Work! E.T.
「ほー? 仲良く二人そろってお出ましとは、驚いたねぇ」
「何でちょっと嬉しそうなんだよ。俺がギャングスタとつるんでちゃ良くないってのがアンタの方針だろ」
整備工場に2ケツで現れた俺とシザースを見て、メイソンの兄ちゃんはニヤリと笑って言った。
「そりゃ一番はそうなんだけどね。揉めてるよりはずっとマシさ。ただし、シザースの馬鹿がうつらないように気をつけるんだよ」
「おいおい、聞き捨てならねぇな。馬鹿はクレイの方だぜ! まったく、勘弁してくれよ!」
「はいはい、どっちもどっちだって事にしておくよ」
さすがのシザースも、最古参のオリジナル・ギャングスタであるメイソンには強く逆らえない。俺だってそうだが、逆らおうものなら鼻歌混じりに軽くひねられて終わりだ。
「納得いかねぇが、まぁいいさ。何せ、俺様は機嫌が良いんだからな」
「車だったね。現物は無いんだが、写真を預かってる。何台か候補があるから、選んでくれて良いよ。こっちだ」
工場に併設されているプレハブ小屋。事務所だ。俺とシザースはそこへ向かうメイソンについて行く。
「座ってくれ」
中は応接用のぼろい二人掛けソファとテーブル。卓上にはラップトップの薄型パソコンが開かれていた。俺はバイト中は工場の方にいる事が多いので、あまりここに出入りすることは無い。
「何を頼んだんだ、無免許野郎?」
「うっせー、免許はもうすぐちゃんと取るんだよ。もちろん、ローライダーのベースになる車両だぜ!」
ローライダーは昔からギャングスタ連中に絶大な人気を誇る改造車だ。黒人、メキシカン問わず乗ってる奴は多い。そのベースとなるとシボレーのインパラやカプリス、モンテカルロ。他にはキャデラックなんかもあるな。
「それで、どれにする?」
メイソンがパソコンの画面をこちらに向けると、いくつかの車両の写真が表示されていた。どれもクラシックと言えば聞こえはいいが、正直なところスクラップとしか思えないポンコツの旧車ばかりだ。
「うげぇ、ひでぇな。動くのかよ?」
「さぁ? 廃車寸前のブツばっかりだし、引っ張って来てみないと分からないね」
「安く買えても、結局修理で高くつくんじゃないのか?」
ゴムで束ねた20ドル札をテーブルに置くシザース。数えはしないが、これで500ドルなのだろう。
「当然だろ。安くはしてやるけど、車両代だけじゃ厳しいだろうね。でも、どちらにしろローライダーに改造するんだろ? 改造のついでに時間をかけて修理を進行していけばいいじゃないか。支払いも都度でいい。走らせるのは全部終わってからだ。その頃には免許も取れてるだろうしね」
「そりゃ名案だな、メイソンの兄ちゃん。ていうか、無免許のガキに車なんか売るなって話だろ」
「だから免許は取るって言ってんだろうがよぉ」
そう言いながら、シザースはマウスを操作して車の画像を次から次へと見比べている。学校も行ってないくせに、少しくらいならパソコンは使えるんだな。
「これは、他のよりキレイじゃね?」
「どれどれ、見せてくれ」
目ぼしい車両を見つけたシザースが、対面側にいるメイソンに画面を見せるためにパソコンをテーブル上で180度回転させた。
「70年代のリンカーンか。ローライダーにするにはインパラなんかと比べると不人気車種だけど、他と被らないし悪くないんじゃないか?」
「500ドルだからな! 絶対だぞ!」
「はいはい、車両はそれでいいよ。でも、快適に乗りたいんなら修理代もしっかり稼ぐ事だね」
どうやらリンカーンの古い型で決まりのようだ。俺も写真を覗いてみたが、確かにシザースの言う通り、他の物よりは多少なりともキレイに見える。
しかし、何十年も昔の車なのに変わりはない。見た目だけはキレイだとしても、たった500ドルで手に入る車がまともに走るわけがないだろう。メイソンの助言は当たっているに違いない。
「いつ来るんだ!?」
「落ち着いて。後日、持ち主に電話して俺が直接レッカー車で取りに行くから、数日後にまた来てくれよ」
誰の目から見てもワクワクしているのがバレバレだ。車が来てもすぐには走れないって話、もう忘れちまったのかコイツは?
