Confess! B.K.B
俺はあまりの衝撃に言葉を失うしかない。メイソンがギャングスタだった……?
こんな優男が、と思うと同時に、その有り余る力強さや善悪を問わない人脈の広さが脳裏をよぎる。彼はギャングスタだろうが経営者だろうが物怖じせずに等しく客として接している。あれらは全て、メイソンがギャングスタだった頃に培われたものだったというのか。
しかも、初期メンバーの一人、イレブントップとか言ったか。つまり俺の父親であるジャックと最も親しかった間柄ということになる。信じられない。
「まぁ、なんだ。別にそんなこと知りたくも無かったろ? 言う必要も無ければ聞かれることもなかったしね」
「それで、どうしてアンタがここにいるんだよ……」
「だからコイツに呼ばれて。お前が来てるから引き取りに来いってさ」
初期メンバーであるジャックとも親友だったのだ。であれば、おそらくB.K.Bの重鎮であるサーガとも深い仲なのだろう。もしかしたらサーガもイレブントップの一人か。
「クレイ。お前には嬉しくない話かもしれんが、コリーから話を先に聞いてたんだ。バイクをあげたから、馬鹿な事をしでかすかもしれないってな。それで、ヘルメット被ったガキが現れたもんだから一目でお前だと分かった」
「メイソンの兄ちゃんが吹き込んでやがったのかよ、畜生め……」
「ま、厳密に言えばリカルドなんだけどね。クレイがB.K.Bに近づくかもしれないから守って欲しいってさ。彼に話したんだろ? 友達思いの良い奴じゃないか」
そういうことか。俺がやろうとしていたことは筒抜けだったわけだ。だが、リカルドだって、まさかメイソンがここまでB.K.Bに顔が利くとは予想してなかったはず。
メイソンが俺に言って直接止める必要がなかったのも、このサーガとの繋がりがあってこその余裕か。どれだけ俺を泳がせても、こうして電話一本で簡単に連れて帰れるんだからな……
何もかも、面白くねぇ。クソが。やることなすこと全部が全部、コイツらの掌の上かよ。
「よくも、騙してくれたな……ギャングスタだったなんて」
「騙してなんかないんだけどなぁ」
「隠してんのは騙してんのと一緒だっての!」
グイッ、とメイソンが顔を寄せた。
「だったら何だ? 俺がギャングスタだったからもう付き合わないってか? そりゃつれないぜ、クレイ。恩を着せるつもりはないけど、俺が今まで散々お前を世話してやったことも忘れないで欲しいな」
「うるせぇよ……どう取り繕おうとギャングスタはギャングスタだ」
「とりあえず帰るぞ。外に車停めてるから乗りなよ。恨みつらみも聞くだけ聞いてやるから。バイクはどこに置いてきたんだい?」
「待て、ニガー」
「ん?」
長椅子から俺を立ち上がらせようと急かすメイソンに、サーガが声をかける。
「クレイが何をしに来たのか、訊きたくてな。お前のおかげで口も回るようになってきてるから、帰しちまう前に話したいところだ」
「お断りだ。ギャングスタなんかと話したくねぇ。『元』ギャングともな」
「クレイ、意地張ってないで少し落ち着きなよ」
帰ろうとしていたメイソンもそう言って座ってしまった。それもサーガのすぐ隣にだ。結局はそっちの味方ってわけだな。仲良しこよしで羨ましいこった。
「ほら」
「ったく……」
メイソンが動かないつもりなら、どちらにしろ俺はここから帰れない。教会の前には兵隊もいるだろうから、走って突破したところですぐにここに戻ってくるだけだろう。
「B.K.Bの悪事を撮って、サツかFBIにでもタレ込んでやろうとしてたんだよ」
「ほー、そりゃ名案だ」
サーガはニヤリと笑って、長椅子の背もたれに深く腰掛け直した。
「まるで他人事だな、大御所になると頭もボケちまうのか?」
「はっはっ! 懐かしいぜ、その遠慮のない悪態! ジャックの血は確かに流れてるみたいだな!」
「てめぇ! 親父の話なんかするんじゃねぇ!」
ついつい頭に血が上った俺は、相手が恐るべきオリジナル・ギャングスタ(筋金入りのギャングスタの事:略してOGとも呼ぶ)だという事も忘れて飛び掛かろうとした。
