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B.K.B 4 life 2 ~B-Sidaz Handbook~  作者: 石丸優一
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Study! B.K.B

「どうだ! 俺の自慢の愛車だぜ!」


「何回も聞いてるし、何回も見てるっての。で、何で俺も呼ばれたわけ?」


 メイソンの整備工場。真っ白なリンカーンが運ばれて来て以来、シザースは毎日のようにここへ足を運んでいる。暇なら早く免許を取れよ。

 俺はこの日もバイトで作業中だったが、表に置いてあるシザースの車の前に呼び出されていた。


「あぁ。クレイ、ごめんね。別の作業中に呼び出したりして。ちょっと人手が欲しかったから、三十分だけこっちを手伝ってくれないかな?」


「そりゃ仕事だから手伝うけどよ。このガキの車だって思うと気分は乗らねぇよな」


「なんだと! クレイ、てめぇ!」


「よーし、シザースもそっちを持ってね」


 俺に詰め寄る暇もなく、うまい具合にシザースも作業を手伝わされている。安く済むんなら文句も言えねぇわな。


 車自体は写真とは比べ物にならないほどポンコツだった。外装には傷や凹み、塗装がはがれてくすんでいる箇所も多く、内装はフロアやシートは破れ、メーター回りもボロボロで汚れている。

 エンジンは当然のようにかからず、タイヤは四輪ともパンク。壊れているどころか、足りない部品も多々あるらしく、走り出せるのはいつの話になるやらといった様子だ。

 ここまで違うのだ。あの写真は何年も前に撮影されたものに違いないな。こんな詐欺紛いの真似をするなんて、売ってくれた人間の性格の悪さが見て取るように分かるってもんだ。


 だが、それでもシザースは数日前の愛車の到着を大いに喜んだ。これが俺の相棒かと言って、周りをぐるぐると歩きながら舐めるように観察し、メイソンの兄ちゃんには何度も感謝の言葉を、俺には何度も自慢げな声をかけてきた。


「メイソンさん、走れるのはいつになるんだ!」


「また同じこと訊くのかい? まだまだ直し始めたばかりだから、数か月はかかるよ。気長にやるしかないね。ま、その間にしっかり稼いでおいでよ」


「マジかよー。早く乗りてぇなー。それに最近、カード運が悪いんだよな」


 メイソンの兄ちゃんが言う通り、どう見てもすぐには動かねぇだろ。そして賭け事で稼ごうとするなっての。


「だったら何か商売でも始める事だね。サーガに相談してみなよ」


「はぁ? サーガになんて、車の修理代ごときで相談できるわけねぇよ。忙しい人間なんだからよ」


「別にビビる必要なんかないって。それに、俺だって忙しいっての。サーガに遠慮するくらいならこっちにも気ぃ遣えって話なんだけどね」


……


……


「俺は仕事の斡旋業者じゃねぇんだぞ」


 呆れたようなその声の主は、相変わらずの恐ろしいオーラを纏っている。

 B.K.Bのテリトリー内。サーガが根城としていた教会の中。焼け落ちることなく残っていたそれは、未だにギャングのプレジデントによって自室のような使われ方をしていた。


 それは別にいい。問題なのは、足が無いから乗せて行ってくれとシザースに頼まれた俺までがこの場にいる事だ!

 だいたい、サーガと俺を会わせないだなんて言っていた奴が普通こんなこと頼むか!? 自分の仕事の話になると、そんなことも頭の中からすっ飛んでやがる! 寂しかったのかビビってたのか、何なのかは知らねぇが、ニケツで送ってさっさと帰ろうとした俺を引き留めて、この場にまで引き連れてきてるのもおかしいだろうが!


