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B.K.B 4 life 2 ~B-Sidaz Handbook~  作者: 石丸優一
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Meet! B.K.B

「急に呼び出されたかと思ったら、クレイも一緒かよ、ホーミー」


 サーガはメイソンの呼び出しに、何の躊躇もなく応えた。

 およそ一時間後には、こうしてファミレスのテーブルを挟んでメニュー表を眺めているのだ。加えて奴はボスだというのに、護衛のようなメンバーも連れずに一人で現れたのだから驚きだった。

 だが、普通に考えれば幼馴染からの飯の誘いに護衛を同伴させるのも変か。


「クレイが腹減ったってうるさくてね。俺だって大してお金が無いから、財布代わりにお前も道連れにしようと思ったんだ。クレイと二人きりだと破産しちゃうよ」


「はぁ? 俺はそんな事……っ!」


「いいからいいから! ガイは金持ちだぞー。少なくとも俺よりは」


「はっはっは! ニガー、呼び出しといて金づるとは容赦ないぜ!」


 俺は驚きすぎて息を吞んだ。

 サーガが、腹を抱えて笑っている……? こんな表情も見せるんだな……


「おーい、ビールを二本頼む! それとジュースを一本!」


 上機嫌でサーガが先にドリンクのみを注文した。

 アンタもメイソンの兄ちゃんもこの後、運転するんじゃねぇのか。俺用にジュースを頼む理性があるくせに、自分たちの飲酒運転はガン無視かよ。


「おっ、さすが気前がいいねぇ。クレイ、このことはみんなには内緒だよ」


「別にサツにチクりはしねぇけど、もう少し考えろよな。二人ともいい大人だろうが」


「一本くらいでカリフォルニアが定めてるアルコール基準値を越えたりはしねぇさ」


 確かに飲酒運転についてはガチガチに厳しいわけじゃないが、良識をわきまえろっての。どうせ二本、三本と飲み進めるつもりだろうが。


「はい、お待たせしました」


 ウェイターが持ってきた瓶が置かれると、二人の悪いおっさんは秒速でそれに口をつけた。

 俺もオレンジジュースの瓶を手にしながら、テーブル上のメニュー表を物色する。


「あれ? クレイじゃないか? それにメイソンさんも」


 落としていた視線を上げると、グレッグが席の近くに立っていた。偶然にも家族と食事するためにこの店に来たようで、両親らの姿もある。

 メイソンはともかく、バンダナやワークシャツでめかしこんでいるサーガはどう見てもギャングスタだ。グレッグの家族がたまげてしまうのではないかと、ヒヤリとした。


 しかし、グレッグの父親が「知り合いかい。先に席に行ってるよ」と言った。幸運にもサーガの正体には気づかなかったのか、特に気にする様子もなく離れていく。


「よう、偶然だな」


「やぁ、グレッグ。明日はシフト入ってるから頼むね」


 俺とメイソンが返し、サーガはチラリとグレッグを一瞥してビールをあおった。


「っ……!」


 サーガの何気ない動作。実際のところ、奴は別に何も意識しちゃいないだろう。

 しかし、それはグレッグにとっても同じとは限らない。サーガの一挙手一投足に目を奪われ、全身が固まり、顔の表情も見る見るうちに強張って緊張状態に移る。

 グレッグはギャングスタとの関わりが薄い。そこにいきなりB.K.Bのドンのお出ましとなれば、その衝撃は想像を絶するものだろう。


「あぁ、そっちは俺の知り合いだよ。ぶっきらぼうな奴だから、挨拶なしでも気にしないでくれ」


「この人、B.K.B……だよな?」


「さぁな。別に俺が何だろうといいだろう」


 メイソンからの説明、グレッグの疑問、サーガのごまかすような回答と続く。


「グレッグ」


「……あ、あぁ。なんだよ、クレイ」


 サーガを指差す。


「……こいつがサーガだ。B.K.Bのプレジデントだよ」