まぁ、たとえ動かないとしても、とにかく新しい相棒を早く見たいってだけなら頷けるけどな。
「数日後? すぐに取りに行こうぜ!」
「無理だって。俺も他の仕事があるんだから。それによく見てみなよ、この車があるのはオレゴンだよ。今日中に引っ張ってこれるわけないだろ。行くのは他の出先の用事とまとめて、一緒にこなせる時になるさ」
オレゴンはカリフォルニアの北に位置する州だ。いくら隣とはいえ、往復で一日以上はかかる大仕事だ。その間、この工場を留守にするわけだから、途中で寄れる別の運搬や引き取りの仕事もまとめてやってしまうのだろう。
「マジかよー。あっちの奴から送ってもらうってのは?」
「お前が運賃を出すんなら手配してあげるよ。倍以上になるけどね」
「それは無理だ……!」
なるほど、格安なのはメイソンが自分で引き取りに行くからか。しかしそれでもガソリン代はかなりのものになるはず。車両価格を差し引いても少しばかり赤字に違いない。
「シザース、あんまりメイソンの兄ちゃんを困らせるんじゃねぇよ。たったの500ドルでわざわざオレゴンから車を持ってくるだけでも大損だぜ」
「損なもんかよ。燃料くらいなもんだろ」
「そのリンカーンを持ち主からタダで引き取るならな。いちいちこんなこと言わせんなよ」
「あー? 意味わかんねぇ。スクラップなんだからタダだろ」
もちろんそんなわけはない。単なる鉄くずだって買い取ってもらえるのだから、車の形をしている分、もっと価値はある。
「なんだ、二人とも。仕入れ値が知りたいのかい? シザースから受け取る金よりは高いとだけ教えておくよ」
「完全に損してるじゃねぇか! もうちょっと、このアホから取れよ!」
「誰がアホだ、こら!」
「いいのいいの。整備や修理でウチを利用してくれればいいからさ。ただし、安く流してやったことは他人には内緒にしてくれよ」
そうは言っても、修理だってほとんど利益を取らないつもりなんだろう。客が多いのにいつまでも工場は大きくならないし、メイソン個人の暮らしぶりも裕福とまでは言えない。本人があまり商売に興味無いんだろうが、本当に損な性格をしてるな。
そんな彼からバイクを、バイト代数日分をタダ働きするだけという、これまた大出血サービスで買い取った俺が言うのもなんだが。
「しっかし懐かしい車だな。昔これと似てる型の新車を盗んだことがあるんだよ」
「マジか! 当時なら一気にハイローラーだったろ!」
「まぁね」
シザースが言うハイローラーとは金や女に不自由しない、大金持ちの事だ。たしかに、リンカーンの新車なら大層な金額になるだろう。というかまず第一に、人の物を盗むんじゃねぇっての。
「昔の悪さ自慢なんか聞いてどうすんだよ、シザース」
「何をつまらねぇこと言ってんだ、クレイ! メイソンさん、他にはどんな高級車を盗んだんだ!? 聞かせてくれよ!」
犯罪の話だなんて、目を輝かせて聞くような話じゃねぇだろうが。このガキはつくづく馬鹿な生き物なんだなと思う。
「なんでも盗んだけど……価値で言えばメルセデスやマセラティとかが高かったんじゃないかな。あぁ、ポルシェも何回か盗ったかも。あれ、ランボルギーニもだっけ。そっちの方が高いよな? もう、多すぎて何を盗んだか忘れちゃったよ」
「とんでもねぇ大泥棒だったんだな」
「すげぇ! 金持ちから車を奪って、その金を仲間に分け与えるんだろ!? かっけぇ!」
はしゃぎやがって。絶対に真似なんかするなよ、と願うばかりだ。
「そういう時代だったんだよ。今は同じことやろうだなんて考えない事だ。昔と違って高級住宅街の連中は防犯カメラをばっちり準備してるし、車両自体にもアラームやレコーダーがついてる事も多いからね。車ドロなんてすぐにお縄だよ」
「やるなら、そういった物を準備してない一般層や貧困層を狙えってか?」
「いや、やるなってば。確かに裕福じゃない人の車を奪うのは簡単だよ。でもそれで誰が助かるっていうんだい」
クラウンヴィクトリアは適当なところで盗んできたものだったんだろうな。なにせ、シザースが盗めたくらいだ。
「ギャングスタには厳しい時代だぜ……」
「それは貧乏人ならみんな一緒さ。世の中が便利になればなるほど、富裕層と貧困層の生活の格差は拡大していってしまう。でも、貧乏だって悪くないよ。地域との繋がり、人との繋がり。支え合う必要がある分、そういった大事なものを持ち合わせてるのは間違いないんだから。この街に生まれた誇りを忘れないようにね」
金持ちが人との繋がりを大事にしないと思うわけじゃ無いが、メイソンの言葉にも一理ある。貧しい人々にとって、近くにいる誰かとの繋がりは命綱だ。一人一人が個人でやっていけるほど強くもないし、助け合わなければ乗り越えられないこともままある。
「おうよ! 俺はこの街に生まれたことをそこまで恨んじゃいないぜ! いい家に生まれてればなって憧れが無いと言えば嘘になるけどよ。ギャングスタなんか、なりたくてなったわけでもねぇし。でもこのクソみたいな街にだって、命預け合って、笑い合えるホーミーがいるんだからな」
なりたくてなったわけじゃない、か……そういえば、ベンも似たような事を言っていた気がする。いや、サーガだったか?
