Hide! B.K.B
体調もかなり良くなってきた。銃声はなく、ポリスカーのサイレンの音を頼りに俺は路地から路地へと移動していく。このエリア自体は広くないのだ。どうにかその近くまで駆けつけたい。
人目の届かない場所に散ってしまったのか、シザース以外のB.K.Bメンバーとは誰一人遭遇しなかった。
それどころか、先ほど非難していた家族以外の住民も見かけない。こちらは家に鍵をかけて閉じこもっているだけだと思われるが。
サイレンが近い。とはいえポリスカーだって移動しているわけで、また少し離れ、それを徒歩で追う、という事を数回繰り返した。
どうやらここに来ている車両は一台だけ、警官は多くともニ、三人だろう。小規模とはいえ、ギャング同士の抗争に対してその程度しか人間を送ってこないとは、本当にお気楽な事だ。平和ボケにもほどがあるぞ。
何度も悪態をつきながら進んでいると、ようやくポリスカーの上で光る回転灯を見つけた。
不気味なほど暗く静まり返ったゲットーエリア。スラム街のような治安が悪い地域の事だが、そこでは赤と青の光が嫌でも目立つ。
サイレンや拡声器からの声は聞こえないので、探索中のようだ。それはまだ逮捕者や死者が出ていないという事を意味する。それを喜ぶべきかどうかは難しいところだが……
俺はしばらくポリスカーに見つからないように追っていたのだが、そこでふと気づく。
「ギャング共が逃げ隠れしているんだったら、むしろ警察車両からは離れていこうとするじゃねぇか」
一体俺は何をやっているんだと憤るが、他に目標地点も無かったのだから仕方がない。ここが本拠地であるB.K.Bはどこか近くにいるとして、クリップスは撤退してしまったのだろうか?
しばらくその場に停車していたポリスカーが再び動き始めた。俺はそれを追わず、反対方向へと足を進める。
パァンッ!
「……!」
近い! 流れ弾が飛んでくるのではないかと思うと足がすくむ。ただでさえノロノロとした足取りがさらに重くなった。だがそれでも、俺は銃声へと近づく。
ポリスカーは遠ざかったせいで銃声を聞き逃したのか、こちらに戻ってくる気配はなかった。
「あれか……」
真っ赤なワークシャツに身を包んだブラッズが二人、低い塀の手前に屈んでいた。敵方であるクリップスの姿は見えない。
二人の内の片割れが腕だけを塀の上に出し、銃口を正面に向けて引き金を絞った。
パァンッ!
当然、何かに命中するわけでもないのでただの牽制射撃だ。その先にクリップスがいるのか……? 射撃対象がはっきりと人だと分からないので微妙だが、もう一度撃つようであれば一応撮っておくか。
背後にいる俺の存在はB.K.Bの二人には知れていない。もう少し近づくか、と思った矢先に前方が鋭く光る。
パァンッ!
「ぉ……」
声にならない声が出る。物陰と夜の闇で姿は見えないが、B.K.Bメンバーや俺の対面にいるクリップスからの反撃だ。しかも、それは俺の方を狙った一撃。つまり、クリップスからは塀の手前にしゃがんでいるB.K.Bメンバーは見えず、その少し奥に立つ俺の姿が見えている……!
幸いにも弾は近くの茂みに消えていったが、狙われているのは事実だ。俺はすぐに屈み、さらに腹ばいになった。どこまでがクリップスの視界に入っているのか分からない以上、最低でもB.K.Bメンバーがもたれかかっている塀の高さ以下の姿勢にしないとマズい。
「おい! 誰だ、お前!」
そして、僅かに俺が上げた声か、伏せた時の音か、それともクリップスの攻撃先を確かめたのか、B.K.Bの二人に俺は気づかれる結果となった。誰何ではなく、いきなり撃たれていたらコイツらに殺られていたな……
バレてしまったものは仕方がない。うつ伏せのまま顔だけを上げ、二人に見せる。クリップスじゃないとだけ分かってもらえれば今はそれでいい。
「あん? こいつ、クレイじゃねぇか。E.T.のジャックの息子だろ!」
「マジか!? 取り敢えずこっちに来い! またあのクソボケ共に撃たれてぇのか!」
俺には見覚えが無いが、B.K.Bメンバーの一人が俺を知っていたらしい。もう一人が俺の腕を取って引き寄せた。
クソッ、まさか仲良くギャングと肩を並べて塀の陰に隠れることになるなんてな……これじゃまるで俺も一味じゃねぇか。命を助けられたのかも知れねぇが、嬉しくもない状況だ。
「お前がなんでここにいるのかは知らねぇが、とりあえず伏せてろよ!」
「あぁ、分かったから頭を地面に押さえんな……!」
俺を引き寄せてくれた方のギャングスタが、ぐいぐいと頭を押し付けて俺の姿勢を低く保とうとしてくる。俺を土の中に埋める気かっての。
そいつは痩せっぽちの男で、ツルツルのスキンヘッドにバンダナを前結びで止めていた。夜なのにロークなんかかけてやがるが、それで暗闇のクリップスを見つけれるとでも思ってるのか?
