Confusion! B.K.B
クリップスによる奇襲を受けた場所から、全力疾走で離脱する俺は無我夢中だ。
走りながら色々と考えているので、頭の中がこんがらがって上手くまとまらない。ベンが、撃たれながらも俺を逃がしてくれたことに酷く動揺してしまっているのも事実だ。
どのくらい離れる? 隠れるか? 逃げると言っても、どこへ逃げればいいのか? 助けを呼ぶか?
「サーガたちはまだ大して離れていないはずだ……って、何で助けなんか呼ぶんだよ!」
あの場のB.K.Bメンバーが全滅したとしたら、それはそれでグッドニュースのはずだろうが!
ベン? 知ったことかよ、クソッたれめ! 奴は勝手に俺を守って、鉛玉を喰らっただけだ! たとえくたばったとしても、あれは奴の意思だ! サーガの言いつけ通り、俺を最後まで見れて本望だろうぜ。あの世でお利口さんって褒めてもらえよ。
そろそろ限界が近い俺の足が、もつれて転びそうだ。だいぶ離れたし、この辺りでいいだろう。民家の裏手に身を潜め、しばし身体を休める。
茂みなどはないが、ここならば真っ暗闇だ。ライトで照らされない限りは誰かに見つかることもないだろう。
耳を澄ましても銃声はもう聞こえてこない。どちらかが勝利したのか、双方全滅したのか、単純に弾切れなのかは分からない。
「……終わった、のか?」
警察はもう退いたのだろうか。俺がスキンヘッドとゴリラに出会った時も相当ドンパチやってたってのに、結局駆けつけてこなかった。
今しがた逃げてきた現場もそうだ。あれだけ撃ち合っているのに気づかないというのは考え難いが、街の反対側を捜索中であれば聞こえないものなのだろうか。
「動くな」
自分の腕さえも見えないくらいの暗さの中、腰を下ろした瞬間だった。
「……!!」
知らない声。そしてヒヤリとした感触が頬に伝わる。別に冷や汗を流したわけではなく、これは鉄の感触だ。銃口を突き付けられている……のか?
「だ、誰だ!」
「おい、デカい声出すな!」
カチャリと機械仕掛けの音がする。撃鉄を起こした音か。クソッ、誰だか知らねぇが、ここに隠れてるってことは……間違いなくクリップスの一人だな、畜生め。
「待て待て、撃つな! 俺は一般人だ! ……っと、わりぃ。アンタが誰だか知らねぇが、俺と同じくギャング共の喧嘩が飛び火しねぇように隠れてんだな?」
正体を推しはかりつつも、弾かれては元も子もない。俺が無害であることを伝えて凌ぐしかないだろう。
「……あぁ、そうだ」
短い返事があった。自分もか弱い一般人だとでも言いたいのだろうが、恐らく出まかせだ。こんな物騒なもんを人に突き付けといて、そんなわけがあるか。
「よかった、それなら安心だ。とりあえず、俺の顔に当ててるもんをどけてくれないか。それに、銃声は嫌でもギャングの奴らに聞かれちまう」
「チッ……妙な真似したら許さねぇぞ」
銃口が暗闇に引っ込む。
「だったら俺は別の場所に行こうじゃねぇか。二人だと目立って良くねぇだろ」
「それもダメだ! てめぇが俺の居場所を吐かないって信用できねぇからな!」
クソが。自分もデカい声出してるじゃねぇか。馬鹿なのかよ。
「一般人の居場所なんて吐きやしねぇだろ。何の得もねぇし」
「うるせぇ! とにかくここにいろ!」
「わかったわかった……!」
この暗闇でどこまで見えているのか分からないが、俺は両手を上げておとなしく従った。ここでB.K.Bの連中が運悪く現れようものなら、俺は真っ先にその巻き添えを食うことになる。
「カールだ」
しばらく沈黙が続いたが、不意にクリップスと思われる男が自己紹介してきた。意味が分からなかったが、無視するよりは良いかと偽名で返す。
「……そうか。俺は、クリスだ」
