Stray! K.B.K
「次はいつ行くんだ?」
「……グレッグか。何だよ、藪から棒に」
ハイスクールの講義のあと、たまたま俺の後ろの席に座って受講していたグレッグが身を乗り出してきた。
「言わなくても分かってるだろ、クレイ」
「あぁ? ツーリングか? 次はいつだろうなぁ。それより、お前も免許と車両を手に入れろよ。ついでにヘルメットもな」
グレッグがグッと顔を寄せる。そして小声になった。別に聞かれてマズい話題でもないだろうに。おかしな奴だ。
「違う違う。B.K.Bへの潜入の話さ」
「は?」
俺が前回、ヘマをしてサーガに捉まったのはコイツも知っている。しかし、次の機会を気にする理由が浮かばない。
「なんだ、別に考えてなかったのか? それならいいんだが」
「考えてねぇわけじゃねぇさ。だがどうしてお前がそんなこと気にするんだ?」
「夜なら俺も抜け出せる」
一瞬、グレッグが何を言っているのか分からなかったが、すぐに理解する。
「まさか、お前……ついてくる気かよ」
「あぁ。ただ、俺の場合はB.K.Bの証拠を抑えてどうのこうのって話じゃない。単純に、奴らは普段どんな事をしてるのかが気になってな」
メイソンの昔話に感化されたのか、それともツーリングの時みたいに両親を騙して外出するのが楽しくなったのか。いずれにせよ、この好青年も悪ガキに成り下がっちまったか。
「論文のテーマにでもするか? 俺みたいに」
「なるほど、それも悪くないな」
「だが、二人だとまた見つかっちまう確率が上がる。俺は連れて行く気はないぞ。諦めるんだな」
当然の回答だ。グレッグを連れていくメリットが無い。
「わかったよ。俺だってお前に迷惑をかけたいわけじゃない。だがそれならせめて、見聞きした話を教えてくれよ」
「もちろんそれくらいなら構わないが……妙に熱心じゃねぇか?」
「俺がギャングスタになりたがってると思うなら杞憂だぞ」
そんなことは思っちゃいないが、出来れば興味すら持って欲しくないところだ。とはいえ、これも俺の行動の結果でもあるのだから仕方がない。
「お前の家庭は、そんなもんとは程遠い層だろう」
「それを言うなら、お前が一番近いから危ないじゃないか、クレイ。近い遠いって話なら、お前の生い立ちは文句なしのサラブレッドだ」
「おい、ふざけるな」
「……悪いな、今のは失言だったよ。それより、K.B.Kはどうするんだ? 活動しないなら解散して、これからはお前が個人で動くつもりなのか?」
俺が爆発する前に、グレッグは話題を変えてきた。ふん、賢明な判断だ。
「解散までは考えてねぇが、K.B.Kメンバーをギャング絡みの件に巻き込めねぇよ。ワンクスタ狩りもここのところ調子が悪いからな……」
ジェイクが抜け、グレッグが行動不能となり、少し前からの連戦連敗。ワンクスタ相手にこのザマでは現在の士気低下も仕方のないことだ。
「そうか。またワンクスタ共がのさばっちまうのも時間の問題かもしれないな」
「それは俺も危惧してるところなんだ。今まで潰してきた奴らがいつ戻ってきてもおかしくはねぇ」
「そうなった時、奴らの復讐が始まるかもしれない。何か、K.B.Kが機能してない事を隠す方法はないか?」
K.B.Kが無理やり活動をしたところで、さらに力が無いことが広く知れ渡る。かといって動かなければK.B.K自体が既に無くなったものだと広く知れ渡る。もはや打つ手なしか。
「今のところは……何も思いつかねぇな」
「B.K.Bはワンクスタには興味もないだろうしな」
「馬鹿言え。いくらワンクスタ共を潰すためとはいえ、ギャングに期待なんかしてたまるかよ。力がある奴がいたら味方に引き込むなり、見せしめに殺しちまうなり、アイツらの良いようにしか働かねぇ」
それが皮肉にもワンクスタ達の増長を防ぐ壁になっている。
「とにかく、お前がB.K.Bに対してどう出るかは任せるが、K.B.Kの存在も暗に匂わせておく必要があるな」
「まさか、B.K.Bに対してって意味か?」
「そうは言ってない。この街にって意味だ。しかし、B.K.Bが利用できそうならそれでもいいんじゃないか? 宣伝に使ってやればいいじゃないか」
何? B.K.Bを利用するだと?
