Found! B.K.B
また新入りの身体が吹き飛ばされ、回りからは歓声や怒号が上がった。
俺はまだ状況について行けず、衝撃的な光景にビデオを回すことさえも忘れてしまっている。
「おらぁ! そんなへっぴり腰でギャングスタを名乗るつもりか! 立て!」
「どうした、マーティン! 早く立てって!」
「……」
倒れ込んでいる新入りの背中に容赦のない蹴りが入った。しかし、新入りは呻くばかりで返事も出来ず、立ち上がる事なんて到底出来そうにない。
攻撃していた連中とはまた別のギャングスタが駆け寄って、両脇から抱え込むように新入りを立たせた。顔は腫れと出血で酷い有様だ。おそらくあれでは意識もない。
それを見たギャングスタたちは「あーあ」だの「こりゃダメだ」などと言いながら落胆した。自分たちでここまで痛めつけておいて、何を考えてやがるんだ!
「やめだやめだ。殺しちまうぞ」
「そうだな。残念だが失敗ってことだ」
失敗……? そうか、あまりの光景に頭からすっぽりと抜け落ちてしまっていた。これは新しく入った仲間を受け入れる歓迎会なんかじゃない。その一歩手前。試験だ。
数人でボコボコに殴り、立ち上がってきた者だけを受け入れる。手荒な歓迎とでも呼ぶべき、入団の儀式だ。
「ま……だ……」
気を失っていたと思っていた新入りがか細い声を出した。
「あぁ!? マーティン! 何か言いたいことでもあんのか!」
側にいた一人のギャングスタが耳元で怒鳴り散らす。
「いいぞ、マーティン! 言ってやれよ! てめぇのクソみたいなパンチなんて効きやしねぇってよ!」
「そうだ! 男を見せろ、マーティン! てめぇの気合いはそんなもんじゃねぇだろ!」
暴行に参加せずに車に寄りかかっていたギャラリーから激励が飛ぶ。
「あぁぁ……あぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
最後の力を振り絞り、悲鳴にしか聞こえない雄叫びを上げながら新入りは地面を這いずる。その右手は目の前にいたギャングスタのズボンを掴もうと、力なく伸ばされた。
俺は少し近い位置まで移動し、公園に転々と植わっている茂みに隠れてその様子を伺う。
新入りの口と目からは血が垂れて地面を赤黒く染めている。伸びている手には泥がつき、すべての爪にも土がつまっているのが分かった。地面を掻きながら進んでいるのだからそうなって当たり前だ。
シャツは半分以上が破れてしまって肌が見えている。履いていたクロックスは両方とも近くに転がっていた。
「いいぞ、マーティン! かかって来い! 俺が相手だ!」
「マーティン! やっちまえ! お前の力を見せつけてやれ!」
だが、皆の期待も虚しく、マーティンと呼ばれている新入りの少年はその場で力を失ってうつ伏せに倒れた。しんと静まる。死んだわけではないが、もう、動かない。
「どうするか」
「残念賞だろうな」
「マジかよ、もうちょっとだったのにな」
入団の儀式は失敗……という事だろう。なぜだろうか、俺は新たなギャングスタが生まれなかったことを喜ぶべきなはずが、途轍もない悲壮感に襲われている。あの少年を応援してしまっていたのか? 馬鹿な。いくら惨い仕打ちだろうと、奴が自身の意思で決めたことだ。それも、悪の花道に進もうとする間違った意思だ。そこに同情の余地などない。
「お前ら……ちゃんと見てたのか?」
一つ。それは心の臓まで緊張感で握りつぶされてしまいそうな声だった。
左足を引きずるように杖をつきながら歩く、一人のギャングスタが現れる。
でっぷりと太った巨体は幅こそあるが、身長はさほど大きくない。しかしそれでも、他を圧倒するようなオーラを纏っている。何者だ……?
