Judge! B.K.B
動けない状態のクリップスがごろりと転がされる。
場所はさきほど奴らが戦っていた、スクラップ置き場の敷地内だ。人を担いでいるので鉄柵は乗り越えずに迂回し、正面入り口とでも言うべき、横開きの鉄格子のゲートから入った。その錠前が既に破壊されていたのは、きっとB.K.Bの仕業なんだろうな。
「何だ? 誰もいねぇじゃねぇか」
鉄くずや廃車が積み上げられているだけで、俺と一緒にいたギャングスタ達以外の人影は見当たらない。
「そりゃ、みんなあちこちで戦ってんだからな。クリップスはコイツだけじゃねぇ。四人だったろ。連絡は回しておいたから、手が空いた奴からボチボチ集まるだろうぜ」
確かにベンと一緒に見たクリップスは車に四人いた。逃げたりしてなければ、残りの三人もここに運ばれてくるのだろうか。
無論……その生死は問わずに、だ。
……
他の連中の内、最初に姿を現したのは二人のギャングスタ。おおよそ十分ほどの時間が経過したころだった。
その間、銃声やサイレンなどは一切聞こえず、完全に喧嘩は収束したのではないかと俺は思っていた。
「誰だそいつは。パパラッチの真似事かよ」
転がされているクリップスと、それを囲むブラッズ共の撮影をしていた俺にそいつらが気づく。どうやらスキンヘッドの男みたいに俺の顔を知っているわけではないらしい。
「クレイだよ。E.T.のジャックの息子だ」
「よう、ニガー。無事だったか。見ろよ、一人とっ捕まえたぜ」
俺の紹介をするスキンヘッドの男と、自慢げに話すアフロのゴリラみたいな男。
「そうか。俺達の方はあと一歩のところで取り逃がしちまった。他の奴らの報告に期待だな」
「心配はいらねぇさ。コイツが喋ってくれる」
言いながら、スキンヘッドの男が身動きの取れないクリップスの頭を踏みつけた。俺は複雑な気持ちになりながらもその状況を撮影する。
「で、クレイはその写真をどうする気だ? サツか? それとも新聞社に売るか? 一ドルにもならねぇと思うが」
ベンが訊いた。
「誰が金欲しさにこんなことするかよ。てめぇらの弱みを握っておく。それだけだ」
「んなもん、弱みになんかならねぇと思うがなぁ。ギャング同士の抗争なんて犬も食わねぇぞ」
「確かにギャング同士がやり合う分には俺も大賛成さ。勝手に両方がくたばってくれれば万々歳だがな。それでも、つまらねぇ争いにこの街の住民が巻き込まれんのはおかしいだろ」
ベンは知っていて当たり前だが、他のB.K.Bメンバー達は俺がギャングに反感を抱いているのを知らなかった。怪訝そうな目を向けてくる。
「なんだ? ジャックの息子だって話なのに、クレイはギャングスタが嫌いなのか?」
スキンヘッドの男が言った。
「あぁ、嫌いだね。俺にとっちゃB.K.Bは家族が壊れるきっかけみたいなもんだからな」
「ならいいじゃねぇか。俺らとは関係のない、真面目で日の光る場所で暮らしていけよ」
コイツもか……と俺は奥歯を噛み締めた。
最初にあった時のベンもそうだった。ギャングスタが嫌いだと言っても怒りはせず、そのまま真っ当な道を歩めと言っていた。こいつらの頭はどうなってやがるんだ。
仲間や家族、地元は大事にする。サーガを殴るのは許さないってのがいい例だ。でもB.K.Bそのものが嫌われたり悪く言われるのには寛容だ。さっぱり意味が分からねぇ。そこも許さねぇってキレる方が自然だろ。
「生憎だが、もともとそのつもりだぜ。ただし、この街からギャングっていう存在が消え去れば誰もがそうやって暮らせる。俺は、こうやって抗争に巻き込まれてる奴がいるのがどうにも許せねぇのさ」
「なるほどな。まぁ、お前が言ってる事も間違ってはねぇな。色々あったんなら、ギャングを恨むのも当然だ」
スキンヘッドの男が頷いた。
だから、なんでお前はキレねぇんだよ……
「はっ。最終的にゴロツキの存在が無くなれば、すべての世界が平和になるって夢物語描いてるわけだな。おめでたい事だぜ。まぁ、せいぜい頑張れ」
ベンが鼻で笑う。
「何だよ。応援してくれんのか? だったら今まで以上に好き勝手にやらせてもらうぜ。ギャングに構うな、なんて助言も不要だ。お前らが解散するその日まではな……」
「はーん、コイツはどうしようもねぇ意地っ張りだな」
「きっとジャックの血が濃いんだろうぜ。まぁ、サーガが容認してる間は放っておいてやるよ。消されたわけじゃねぇし、ぶっ飛ばされただけならそんなもんだろ」
口々にメンバー達が言う。確かにサーガも俺が手に負えないとは思ってないからこんなに適当に俺を泳がせている感じなんだろう。
その鼻を明かしてやるから待ってろよ……!
