮かべた。
バイトの空き時間、俺が「他のE.T.達の話を聞かせてくれ」だなんて言い出したらそんな顔にもなるだろう。
ジミーの家族の現在を見た今、俺の興味はそういった人たちに向けられていた。
ある意味、俺と同じ境遇を背負った者たち。そんな人たちはどうやって生きているのか。それに興味を持たないわけがない。
ただ、それを理解するためには、その家族が大事にしていたであろうE.T.の面子の話だって重要だ。今までは耳を塞いで親父の事も大して知らないままだったが、それも少しくらい、知れればいいと思っている。
嘘みたいな話だが、俺は割と本気だ。
「逆になんでそんなことが聞きたいんだってのはあるけどね。それはさておき、E.T.だって11人もいるんだ。誰の事が聞きたいんだ? 全員分いますぐに聞きたいなんてのは無理だぞ。何時間かかると思ってるんだって話になる」
結局、話してはくれるみたいだ。鼻で笑われて終わるようなことにならなくてよかった。
「そうだな……ジミーって人の話は?」
「ジミー? 接点が見えないな。そこで何で彼を選ぶのかがすごく気になるんだけど……」
「理由なんか無いって。ラッパーだったんだろ? 有名人なら話も面白そうだ。それだけだよ」
つい先日、シザースを乗せてサーガのところへ向かった事は、メイソンさんにわざわざ報告していない。黙っているのも気が引けたが、報告したところで別にいい顔もしないだろう。
「そうだねぇ。話が面白いかどうかは別として、人間的にはかなり面白かったのは事実だよ。俺の主観だけど、ジミーはE.T.の中でも一番明るい性格だったんじゃないかな。いっつもみんなを笑わせたりしてた。ムードメーカーって奴だね」
なるほど、明るい奴だったのか。それなら足を洗って音楽の道を進んだのも納得できるな。
「魅力的な人間だったんだな」
「もちろん。おしゃぶり咥えて、派手なアフロ頭でさ。そこに櫛を挿してたよ。映画か何かの影響だろうね。俺はもっぱらスポーツの試合ばっかり観てたから、その辺の事はよく分からないけどさ」
メイソンさんのスポーツ狂は昔からだったのか。この人は休憩時間に高い割合でベースボール、アメリカンフットボール、バスケットボール、アイスホッケーの試合を観てる。ごくまれにサッカーもやってるみたいだが、それすら観てたりするから驚きだ。サッカーなんて南米と欧州くらいしか人気ないのにな。
「ラッパーになったのは、そういった面を見てた仲間からの後押しもあったのか? それとも自発的に?」
「あぁ、後押しと言うか、仲間の死かな。クリックって奴がいたんだけど、もともとラップは彼がいつもやってた。ジミーも面白がって一緒にやったり、Bウォークを踏んだりしてみんなを沸かせてたけどね」
ウォークはダンスにも似た、ギャング独特のステップだ。クリップスのCウォーク、ブラッズのBウォークなんかがある。見た目以上に危険な行為で、敵対勢力のテリトリー内であればそれを見た連中に弾かれてもおかしくはない。
ちなみにB.K.Bのテリトリーであるこの辺りの地域はCウォーク禁止地区に指定されている。そんな事をする阿呆の命を守るためだ。万が一にもCウォークを踏んでいる奴がこの辺りで目撃されれば、たとえクリップスのメンバーでなくともB.K.Bメンバーに殺されてしまうだろう。
「そのクリックが死んだのがジミーがラッパーになったきっかけって事か? 遺志を継いだとか、そんな感じなのかよ」
「そんなところだね。ラジオに出たりイベントに出たり、それなりに上手くいってたと思うよ。結局、足を洗ってた彼も何年か前に殺されちゃったんだけどね」
「現役のままでいればよかった、と思うか?」
言うまでもないが、メンバーだったところで死ぬときは死ぬ。個人的には、ギャングスタを続けるよりラッパーとして食っていく方が良いと思う。
「いや。もしB.K.Bに残ってたら、もっと早く死んでたかもしれない。彼は目立つ人間だったからね。結果として変わらない死が訪れたとしても、やりたいことが出来た分、良かったと思う」
