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B.K.B 4 life 2 ~B-Sidaz Handbook~  作者: 石丸優一
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Ride! E.T.

「昔な。俺がギャングスタだった頃、ニックっていう仲間がいたんだ」


 そう切り出したメイソンの表情は、どこか寂し気だ。それだけで俺達三人は察する。その、ニックという奴はもういないんだなと。

 リカルドやグレッグにも、メイソンがB.K.Bの初期メンバーだった過去は本人から既に伝わっている。現役じゃないんなら別に構わないだろう、というのがコイツ等の考えだ。


「そのニックってホーミーが乗ってたのが、あれか?」


 リカルドの質問に、メイソンは首を横へ振った。


「いいや、厳密には違う。たまたま似てるものを見つけたから持ち主と交渉してウチに持ってきたんだ。そんなことしたってアイツは蘇らないけど、居ても立っても居られなくてね。ニックは、ライダーなんて呼ばれるほどのバイク馬鹿でさ。ニンジャにブサに、日本製の大型スポーツばっかり選んでたよ。スピード狂だね」


 ブサとはハヤブサの略称。スズキ製の化け物みたいなスポーツバイクだ。まともな奴が選ぶバイクじゃない。そのニックって奴は頭のネジが百本以上緩んでたんだろう


「ほう、そりゃ俺と馬が合いそうだなー!」


「どこがだよ。スピード狂ってところがか? まずあのハーレーじゃスピードは出ねぇよ」


「うっせーなー。心意気だよ! バイクを愛する心意気!」


 ニックという奴に対して、やけにリカルドは親近感を覚えているようだ。わけわかんねぇ。


「はぁ? 相手はギャングスタだぞ。バイク乗りだからって犯罪者を認めるわけにはいかねぇよ。どうせソイツも事故って死んだってオチだろ、メイソンの兄ちゃん」


 そこで俺達三人はハッとした。メイソンの力強い瞳から、ボロボロと涙が溢れていたからだ。悲しい視線のその先には、変わらずニンジャが映っている。


「あれっ」


 自身でも気づいていなかったのだろうか。メイソンは気の抜けた声を出してディッキーズの作業着の袖口で目元を拭った。


「な、なに泣いてんだよ……」


「はは、なんだろうね。気にしないで」


 メイソンはごまかすように、溶けかけた氷しか残っていないコーラをストローでズズッと吸っている。

 そのままニ、三分は誰も何も言わずに沈黙が続いた。


……


「そうだ、もう食わなくていいのか? 若いんだから遠慮せず追加注文していいんだぞ」


 既にトレーの上には空き箱や包み紙だけだ。俺はもう腹いっぱいだが、食い意地の張ったリカルドは満腹そうな顔をしているくせに、さらに頼むかどうか迷っている。


「俺は大丈夫だ。ごちそうさん」


「俺は、もうちょっと……」


「リカルド、お前は帰りに吐き出しそうだからもうやめとけって」


 横のグレッグがリカルドの肩を叩いてそれを止めた。別に俺はコイツがゲロまみれになろうと知ったこっちゃないがな。


「そう言えば、クレイ。さっきライダーが事故って死んだんじゃないかと言ってたけど、もちろん違うよ。彼の運転はピカイチだった。どれだけの速度を出していてもぶつかることは無かったんだ」


