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B.K.B 4 life 2 ~B-Sidaz Handbook~  作者: 石丸優一
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Return! K.B.K

「よう、クレイ。今日のワンクスタ狩りだがよ」


「……あぁ? ワンクスタ?」


 学内でリカルドに呼び止められたが、どこか様子のおかしい俺に奴はすぐ気が付く。完全復活したK.B.Kの勢いは飛ぶ鳥を落とす勢いだ。しかし、ワンクスタ狩りがどうのこうだなんて、今の俺には気が乗らない。気が乗らないどころか、どうでもいい。

 しかしまぁ、ここまで呆けてたんじゃ、相手が阿呆のリカルドじゃなくとも、誰にだって訝しがられるよな。


「なんだ、お前? 何かあったのかよ?」


「B.K.Bと、ちょっとな」


「また奴らのアジトまで行ったのか!? 命がいくつあっても足りねぇぞ!」


 命……か。


「実際、命の灯が消えるところも見てきたよ。お前、ベンってギャングスタ覚えてるか?」


「あん? あぁ、覚えてるぜ」


「奴が、俺を銃弾から守って目の前で死んだ」


 一瞬、理解できないリカルドは固まり、直後にガバッと俺の肩を掴んだ。


「し、死んだ!? なんだよ、それ! ていうか、銃弾が飛び交うような場所に行ったのか、お前!?」


「チッ、触んなよ!」


「答えろよ、クレイ!」


 いや、驚くのは当然なんだが、さすがにうるせぇな! それと俺の身体をガクガク揺らすな、うぜぇ!


「おい、放せって言ってんだろうが、クソッたれ!」


「答えろってんだよ! お前、一体何やってんだ! てか、ベンが死ぬとかどうなってんだよ、それ!」


 リカルドの方も俺の抵抗を無視して、簡単には手を放そうとしない。


「ちゃんと話してやるから落ち着け!」


「本当だな!? グレッグも呼ぶぞ!」


「何でだよ!」


 俺は半ば強制的に食堂へ連行され、グレッグはもちろん、ほとんどのK.B.Kメンバーをリカルドが電話で招集した。


……


「馬鹿野郎! なんでそんな危ない橋を渡るんだ!」


 グレッグの怒号に、食堂にいた他の学生の視線も集まる。そんなことはお構いなしにグレッグは顔を真っ赤にして続ける。


「一歩間違えばお前だって死んでたんだぞ! 普段から潜入してるせいで平和ボケしてるのかもしれないが、抗争時に近づく奴があるか!」


「んなこた分かってる! でもチャンスだって思う気持ちも分かるだろ!」


「命以上に大事なものなんてあるか! まだ続ける気ならメイソンさんに言うからな!」


 またかよ。ここでもメイソンの兄ちゃんが俺のお袋扱いだ。しかし、ばらされるとマズいから言い返せない。四六時中、俺に監視がつけられてもおかしくはないだろう。顔の広いメイソンならばやりかねない。


「チッ……どいつもこいつもメイソン、メイソンってよ……」


 俺がぶつぶつと文句を垂れながらも大人しくなったのを見て、ヒートアップしていたグレッグも落ち着きを取り戻し始める。


「とにかく、全部が全部をダメだなんて言ってないんだから少し考えなおしてくれ。他のセットと抗争があってる時には近づくな。やむを得ず巻き込まれたとしてもすぐにそこから離脱するんだ。警察沙汰もだぞ。万が一にも誤認逮捕されてみろよ。いずれ使うつもりで集めてる、お前の証拠写真なんかの信憑性が薄れても困るだろ」


