Burn! B.K.B
「サーガ……あんた、大丈夫かよ」
対峙したときに圧倒される感覚は未だ健在だ。むしろ、いつも以上にそれを感じ取れる。機嫌が悪いとかそんなレベルじゃない。ブチ切れてやがる。
だが、今のサーガからは怒りの感情と同時に、深い悲しみが溢れ出ている。どう説明すればいいものか、それは友情を越えた愛情にも似た……そうだ。これは心から愛する者を失った時にだけ発する、深い感情だ。
たとえば、俺はお袋を失った直後に不思議と涙が出なかった。放心していたからだ。
それがサーガの場合は血管がはち切れて目から血を流している。決して俺だって愛情深さで負けるつもりは無いんだが、一時的に心を失うことで閉塞していた俺に対して、サーガは真正面からその事実を受け入れ、爆発的に強い感情を自分の中で処理している、といったところではなかろうか。
「お前の心配することじゃねぇさ」
目からこぼれる血を、手に巻き付けたバンダナで拭うサーガ。どうやら掌に怪我をしていて、それを止血しているらしい。ドンだろうと関係なしに最前線で戦ってきた証拠だ。ふん、後ろでふんぞり返ってる奴よりはいくらかマシだな。
「やり返すのかよ」
「……もう退けねぇ。そう言ったはずだぞ」
さらに大きな戦争になる、という事だ。このままクリップスのテリトリーまで逆に攻め込んでしまうのではないだろうか。既にこの地から敵が全て撤退していれば、の話だが。
「俺も……」
「いい加減にしろ。またブラックホールに連れ戻されてぇか。あんまり聞き分けが悪いと今すぐ呼びつけるぞ」
「チッ、いつからメイソンの兄ちゃんが俺のお袋になったんだよ」
やはり正攻法では拒絶されてしまうか。
だが、俺にだって譲れないものがある。サーガをどうにか説得したいが、小手先の言葉じゃダメだ。素直に気持ちを伝える他ない。
サーガはその場にしゃがみ込んで、聖書を手にぶつぶつと小声で何かつぶやいている。牧師の真似事か? アジトを教会チックにしてみたり、よっぽど信心深いんだな。
「ベンは俺をかばった。俺の盾になって銃弾を食らったんだぞ。俺のために死んだ奴がいるのに、俺はどんな気持ちでいればいいんだよ」
「それを理由に俺達と同行して、お前もクリップスを撃つのか」
サーガは十字を切り、亡骸に向けて両手を合わせる。
「……それは無理だ。でも、こんな争いが何も生まないって事を証明したい。クリップスにだって死者は出てるんだろ?」
「だったら、クリップスの代わりに俺達を撃つのか」
「そんなわけねぇだろ!」
ガツンと聖書で頭を叩かれた。オフィスで部下の居眠りを注意する上司かよ。
「ベンは、お前のために死んだわけじゃねぇ。たとえ、お前をかばったとしてもだ、クレイ」
「はぁ?」
わけのわからん講釈を垂れやがって。俺のためとは言えずとも、俺のせいで死んでるのは事実だろうが。
「この地を、この街を、ここにいる連中みんなのために命を張ったんだ。奴が守ったのは、ギャングスタの仲間、この地元の住民、みんなだ」
「たまたまそこにいたのは俺だったかもしれねぇが、誰の背中だろうと守ってたはずだって言いてぇのか?」
「そうだ。ベンだけじゃない。俺だってそうしたはずだ。ここにいるホーミーは全員な。その覚悟でB.K.Bはこの街にいる」
デン、と出た腹のベルト部分にサーガは聖書を差し込んだ。
「確かに資金繰りのために悪さはするかもしれねぇ。だがな、地元を愛して大事にする思いは本物だ。お前が思うほどの絶対悪じゃねぇんだよ、ギャングってのは」
「そんなもん……自分たちは必要悪だって正当化したいだけだろ」
「その通りだ。ガキのくせに賢しいんだな、お前は」
まさかの肯定だ。しかし、俺が言い返す前にサーガが続ける。