「何だよ、今度は仲間自慢か」


「当然さ。俺達は仲間を愛し、地元を愛し、家族を愛した。少しでも悪く言われようものなら烈火のごとく怒ったもんだよ」


 はぁ……今だってそういった部分は残ってるじゃねぇか。ニックという奴に突っ込むのはここまでにしておこう。くわばらくわばら。


「他にはどんな仲間がいたのかも聞きたいな。アンタは最古参のメンバーだったんだろう?」


「おい、グレッグ! これ以上、ギャング絡みの話を広げんじゃねぇよ!」


「昔話なんだからいいじゃないか、クレイ。俺だって現役のギャングスタにはいい思いを抱いちゃいないぞ?」


 何を考えてんだ、グレッグの野郎は。いくら昔話だからって、俺は犯罪者の話だなんて聞きたくもねぇ。


「グレッグ。俺だって聞いてくれるんなら話してあげたいけど、クレイの気持ちも考えてあげようよ。コイツがいないときにでもまた言ってくれ」


「クレイがいない場だって、俺やリカルドの口から結局は耳に入っちゃうと思うんだけどなぁ。特にリカルドから」


「うっぷ……今苦しいから俺の文句言うのは遠慮してくれ。何も言い返せねー」


 リカルドは額に脂汗を浮かべながら腹をさすっている。そのまま永遠に黙ってろ。


「それに、クレイはB.K.Bの悪事を暴くために彼らのアジト付近へ潜入したんだったよな? B.K.Bの古参の言葉から、その歴史を知るのも悪くないんじゃないか」


「あぁ? 昔のメンバーを知ったところで、何かの役に立つとは思えねぇんだが」


「敵に勝つにはまず、その敵を知る事が大事だ。確か、中国かどこかにそんな格言あっただろう?」


 チッ……そんな格言は知らねぇが、もっともらしい事を言いやがる。頭の悪いリカルドを相手にするのとは違って、グレッグが相手だと分が悪い。


「いい加減にしてくれよ、お前ら。悪口とはまた違うのかもしれないが、面と向かって俺の昔の仲間を敵発言するなっての……。俺だって悲しいんだぞ。それに、その理屈だとジャックだって敵になるじゃないか」


「ジャックの事なんか、最初から味方だなんて思ってねぇよ。父親なのかもしれねぇが、物心ついたときにはもういなかったんだぞ?」


「おうおう。こりゃあ、手の施しようのないドラ息子に育ったもんだな」


「ふん! オリジナルギャングスタだった男がよく言うぜ!」


 俺は道を踏み外しちゃいないし、真っ当に学生をやってるっての。ドラ息子ってのはシザースの阿呆みたいな不良少年の事を言うもんだろうが。


「俺なんかOGって言われるのもおこがましいんだけどね」


「えらく謙虚だな」


「とっくの昔に俺は堅気になったんだから、謙虚くらいで丁度いいの」


 ただでさえ自己主張や大口叩きがはびこっている世界だ。ギャングみたいな連中なら尚更だろう。だが、メイソンはそれにしては自分を大きく見せない。


「何でギャングを辞めたんだ?」


 グレッグが横から訊いた。また余計な話題を振りやがって。


「単純に今の仕事を親父から継ごうと思ったからだよ。仲間を裏切る形になっちゃうし、大きな決断だったけどね。そういえばサムには怒鳴られたなぁ。すぐに許してくれたけど、何だか懐かしいよ」


「サム? 誰だい、それは?」


「あぁそうだよね、ごめんごめん。サムってのは初代のプレジデントさ。リーダーってことだね。俺達と同い年の奴でB.K.Bを作った張本人だよ。優しくて涙もろくて、そのくせ怒る時にはカッとなる。誰からでも慕われてる良いリーダーだった」


 サムの話なら俺も知ってる。というか少しだけ記憶がある。かなり朧気でそれが果たして真実かどうかも定かではないが、よく遊んでくれていた……ような気がする。

 チッ、そんなことはどうだっていいってのに。妙な事を思い出させてくれるなよ。ギャングスタが遊び相手だった、だなんて反吐が出る。


「話だけだと、サムって人は人格者に聞こえるのが興味深いな。ギャングスタになるとは到底思えない。今のリーダーはどうなんだ?」


「ギャングスタってのは、なりたくてなるものじゃなかったからね。今のプレゼントはサーガ。本名はガイっていうんだが、彼も最初期からのメンバーの一人、俺と同い年の仲間だよ。切れ者だが、彼も情に厚い」


 サーガか……威圧感と言うか、迫力はかなりのものだった。歴戦のツワモノという印象は受けたが、アイツはそれほどの切れ者なのか?