「ふん……」


 予想してはいたが、真面目なグレッグからはここから数分間、クドクドと説教をされてしまった。めんどくせぇ……


「こりゃ、メイソンさんの名前が効果覿面だな。やっぱり、あの人には頭が上がらねぇもんな」


「うるせーよ、リカルド」


「しかし、あの凶悪なギャングスタが、お前の身を守って死んだってのが信じられないぜ。何をトチ狂ったんだ?」


 リカルドの言葉にK.B.Kメンバー達も大勢が頷いていた。

 俺達の共通認識は、ワンクスタは排除の対象、ギャングスタは悪の象徴だ。そのギャングスタが、一般人である俺の身体を銃弾から守るなんて信じられなくて当然だ。


「俺自身もそこに困惑してんだよ。別にあんな奴がくたばろうが俺の知ったことじゃない。でも、感謝しないわけにもいかねぇだろ……死んでまで、俺を逃がしたんだぜ」


 感謝……感謝か。そんな簡単な言葉で片づけていいものなのか? だが、相手はギャングスタだ。俺個人ではなく、色んな所からは感謝されるより恨まれるような事ばかりしてきているはず。それが俺の頭をモヤモヤさせて気持ちが悪くなる。

 素直にありがとうと言えない。だが、ざまあみろとも思えない。ベンだけじゃなく、その敵方だった、クリップスのカールって男にもだ。悪人とは思えない、気遣いの言葉を残して立ち去った。奴も多分、死んだんだろう……


「抗争自体はどうなったんだ? B.K.Bが敵を追い出したのか?」


 メンバーの一人が訊いた。


「今のところはそうだな。俺が帰るころには騒ぎは収まってた」


「とりあえず一安心と言えるってことか」


「……俺はもう何が何だか分からねぇんだ。実際、奴らは凶悪だ。どうしようもない犯罪者集団だ。でも、奴らは外敵から街を守るために必死で戦っていた。俺を守ったベンもそうだ。文字通り、命張ってまでみんなを守ろうとしてたんだよ。アイツらは一体何なんだ」


 とうとうとそんなことを話す俺に、みんなは心境が大きく変わっていっている事を理解してくれたみたいだ。


「そりゃそうだ。長らく付き合っていけばどんな悪者にだって良いところは見えてくる。俺達はまだギャングスタは恐ろしいものだとしか思えないが、命を救われたんならそう思っても仕方ない事だろうさ。今さら何言ってんだ、なんて責めはしない」


 グレッグが俺の肩を叩いてそう返してくる。


「ギャングスタは好きにはなれねぇし、怖い連中だってのは分かってるけど……クレイがどう思ってようと、とりあえずはどうでも良いんじゃねぇの? だって、俺達K.B.Kは最初からワンクスタをとっちめるチームなんだろ?」


 これはリカルドだ。俺を元気づけようとしてくれているのか、ぶっきらぼうで下手クソだが、コイツなりに気を遣ったセリフなんだろう。


「そうだな。今のクレイの話を聞いてると、ギャングスタは悪い中にも志みたいなものがあるのかもしれない。もちろん褒められた連中じゃないけどな。対してワンクスタは、それに乗じて悪戯をしてるだけの小悪党だ」


「クレイ個人の最終目標はギャングスタを追っ払うことかもしれないけどよ、今はワンクスタだろ。K.B.Kを、B.K.Bに次ぐくらい強いチームにするのさ。最初っからギャングスタの事で悩むんじゃなくて、その時になって考えようぜ。俺は多分B.K.Bとぶつかるなんて話になり始めたら抜けるけどな!」


 そうだよな。以前、グレッグと話したじゃないか。K.B.Kがワンクスタの抑止力として強い勢力を持てるようになった時。いよいよB.K.Bにどんな判断を下すのか。その時の俺の気持ち次第になっちまうが。今は……それでいいのかもしれない。


……


……


 数日後。バイト先であるメイソンの兄ちゃんの整備工場。

 リカルドもグレッグも休みで、たまたま俺だけが仕事に入っていた。最近は俺達全員が多少なりとも作業に慣れてきたせいか、三人同時に仕事が入ることは少ない。多くても二人だったり、今日みたいにバイトの誰か一人とメイソンの兄ちゃんだけって事も増えてきた。