「えぇっ! メイソンさんがアンタに相談しろって言ったんだぜ!?」


「コリーが? 何を考えてんだ、アイツは」


「そんなの俺に聞かれても知らねぇよ! 彼から車を買ったんだけどさ、ひでぇポンコツで動かねぇんだよ。その修理代を稼ごうと思ってんだ」


 サーガはベンチに深く腰掛けたまま腕を組み、目を閉じてううむ、と唸った。古くからの親友の頼みだ。無下には出来ないのだろう。


「コイツ、頭が悪すぎて博打以外の稼ぎ方を知らねぇんだ。何か、都合してやってくれよ。俺が言うのもおかしい話だけどさ」


「まったくだ。コリーはともかく、リル・クレイまで巻き込んでな。シザース、あんまり周りに甘えてんじゃねぇぞ、てめぇ」


「ふん! それだったら今まで通り、カード運に頼るまでだぜ! 連戦連勝で車を直すしかねぇ」


 開き直るシザースと、やれやれと首を振る俺。サーガは何を考えているのか、それを聞いてもなお、腕組したまま目を閉じている。


 そのまま一分ほど経過し、サーガは目の前にあった葉巻の吸い口をハサミでカットし、反対側にマッチで火を点けた。

 葉巻なんて吸ってる奴、初めて見たぜ。マフィアのボスかっての。ギャングスタなら安物の葉っぱでも吸ってろと言いたいところだが……まぁ、実際に吸われても困るか。


「シザース」


「ん、何だよ?」


「お前は、何ができる? 何が得意だ? どういった仕事がお前に合ってるのか、考えねぇとな」


 何か斡旋する気になったのか、サーガがそう言った。

 しかし、このアホに任せられる仕事なんてあるのだろうか。働いたことなんて一度もないだろうが。


「得意なこと? あーっと……んー……えーと」


「全然出てこねぇじゃねぇか。コイツに仕事なんか出来ねぇんだよ」


 俺が皮肉を言ってからかっていると、シザースはパチン、と両手を打った。


「あっ! そうだ! パソコンとかできるぜ!」


「パソコンだと? ほう、そりゃ大したもんだ」


 確かにシザースはメイソンの兄ちゃんのところで、意外にも何の躊躇もなくパソコンを操作していた。マウスを動かしていただけだが、他にも何かできるのだろうか。


「あぁ! キーボードから文字打ったりも出来るんだぜ! すげぇだろ!」


 高校まで行ってる俺からすれば何の自慢にもならないスキルだが、義務教育すら受けてないギャングの連中からすれば、縁もゆかりもない作業だ。インターネットがやりたければ携帯電話があるので無用だと思われがちだが、パソコンはそれ以外にも様々な事に活用できる。


「でもそれがギャングの仕事に関係あんのか? 映画の世界じゃあるまいし、ハッカーなんて勧めるんじゃねぇだろうな」


「それこそまさかだ、クレイ。パソコン云々は俺達の専門外だぞ。コンピューターの画面なんかマリオブラザーズ以来、二十年近く見てねぇ」


 パソコンとファミコンがごっちゃになってる時点で、このおっさんは本当にコンピューターに弱いんだなと分かる。そこを突っついてやろうかとも思ったが、伝わらないだろうという考えに至ってやめた。


「しかしそうなると結局、仕事の話は進まねぇじゃねぇか。ていうか、そんなにパソコン操作に自信があるんなら普通に就職しろよ、お前」


「はぁ? だったらサーガじゃなくて、お前が斡旋してくれんのか?」


「知らねぇよ。それこそ、インターネットが使えるんなら自分で探せるだろうが」


 昔の時代の求職者はビラやチラシ、企業説明会みたいなものに頼るしかなかったらしいが、今はネット社会だ。ほとんどの求人はインターネットから応募する。


「喜べ。一つ、お前にも出来そうな仕事を思いついたぞ」


 なにやら閃いたサーガが言った。


「おぉ! さすがはボスだぜ! で、俺は何をやればいいんだ!?」


「B.K.Bの全ハスラー、それと一部のウォーリアーもだが、上がりを持ってくる奴らの帳簿付だ。今は俺が計算機とペンでやってるが、パソコン操作出来るんならそっちの方が良い」


 まさか、そんな大仕事をこんな下っ端にやらせようってのか? 数字をちょろまかして金を盗るに違いないぞ。


「それなら簡単だぜ! 名前と金額書くだけだろ!」


「そうだな。仕事は週に一回だ。俺が電話したらここに来い」


「任せとけ! で、パソコンはどこにあるんだ?」


「あ……?」


 シザースの言葉で場が凍り付く。こりゃ、パソコンなんか何処にもねぇんだな。割と高価なものだし、仕事や生活で必要としない人間は持っていないだろう。借りるにしても、ギャングメンバーの中に所有者がいるかどうか怪しいところだ。