「悪かったな、クリス。いきなり脅かしちまって」
「まぁな。急にギャング同士のドンパチが始まって、一人で隠れてたアンタも気が立ってたんだろ。いきなりここに飛び込んできたのは俺の方なんだし、今は撃たれなかっただけラッキーだったと思ってるよ」
チッ。急に謝ってきやがって、今さら俺と仲良くやろうってのかよ。もっとも、コイツがクリップスであるならばその時点でどんな人間であろうと仲良くしてやるつもりなんて無いがな。
「カールはいつまでここに隠れておくつもりだ?」
チラリとソイツの方を見たが、やはり暗すぎて全く見えない。相当に夜目が利くのか、カールからは俺の姿がぼんやりと見えているようだ。
「騒ぎが落ち着くまで……だな」
「最悪の場合は朝を待つのかよ?」
「そうならないといい、とは思ってるが、どうだろうな」
明るくなれば、むしろ敵陣に留まっているのは危険だ。朝になればここだって今ほど隠れ場所としては機能しない。
「俺もそれに付き合わされるわけか」
「悪いがそうなるな」
「まったく……」
そこからさらに沈黙が続く。サーガの号令の下、B.K.Bの連中が探しに行ったはずの別働隊も未発見なのか、銃声などはまだ聞こえてこない。
まさか……ここにいる男がそのターゲットか……!?
あの四人が暴れている間、コイツがこそこそと火を放って回っていたのではないだろうか? いや、しかしそれだとやはり心許ない。先ほど、捕まっていたクリップスの連中は勝利を確信していたのだ。もっと、大勢の仲間が侵入してきて、そこら中に潜伏しているものだと考えておいた方が良い。
それでも、コイツがその内の一人だと考えると色々と合点がいく。こうやって隠れているのも、虎視眈々と反撃のチャンスを伺っているからではないのか。
だが、いつまでも俺をここに留めていては仕事は出来まい。既に目標を達成したのか?
「カール」
「なんだ?」
「銃声も聞こえなくなったし、ケンカは終わったんじゃねぇか?」
決してそんなはずはないことを俺は知ってる。今もB.K.Bは血眼になってクリップスの別働隊の捜索を行っているはずだ。
だが、俺はそんなことを知るはずも無い一般人という話なのだから、この発言は何も不自然ではないだろう。
「いや、まだだ。危険が潜んでいるかもしれねぇ」
クソ、やっぱりどうあっても俺を逃がす気はねぇか。すぐ横に武装した男がいるこの場の方が、誰にとってもよっぽど危険なんだがな。
「しかしこんなところに隠れてるんだ。家はここから離れてるのか、カール」
「あ、あぁ。そうだ。たまたま通りかかっただけでな」
「こんなゲットーを? とはいえ、俺もこの街の人間じゃないからほとんど一緒だな」
「何? じゃあ、お前は本当に一般人か。クリップスやブラッズと繋がりはないんだな」
カールは、俺が一般人だとしてもこの街の住民である以上はB.K.Bの関係者であると思って逃がせなかったようだ。
「そうだよ。買ったばかりのバイクでぶらぶらと近くを走ってたんだが、とばっちりを食らったわけだ。本業はしがない高校生だっつーの。バイクも取られちまって途方に暮れてるところだ」
「そうか……それは災難だったな」
「あんたは何でこんなところに来たんだ? まぁ、俺と同じであれば、ここがそんなに危険な場所だとは知らなかったってところかねぇ」
ふぅ、と軽い息を吐く音がした。
「いや……実は、俺はギャングスタだ。この街の連中とは敵対する立場のな。巻き込んじまってすまかったな」
意外や意外、カールは自身の正体を明らかにした。クリップスであること自体は想定内だが、白状するのは想定外だった。さらに詫びまで入れてくるとは、ギャングスタの割には人間として出来てるじゃねぇか。
