Lost! Gangsta
「ケッ、なーにをべそかいてんだ、お前? 気色悪い」
ようやく道端で見つけたシザースからの第一声はそれだった。律儀にもケンカには参加せず、俺のバイクを探し続けてくれていたらしい。残念ながらまだ見つかってはいないようだが、コイツに貸すって約束はこれで白紙だな。
「あ……?」
「何だ、気づいてねぇのかよ? よっぽど怖い目にでもあったか」
泣いている? 俺が? なぜ?
いや……目元を拭ってみても濡れたりはしていない。乾いた痕だけが残ってるのか。
「怖い目……そうだな。目の前で銃撃戦が起こって、俺を逃がそうとした奴が撃たれた。逃げた先ではまた別の奴が俺の幸運を祈ると言って、その直後に撃たれた。どうだ、満足したか」
「マジかよ……関わると死ぬのか? お前、死神みたいになってるじゃねぇか。次は俺が弾かれちまうのか」
「だったら良いんだがな」
軽く小突かれそうになったので、一歩下がってそれを躱す。ざまあみろ、とでも言ってやりたいところだが、ベンやカールがくたばってしまっていたらと思うと笑い話にもなりゃしねぇ。
当然、直後にシザースが死ぬなんて話もだ。いくらこの阿呆が死神の標的になっていたとしても、くたばるなら明日以降にしてほしいものだ。マジで胸糞が悪い。
「けっ! 生き延びたら、首筋に死神の鎌のタトゥーでも彫ってみるとするぜ」
「好きにしろよ、チンピラ。それより俺のバイクは無かったみたいだな」
「絶賛探索中だ。お前がこうやって邪魔しに来なけりゃきっと今ごろ見つかってたんだがな」
シザースがくしゃくしゃになったマルボロの箱から一本抜いて火を点ける。
煙草とはお上品な奴だ。白人みたいな真似してないで、ギャングスタならジョイントでも吸ってろ。まぁどっちも吸ってる時点でダメか。
「まだ出くわして一分と経ってねぇだろ。この一分以内に見つけてたってのか」
「そうだよ」
「どう考えても無理だろうが。ま、お前には計算なんか出来ねぇか」
さらにパンチが飛んできたので、それも一歩下がって躱す。それ以上の追撃は来ず、シザースの小さな舌打ちだけが聞こえた。自分の頭の出来の悪さくらいは自覚があるみたいだな。
「そういうお前は何してたんだよ? 自分のバイクなのに人に任せっきりで観光気分か?」
「馬鹿言え。さっきまで銃撃戦に巻き込まれてたって今言ったばっかだろ。這う這うの体で逃げ出してきたところだ。道具持ったゴロツキ相手に、か弱い高校生が狙われたんだ。命があぶねぇのに、バイクどころじゃなかったっての」
「けっ、一体どこに隠してあんだか。さすがに喧嘩の最中にツーリングへ出かけたメンバーなんかいないはずだからな。どこかに置いてあるって勘は間違ってねぇと思うんだ」
マルボロを指で弾いたシザースが歩き出したので俺も続く。町内で火事が起こってるってのに、火くらい消せっての。
……
「あれじゃねぇか?」
「違う。お前の目は節穴かよ」
道中、停めてあったスクーターのようなミニバイクをシザースが指差した。全く似てないし、その上壊れて転がってるだけの鉄くずだ。何をどうやって見間違うのか不思議でならない。
「じゃあ、あれか?」
「チャリじゃねぇか! お前、そんな調子で探してたのかよ!」
お次はローライダーバイシクルと間違えている。
終いには乳母車やスーパーマーケットのショッピングカートでも見間違うんじゃないのか、コイツは。
「いや、似てるだろ! 頑張って探してやってんだから文句言うなよな!」
「だったらお前のクラウンヴィクトリアがある日、クライスラーネオンに変わってても気づかねぇんだろうな!」
「気づくだろ! 俺はフォード至上主義なんだよ!」
「ならフォードエクスプローラーにでも変えられろ!」
数秒、シザースは固まり「それはちょっと嬉しいからよし!」と笑ったので、「知るかよ、ボケナスが」と返す。
さらに歩を進めると、遠くで二発の銃声が聞こえた。
「お前、バイクを探し回ってる間にクリップスや警察には出くわさなかったのか?」
「サツなら見かけはしたが、すぐにどっかへ行っちまったぜ。もうサイレンも聞こえねぇし帰署したんじゃねぇの?」
「いなくなってから抗争が激化してるってのに……なんて使えねぇ奴らだ」
まったく、何をしに来たのかわかりゃしねぇ。
「当たり前だろ。このエリアにあんな長時間、車乗り入れてただけでも頑張った方だと思うがな。滅多に来ねぇぞ」
「B.K.Bには関与しないってのが通例になってるわけか。腐ってやがる」
信じられない話だが、警官一人一人の温情などではなく、組織ぐるみで侵入を禁止しているエリアがあるのは周知の事実だ。
