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B.K.B 4 life 2 ~B-Sidaz Handbook~  作者: 石丸優一
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Kikk! B.K.B

 やめろ。やめてくれ。その銃を下ろせ!


 ひたひたと、一歩ずつ近寄ってくる大きな影。真っ赤な服に身を包んだそれは、冷たい銃口をこちらに向けている。幼い姿の俺は、お袋の手に抱かれてガタガタと震えながらそれを見ていた。


 その影が、ニヤリと笑ったように見えた。間違いない。赤色を基調とした恰好。ブラッズと呼ばれるギャングだ。

 この国には大小さまざまな荒くれものがいるが、青色を基調とした服装を纏うカラーギャング、クリップスと共に、ブラッズは二大ギャングとして認知されている。俺が憎むB.K.Bも、数あるブラッズのセットの一つ。


 ここで向かってくる影に対して、俺とお袋を守るように背を向けて立ちはだかる別の影が現れた。そのおかげで向けられていた銃口も、恐ろしかった影も見えなくなる。

 ……これは、誰だ?


 大きな背中だ。露わになった上半身は筋骨隆々。その上に太い首筋、刈り上げた短い髪。身体中に無数のタトゥーと切り傷や銃創が刻まれている。ワークパンツのポケットから飛び出しているのは真っ赤なバンダナ。ブラッズだ。見た目は最悪だが、その背中にはなぜか温かい気配がある。

 だが、なぜブラッズ同士で睨み合っている。あぁ、そうか。奴らは所属するセットが違えばブラッズ同士だろうと戦い、逆に犬猿の仲であるはずのクリップス相手でも、セットによっては敵対行動が必然ではない奴らもいると聞いた。

 そしてなぜ、この影は俺とお袋を守ろうとしている。俺はギャングなんぞに守られる筋合いはない。もっと言えば、ギャング連中に命を狙われる言われも無いはずだ。

 いや……そうか。そうだった。奴らが人を殺すのに、大した理由なんて必要ないんだった。気に食わなければ殴打し、ポケットの中の一ドル紙幣を狙って引き金を引く。たったの一ドルだぞ! 缶ジュースのために人を殺しているようなものだ!

 涙があふれてきた。怖いのか? 俺は、何を恐れている? 銃で撃たれてしまうから? それとも怒っているのか? 何に? ギャングなんかに守られていることに?


 大きな背中が両手を広げた。そして、こちらを振り向きもしないまま言う。


「てめぇ、いつまでメソメソしてやがる。俺が死ぬくらいでよ」


「ジャック!!」


 パンッ、と軽い銃声が鳴り、俺は親父の名前を叫びながらベッドから跳ね起きた。


 暗い自室を軽く見渡し、俺はため息をつく。まただ。またつまらない夢を見てしまった。何度もパターンを変えはするが、俺はよく親父であるジャックが死ぬ夢を見る。今回のは格別に最悪の奴だ。あんな親父に守られる夢だなんて。

 今でこそこうしてギャングを憎んではいるが、俺はその昔、B.K.Bの連中と深い関りがあった。幼いながらに物心くらいはついていたが、はっきりとすべての出来事を覚えているわけではない。ギャングという存在がいかなるものか、よくわかっていなかった。無邪気に奴らのアジトに出入りし、メンバー達には可愛がってもらっていた。もちろんそれ自体は少しくらい感謝している。個人的に言えば、当時のプレジデント、つまりリーダーをやっていたサムという男には特に良くしてもらっていた。顔は思い出せないが、優しい男だったのを覚えている。実の兄がクレイという名前だったらしく、俺は得意げになって兄貴面をしていたものだ。


 しかし、その関係が崩れ去るのに長い時間はかからなかった。奴は警察に捕まり、主導者を失ったビッグ・クレイ・ブラッドはあっと言う間に瓦解した。


 街では暴走したメンバーたちが一般人相手に横暴な振る舞いをし始め、メンバー同士での争いや、警察とのドンパチが激しくなった。およそ半年の間、そのような状況に陥った街は怪我人や死人で溢れ、地獄絵図のようだった。


 残っていた幹部連中は火消しに追われて右往左往していたらしい。ようやく二代目の頭を据えて組織を安定させたものの、すでに手遅れだった。

 そこで俺は気づいた。自分が関わっていた連中は決していい人間ではなかったのだと。優しい顔をしていたのは表だけで、裏では悪事を働き、人々を苦しめるだけの存在だったのだと。

 お袋にも何度となく尋ねた。親父は何者だったのか。撃たれたのは知っているが、それはなぜなのか。

 返ってきた返事はろくでもないものばかりだった。


「いいかい? ジャックは連中のなかでも一、二を争う名うての大悪党だったのさ。口も悪くて乱暴で、どうしようもない男だった。あんたを身ごもったのも、惚れた弱みってやつだね。あたしもジャックと同じくらいの大馬鹿だよ」


「撃たれた相手? さぁ、どうだかね。こないだ立ち寄ったバーで、酔っぱらってるメンバーの一人に聞いた話じゃ、仲間にやられたってさ。今となってはどうでもいい事じゃないか……」


 ギャングさえ存在しなければ。B.K.Bさえ設立されていなければ……!