「あん? あぁ、悪い。気ぃ張ってるからよ。出来る事なら自分で穴でも掘って埋まってろ」
「ペッ……! 美味い土を食わせてくれてありがとよ!」
「おい、お前らじゃれ合ってる場合じゃねぇぞ」
もう一人のギャングスタ。最初から俺の顔を知っていた奴は筋肉隆々のゴリラみたいな男だった。ボサボサのアフロ頭に小枝や葉っぱが絡まっている。茂みの中をかき分けながら追跡してきたんだろうな。陸軍にでも入隊しちゃどうだ。
パァンッ!
今度はそのアフロ頭のゴリラが拳銃を握る右手を上げて発砲した。すぐそばで思いがけず銃声が響くものだから鼓膜がキンと鳴る。撃つなら言えよ、馬鹿野郎。耳も塞げやしねぇ。
パァンッ! パァンッ!
反撃があった。どうやら敵は移動していない。ここにいたところでお互いに弾を無駄にするだけだと思うが、何をやってるんだ?
「おい、向こう側から撃ち返してきてるクリップスは何人いるんだ?」
「あぁ? んなこと聞いて何になるんだよ? 一人だけどよ」
スキンヘッドが答える。
「なら何で挟み撃ちにしねぇんだよ。二対一なら勝てるだろ」
「バーカ。もう加勢は電話で呼んでんだよ。俺ら二人が足止めしてる間に反対側へ他のホーミーが回り込んでる」
足止め……そうか、それで見もしないで適当に撃ちまくってたんだな。
「あっち側は壁や鉄柵で行き止まりにでもなってるのか?」
「よく分かったな。あの道の先はスクラップ置き場だが、有刺鉄線付きの鉄柵で囲まれてるんだよ。簡単には越えられねぇ」
「お前らの仲間はその反対側……つまりスクラップ置き場の敷地内側には入れるのか?」
鉄柵の反対ならば確かに完全なる挟み撃ちになるな。よくそんな都合のいい場所に敵を追い込んだものだ。地元の土地勘をフルで活用して戦っているわけか。
「入れるに決まってんだろ。この街は俺らの庭だぞ」
「そうかよ」
真っ白な歯をきらりと光らせながらサムズアップするスキンヘッド。なんだよ、その古臭くてだせぇ仕草は。
タタンッ、タタンッ、とリズミカルな銃声が聞こえた。ライフルか……サーガも持っていたが、あんなものを使ってる時点で一般の警官の手には負えない。もしかしたら、街に来てる警察はハナからケンカを止める気が無いのか?
ギャング同士で殺し合えばいいと思ってるのなら、せめて住民や街の建物を巻き込まないように誘導するくらいしろっての。
「おぉ、来てくれたみてぇだな。相棒、アイツは多分こっちに向かって逃げ出してくるから仕留めるぞ!」
確かに鉄柵の向こうからライフルでハチの巣にされるくらいなら、こちらに逃げようとするだろう。
「おうよ、任せておけ」
スキンヘッドに呼応して、ゴリラみたいな奴が塀から顔を少しだけ出す。そんなデカいアフロ頭が覗いてたらバレバレだと思うんだが。
「クレイ、あぶねぇからお前は顔なんか出すんじゃねぇぞ。心配するな、俺達が守ってやるからよ」
またサムズアップしながらスキンヘッドが歯を見せる。その仕草はコイツの癖なのか? だせぇしうぜぇし、そもそも誰がギャングなんかに守ってもらいたいと思うかっての……
「誰がてめぇなんかに……」
「奴が来たぞ! 仕留めろ!」
ゴリラみたいなアフロの男が俺の言葉をかき消す。
「よっしゃー! ぶっ殺す!」
パァンッ!
