Lurk! B.K.B
まず、俺はB.K.Bのアジト近辺の地理を頭に叩き込む事から始めた。もちろん、直接現地に出向くわけにもいかないので地図やネットの力を借りる。
これをやっておかないと、実際に危険な状況に陥った時に逃げ道がわからなくなる。行き止まりになっている袋小路もおおいので、そんな道に入ってしまったら一巻の終わりだ。
活動に使う移動手段はお袋のポンコツ車ではなく、バイクを使う事に決めた。小さいので車より目立たず、小回りが利くので使い勝手がいい。軽量なオフロードバイクだという事が吉と出た。ヘルメットであくまで自然に顔を隠せるのも利点だ。
しかし、バイクを使うのであれば先に免許がいるので、間接的にリカルドのバイクのレストアを急ぐ必要があった。無免許運転だなんて頭の悪い奴がやること、俺は御免だ。
あとはカメラも必要だが、これは携帯電話を使う。画質が心配とはいっても、お袋が残してくれた大事な生活費や学費を使って高いビデオカメラなんて俺には買えない。
そして大事なのはメイソンやリカルドにもバレないようにやる、という事だ。もちろんB.K.Bメンバーに見つかる方が身の危険はあるのだが、逃げ切れば問題ない。
それに対して二人にバレた場合は逃げる逃げないの問題ではなくなる。特にメイソンなんか、怖い顔で俺のバイクを取り上げてしまいそうだ。
……
「よう、クレイ。久しぶりに顔を見たな」
ハイスクールの廊下。次の講義を受けるために一人で移動しているところを長身のグレッグに呼び止められた。
「おぉ、グレッグ」
「ワンクスタ退治に明け暮れてるかと思ったが、怪我もないみたいで良かった」
「最近はバイトばっかりでな。すっかり腕っぷしも弱くなっちまってるだろうぜ」
もともと喧嘩はジェイクやグレッグに頼っていたところも多いが、俺だって弱くはないと自負していた。
他のK.B.Kメンバーの腕だってなかなかのもの。唯一、俺達のなかでケンカが不得手なのはリカルドだけだ。もちろんそれをダシに奴をいじったりはしない。人には長所短所があって当たり前なのだから。
「バイト? 何をやってるんだ?」
「あぁ、知り合いの車の修理工場で働かせてもらってる。煤と油にまみれるハードワークだぜ。そして給料がびっくりするくらい安い」
「ははは、結構じゃないか。俺も何かやってみたいな」
親の送り迎えでハイスクール直行直帰のグレッグは毎日に退屈しているのだろう。帰る時間がきっちり決まっているせいで、今までやっていたスポーツのクラブ活動の助っ人も出来ていないはずだ。
「実はリカルドも一緒にやってんだよ。使ってないバイクを譲ってもらってな。それを直して二台で走る予定なんだ」
「なんだって! 畜生、楽しそうな事してるなぁ!」
グレッグが大げさに飛び上がると、心の底から羨ましいという気持ちが伝わってきた。
「そうだ、グレッグ。バイトだとかこつけて出てこれないのか? お前も一緒にやれたら楽しいだろ?」
誘うかどうか迷ったが、一人で毎日つまらない思いをしているコイツをいつまでも放ってはおけない。
「え、俺もかい?」
「俺やリカルドがそこで働いてるってのは内緒にしてさ。どうだ? もしかして、バイト先まで送り迎えに来ちまうくらい、お前の親は過保護かよ?」
「それはどうだか分からないが……ちょっと言ってみるよ。学校の行き帰りだけじゃ息がつまるから、気晴らしにバイトでもやろうと思うけどいいかってさ」
「俺もボスに訊いとくよ。あと一人誘っていいかを」
他のK.B.Kメンバーも全員誘いたいところだが、雇う側のメイソンが目を回しそうなのでグレッグまでにする。悪いが特に退屈しているだろうグレッグが最優先だ。
……
次のバイト日、グレッグとの約束通り俺はメイソンに尋ねる。リカルドには既に相談していて、賛成に一票貰っていた。
「もう一人、バイトしたいって奴がいるんだけど。今度連れてきてもいいか?」
もちろん、メイソンがさらに一台のバイクを譲ってくれるとは限らないが、作業を一緒にできるだけでもグレッグのためになるはずだ。
すかさずリカルドが援護射撃を放つ。