そして、メイソンさんの意見も俺と全く同じものだった。
「……クリックってメンバーの事、聞いてもいいか」
「クリックか。うーん、彼もラップをいつも上機嫌でやってたくらいだから、ムードメーカーだったのはジミーと同じなんだが、彼はいつも葉っぱの吸い過ぎでハイになってたね」
「そりゃぁ……何と言うか、頭がお花畑だったみたいだな」
「気遣ってくれたのか知らないけど、一周回って結局ひどい言い草だよ、それ」
おっと、危ない危ない。瞬間湯沸かし器みたいに即座にブチ切れて沸騰することは無かったが、ムッとしたような反応が返ってきた。
しかし、常日頃からマリファナ吸ってるような奴を容認するのも癪だ。
「良い事じゃないのは事実だからな。ただ、もういない人間のことを批判したのは悪かったよ。他には? どんな人間だったんだ?」
「……ジャックと一番仲が良かったのが彼だね」
「親父と」
「うん。結構な割合で一緒にいたよ。口喧嘩ばっかりしてたけど、何だかんだで気が合ったんだろうね」
……
ふいに、不思議な感覚に襲われた。真っ赤な十字架の前で祈りを捧げる、幼い頃の俺の姿が見えたのだ。
これは……親父の墓、か? 周りに複数の十字架があるが、その一つは確かに親父の墓だ。それだけはハッキリと分かる。だがこれは、いつ、どこでの記憶だ……?
背後にぼんやりと二人の大人の影が見える。その誰かに、ここへ連れてきてもらった記憶、なのだろうか。思い出せない。
そこで頭の中の映像は途切れた。
「親父が死んだときの事、知ってるか」
「ジャックの? 俺はちょうど捕まってたから、彼の最後はよく知らないんだ。今話してたクリックと、スノウマンっていうホーミーも、俺が中にいる間に死んでる」
なるほど。長く捕まってたんだな。少なくとも数年は入っていたんだろう。それとも同日に三人のE.T.がバタバタと死んだのか? しかしこれは彼に聞いたところで答えは出なそうだ。
「そのスノウマンはどんな人物だったんだ」
ちょうど話が出たのでそっちを聞く。
「スノウマンはデカい男だよ。まさに雪男さ。怪力な上に冷徹で容赦のない奴だったけど、仲間への思いは人一倍強かった。よく『季節外れのクリスマスプレゼントだ』とかいってメシを振舞ってくれてね。料理の腕前もピカイチだったんだ。また、アイツの作ったメシを食べたいな……」
それはもう叶わないけどさ、という言葉が尻すぼみに消えていった。おっと、感傷に浸らせちまったか。
「まぁ、なんだ、その、色々大変だったんだな」
「ははは、そろそろ仕事に戻るか」
力のない、寂し気な笑顔を向け、メイソンの兄ちゃんは整備作業に戻っていった。
……
……
「またかい? どうしたんだよ、そんなに勉強熱心になってしまって」
「嬉しさも半分あるだろ? 今日はサム……B.K.Bのプレジデントの話を聞かせてくれよ」
「まったく、もう分からなくなってきたよ」
別の日のバイトの休憩時間。何度目かの俺の質問に、いつもの苦笑で返すメイソンの兄ちゃんがいた。
「えーと、サムはビッグ・クレイの弟だ。兄と変わらず、仲間思いで簡単に命を張れるような男だった。あの兄弟の意志がそっくりそのまま、B.K.Bに根付いてる。薄情者が多いはずの黒人ギャングの世界で、金や名誉よりも仲間と地元を大事に考えるメンバーが多いのは、そのおかげだね」
「そんな道徳観があるのに、なぜ活動はギャングだったんだ?」
「抗争は既に激化してた。綺麗ごとだけじゃこの街は守れなかったよ。他のギャングのテリトリーに組み込まれないためにも、ある程度の力は必要だったと思う」
これも嫌々ながら納得せざるを得ない理由だ。食い物にされ、荒れ果ててしまった街をサーガと一緒に見たせいだ。
少なくとも、俺達の街はそこまで落ちてはいない。ガラの悪い連中が出歩いているのは玉に瑕だが、乞食やヤク中で道端が溢れかえっているという程ではない。
「B.K.Bが無かったらどうなってたと思う?」