「それでも、俺たち自身は必要悪だって事に誇りを持ってる。簡単な話だ。俺達がいなきゃ今回みたいな外敵の対処は誰がやる。警察は動かねぇってのは分かったはずだ」
それは違う、と首を左右に振った。
「いいや。そもそもB.K.Bがいないんだったら攻撃されることなんか無かったはずだろ」
「そこにギャングが存在しようとしなかろうと、貧困街ってのはそれだけでターゲットになるんだよ。警察の目は届かないし、起きた犯罪も放置されがちだ。盗みや殺しが横行したって、御上は知らんぷりだ。お前らも、あちこちで悪さしてるワンクスタを成敗して回ってたって話を聞いたが、何がどう違うのか説明できねぇだろう」
「俺達は殺しなんかやらねぇし、活動資金のためにクスリや武器を捌いたりしねぇんだよ。一緒にすんな」
真面目に働いて、その上で外敵から地元を守ってるってんなら俺だってとやかく言わねぇさ。俺だってまだ学生の身分だが、こいつらは一般人に恐怖されてるような存在だ。犯罪組織だ。いるかいないかであれば、いない方が良いに決まってる。
「堂々巡りだな」
「あぁ、最初から分かってたろ」
「ちょうどいい機会だ。クリップス共に報復する前に、一つ、お前に見せてやろうか」
「……?」
俺に見せる? 一体、何を見せるってんだ? 嫌な予感しかしねぇが……
「ニガー、車を出してくれねぇか」
「いいぜ。ちょっと待ってろ」
一人のB.K.Bメンバーがサーガの頼みを受けて頷いた。すぐそこに停めてあった古い四駆がうなりを上げる。
「乗れ、クレイ。お前が言う、ギャングがいない素晴らしい世界ってのを見学するツアーだ」
「はぁ? 適当な事言って、俺をまたどこか適当な場所に放り投げておくつもりだろう」
不意打ちでぶん殴られるか蹴られるかは知らねぇが、俺をこの後の戦争について行かせないようにするんだろうさ。
「そんなつもりはねぇ。もしそのつもりなら今すぐやってる。ここにいるのはみんな俺の仲間だぞ」
「チッ、あぁ、その通りだな。行けばいいんだろ。だが、俺はバイクで行く。その車には乗らねぇ。また誰かに隠されちまうからな! 探すのも一苦労だったんだぞ」
そう言えばシザースを置き去りにしてきたな、と思うと同時にタイミングよく奴がひょっこりと現れた。
「みんな、ここだったか! おーい、クレイ! お前もここにいるかぁー!」
「あぁ?」
「いたいた、探したぞ! あのおっさんはぶっ飛ばしといたぜ!」
えへん、と胸を張るシザース。
いや、嘘つけ。あんな化け物ぶっ飛ばせるかよ。
「シザース、戻ったか。お前も来い」
「あん? どこか行くのか?」
サーガの言葉にシザースは首を傾げる。
「なに、ちょっとした野暮用だ。クレイに付いてるように言ったのは俺だからな。しっかり護ってやれ」
げっ、こいつも来るのかよ。ガキに子守されるなんて意味が分からねぇ。さっさとお役御免にして家にでも帰せよな。
「先導する。ついて来い」
ついて行かねぇ……ってのは特に意味がねぇか。サーガの考えは一切読めねぇが、奴の方が俺よりも切れ者だ。
「よし、どこだか知らねぇが、早く行こうぜ!」
「……なんでてめぇがケツに乗るんだよ」
「はぁ? 護衛みたいなもんだからここに乗るだろ!」
シザースを後ろに乗せた状態で、ガイとB.K.Bメンバーの四駆についていく事になってしまった。畜生め。
……
シザースとのデートは思った以上に長引いていた。
前を走る四駆について行くだけの簡単な仕事ではあるが、何せ距離が遠い。一時間くらいは走っているんじゃないだろうか。
ようやく止まったかと思ったらただの給油で、そこからさらに三十分走ったところで目的地に到着した。