どっちでもいいが、ワンクスタみたいに粋がってるのと、その道を選ぶしかなかったギャングスタとでは、そこで信念の強さに差が生まれるわけだ。ふん、ご苦労な事だぜ。
「ワンクスタをやってるお前のダチも、その笑い合えるホーミーって奴に含まれんのか?」
「そりゃ当然だろ。ギャングやってるかどうかは関係ねぇよ。それぞれが選んだ生き方をやればいい。選べない奴は俺みたいにギャングスタになればいい」
「良くわからねぇな……」
選べる奴と選べない奴か。同じ街に生まれて、どこでその境遇が割れる? 貧富だけか?
「クレイ。ギャングをやる人間ってのはね、心の底から馬鹿なんだよ」
「は?」
シザースの言葉もだが、横からそう言ったメイソンの言葉の真意が汲み取れない。
「当然、貧富の差が大きくかかわってるのは間違いない。多少なりとも生活できる家庭で育てば、ギャングスタにはならないだろう。でも、悪事に手を染めるしかないほどに困窮してる生まれの奴だって、何かの才能や知恵があればのし上がれる。それも持たず、ただただ貧乏な家庭に生まれた凡人。それでも地元を裏切らず、仲間を裏切らず……そんなお人好しで、薄情にも慣れない馬鹿な奴はギャングスタになるしかないのさ」
「お人好し? 冗談だろう? まさかギャングスタなんかやる奴が」
「犯罪行為だけ見ればそうなるよね。でも、ここ最近で色んなギャングスタに触れてきたことで、本当はクレイにだって分かってるんじゃないか? B.K.Bのギャングスタってのは、冷徹な殺人鬼や大怪盗なんかじゃないんだ。その殺しは地元を守るためであったり、その盗みは仲間に施すためであったり……」
否定はできないから悔しいところだ。確かに奴らは犯罪者だ。犯罪者なんだが……その心の内に秘めているものを、俺は全否定できない。
そして、それはクリップスの人間にも当てはまった。カールだ。奴もまた、心根ではまともな人間だったのだ。
「全部が全部そうだとは言い切れないかもしれないさ。我が身の空腹に耐えかねて、小遣いにもならない額を奪おうと人を刺すこともあるだろう。盗みだってするさ。それでも、B.K.Bはこの街に必要なんだよ。お前がどう思っていようとね」
「……他のギャングセットについてはどう思ってるんだ?」
「それもまた必要だ」
メイソンはきっぱりと言い切った。
シザースは理解できないようで、「は?」と返している。敵のギャングセットが必要なわけがないといったところだろう。
「ただし、それを必要としているのはこの街の住民じゃない。B.K.Bでもない。そのセットが存在している街の住民だ。それだってお前はもう分かってるはずだ」
「チッ……俺の何を知ってて、そんな風に決めつけるんだよ」
「お前はもう、B.K.Bを潰してやろうなんて気持ち、消えてしまってるよね?」
違う!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
しかし、たったそれだけの言葉が、どうしても出なかった。