スキンヘッドは身を隠していた低い塀から躍り出し、発砲しながら突進した。ワンテンポ遅れてゴリラ野郎も敵に突っ込んでいく。
なんだよ、守ってやるとか言いながら二人とも攻めに転じてるじゃねぇか。攻撃は最大の防御ともいうが、多分アイツらはそんな事考えちゃいないんだろうな。
パァンッ! パァンッ!
「うおぉっ!」
「仕留めたぞ! 捕まえろ!」
銃声と怒号。どたばたと走る足音。その内容から塀の向こう側で起きている状況を想像することは難しくない。
「……って、なんで俺はそれを撮らねぇんだよ!」
撃たれるかもしれない、危ないから隠れてろという言葉を鵜呑みにして、俺は何をやってるんだ! これこそチャンスだろうが!
慌てて塀から顔を出し、そこで落胆する。
……そこには誰もいなかったからだ。
厳密にはもっと奥に行けばいるはずだ。結局、この場所からでは暗闇が深くて何も見えない。
「クソッたれめ! 放せ! 放しやがれ!」
聞き覚えのない声。クリップスか? 息があるという事はまだ間に合う。アイツら二人が敵を処刑するのか暴行して拉致するのかは知らないが、それならば……!
携帯電話を構えて俺は駆け出した。
「あん? クレイ、てめぇは出てくるなって言ったろ!」
スキンヘッドが唾を飛ばして注意した。クリップスが地面にうつ伏せに倒れ、その両腕を締め上げられている。スキンヘッドはさらに膝をクリップスの身体の上に乗せ、完全に動けなくしている。
警官さながらだな。そういった現場を見すぎて覚えちまったのか?
「クソがぁ! 放せよ!」
クリップスは脚から血を流している。スカイブルーのワークパンツに真っ赤な血は目立つ。
ゴリラみたいな男の方は拳銃を油断なく構え、俺の方なんて見向きもしなかった。
「……」
俺は携帯電話のカメラでフラッシュを焚き、その光景を撮影した。さらにそこからは動画モードにする。意外にもB.K.Bの二人は何を撮ってんだとも言わず、状況を維持することを優先した。
遠くからがしゃがしゃと金網が鳴る。スクラップ置き場の敷地内から鉄柵を乗り越え、さらなるB.K.Bメンバーの増援が現れた。人数は四人。その中にはベンの顔もある。
「捕まえたか!」
「よし、逃がすんじゃねぇぞ! 手足を縛っとけ!」
「おい、何でクレイがいるんだよ?」
口々にそいつらが言う。最後の言葉はベンのものだ。
「どうもこうも、サーガが俺をぶっ飛ばして、教会に放り込んでやがったんだよ。目覚めたらあの辺は火の手が上がっててな。慌てて逃げて来たってわけだ」
「サーガがぶっ飛ばした? 被害者面しやがって。どうせ、てめぇが余計な事でも口走ったんだろ」
「被害者だっつぅの! 俺がサーガに一発入れても、お前らは文句ひとつ言う権利ねぇからな!」
その場にいる面々の顔色がサッと一瞬で変わったのを肌で感じた。
……何だ?
「クレイ。今の発言を取り消せ。いくらお前があのジャックの息子だからって、俺達にとっちゃ見過ごせねぇ言葉だ」
代表してベンが言う。
「何がだよ? 俺は既にサーガから一発入れられてんだぞ。やられっぱなしで泣き寝入りしろってのか」
「そうだ」
「ざけんな!」
「俺達は何があろうと仲間を優先する。たとえ全面的にサーガに非があったとしてもそれは関係ねぇ。仲間が、家族が、この街が俺達のすべてだ。それに敵対しようってんなら、てめぇもこのクリップスと同じ目に合わせてやる」
どこからか拾ってきたロープで、す巻きにされてしまったクリップスをゴリラみたいな男が担ぐ。
「クレイ、お前も来い。携帯なんか構えて、コイツの末路が気になるんだろ?」
「ふん……言われなくても勝手に行くぜ」
ベンにそう言われ、俺はギャングスタの後を追った。