ロサンゼルス最悪の街、コンプトンのゲットーや、ここイーストL.A.の一部もそれに該当する。
「それをどうにかするつもりなんだろ? スーパーヒーローさんよ」
「今にお前らが我が物顔で歩けないようにしてやるつもりさ。覚悟しとけよ」
「そんなお前のバイク探しを手伝ってやってる俺様ってどうなんだよ? 敵さんの手助けとは、涙が出てきそうだぜ。あ、汚ねぇ面して泣いてたのはお前だったな」
「さっさとその減らず口を閉じろよ、てめぇ」
へいへい、とから返事をしながら駐輪されている車両を見回すシザース。ダメだな、ここもチャリばかりだ。
「よう、お前ら、何やってんだ?」
わき道から声をかけられた。B.K.Bのメンバー達だ。クリップスを捜索中のチームのうちの一つだろう。休憩中だったのか、その内の三人はコーラの瓶を手にしている。こんな時間に空いてる店は少ないはずだが、まさか盗品じゃねぇだろうな。
「よう、ニガー。クレイのバイクを探してんだよ。クレイは知ってるよな? E.T.のジャックの倅だ」
シザースが返答する。
「もちろん知ってるさ。バイクってオフロードバイクか? 2ブロック先の軒先で見たぞ。探し物かどうかは知らねぇけど」
「マジか! そりゃ助かるぜ! 良かったな、クレイ!」
バシン、とシザースから背中を叩かれた。
「まだ、俺の愛車かは分かんねーだろ! 礼なんか言わねぇからな」
「別に礼なんかいらねぇさ。たまたま見かけただけだ。お前のバイクだと良いな、クレイよ」
「チッ……」
このギャングスタもか……どいつもこいつも、悪党やってるんなら良い人ぶるのは止めやがれ!
「もしもし、俺だ」
別の一人が電話を受けている。新しい情報でも入ったのか、周りのギャングスタ達もその内容に注目している。
ソイツは電話を尻のポケットにしまうと頷いた。
「あっちだ」
「了解。んじゃ、もう行くぜ? シザース、バイクもいいがクリップスを見かけたら連絡寄越せよな。間違っても一人でやり合おうとするんじゃねぇぞ!」
「へっ! 俺一人で充分さ! 手柄は独り占めしてやる!」
「バーカ。そのままくたばれっての」
奴らはゲラゲラと笑いながら去っていった。
ピリリ、ピリリ、と、今度はシザースの携帯電話の呼び出しが鳴る。通話しながらも足を止めることはない。
まぁ、奴が足を止めても俺は待ってやったりしねぇけどな。俺のバイクがそこにあるかもしえねぇんだ。機動力さえ取り戻せば今よりもこの街を縦横無尽に動き回れる。
危険度はともかく、シャッターチャンスにだって巡り合える確率が上がるってもんだ。
「マジかよ、ニガー。あぁ、あぁ……それは大丈夫だ。クレイならここに」
「あん? 誰と話してんだ、てめぇ」
「分かった。じゃあまた後で」
俺の質問には答えず、シザースは深く息を吐いた。何か良くない知らせを受けたようだ。
「おい」
「うっせーな。相手はサーガだよ。いいから、さっさとバイクを見つけようぜ。すぐそこなんだろ」
サーガ? プレジデントがシザースみたいな若い下っ端と直接話すのは意外だが、B.K.Bは縦一列ではなく、限りなく横一列に近い接し方をするようだ。
……
先ほどのギャングスタの話の通り、2ブロック先の曲がり角。民家の敷地内にWRが停められていた。間違いない。俺のバイクだ。鍵もついている。
「よかった、コイツは確かに俺のバイクだぞ」
「へっへーん、これで貸しが出来たな」
得意げなシザースを俺は睨みつける。また何をおかしなこと言ってやがるんだか。世界はお前のためになんか回ってねぇんだよ。
「なんでそうなるかね。お前の手柄じゃねぇだろうが」
「は? 俺がいなかったらさっきのホーミーだって情報くれなかっただろ! だから俺の手柄だっての! 今度、このバイク使うからな!」
「ダメだろ! 俺も一緒にいたんだから、お前の手柄じゃねぇ!」
俺達が騒いでいると、その民家の扉がガチャリと開いた。
「なんだ、うるせぇな」
デカい。見上げなければならないほど、高身長な男が顔を出す。その見た目通り、声もコントラバスのように野太い。
K.B.Kの仲間であるグレッグの非にもならない大きさだ。6フィート10インチ(およそ210cm)くらいはあるんじゃなかろうか。こんな巨人、未だかつて見たことも無かったぞ。
「うおっ!? おっさん! 相変わらずでけぇな」
B.K.Bメンバーであるシザースは、このエリアの住民とも顔なじみだ。もちろんすべての者とではないだろうが、これだけインパクトのある男であれば覚えてもいるだろう。
「ギャングのクソガキどもか。ウチの前で騒ぐな」
