Ask! E.T.
ガタガタと不快に揺れるピックアップトラック。メイソンの修理工場の作業車のひとつだ。俺がバイクを止めた道端までは三分とかからない道のりだろう。
「なんだ、ムスッとしてるだけでいいのかい? もっと色々と質問攻めに合う覚悟だったんだけどなぁ」
メイソンの言う通り、俺は車窓から暗い外の景色を見ているばかりで一言も発していない。聞きたいことはたくさんあるに決まってる。衝撃のカミングアウトの直後なのだ。バイクにたどり着くまでに話しきれるとは到底思えない。中途半端に話して悶々とするくらいなら、しっかりと時間を取れる時の方がよさそうだと思っている。
「今ここで話したって、すぐ目的地に着いちまうだろ。あ、そこを左だ」
「まぁ、それもそうだね」
「あの辺だな。あん……? 誰か立ってねぇか」
「いるね。盗む気かな?」
人影が二つ。かなりの確率でギャングスタだろう。バイクが見つかっちまったか。悪いがソイツは盗ませねぇぞ。
「おう、ようやくのご到着かよ」
メイソンと車を降りると、やはりブラッズのメンバーだった。馴れ馴れしく話しかけられる覚えはないと思ったが、近寄って初めてその人物に気付く。
「あぁ? シザースじゃねぇか」
「じゃねぇかとはご挨拶だな」
途端に不機嫌になったシザースが地面に唾を吐く。もう一人は見知らぬギャングスタだった。
「ウチのボス様から直々に指示されてたんだよ。悪戯されねぇように、てめぇのバイクを見張ってろってな。隅っこに停めてるもんだから、探すのに苦労したぜ」
「ボス?」
「サーガだよ、決まってんだろ! B.K.BのプレジデントはE.T.のガイだっての!」
なんと、サーガは幹部連中の一人だと思っていたが、奴がリーダーだったのか。
「お前……メイソンの兄ちゃんがそのE.T.だってのも知ってたのか?」
「はぁ? 当たり前だろ。伝説みたいなもんだぞ、E.T.のメンバーはよ。お前の親父さんの正体もさっき指示受けた時に聞いた。ようやく合点がいったぜ。そのせいでこんな特別待遇受けてんだろ、お坊ちゃんめ」
気づいたら、俺はシザースに飛び掛かっていた。
誰が坊ちゃんだ! 俺はギャングからこんな扱いされたくねぇんだよ! お前らクズとは敵対する立場だ!
「ぅおらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
叫びながら、奴の顔面に右の拳を叩き込む。
「ごっ!? んだ、こらぁ!」
「うるせぇ! てめぇはぶっ殺す!」
そのまま地面に押し倒し、さらに一発、左手の拳を打ちつけた。シザースも足で反撃してくる。被りっぱなしだったヘルメットが守る頭部ではなく、腹に奴の蹴りが入った。
俺が押し倒していたはずだが、吹き飛ばされて形勢逆転だ。仰向けになった俺の上にシザースが飛び乗った。股で固定され、両腕から腹や胸にパンチが何発も振り下ろされる。
「おい! その辺にしとけ!」
猛攻撃を継続しようとしていたシザースを、もう一人のギャングスタが後ろから引き止める。
「お前もだよ」
それに乗じて攻撃を再開しようとした俺には、メイソンの制止が入った。
しかし、俺がそんな言葉で止まるはずがない。立ち上がると、一気にシザースとの距離を詰めて頭突きをお見舞いする……はずだった。
「こらこら」
がしりとシャツの襟を掴まれて首が絞まる。そして、足をかけられてごろりと転がされた。これ以上ないくらい優しい手つきに腹が立つ。まるで逃げ回っていたところをいとも簡単に保育士にあしらわれる幼児だ。
「クソが! 恩を仇で返すとはこのことだな、お坊ちゃんよ!」
「てめぇ! また言いやがったな!」
「クレイ」
俺は、今度こそ立ち上がれなかった。メイソンの目が笑っていない。何度か見た冷たい表情。殺気とも言うべきか? とりあえず、少々怒っているのは十分に伝わる。
「シザースはバイクを見ててくれたんだぞ」
「……要らねぇ世話だ」
「礼を言いな。それから謝るんだ。いいね?」
誰が謝罪や礼なんて、とそっぽを向くと、同じ言葉が投げかけられる。だが、これはメイソンからではなくシザースからだ。
「おらぁ、礼と謝罪だよ! ふざけんじゃねーぞ、マザーファッカーが!」