 呼吸すらも難しそうなグレッグに、俺がトドメをさした。いつまでもモヤモヤさせておくよりマシだと思ったからだ。


「う、嘘だろ……っ! 彼が、サーガ……!?」


 そして、予想通りの反応を見せるグレッグ。


「だから、俺が何なのかは気にするなっての。コリーとクレイへの挨拶ならもう済んだだろ? 早く家族のとこに行けよ、ボウズ」


「あ……あぁ……分かった」


 肯定も否定もしないサーガの言葉。弱々しい足取りで家族が座るテーブルへと向かうグレッグ。腰が抜けなかっただけでも大したものだ。

 隠すのもどうかと思って真実を話してやったが、かなりの衝撃だったのは一目瞭然だ。

 俺だってサーガに初めて会った時はデカい恐怖を感じた。それに比べれば俺やメイソンの兄ちゃんもいるし、状況はいくらかマシなのかもしれないが、この不意打ちは効いただろう。後で電話かメールでも入れといてやるとするか。


「何をふらついてんだ、アイツは……?」


「ギャングに対する普通の反応はあんなもんだっての。自覚ねぇのかよ」


 とぼけた事を言いながらビールを飲むサーガにそう言って諭そうとしてみるも、これは無駄な努力となりそうだ。

 メイソンの方もギャングとは慣れ親しんでいるので、一般人が感じる恐怖など理解不能だろう。


「おーい、クレイ、食べ物は何にする?」


 ほら、この調子だ。暢気にメニューを選んでやがる。


「俺はデカいピザがいいな。シェアしようぜ、ニガー」


「いいね! それじゃ、俺はチキンとポテトの盛り合わせにするよ。これも取り分けよう」


「あぁ、任せる。ビールも追加な。ほら、クレイ、早く決めろよ」


「うるせぇな、アンタら二人とも飲酒運転で捕まっちまえ」


……


 俺達よりも先に食事を終えたグレッグと、その家族に軽く手を挙げて挨拶をする。

 こっちのテーブルには二人の酔っぱらいが同席しているのだ。食事をしに来た彼らよりも長くなって当然だろう。


 俺自身も、食べ終えたステーキの皿を目の前にして既に三十分以上が経過していた。タダで食わせてもらってるんだから今のところ待ってはいるが、そろそろお開きにして欲しいところだ。


「ウチの若いのにマーシャルってのがいるんだがよ、ソイツがこの前……」


「えぇっ、本当かい!? それは大変だったね。そういえば……」


「ほう、そうだったのか。まだまだ手のかかる連中も多いからな。それで……」


 俺の思考は二人のつまらない会話から外れて、完全にうわの空だ。


「クレイ、サーガから訊きたいことがあったんじゃなかったっけ?」


「あ、何だって? 急に振るなよ」


 訊きたいこと? あぁ、そうか。さっきメイソンの兄ちゃんにした質問をサーガにも出来るって事か。


「何だ、クレイ? 俺に質問とは意外だな」


 サーガがビール瓶を置き、巨体をこっちに向ける。


「あー……ギャングスタの内心の話だ。親父や、アンタらは何のために身体張ってんだろうって気になってな」


「ほう」


 この言葉だけでサーガは一瞬で俺の質問の真意を見抜いたらしい。なぜそんな事を訊くのかも含めて、全部透けてるんだろうな。ムカつくぜ。


「そうだな、例えば誰かを守るために俺達は自分が死ぬことを選ぶ。悪党がそんなことをする、その理由が理解できないってんだろ」


 ほらな。クソッたれ。


 サーガが言ってるのは間違いなく俺が間近で体験した、ベンの死だ。

 ただ、メイソンの兄ちゃんにチクるつもりは無いようで、そのこと自体を明言することは避けてくれている。


「実際、ギャングスタを含めて悪い連中ってのは裏切り裏切られ、仲間を売って私腹を肥やすってイメージが強いからな。無理もねぇさ。俺達は割と、その辺に関しては珍しい思考を持った集団だと思ってる」


「B.K.Bだけが特別なのか?」


「そうとも言えねぇな。例えば、チカーノの連中は俺達に近い考えを持ってる。稼ぎや自分の保身は二の次で、仲間や家族こそが第一だ。俺達のフッドを含むイーストロサンゼルスはメキシコ移民が多いエリアだ。奴らを目にすることも多いだろう?」