「悪いな、デカいおっさん。俺のバイクがここに置いてあったんだ。誰の仕業か知らないが、すぐに退散するからよ」
「何? ウチの前にあったんなら、それは俺のバイクに違いないな。諦めてそこに置いていけ」
さすがはゲットーで暮らす住民だ。図太い性格をしている。
「いや、これは俺のバイクだ。間違いねぇ。アンタこそ諦めるんだな。下手な嘘は通用しねぇよ」
「うるさいガキだ。お前のバイクだという証拠なんてどこにもない。痛い目にあいたくなかったらさっさと失せろ」
「あぁ? おい、デカブツ。あんまり調子に乗ってんじゃねぇぞ」
これは俺ではなくシザースだ。珍しく意見があったな。
「チビが、その首へし折ってやる」
長い腕がシザースを掴もうと伸びてきたが、ひらりと躱す。動きがのろまなので、見切るのは容易だ。
「おっさん。乞食みたいな真似してねぇで、そろそろ仕事探せよな」
「ギャングのガキに説教される言われはねぇっての」
「あー、確かにそれもそうか! ……ってなわけでバイクは返せよな。だいたい、おっさんがここまで持ってきたわけじゃねぇんだろ?」
「いいや、多分、俺が持ってきたんだろう。ここにあったんなら、理由はどうあれ俺の物だ。さっさと消え失せろ。俺に殺されたくなかったらな」
ダメだ、話にならない。いや、話自体は通じているのだが、こちらの話を聞かないという方が適切か。元々変わった男なのだろうが、軽めの酒かクスリでも入ってるなこれは。
「めんどくせぇ、ぶっ飛ばして持っていくからな。二人いるけど、俺とのタイマンにしといてやる。負けたからって後で恨み言ほざくなよ」
「面白れぇ、やってみろ、チビ助」
巨人がファイティングポーズを取る中、シザースが俺に耳打ちしてきた。
「俺が適当にやっとくから、その間にバイクでとんずらしろ。後で合流な」
「……分かった。のろまだからって油断して掴まれんなよ。折れるぞ」
その巨体のせいで攻撃に速度こそないが、腕力は相当なものだろう。腕や脚はおろか、掴まれたら首でも簡単にへし折られてしまいそうだ。
「来ねぇんだったら、こっちから行くぞぉ!」
シザースに向け、男が突進してきた。
「おい、今来たら俺も巻き込まれるじゃねぇか! タイマンだって言ってただろうが!」
「知るかぁっ!」
男はその言葉通り、俺を巻き込もうが知ったことではない、と両腕を振り回す。俺とシザースは左右に飛び退いて、それぞれが突進を回避した。
自ら進んで二対一の状況になるような行動をしてどうするんだよ。馬鹿すぎるだろ、コイツ……
普通なら俺がここで激昂してシザースと挟み撃ちにでもしてやるところだが、今はバイクを奪還することの方が先決だ。第一、ギャングスタと共闘してコイツを倒すってのは何だか気に食わねぇからな。
バルンッ!
シザースが石ころを投げつけて大男の気を引いた瞬間に、俺はエンジンをかけて急発進した。前輪が僅かに持ち上がってウィリーしそうになるのを慌てて抑える。
「待ちやがれ、泥棒!」
「泥棒はてめぇだろうが! シザース、やられんなよ!」
「おう!」
「待てこらぁ……ぐぁっ!?」
バイクに気を取られたせいで、またシザースから石ころを投げられている。
なんだよ、その幼稚園児みたいな戦い方は。まぁ、簡単に銃を抜かない事だけは褒めてやってもいいが。
……
一気に機動力が上がった俺は、路地を縫うように走り回り、B.K.Bメンバーが20人程集まっている場所を発見した。騒がしくはないので、近くにクリップスがいるわけではなさそうだ。
「クレイか」
俺がバイクを停車すると、サーガがいた。最前線でクリップス共を捜索していたはずだが、なぜこんなところに?
そう思った途端に、俺は周りの光景を見てハッと気づく。ここは、ベンが俺を逃がしてくれた現場じゃねぇか……
そして20人が囲む中心には、地面に仰向けになり、顔の部分に赤いバンダナを被せられた人物が三人いた。あの時、やられたってのか。
「ベン……か?」
「ベン以外にも二人だ。見ての通り、とうとう人死にが出た。もう退けねぇ」
「奴は……俺を逃がそうとして胸に……一発貰ったんだ」
「あぁ、その場にいた他のホーミーに聞いた。だが、お前のせいじゃねぇ。気にするな」
「気にするだろ!」
がっちりとサーガに肩を掴まれた。ミシミシと骨まで軋みそうな、とてつもない握力だ。
「気にするのは……俺の仕事だ……お前は悪くねぇ……」
混じっているのは血か泥か、サーガの目からは赤黒い涙がぼたぼたと流れていた。嫌でも俺に伝わってくるのは、やり場のない、言い表せないほどの怒り。強い負の感情だった。