「マジかよ、俺はあんたらを恨むぜ。せっかくバイトして手に入れたバイクだったのによ」
「B.K.Bに盗られたのか? 卑劣な連中だ。俺達とは違う」
「さぁな。どっちがやったかは知らねぇ。俺にとっちゃどっちでも変わらねぇよ。それより、あんたがブラッズの連中の敵だってんなら、いつまでもここにいたところで危ないんじゃねぇの?」
俺にはB.K.Bを乏しめてクリップスを受け入れるなんてことは出来ない。どっちも悪、それだけだ。
だが不思議なもので、サーガと対峙したり、先ほどのドンパチに巻き込まれたせいか、銃を突き付けてきたはずのカールと一緒にいる今、さほどの緊張感は持てなかった。
慣れってのは怖いもんだ。これが普通になるとマズいので、気を緩めないようにしなければと思う。ギャングスタと普通に話せてる時点で、最近の俺は既にまともじゃないんだろうけどな……
「もう離脱するところだったんだよ。お前が来なきゃな」
「んなこと言われてもなぁ」
俺が返した時、バタバタと、近くを複数の足音が走る。
何か返そうとしたカールが「はっ」と息をのんで押し黙ったが、幸いにも気づかれることなくそれは通り過ぎていった。姿は見えなかったのでそれがB.K.Bメンバーなのか、クリップスの残党なのか、それとも警官や住民だったのかまでは不明だ。
「行ったみたいだぜ」
「……ここも安全とは言い切れねぇな。危険だが、このまま強行突破してトンズラすることにする」
「そうか、俺は何も見てねぇし、聞いてねぇことにするよ。もっとも、クリップスと一緒に隠れてただなんて、言う意味のある相手がいないがな」
さすがに人質代わりに俺を連れて行こうとは言い出さないので安心した。ギャングスタの弾避けになって別のギャングスタに殺されるだなんて、最悪の最期だからな。
「クリス」
「あぁ?」
立ち上がったカールが暗闇から薄暗い街灯が照らす路地に出て振り返った。上下を黒いスウェットで揃え、口元にスカイブルーのバンダナ。頭には斜めに被ったロサンゼルス・ドジャースのベースボールキャップが乗っている。
「ビビらせて悪かった。気をつけて帰れよ。それから、お前のバイクが見つかるのを祈ってるよ、じゃあな」
「チッ……今さら善人ぶったところで何の意味もねぇっつぅの。ギャングスタのくせによ」
俺の言葉が聞こえたか否かは定かではないが、颯爽と駆け出すカール。
街路樹でその姿が見えなくなった瞬間だった。
「いたぞ! 撃ち殺せ!」
パァンッ! パァンッ!
「うぉおおおおおっ!!」
追い込みをかけるB.K.Bと、必死で逃げようとするカールの声だろうか。ベンに助けられ、カールに気遣われて……これかよ。胸糞悪い気分だ。
奴らが人生の最期を迎えたのかどうかは分からないが、どうせなら俺と関わる事なく……いや、それは無理か。だったら関わりを持たないのはせめてその直前までで構わない、俺の意識していないところでくたばれっての。
だいたい、ベンは俺をクリップスから逃がすために体張ったってのに、その逃げた先にクリップスのカールがいて、そのカールは……
あぁ、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。俺は間違いなくギャングスタの根絶を願ってるってのに、当のギャング本人が余計な事ばっかりしやがって……
一先ず、身の危険は去った。それだけは喜ぼう。
カールがもし死んでいた場合、そんなものは見たくない、と俺は奴が走り去ったのとは逆の方向に歩き始めた。
「サーガの要る場所……は危険か。仕方ない、シザースの阿呆でも探すか。バイクを見つけてくれてるかもしれねぇからな」
一度は上手くあしらったのだが、俺はシザースと合流することにした。