「それよりこのクリップスだな」
「なんだよ、ホーミーを待つんじゃないのか? 先にやっちまうか?」
いよいよだ。いよいよこいつらは俺の目の前で敵の処刑をしようとしている。いくら死ぬのが憎きギャングスタだろうと、人死には人死にだ。いや、単純な人死にではなく人殺しだからか……背中を嫌な汗が流れる。
「しかし、吐くもんは吐いてもらわねぇとな。おい、他の仲間はどこに行った?」
ゴリラみたいな男がクリップスの首根っこを掴んで片手で持ち上げた。クリップスの男もなかなかの体格のなので結構な重量があるはずだが、どんな腕力をしてやがるんだ。
「し……知るかよ。バラバラにはぐれちまってんだからよ」
「なんでこんな半端な形で仕掛けてきやがった? 負けるのは目に見えてただろう」
ゴリラみたいな男の言葉に俺もハッとする。確かにおかしい。軽いちょっかいをかけるくらいのつもりだったのだろうか。クリップスはたったの四人。敵の本拠地に攻め込むにしては些か戦力不足だろう。
「うるせぇよ。てめぇらなんざ俺達だけで充分だっての」
「はっ! その結果がこれだろうが!」
「チッ……」
その時、遠くから複数の足音が響いた。また別の連中のご到着だ。
「よう、ニガー」
「待たせたな、ドッグ」
そんな言葉と共に、十人以上のB.K.Bメンバーがやってくる。そして、彼らもまた、一人のクリップスを引きずって来ていた。顔はところどころ出血や青あざがあり、かなり手ひどくやられている。
先にここへ運ばれていたクリップスの男が、悔し気で苦い顔になる。
「クレイ」
聞き覚えのある声。その十人程のメンバーの中に、アサルトライフルを杖代わりにしたサーガもいたようだ。奴は左脚が不自由なせいで、若干遅れて現れたので発見が遅れた。
「サーガ、てめぇ……! 教会周辺は火の海だったぞ。焼き殺す気だったのかよ!」
「そんなわけないだろう。シザースを迎えに寄越したはずだが、入れ違ったか」
歯をむき出しにして叫ぶ俺に、サーガは静かに返した。
チッ……すかした態度取りやがって、イラつくぜ。
「シザースだぁ? 迎えなんざいなくたって、こうして出てきてやったぜ!」
実際に、シザースと出くわした時には既に俺は脱出していた。もし、クリップスの連中が教会にまで火を点けていたらと思うとゾッとする。
「無事ならいい。とにかく、出てきちまったものは仕方ねぇ。下手に危ない場所に近寄るなよ」
「クリップスがうろついてる間はどこにいたって一緒だろ。早く始末つけちゃどうだ、サーガさんよ」
「おい、ベン。このガキがウロチョロしないように見てろ。お前がここまで運ばせたせいでこうなってるんだぞ」
堂々と無視かよ。
「分かった。俺が責任を取る」
「あのバイクはどうした? 燃やされたか?」
そうだった。俺のバイクは誰が持っていきやがったんだ。とりあえず、ここにいる連中は違うようだが。
「燃やされたのかは分からねぇが、無くなってた。俺は真っ先にB.K.Bの奴を疑ってるがな!」
「俺も把握できちゃいないが、もしウチの奴らの仕業ならすぐ返させる。それに、教会の近くの小屋が燃えてたんなら盗ったのはクリップスかもしれねぇ。その時は諦めるんだな」
「その時はクリップスの奴をぶっ飛ばすまでだ」
ひゅう、と誰かが口笛を吹いた。ふん、俺の気構えを讃えてんのか。
「B.K.Bだった場合は、ソイツに感謝しろよ」
「あぁ? 泥棒に感謝なんかするかよ」
「その場に置いたままだったならクリップスに盗られたり、燃やされたりしてたに違いないからな。誰かが目立たないところに退避させてくれたのかもしれねぇぞ」