だが、立とうとした足がもつれて長椅子にうつ伏せに寝そべっただけだ。情けねぇ。結局は身体が恐怖に怯えてやがる。いくらなんでも手まで出したら無事ではいられないってな。くそくらえだ。
「その向こう見ずなところもそうだ。ジャックか……懐かしいな」
心なしか、サーガの目は僅かに潤んでいるように見えた。まさかな。鬼の目にも涙とはいうが、コイツに情なんか無いに決まってる。
「ガイ」
メイソンがサーガを呼んだ。なるほど、本名はガイか。
「あぁ……悪いな、湿っぽくなっちまったか。それで、クレイ。寝ころんで遊んでるところ悪いが、もう少し話をさせてくれ」
「チッ! 何の話だよ!」
年寄りは話が長いってのは古今東西どこでも同じだな。いや、ジャックやメイソンと同年代なら年寄りと言うほどでもないのか。
「お前はB.K.Bを憎んでるんだよな? それはお前からジャックを奪ったからか?」
「……そんな理由じゃねぇよ。それに俺が憎んでるのはB.K.Bだけじゃねぇ。この世の中の悪ぶってる馬鹿共は全部嫌いだね。クリップスやチカーノギャングの連中もそう。ワンクスタみたいな半グレでさえもこの世の中には不要だ。それからギャングと取引するようなゴミ警官もな」
俺は迷ったが、結局は全て吐き出すことにした。メイソンのおかげで自分の身の安全が保証されているせいでもある。悔しいが、奴が来たから大口を叩けているのは事実だ。
「お前がギャングを嫌ってるのはよくわかった」
「だったらもういいだろ。俺は帰る。それに何度だってお前たちの悪事を暴くために現れるからな!」
メイソンが「やめろよ、いちいち迎えに来るのも面倒なんだぞ」と言っているが無視だ。今回みたいなヘマさえしなけりゃ、いちいち迎えなんか要らねぇっての。
「邪魔がしたければ好きにしろ。だが、まだ聞かせてもらってないぞ。ジャックを奪ったから、お前はそうなったのか?」
「あぁ? 親父を奪われたから……? いや、違うな。俺からすべてを奪おうとするからだ」
B.K.Bは親父の命、そして間接的にお袋の命さえも奪った。俺の周りが壊されていったのは、親父がギャングスタだったという事実からだ。
もし普通の家庭で生まれ育っていれば、俺だってここまで気が狂ったように犯罪者を憎むこともなかっただろう。しかしそれはそれで、俺が立ち上がる事はなく、犯罪者が野放しになる結果を生むだけなので気に食わないが。
「そうか。お前からすべてを奪う……か」
「何か文句でもあるってツラだな」
「俺は逆だと思ってるからな。お前にすべてを与えてきたのがB.K.Bだ。もっと言えば、お前がこうして生きているのはB.K.Bがあったからだ」
「頭おかしいんじゃねぇのか、てめぇ」
サーガの言葉が意味不明すぎて、いよいよ本調子に戻ってきた俺は物怖じせずに毒を吐き始めた。
「ガイ、もういいだろ。あんまりクレイにそういう事を吹き込むなって。今のままでいいって思ってるのは俺もお前も同じだろ?」
「それはそうだが」
「じゃあもう連れて帰るからね」
メイソンの言葉が引っかかる。途轍もなく大事な話を聞いている気がするが、やはりサーガの言葉と同じく意味不明だ。俺を蚊帳の外にして、勝手なやりとりしやがって。
サーガはまだ何か話そうと口を開いたが、それをつぐんでメイソンにハグをした。メイソンもそれに応え、互いに背中をたたき合う。
そして離れると、サーガは両手を使ったハンドサインを出した。何を表しているのかは分からないが、ギャングサインなのは間違いない。
メイソンはそれに右手の親指と人差し指で輪を作り、OKサインにも似た「b」のハンドサインを返した。
「またな、ニガー」
「またね、ドッグ」
ブラッズの頭文字を象ったギャングサインだ。もはやその事実を疑っちゃいないが、本当にギャングスタだったんだなと思わされる。ハンドサイン、特に本物のギャングサインは生半可な人間が使っていい代物ではない。
もしギャングスタに見つかればその場で処刑されてしまうだろうし、警察や一般人だっていい顔はしない。
「ほら、クレイ。帰るよ」
「ふん……」
教会の扉を開き、俺とメイソンは帰路についた。