 それに影響を受けているってのか? いや、違うはずだ。


「ただ、B.K.Bにこの考えが浸透してるのはそのせいじゃねぇ。理由は、OG-B……サムだ」


「サムか……最初のリーダーだな」


「あぁ。今も昔も、B.K.Bには奴の考え方が深く根付いてる。それを後押ししてきたのは俺達、最古参のE.T.だがな。大いに共感できる考え方だ。これからもずっと、俺はこのやり方でギャングスタとして生きていくつもりだ。他所からは生ぬるいと笑われたとしてもな」


 サム。奴の事は俺の記憶にも残っている。ガキの頃、よく遊んでもらった。確かに周りを大切にする優男だったな。


「サムはもちろんだけど、B.K.B立ち上げの理由が不憫な最期を遂げたビッグ・クレイの為だからねぇ。彼は俺達を白人の迫害から遠ざけるために自分が犠牲になることを選んだんだ」


 メイソンがそう付け加える。


「おい、ニガー。不憫とは何だ。ビッグ・クレイは自らの意志で自分が犠牲になることを選んだんだ。勇気ある死、誇り高き死だ」


「その意見に異論はないさ。ただ、彼だって死を望んだわけじゃないだろ? 結果としては逝ってしまったけど、決して死にたかったわけじゃなく、俺達を守りたい一心だったはずだ」


 何やらビッグ・クレイに対しての意見が食い違ってしまっているようだが、二人とも大きなリスペクトを抱いている事は共通している。


「たとえそうだとしても、彼の死は誇るべきだ」


「待ちなよ、ドッグ。それだとビッグ・クレイが死んだことを望んでいたように聞こえる。それは間違ってる!」


「そんなことは思ってねぇよ!」


 言い合いが熱くなりそうだったので、俺が間に入る。これだから酔っ払いはめんどくせぇ。


「おい、二人ともうるせぇよ。盛り上がりすぎだ」


「ほらほら、ガキに言われてるぞ、ガイ。恥ずかしくないのか?」


「お前が言われてるんだよ、マザーファッカーめ」


「二人ともだっての、これじゃどっちがガキだかわからねぇぞ。店側にギャングが店内で言い合ってるって通報されても知らねぇからな」


 メイソンが肩をすくめ、舌打ちをしてサーガが下がる。


「話が少々ずれたな。つまりビッグ・クレイとその意志を継いだ弟のサム。その二人が最も大事にしたのが仲間と地元だった。B.K.Bはしっかりと地域に根付いていたから、そこに住んでいる連中全てがいずれかの仲間の家族や知り合いだ。それが誰であろうと身体張って守るのは当然だと思ってるんだよ。今は俺が先頭に立って、新入り共にもそれを伝えてる」


 俺がベンに守られたのはそういう理由か。厳密に言えば俺は地域住民ではないが、B.K.Bメンバーの中にはそういう行動が染みついちまってるんだな。


「完全とは言わないが、ある程度は理解できた気がする……かもな」


「そりゃ何よりだ」


「理解できたんだったら、少しは俺やサーガ、ジャックの事も、悪く思わないようになれたかい?」


 メイソンやサーガみたいな生きてる人間はともかく、死んだ親父の事はこれだけでは判断できないが……それでも、確かに俺は少し気が軽くなったのを感じていた。

 親父も仲間や街のために散っていったと思い込めば……救われる。


「そう……だな。心意気みたいなもんは認めてやってもいい。普段やってる事は犯罪だからクソだと思うけどな」


「手厳しいけど、ひとまずそれでよしとしよう」


「別に俺らはヒーローだと思われなくてもいいんだよ。俺達が何を守っているのか、分かる奴には分かるし、分からない奴にはそのままでいてもらって構わない。お前は今、少しだけ分かった。それだけだ」


 悪の権化がヒーローだなんて思われるわけないだろう。俺が幼子だったら、悪役を押し付けてヒーローごっこを演じてやるところだ。


 だが、俺はもっとサーガの事を、B.K.Bの事を知りたいと思い始めていた。


 否定的な気持ちからの探求心であるとも取れる。潰してしまう前に、深く理解し、そしてやはり消すべきだという絶対的な確信を持ちたいという欲求。

 それと同時に、良い部分もあると認められたのならば他にもそういった一面を見つけたいという新たな欲求。


 その両方から、やはり俺はB.K.Bのテリトリーに潜入することを継続しなければならないという確信を強くした。


 危険は承知の上だ。しかしまた……グレッグやリカルドに叱られちまうな。

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