「俺らの仲間の一人なんだけどさ。こないだの銃撃事件で怪我を負った奴なんだ。両親から遊びに出る事さえ禁止されてて可哀想なんだよ」
「別に構わないけど、両親はバイトなら出ていいって言ってるのかい?」
良かった。こんなにも簡単に許してくれるとは、さすがは仏のメイソン様だぜ。
「いいや、それは本人の説得力にかかってるな。ダメだって言われたらそこまでだ」
「しかし、家と学校を行き帰りするだけの生活とは……まるで、囚人みたいで本当に可哀想なことだね。何とか出てきてくれるといいんだけど」
「可哀想だと思うなら、奴にもバイクを譲ってやってくれよ」
ここぞとばかりに押してみると、ギロリと睨まれてしまった。チッ……ダメか。
「まぁ、動かないやつなら別に直して乗ってもいいけど。さては、最初からそれが狙いだな?」
「あちゃー、バレたか! クレイ、お前はストレートすぎんだよ……っておい! マジかよ、メイソンの兄ちゃん!」
一瞬、交渉が失敗したと勘違いしたリカルドが驚愕して仰け反った。
「動いてないやつじゃないとダメだぞ。とは言っても、クレイにあげちゃったWR250以外は不動車だらけだけども」
「こりゃ楽しくなってきたな。早速、グレッグにもメールしとくよ。ありがとうな、メイソンの兄ちゃん」
ひらひらと手を振ってメイソンが作業場に戻っていく。さて、俺たちも今日のお仕事をこなすとするか。それが済んだらリカルドのバイクのレストアを急がなければならないな。約束通り、二人で免許を取りに行かないと俺のスパイ計画がいつまで経っても進まない。
ちなみにWRの車体はすでに、先週木曜日の深夜にメイソンが家まで運んできてくれた。何かの用事のついでだったらしい。
狭い庭でぐるぐると走っていたところで退屈なので、ダイニングテーブルの横にドンと停めて、室内オブジェの一部になってしまっている。
「兄貴にハーレーの話をしたら羨ましがってたんだよ。早く直して持って来いってさ」
「貸せって言われちまうんじゃないか? 事故らせるなよな」
こんな感じで仕事中も俺たちの会話はバイクに夢中だ。リカルドは純粋に話題を楽しんでいるようだが、俺はあくまでもB.K.Bの情報を探るためにバイクが必要だから。
コイツのキラキラと輝く笑顔を見ていると、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
……
翌週、ハイスクールの食堂で談笑していた俺とリカルドのもとに、グレッグが自身のランチプレートと朗報を持ってきた。
「やぁ、二人共。バイトの件なんだが、週末のどちらか一日だけならOKって言われたぞ」
そう切り出しながらリカルドの隣の席につくグレッグ。
「マジか、よかったなー!」
「よかったじゃねぇか、グレッグ。これで退屈な日常におさらばだ」
「あぁ。誘ってくれてありがとうな。俺のまだ見ぬ相棒も確保されてるんだって?」
グレッグにはメールでメイソンの許可が降りたことや、動かないバイクがある事も伝えてある。グレッグは若干遅れるので、三人揃って走れるのはまだまだ先だろうが、それでも楽しみだ。
もちろん、グレッグに先んじて俺とリカルドは免許取得をするつもりなので、これで俺の計画が遅れることはない。
「どんなやつが好みなんだ? 行けば分かるが、よりどりみどりだぜ」
リカルドが上機嫌でグレッグに尋ねた。
「さぁなぁ……全然詳しくないから分からないけども。どうせなら速いやつがいいかな」
「となるとスポーツバイクか? 楽しみだなぁ」
俺のオフロードバイク、リカルドのハーレーとは見事にジャンルが分かれた。それぞれが個性的な愛車に跨ってつるむっていうのも面白いから良いだろう。
「そういえば、バイト先に俺やリカルドみたいなK.B.Kメンバーがいるってことは両親には話したのか?」
「いいや。ハイスクールの同級生がいるとは話したけど、さすがにK.B.Kだとは言えなかったよ。嘘は言ってないから勘弁してもらいたいところだけどな」
「確かに嘘は言ってねーわな。案外、小狡い事やるじゃねーか」
リカルドがグレッグの肩を拳で突くと、困ったようにグレッグは苦笑いを返した。