「んー、クリップスの奴らのテリトリーにでもなってたんじゃないか? 少なくとも、この街で暮らしてる奴らの扱いはもう少し悪かったと思うよ」
「ハイスクールの学生らは俺と同じようにギャングスタを恐れてる。俺だって長らく知らなかった。その事実が周知されていないのは何故なんだ?」
「わざわざ言いふらすことをしてないからだろ。それにハイスクールには別の地域の人間だって集まって来てるはずだ。ここらの歴史なんて知らなくて当然だし、一般常識として、ギャングが地域住民からは大して危険視されていない事なんて知る由も無いさ」
これまた完全に納得させられてしまう。学内の人間はおおよそバラバラの地域から通学してきているし、そもそも貧困街の出身者は進学してこない。
志を共にするK.B.Kの連中だって大半は例外ではないのだが、それだと家も近いリカルドやグレッグはどうなのだ。彼らの居住区はB.K.Bのテリトリー内にギリギリ含まれているはずだが。
「リカルドなんかがどうして知らないんだって顔してるね」
それを問う前に、メイソンさんからそう言われたので俺は頷く。
「街全体に影響があるとはいえ、B.K.Bの居住区から離れれば離れるだけ影響力が弱まっていくのは仕方のない事だよ。実際、クレイもママと一緒にテリトリー内の外側に引っ越してからB.K.Bの存在意義がよく分からなくなったはずだ」
親父が死に、俺はお袋と今の家、つまりお袋の実家へ越してきている。もしその引っ越しが無かったとすれば、俺は否が応でもギャングと深い付き合いを持って成長したのだろう。
「俺が引っ越していった時の事、メイソンの兄ちゃんは覚えてるか?」
「あぁ。もちろんよく覚えてるよ。俺はギャングスタというよりは、ほとんど車屋だったけどね。残ってたメンバーは賛成してたはずだ。クレイは俺達の中でも特別な存在だったし、安全な場所で生活してくれるんだったらそれに越したことは無い。ただ、もうあまり会えなくなるのかって寂しがってる奴もいたよ」
「ふん。人気者だったみたいで何よりだ」
「むさくるしいアジト内では天使だったからね。まっすぐで、可愛らしい子供だったんだぞ」
こそばゆい。記憶はほとんど残っていないが、アジトにも出入りしてたんだな。肝が据わってるとかそういう話ではなく、幼い俺はそこがどういう場所なのか理解していなかった、という事なのだろう。
「その天使がまさか、B.K.Bに対して強い憎しみを持とうとは、何とも皮肉なもんだな」
「別にいいさ。そのお陰でギャングと距離を取るって結果になれば、だけどね」
つまり、今の俺のようにB.K.Bに対して接触を繰り返しているのを咎めているわけだ。嫌いなら嫌いで、関わるなってのがこの人の考えなのだから。
好いていようが嫌っていようが、結果としてB.K.Bと綿密になるのであればそれは許容できないわけだな。ただ、その割に協力的な部分もあるのは否めないので、嫌われるくらいなら好かれた方がマシだとも同時に考えている。
いくら足を洗っていても、自分の古巣なのだ。そこで未だにサーガのように生きている古い仲間もいる。それを認めて欲しいってのも人情か。
「でも、それは避けられそうにない……な」
「せめて、クレイの目的が真逆だったらもう少し前向きに協力出来るんだけどねぇ。悩ましい事だよ」
「それは悪いとは思ってるよ。でも、俺の中でも考え方が少しづつ変わってきてる事にあんたは気づいてるはずだ」
「まぁね」
畜生め。さては遊んでやがるな。
「だったらもう、腹を割って話そう。俺は今、B.K.Bを認めるべきか否か、本気で悩んでる。よそのギャングはともかく、B.K.Bは当初の俺の思い通り、本当に無くなった方が良いのかどうか分からなくなっちまってるんだ」
「B.K.Bはいなくなるべきじゃない。最初からお前が間違ってた。俺がそう言うのは当然だよね」
腹を割ってという言葉を飲んでくれたのか、メイソンさんの顔はいつものにやけ面ではなくなっていた。