「……」


「……ひとまず良かったじゃねぇか。就職おめでとう、シザース」


「……」


 ダメだ。俺の皮肉を込めた冗談も何の意味も成さねぇ。


「サーガ、言っておくが、シザースにパソコン買う金なんてねぇぞ」


「持ってないのか、シザース?」


「あ……うん、俺に用意させるつもりだったのか? メイソンさんに一台くらいボロが余ってないか聞いてみるか」


 結局、頼みの綱はメイソンの兄ちゃんになっちまうんだな。あの人も何から何まで災難なポジションだぜ。


「いや、その必要はねぇ」


 サーガが俺の考えを否定する。


「ん? なんだよ、心当たりがあんのか」


「ちょいと古い伝手がな。テレビやラジオだったら絶対あるんだが、パソコンも運が良ければボロがあるかもしれねぇ。お前らも一緒に来い」


 ギシリと音を立ててサーガが立ち上がり、杖をつきながら教会から出ていった。俺とシザースは目を見合わせてそれに続く。


「乗れ」


 サーガの指差す先はこれまた古いホンダ・アコードだった。何でこんな安物を愛用しているのかと思ったが、どうやらこれは奴の持ち物ってわけでもないらしい。

 近くにいたメンバーに鍵を貸してくれと言って借り受けたので、サーガは決まったアシを持っているわけではなく、その日その時で車の貸し借りをしているようだった。


 運転席にサーガ、助手席にシザース、後部座席に俺が乗り込む。


「で、サーガ。俺達をどこに連れて行こうってんだ?」


「ホーミーの家だ。今はもういねぇが、家族はそのまま住んでるんだよ。ソイツは昔っから家電やら何やら、機械をいじって直すのが好きな奴でな」


 後ろから飛んだ質問にサーガはキーを回しながら答えた。


「今は街を出た、かつての仲間の家、ってことか?」


「半分正解で半分間違いだな」


「なんだよ、勿体ぶったような言い方しないで教えてくれよ!」


 俺に代わって、シザースが言う。


「E.T.のジミーって奴の家だ。奴は最高のホーミーだぜ」


「マジか! ジミー・キングの!? 最高のmcだったよな!」


 俺はギャングスタラップを聞かないせいで疎いが、どうやらB.K.B出身のラッパーがいるらしい。E.T.って事はサーガやメイソンさん、サムや親父とも深い仲って事になるな。


「二人して最高最高って褒めちぎって、そのジミーって人がとにかく最高なのは分かったよ。だが、今はパソコンがあるかどうかだな」


「あったとしても型はかなり古いはずだ。奴は三年前に死んじまったからな」


「……そうだったのか」


 E.T.は、そのほとんどがくたばったとは聞いた。ジミーもその一人なのだろう。

 いや、でも三年前だって? 抗争で死んだにしては最近だな。


「あぁ。奴は既にその何年も前からメンバーじゃなかったんだけどな。だが、ブラッズ出身であることを隠しもせずに堂々と歌ってたから、嫌でも目立ってたんだろう。そんで、ライブ中に客に紛れ込んでた現役のクリップスのメンバー数人から撃たれたんだよ。至近距離から十六発もだ」


「えぐい話だぜ。脱退して音楽やってるんなら堅気じゃねぇか」


「そのはずなんだけどな。だが心配するな。ホーミーを撃った奴らはきちんと殺しておいた」


 そんな心配してねぇっての。


……


 その、ジミーというOGの実家に到着し、その家族らとサーガがにこやかな顔でやり取りしている。やはり地域住民と親交が深い。

 自分の家族を失ったきっかけになったはずのギャングスタ達のボスだぞ? どうしてそんな顔して普通に話ができるのやら……


 上がっていいと言われ、俺達はガラクタがたくさん転がったジミーの作業部屋らしき一室に案内された。

 ワープロとかいう古代の機械の中に紛れて、ラップトップのパソコンが一台だけあるのをシザースが発見する。


「おっ! ウィンドウズのXPだ。かなり新しいじゃねぇか。使えるはずだぜ!」


「OK。ジミー、コイツを借りる。天国から見守っていてくれ、ドッグ」


 そして、帰り際もジミーの家族たちは笑顔で見送ってくれる。


 家族を奪われたのは俺と一緒のはず。なぜ、こんな付き合いができる? 恨みつらみで生きてるのは、俺だけ……なのか?

 他の、散っていったB.K.Bメンバー達の、残された家族の今。俺はそれが気になり始めていた。

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