「飛んだ楽観主義だな。こっちは気が気じゃねぇってのによ」
サーガの言う事にも一理あるが、素直に従うのも癪だ。俺のバイクを移動させてくれただけならいいが、どうせケンカに駆けつけるために使ったんだろ。ギャングスタがやる事なんざ、人に迷惑をかけるに決まってる。
「気が気じゃねぇのはこっちだって一緒だ。敵は少勢とはいえ、仲間の命がかかってるんだからな。よう、ホーミー、こっちのクリップスは口を割ったか?」
「いや、はぐれちまってるから他の連中の場所は分からねぇとよ」
言葉の途中で俺から仲間に視線を移したサーガに、スキンヘッドの男が返す。
「そうか、目的は?」
「それも不明だぜ。勝てるわけねぇのに何考えてんだか」
「いや、勝てねぇとは思ってねぇはずだ。ん、待てよ……俺達が四人を追い回してる間、拠点付近に火を点けたのは……誰だ?」
その疑問に一同は首を傾げる。そして誰かが口を開く前に、サーガは即座に答えを導き出した。
「見えた。こいつらの役目は派手な陽動みてぇだな。別の部隊がいるってこった。コソコソしやがって。クレイ、お前の情報はお手柄だ。助かったぞ」
「ふん、嬉しくねぇよ」
……
慌ただしくB.K.Bの連中が電話で連絡を飛ばし、この場にいた連中も半分以上が駆けていった。火を点けた方の敵を見つけようって腹だ。サーガもあんな脚のくせに陣頭指揮を執るつもりか、いなくなってしまった。
ベンは俺の見張りを仰せつかっているせいで残っている。こっそりついて行こうとした俺の肩を掴んで止めたのもコイツだ。
「ちったぁ大人しくしてたらどうなんだ、お前は」
「生憎まだ若いんでな。お外ではしゃぎたいお年頃なんだよ」
「可愛くねぇガキだぜ」
「てめぇになんか可愛がってもらいたくねぇっての」
割と強めの拳骨が降ってきた。チッ、コイツも馬鹿力の部類かよ……ギャングスタはどいつもこいつも日ごろから身体鍛えてるせいで、いちいち力加減がおかしいんだよ。
連れてこられたクリップスは二人とも縛られ、地面に転がされている。痛めつけられ、殺されるかもしれない状況だというのに泣きも喚きもしないのはなぜだろうか。
パァンッ!
俺がその答えを出す前に、謎は解けた。至近距離で鳴った銃声と、飛び出してきた二人組のクリップス。
仲間がすぐそばに伏せてやがった! それで余裕だったんだな……畜生!
「げっ! クリップス!」
「応戦しろ、マザーファッカー!」
少しばかり油断していたB.K.B側の反応が数瞬遅れる。その間に、二人のメンバーが撃たれて倒れた。息があるのかどうかを心配している暇などない。
「クレイ、隠れろ!」
「分かってる!」
さすがにこんな状況でのんびり記念撮影とはいかない。ベンの指示に従って俺は物陰へと移動する。
パァンッ! パァンッ!
さらに激しくなる銃撃。B.K.Bメンバーも撃ち返し始めたのだろうが、いちいちそんなことを確認してる暇はない。
「クレイ! あぶねぇ!」
「あぁ!? うおっ、何だ、こら!」
真後ろから飛んだ、ベンの警告。ドン、と奴から突き飛ばされるのと同時に俺は前のめりになって、たたらを踏んだ。
「ぐっ……! 行け!」
ベンの様子がおかしい。よく見ると右胸から出血している。
背後から撃たれて弾が抜けたのか! 格好つけて俺なんかをかばうから!
「ベン! あんた、その傷はマジでヤバくねぇか……!」
「行け……!」
「クソッたれ……! くたばるなよ!」
なんで俺がギャングスタに命張ってまで助けてもらわなきゃならねぇんだよ! どう思えばいいのか分からなくなるだろうが、クソがぁ!