「情に厚い奴が他人に迷惑をかけるような組織を持つかね。さっさと解散するのが切れ者と呼ばれる人間がやるべき事なんじゃねぇのかよ」


「クレイ、俺の仲間の皮肉を言うのはよしてくれってば」


 しまった。ついうっかり口が滑ってしまったか。


「実際、すぐに連絡をくれてお前は助かったんだから。少しは見直してほしいところだよ」


「まさかリカルドやアンタからB.K.B側に俺の情報が流れてるとは思わなかったがな。それって裏切ったようなもんだぜ?」


「裏切ったんじゃなくて、お前が痛めつけられないためにだってば。とりあえず、それは置いといてくれよ。とにかく、サーガもサムに負けないくらい仲間思いだよ。というか、初期メンバーであるE.T.は全員そうだな」


 全員……か。ジャックも仲間思いだったのか? いや、くだらねぇ事を気にするのはよそう。


「せっかくだし、親父さんの事も聞けばいいじゃないか」


「うるせぇな。そんなもん興味ねぇよ、グレッグ」


「わかったわかった。じゃ、メイソンさん。他にはどんな連中がいたんだい?」


 グレッグが両手を上げて降参のジェスチャーをしつつ、さらに質問を続ける。確か十一人いるんじゃなかったか? まだまだ先は長そうだ。


「他かい? マークってのがいてね、彼は当時のB.K.Bでは最強のウォーリアーの一人だった。とにかくデカくて強くて、俺なんかじゃとてもじゃないけど敵わない強さだったんだ」


「ウォーリアー?」


「ギャングスタは大まかに言えば戦闘員のウォーリアーと、ドラッグディーラーを務めるハスラーに分別されるんだ。ちなみにサムやサーガはハスラーだったよ」


 ギャングスタが内部で役割分担されていることは俺も知ってる。しかし、トップってのは力自慢のウォーリアーが張るもんだと思っていたから、あのサーガがハスラー出身なのは意外だったな。


「それから、マークにも負けないくらいの巨漢で、スノウマンってのがいてさ。彼もまた化け物みたいな強さだったんだ。料理が趣味で、よく色んなものを作ってくれたよ」


「ギャングの料理か。面白そうだね」


「別に料理自体は普通だぞ? でも美味かったなぁ。彼が生きてたらレストランをやるのを勧めたいくらいだ」


 ふん。いくら美味いメシを出そうと、店主がギャングスタではゴロツキのたまり場になるのがオチだろうに。


「それに匹敵する強さだったのがクレイの親父、ジャックだよ。そこにいる息子はあんまり話を聞きたくないだろうけど、彼もまた仲間思いの熱い男だった。口の悪さは天下一品だったけどね」


「ぎゃはは、クレイそっくりじゃねーか!」


「うるせぇ、リカルド。お前はまだ黙って苦しんでろ」


「おら、そういうとこだぞ!」


 テーブルの下、脛を軽く蹴ってやると、椅子から立ち上がってリカルドが抗議してきた。


「座れよ、大将」


「てめぇが蹴るからだろうがよー!」


「悪いが、たまたま当たっただけだっての」


 俺の口の悪さはジャック譲りだと言われても、話したことなんかねぇんだから分からねぇっての。だいたい、話したこともない奴の口調が移るか? そんなわけねぇだろ。


「ほらほら、騒ぐな騒ぐな。店を出て行けって言われちゃうよ」


「クレイ、信号待ちの時に横っ腹から蹴倒してやるからな!」


 リカルドが鼻息荒いまま席につく。早くも満腹の苦しさは和らいできたのか、元気そうで何よりだぜ。


「それはやめろよ、リカルド。クレイの後ろには俺も乗ってるんだぞ」


「あー、クソ、俺の周りにゃ敵しかいねー」


 B.K.Bの初期メンバーだった十一人全員の話を聞き終わるまで耐えなきゃならないのかとヒヤヒヤしたが、メイソンの昔話はここまでとなった。

 日が暮れちまう前に健全な学生諸君を帰宅させなきゃならない、保護者としての義務があるんだと。誰が保護者だ。そもそも途中で意図せず合流してきたくせに引率者面すんじゃねぇっての。


「続きは仕事の休憩時間にでも話してやるから」


「俺は御免被るがな」


「もちろんだよ。クレイがいないときに、リカルドとグレッグが聞きたいならって事」


 配慮してくれるってか。それでも胸糞が悪いのには変わりないけどな。


……


 複数のエンジン音が夕焼けの中に響く。


 帰り道でリカルドのハーレーが突然止まった気がしたが、俺とグレッグは気にせず帰宅することが出来た。

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