「ここだ」
道の端に寄せた車から降りたサーガが軽く右手を上げる。運転席からはライフルを持ったB.K.Bメンバーが降りてきた。俺とシザースもバイクから降りる。
「ふー、ケツがいてぇー」
シザースがバシバシと自分の尻を叩いている。
「なんだ、お前。男を誘うホモみてぇだな。気持ちわりぃ」
「うるせーよ」
辺りはB.K.Bが根城にしているエリアとさほど変わらない、薄汚い街並み……いや、それ以上か。廃屋やテント、焚火を囲んだ人々……正真正銘のスラムといった街並みだ。
位置的にはサウスセントラルの一角といったところか。しかしこれが何だというのか。
「クレイ。ここがギャングのいないパラダイスだ。天国みたいなところだろう?」
「どこがだよ。天国というよりは地獄じゃねぇのか」
サーガの言葉にイライラと返した。
天国に召される日が近い奴らばっかりだって意味なら正解かもしれないが。
「かつてはここにもデカいギャングがあった。だが、警察の執拗な介入で解散したんだ。この地を守る盾を失ったその後は、当時激化していた色んな抗争に巻き込まれちまってな。見る見るうちに街は貧困化し、どこもかしこもこのありさまだ。これでもギャングスタは絶対悪だと言えるか?」
「……街を壊した抗争は結局、余所者とはいえギャングのものだろ」
「そうだ。全州のギャングを完璧に同時解散させる技量があるんなら、お前の考えは間違ってないんだろうな。だが、B.K.Bひとつ、他のどこかひとつが消えたところで、こうなるだけだぞ。食い物にされ、蹂躙されるのは素っ裸でその街に残された住民だ」
馬鹿な……では、俺が今までずっと望んでいた事は、結局はこういった惨状をひき起すだけだってのか?
「ふざけんなよ……悪は悪だ。そうだろう! ギャングなんかいない方が良いに決まってる! 実はここにも極悪非道のギャングセットがいるんだろ! 嘘ついてんだろ!」
「わざわざこんなところまで来て嘘なんかつくかよ。他のセットがいるんなら、俺達は今、テリトリーに侵入しちまってる事になるぞ。それに、俺はもう二度と……噓なんかつかない。いや、つけないさ。そうだよな、サム……」
「……?」
誰と話してるんだか。急に遠い目なんかしやがって。
「ギャングなんかいない方が良い。それは間違ってねぇさ。だが見ろ、いるよりもいない方が酷い有様だってのは分かっただろう。外的要因までは排除できねぇからな。用心棒のいなくなった貧困街は他から食い物にされるだけだ」
「クソッ! だったらどうしろってんだよ! 俺がアンタらを排除できたとしても、こんな未来が待ってるってのかよ!」
「他でもない、お前が決めたことだ。出来る限りそっとしておくつもりだったが、あんまりにも執着しすぎている様子だったからな。老婆心とでも言えばいいのか、放っておけなくなった」
俺の耳にはサーガの言葉など入らず、ただただ目の前の人々に目をやっていた。
やせ細り、酒瓶を抱えてうずくまっている老人。物欲しそうにこちらを見ている少年。赤子を抱えて、なぜかヘラヘラと笑っている女。クスリの禁断症状でも出ているのか、激しい痙攣をひき起しながら路地をうろついている男。通りに落ちているティッシュを口に入れて咀嚼している少女。
パッと見えるだけでも十人ほどの人々がいたが、その誰もが生気を失い、ゾンビのような生活を送っていた。
これが、俺の望んだ世界? これが、俺の望んだ平和な世界? これが、俺の夢……?
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うっ!!!!
なんだ。そうか。俺は……世間知らずで、一人で踊る……ただの道化だったのかよ。