言い返してやろうとするも、メイソンの圧にその言葉はどうにか飲み込んだ。
「チッ……」
「クレイ。ほら早く」
「……分かったよ! 殴ったのは悪かったし、バイクを見てくれたのは世話かけたな! だが、俺の生い立ちを侮辱するような真似はするんじゃねぇ!」
メイソンが俺の腕を引っぱり、立ち上がらせた。そして軽く背中を突き飛ばされてシザースの目の前に寄る。
「よしよし。これで仲直りだね? 握手でもしたらどうだい」
「馬鹿言うなよ、誰がこんなギャングスタなんかと」
「ふん! 俺だってこんな恩知らずと仲良くは出来ねぇっての!」
確かに殴ったのは俺かもしれないが、原因はコイツにある。俺がジャックの、B.K.Bの初期メンバーの息子だという事でどれだけ悩んできたのか、知りもしないくせに坊ちゃん呼ばわりするからだ。
嫌ってる連中から受ける特別扱いなんて反吐が出る。
サーガだってそうだ。悪者の分際で慣れ合おうとしてきやがって。コロッと騙されて「良い奴だ」なんて信じようものなら、きっと犯罪の片棒を担がされて捕まるか、斬り捨てて撃ち殺されるに違いない。
メイソンの事も少し考え方を改めなければならないだろう。今は堅気で働いてる分、現役の連中と比べれば危険度は低い。しかしそれでも腹の中では何を考えてるのか分かったものじゃない。
実は裏ではB.K.Bとがっちり繋がってて、薬や武器、盗難車を流したりしてるんじゃないかとまで勘ぐってしまう。実際、貰ったとか言ってハッパは吸ってたしな。
バイトを辞めるとまでは言わないが、メイソンが裏で何かやっていないか注意を払っておこう。
「シザース、お前もクレイを悪く言ったことくらいは謝っておきなよ。いきなり親の話なんか持ち出されたら誰だっていい気はしないだろう?」
「そうか? 悪くなんて言ってないつもりなんだけどな。むしろ特別扱いが羨ましいくらいだぜ。親父さんがあの、E.T.いちの狂犬、ジャックなんだぜ!」
「屁理屈はいいから。それでクレイが嫌な気持ちになったのは確かなんだよ」
シザースがため息をつきながら軽く頷く。
クソが……今さら謝られたって遅いけどな。喧嘩を売ったのはコイツの方だ。
「今度からは親父さんの話を抜きに、てめぇの腑抜け面だけを馬鹿にしてやることにするぜ。悪かったな」
「馬鹿かよ。それでも殴り掛かってやるから気をつけるんだな」
「あんまりギャングスタなめんじゃねぇぞ。学生くんだりとは踏んでる場数がちげぇんだよ、雑魚が」
中指を立てるシザースにもう一発入れてやろうかとも思ったが、俺は「ふん」と鼻を鳴らすだけに留めてバイクに向かう。確かに傷一つついていないようだ。サーガの言うことならば、嫌な事だろうと犬みたいに従うわけか。お利口な事だ。
「クレイ」
「あぁ? なんだよ」
バイクに跨り、キーを回そうとしたところで声をかけられた。メイソンではなく、クソッたれのシザースだ。
「今度貸せよ、それ。守ってやったんだからよ」
「お断りだ。てめぇは車持ってんだろうが。バイクの乗り方も知らねぇだろうし、それ以前に、お前はガキだから無免許だろ」
「んだよ、マザーファッカーが。次に停めてるの見かけたらパクるからな。サーガの指示は今日だけだし、それは守った。つまり、後は知ったこっちゃねぇんだよ」
俺がバイクに跨ったのを確認したメイソンも車に乗り込んだ。何も打ち合わせちゃいないが、きっと俺が家につくまで勝手に後ろをついてくるのだろう。過保護で涙が出そうだな。
「出来るもんならやってみろ。その日がお前の命日になるぜ」
「殺すってか? デカく出たな、おぼっ……じゃねぇや、クレイ」
「てめぇ……俺が殺さなくても勝手に事故で転倒して死ぬって意味だよ、馬鹿め」
またシザースがお坊ちゃんだと口を滑らせそうになったが、ギリギリのところで飲み込みやがった。今ならメイソンも少し離れているので、どうせなら最後まで言い切ればコイツの面をぶん殴れるところだったのに。
「気ぃつけて帰れよ。それは俺のバイクになるんだからな」
「死ねよ、カス」
バルン! と単気筒エンジンが目を覚ます。ほー、と二人のギャングスタ共が反応した。良い音だと思ったのだろう。最後に、中指を立てて俺は発車した。