「クレイ。この間、B.K.Bが派手にやったのは知ってるかい?」


「この間?」


「あぁ。クリップスがちょっかいかけてきたんだってよ。死人も出てるって、ガイが嘆いてたよ。お前は絶対に近づくんじゃないぞ」


 一瞬、サーガが俺の行動をチクりやがったのかと思ったが、どうやらその線は薄そうだ。


「誰か死んだのか」


「あぁ」


「メイソンの兄ちゃんは初期のB.K.Bメンバーだったんだよな。ちょっと聞いていいか?」


「何だい、あらたまって」


 ニコリと柔らかく笑ってメイソンが返してくれた。こんな表情をされるとOGだっただなんて嘘にしか聞こえないな。


「B.K.Bにいたころの気持ちが知りたくて……な。何のために危ない場所で体張ってたんだ? アンタだけじゃなく、サーガや……その……俺の親父とかさ」


 ポン、と頭の上に手を乗せられた。身体は小柄なのに、逞しく、堅く、少しだけ温かい手だ。これまで散々に汚いことをやってきたであろうそれは、今は犯罪ではなくエンジンオイルで汚れている。


「ようやくそんなこと考えるようになったか」


「な、何だよ! 髪がべたつくだろ!」


「おっと、これはすまん」


 俺がメイソンの手を払うと、彼は両手を上げて降参するように謝罪した。


「ようやくジャックの気持ちを少しは理解しようって気になったんだろ? 嬉しくなって当然さ。奴とは親友だったからね。いや、それ以上に家族だったと言ってもいい」


「誰が親父の事なんか……」


「安心しな、照れくさいだろうから追及はしないよ。えーと、何のために体張ってたか……だったね。一言でいうなら地元、フッドのため、だろうなぁ」


 フッドはネイバーフッドの事だ。やっぱり現役の人間たちと同じ答えが返ってきたか。


「この街の貧困は昔からのものだけど、B.K.Bが立ち上がってからは薬物中毒者が減少傾向にある。知ってたかい?」


「いや、初耳だ」


「他所からハスラーが入ってこれなくなったからね。それを管理してたのがウィザードって奴なんだけど、今はガイが引き継いでると思う」


「そうは言ってもギャングはクスリを売りつける側だろう?」


 B.K.Bもコカイン、ヘロインみたいな高級品を取り扱ってるはずだ。


「まぁね。ただし、そのほとんどはマリファナさ。街に入ってくるドラッグをB.K.Bが販売、管理することによって重篤な麻薬中毒者を減らす動きが出来てる。あー、減らすというよりは増やさないって感じかな。遠くで買う人間だっているし、完全には防げないけど、かなりの効果があるよ」


「微毒を以て猛毒を制すって事か……」


「そういう事。確かに通りは散らかってて、住民はみんな気が荒くて、褒められたような街じゃないけどさ、道端で気が狂ってる奴なんて滅多に見かけないんだ。たまに見るのは酔っ払いくらいじゃないかな? それが俺達の地元のちょっとした自慢なんだ」


 確かに奴らのテリトリーにそんな人間はいなかった。B.K.Bの行っているクスリの管理は嘘ではないようだ。

 警察などでは扱えない部分で地元を守っているのか。とはいえ、結局クスリを流してるのは犯罪なんだが……


「メイソンの兄ちゃんはギャングだった頃の自分を振り返ってどう思う?」


「どう思うってのは? 反省や後悔の言葉が聞きたいんならたくさんあるよ。ただし、そのどれもが自分のちょっとした判断や行動に対するものであって、ギャングスタとして生きていたという事実を悔やんだことは一度もないね。仲間や地元のために身体を張っていた事を誇りにすら思ってる」