言葉だけならば聞こえはいい。だがそれは結局奴らの威を借りてるだけじゃねぇのか。
「どういうこった」
「B.K.BにとってもK.B.Kは厄介な存在だと思わせればいい。もちろん直接やり合うなんて話じゃないぞ。K.B.Kの存在を認めさせれば、K.B.KがB.K.Bに代わってワンクスタへの抑止力を持てる。俺達はギャングスタに怯え、ワンクスタにも負けていたかもしれないが、今は違うはずだ」
「何が違う? 悔しいが、まだまだ俺達の力は小さいままだ」
「お前だよ、クレイ。望んでいたわけじゃなかっただろうが、お前は既にサーガとの面識もある。オリジナルギャングスタの一人息子だってのも、B.K.Bの対抗馬としてはプラスに働く血筋だ。B.K.Bのギャングスタにも、ワンクスタにも、K.B.Kの目があるから派手な悪さは控えるか、と思わせられれば……どうだ?」
なるほどな。威を借りるんじゃなく、奴らを困らせて、それを広めようって腹か。それなら悪くないが、問題だってある。
「厄介な存在だと認識させた場合、K.B.Kが直接B.K.Bから排除されちまう可能性が出てくる。サーガがどうこうって話じゃねぇ。ギャングスタ達がサーガの目の届かない場所で、リカルドやウチの他のメンバーを襲うような事態に発展しちまうぞ」
「確かにそうなれば終わりだな。K.B.Kに危険が及ぶなんて論外だ。他の方法は……」
「ギャングやワンクスタにとって厄介な存在だと認識させるのは俺個人、それならいけるんじゃねぇか」
俺の言葉にグレッグが大きく目を開く。
「馬鹿か! そんなの同じことだ! いや、それ以上じゃないか! 一人じゃ、いつ後ろから刺されてもおかしくない! ワンクスタにすら対抗できないぞ!」
「そうとも限らないぞ? こんな呪われた血なんか欲しくなかったが、ギャングスタ共はジャックの事を伝説のオリジナルギャングスタだと信じ込んでやがる。絶対に俺に手出ししないとまでは言い切れない。それでも、他のK.B.Kメンバー達に比べれば安心できるだろ」
ジャックの七光りで守られているかのような言い草に、自分でもふき出してしまいそうになる。
当然、こんなものはただの言い訳だ。俺一人でケリをつけるつもりなのは真実だが、馬鹿な親父の力を借りようなんてつもりは毛頭ない。
たとえ下っ端のギャングスタが「誰だてめぇは」と、このこめかみに銃口を突き付けてきたとしても、「撃つな! 俺はジャックの息子だぞ!」だなんてクソダサい言葉は俺の口から出て来やしねぇだろう。
文字通り、死んだ方がマシだ。
「それでもダメだって。いくらサーガ率いるB.K.Bでも全員がお前の顔を知ってるわけじゃないんだ。ワンクスタなら尚更さ。それに、もし上手くいったとしても相手が個人だと分かってたら、人知れず闇討ちしようとするやつも出てくるって」
「そりゃそうだろうが……何かしらのリスクを取らないと何も得られないのは世の常だろうさ」
「それを背負うのがお前ひとりだというのなら断固反対する。それでもやろうって言うのなら、俺だって勝手について行くぞ。お前がやろうとしていることはそういう事だ」
まったく、呆れた正義感だ。鳴りを潜めていた好青年の部分が出てきやがった。
「だったら当初の狙い通り、B.K.Bの悪事をタレ込む事にするさ。それでB.K.Bが壊滅すればよし。ワンクスタ共が手に余るようになってきたらまた同じ手を使う。それしかねぇな」
「まぁ……ひと先ずはそれで納得しておくよ」
「他のメンバー達とはよろしくやってんのか? 俺とリカルドはバイトもあってすっかり疎遠になっちまったが」
今でこそグレッグもアルバイトには合流したが、それよりずいぶん前から俺とリカルドは働いていたので、メンバーとはグレッグの方が話していたはずだ。
「学内だけの付き合いになってしまったけどね。彼らもぼやいてたよ。ジェイクがいなくなった事とか」
「ジェイクやお前ほどとは言わずとも、他に強力な味方になってくれそうな奴はいないもんかね。もちろん、B.K.Bの事は考えなくていい。ワンクスタ狩りで腕っぷしを発揮してくれたり、作戦立案できる頭を持ってる奴がいれば助かるんだが」
「それなら俺からアイツらに仲間探しを頼んでみるよ。このまま暇してるよりはマシだろうから」
そして、このグレッグの提案が幸運と言うべきか、はたまた不幸と言うべきか、思いがけない結果をもたらす。
……
数日後の学内。
学舎の裏手の駐車場に集まるのはおよそ二十人の生徒たち。手招きするグレッグと、隣にはリカルドやK.B.Kのメンバー達もいる。
「やぁ、クレイ」
「これは一体何の騒ぎだよ」
「仲間さ。思った以上に集まってくれてね」
どんな勧誘法を使ったんだ……とメンバー達に訝し気な視線を送ったが、無視された。
「K.B.Kの活動内容は分かってて集まってるんだよな?」
「もちろんさ。徐々にお前の考えが支持者を得てる証拠じゃないか。何はともあれ、これでワンクスタに対抗できる」
「まぁな。ひとまずありがとうよ、お前ら」
リカルドが俺を適当な車のボンネットの上に押し上げた。ざわついていたのが徐々に止み、一同の注目が集まる。
「よっ、ボス! 新生K.B.Kに何か一言くれよ」
「調子のいい野郎だぜ。この車の持ち主に見られたらカンカンだぞ」
見られずともボンネットに残った靴跡のせいで、愛しのシンデレラ探しが始まるかもしれないが。
「お前がクレイかー?」
「街の不良共をやっつける集まりだって聞いたぞ!」
二つの声が新たな仲間から発せられたので答える。
「あぁ、その通りだ。俺はクレイ! Kray's Blood Killersっていうチームを率いてる! これは街に蔓延るゴロツキどもをこらしめる集団だ。これからはお前たちにも力を貸してもらうからな! なめられないようにしっかり鍛えとけよ!」
二十の拳が天に向けて突き上げられた。