 俺の憎悪は日に日に増長し、かつて仲良くしてくれていたギャングの連中を消し去ってやりたいと思うようになっていった。


 俺は頭の中から、奴らに受けた偽りの愛情を消すことに努めた。俺は決して大事にされていたわけではない。俺の親父がジャックという大悪党だったから、親父の息子だからというだけで特別待遇を受けていただけに過ぎない。仲間の身内だから乱暴されることなく助かっていただけに過ぎない。

 事実、凶暴化したB.K.Bによって、関係のない一般人は傷つけられて苦しんでいた。そんな連中と仲良くなんて、出来るはずがない。必ず、潰してやる。


「クレイ」 


「クレイ、聞いてるのかい!」


 俺が思考の渦に呑まれている間に、お袋が部屋に入って来ていた。ぱちりと電気が点けられる。


「あ、あぁ。寝起きでぼーっとしてただけ。何か用?」


「寝言だったのかい? なんだか、一人でわぁわぁと叫んでたからさ」


「え、そうなのか。大丈夫、寝言だから。騒がしくして悪かったな」


「汗びっしょりじゃないか。シャワーでも浴びなよ」


 言われて気づく。確かにベッドは寝小便でも垂れたのではないかという程に汗で湿っている。しばらく干してないので、ひどい臭いだ。

 お袋が部屋から出て行ったので、俺は素っ裸になってタオルを一枚ひっつかみ、バスルームへと向かった。


……


 冷たい水が火照った身体に心地良い。

 タイルの壁、防水加工が施された壁掛け時計を見る。夜中の一時だ。まだ朝まで長い。結局はまたあの湿ったベッドで横になるわけだから清潔とは言えないが、これなら嫌な夢にうなされることなく熟睡できそうだ。

 ハイスクールの帰りにリカルドと一緒に出くわしたブラッズのギャングスタ。あいつのせいで親父の夢なんか見る羽目になったのだろう。そういえば、銃口を向けていた影はどことなくアイツに似ていた。今度見かけたら、あの夢を理由にぶん殴ってやろうかという強い怒りが蘇ってくる。


「……ま、やらねぇけどな」


 リカルドが言っていた通りだ。奴らに暴力で対抗することは同じ穴の狢になることを意味する。つまり敗北だ。万が一、喧嘩で勝ったところでそれは俺の負けなのだ。それにまず、丸腰の高校生ではギャングになんか勝てない。

 警官にでもなって取り締まるか? それも考えたことはあった。正しいとは思う。しかし根本的な解決にならないことは今の街の現状が物語っている。

 捕まえて更生するような連中ではないし、実力行使であれば反撃によってまた別の被害者が生まれる結果となるだろう。


 アメリカにだってギャングのいない、クリーンな町はある。どうせならばそういったものを目指すべきだ。やはり政治家が良いだろうか。警察なら所長クラスまで出世を目指すか? 弁護士は違うな。スポーツ選手かミュージシャンになって平和を訴えるか? 州知事や市長ってどうやってなるんだ? 軍に入隊すればいいんだったか。違う気もする。しかし暴力を暴力で上塗りするだけになるだけなのでは……やはり、何はともあれ今はもっともっと勉強するだけだ。そのうち俺の考えに対する賛同者も増えていくと信じて。


 おっといけない。とりとめもないことを考えている暇があったら、さっさとベッドに戻って明日の授業に備えるべきだ。レポートの発表を先生に指名されている。選んだテーマは街にはびこるギャング組織の壊滅。まだ誰にも伝えていないので、クラスのみんなはきっと驚くことだろう。

 昨日出会ったギャングスタの様子も末尾に付け加えておこう。店内がどれだけ恐怖に包まれたか、それを伝えるだけでも大きな共感が生まれるはずだ。


 こうやって小さなことを積み重ねていきつつ、住民たちの意識を変えていく。実際にプラカードを持って立ち上がった街の人々が声高々にギャング組織の壊滅を訴えてくれれば、警察はもちろん活発に動くだろうし、我が物顔で道を闊歩しているギャングスタ共も肩身が狭くなって考え方を改めるだろう。

 別に俺は奴らの死を望んでいるのではない。ギャングが消え去って、もともとはメンバーだった奴らにも真面目に働いて暮らしてほしいだけだ。そうすれば、もう俺みたいに悲しい思いをする奴は減るだろう。

 今のままでは俺のようなギャングに恨みを持つ住民は減らない。減らない……? ということは、やはり声を上げれないだけで燻っている人が他にも大勢いる。それを探すのも悪くない。俺自身が力を持つ以外にも、街の考えを一致団結できれば俺のやりたいことは叶えられるかもしれない。難しく考えすぎていた。


 そうすれば、きっと……


 素っ裸のままベッドに倒れた俺は、ゆっくりとまどろんでいった。

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