「サーガ! 来てたのか!」
「ちゃんと見てたのかってのはどういう意味だよ、サーガ! 俺らは依怙贔屓なんかしてねぇぞ!」
ニックネームが壮大な伝記小説とは恐れ入った。しかしそれにも頷ける。コイツは間違いなく幹部クラスだ。ベンやシザースにも感じた恐怖心。それが何倍にも増幅されたものをビリビリと感じる。
「マーティン、だったか。よくやった」
倒れているマーティンの側に屈もうとするも、動かない左足が邪魔で上手く出来なかった。チッと舌打ちをする。
俺はここでようやく携帯電話を構えた。事後で遅すぎるが、サーガとかいう男の顔は撮っといてやろう。
サーガがチラリと『こちら』を見る。俺は蛇に睨まれた蛙の如く硬直した。
「そこに隠れてる奴がいるな」
「何? おい、誰だ」
「本当だ! 誰かいたぞ! 逃がすなよ!」
固まっている間に、俺が潜んでいる茂みの四方をギャングスタに囲まれてしまう。クソッ! こうなったら、一か八か、走って突っ切るしかない!
俺は公園から離れる方角へと向けて、茂みを飛び出した。だが、その瞬間に顔から地面に倒れる。足を引っかけられていたのだ。
「ぐぁっ!」
マズい! マズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズい!!!
ここで奴らに捕まったら殺される……!
「あぁっ! コイツ、さっき道端で寝てたヘルメット野郎だ! やっぱり俺らに探りを入れてやがったな!」
そんな声を背中に聞きながら、俺は立ち上がった。だが、またすぐに倒れる。数人のギャングスタが俺の身体にのしかかり、完全に身動きを封じられてしまった。
「サーガ! 捕まえたぞ!」
「連れてこい」
俺は成す術もなく屈強なギャングスタ共に捕らわれて、サーガの前に引きずり出された。うつ伏せにされて地面に抑えつけられているので、二本の足と杖だけが見える。
「何をやっていた?」
問答無用で殺されるか、拷問でも受けるのかと思ったが、最初にサーガの口から出たのは何気ない口調の質問だった。俺のヘルメットすら取ろうとしない。だがやはり、至近距離だとその身体から発する迫力は段違いだ。全身の震えだけは止まらない。
誰かが折り畳み式のチェアを持ってきた。サーガがゆっくりとそれに腰を下ろす。
「……誰かマーティンの手当てをしてやってくれ。起きたらまた俺のところに連れて来い」
俺が震えるばかりで何も答えられないでいると、先にサーガはギャングスタたちにマーティンを運ばせた。
……
逃げなければと思うが、組み伏せられているのでそれは出来ない。だが、俺の方へ向き直ったサーガが意外な言葉を吐いた。
「放してやれ」
「あん? いいのかよ?」
上にのしかかっていた圧力がふっと消えた。俺は逃げようとする。しかし、動けない。なぜだ。魔術にでもかかったかのように俺の身体が言うことを聞かない。拘束が解かれたというのに、この男に対するこれ以上ない恐怖に押しつぶされてしまっているのだ。
このサーガというギャングスタは……格が違う。
「何をやっていたのかは、答えられないか?」
「う……あ……」
「少し歩くか。連れてこい」
ギシリと音を立ててチェアから立ち上がると、サーガは杖をつきながらゆっくり歩き出した。だが、俺はうつ伏せの状態から首と目以外、一切動かすことが出来ない。
二人の屈強なギャングスタに脇を抱えられて無理やり立たされた。俺は足を動かさないので、そのまま引きずられていく形だ。くっ……どこへ連れて行く気だ……
まぁいいさ。どこだろうと俺の未来は決して明るくないものになる。まさか、初回でドジを踏んでしくじってしまうとはな。間抜けにも程があるぜ。何がB.K.Bを消すだ。俺が消されてるじゃねぇか。ここまでくると笑えてくる。
「ふ……ふふ、ははは……」
「なんだ? 急に笑い始めやがった」
隣の連中が不審そうにしているがお構いなしだ。サーガはそんな俺達の少し前をゆっくりと杖をつきながら歩き続けている。
よく見ると首を右に傾いでいるが……あぁ、携帯電話を首に挟んで通話しているのか。誰と話しているのかは知らないが、ソイツが俺の処刑の執行人とでもいったところだろう。