 のらりくらりとはぐらかされる事ばかりだったが、今日はかなり深いところを話してくれている気がする。


「誇り、か。悪者のくせによく言うぜ」


「初めはサムの兄さん、ビッグ・クレイのために俺達は立ち上がったんだけど、いつの間にかこの街全てを背負ってた。他のセットからは攻撃されるし、仲間だって次々と死んでいった。今とは違って、昔は抗争も激しくて殺傷事件だらけだったんだ。毎月、数十人単位でギャングや警官が死んでたから。あぁ、これがギャングスタとして立ち上がる事なんだなって思ったよ。こうして親父の仕事を継ぐ事さえなければ、今も続けてただろうね」


 今だって十分に物騒な世の中だと思うが、九十年代初期は特にひどかったというのは誰もが知る常識だ。ギャングセットは今より何倍も存在していたし、構成員数も比べ物にならなかったはず。


 そして何より、メイソンが言う通り抗争のレベルが違った。今のような小競り合いとは違い、銃火器をふんだんに用いた文字通り「戦争」だったのだ。その時代を現役として生き抜いてきたOG達が半ば伝説となっているのは、現在のB.K.Bのギャングスタ達が親父やメイソン、サーガに対して強い尊敬の念を持っている事からも分かる。


 俺個人としても、その時代が大変だったってのは分かる。生きるのに苦労しただろうなとも思う。

 だが、ギャングスタとして生きてきたのなら時代背景なんか関係ないはずだ。酷い時代だったからといって、悪党だったことを褒められるはずがないだろう? 真っ当に生き抜いた奴だっているはずだから。


 それでも……心の底から悪党を責めることが出来ない自分がいた。情けねぇ限りだ。たった一度、命を救われただけでこのザマだ。少し前の俺が今の俺を見たら、一発ぶん殴ってるに違いない。


「俺の、ギャングは全ていなくなるべきだっていう考えについてはどう思う?」


「ん-、難しい質問だね。おおよそは間違ってないよ。ただ、特に苦労や貧困を味わうことなく暮らしてきた富裕層の考えとしては、って感じかな。もしゲットー育ちであればギャングの役割は分かってるはずだから、それを知らない人間はある意味幸せだと思うね」


 俺はギャングスタの息子かもしれないが、暮らしぶりは貧困とまでは言えなかった。もちろん裕福でもなかったが。俺の信念は、親父への行き場のない怒りが原動力だった。

 抗争は昔に比べて緩やかになったとはいえ、重傷者や死人は年に数人は出てるんだ。ギャングメンバー、一般人の分け隔てなく。

 しかし、奴らがいなくなった場合の仮想的な未来の姿も、サーガと一緒に見てしまった。


「何が悪で何が正義なのか、混乱しててな」


「そうだろうね。誰が敵で、誰が味方か。そう考えるといいんじゃないかな」


 誰が敵で、誰が味方か……たとえ悪さをしているB.K.Bだろうと、命を救ってくれるのであれば味方。たとえ法にのっとって悪を裁く警察だろうと、民衆を守ってくれないのであれば敵。そういうことを言いたいのだろう。


「ギャングを肯定するように誘導されているとしか感じねぇが」


「思い当たる節が無いんなら、この言葉で揺れることは無い。そうだよね」


 メイソンには俺の抗争時の行動は知られていないはず。しかし、最近の俺に変化を与える何かがあったのはバレバレなのだ。


「分からねぇ。でも潰してしまう前に、ギャングスタってのがどんな生き方をしてきたのか。どんな考えをしてるのか。それくらい知っておきたくてな」


「……たまにはサーガとメシでも行くか。俺が同伴してれば問題ないから」


 メイソンの提案は意外なものだった。だが、彼自身がいるのであれば確かに危険性はグッと少なくなる。その状況であれば特別に会うことを許してやる、という意味だ。


「勝手にしろ」


「まったく、素直じゃないねぇ」


 メイソンは肩をすくめて携帯電話を取り出した。

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