Surprised! K.B.K
シザースのクラウンヴィクトリアが視界から完全に消えたのを確認すると、早速俺達二人はメイソンに詰め寄った。
「で、どうだったんだよ? 奴がワンクスタを殺した理由は分かったか?」
「あぁ。サツのタレコミだって話だったよ」
「サツのタレコミ?」
よく意味が分からないが……とりあえずシザースが殺しにかかわったのは確定した。まったく、ガキのくせして殺人鬼とは恐れ入った。
「正確に言えば、サツのタレコミを受けた、B.K.Bの上の連中の指示だな」
「何だよそれ。ますますわけがわかんねーよ」
「んーと、サツが『こういう奴がいたから殺してくれ』ってB.K.Bに頼んだ、と言えば分かるかな。そのワンクスタってのは、警官に向けて撃ったんだろ? それでお前らの仲間が被害を被ったんだったよね」
「はぁぁ!?」
警察がギャングに殺しを依頼しただって!? メイソンは何を言ってるんだ!
「ちょ、ちょっと待ってくれよ」
リカルドが青ざめた顔で割って入る。
「それって警察がギャングと繋がってる、っていう意味だよな……? 警察は市民の安全を守るために存在してるんじゃねーのかよ」
「まー、正義のヒーローには酷な事実かもしれないけどさ。裏では色々繋がってるし、警察だって完全には信用できないってことだね。毒を制するには毒を用いるのも吝かではないんだろう」
メイソンに受けた拳骨以上に崩れ落ちてしまいそうな感覚に襲われる。警察がギャングに人殺しを依頼だと……
俺は両手を握り締めて声を絞り出す。
「何で……」
「ん?」
「何で、自分たちが動いてそのワンクスタを捕まえるって結論に至らなかったんだよ! ワンクスタなんてギャングスタに比べれば大して危険な存在じゃねぇんだぞ! そんなの間違ってるだろ!」
どう考えたって間違ってる! その警官を摘発してぶち込んでもらった方が安全だ。まさか、その悪徳警官ってのは以前リカルドが暴行された白人警官か! そうだ、きっと奴に違いない!
「知らなくていい。お前らはこれ以上首を突っ込むんじゃない」
だが、こればっかりはさすがに同調してくれると思ったメイソンがスッと目を細めてそう言った。俺の言葉は正論だろう。なぜだ……?
「今までと変わらず学校に行って、週末はここでバイトして、バイクに乗って……たまにワンクスタみたいな半グレと喧嘩したっていいけど、ほどほどにね」
「首を突っ込むなってどういう意味さ?」
目をぱちくりさせている俺の代わりにリカルドが訊いた。
「シザースに、というかギャングスタに関わろうとするのをやめろって意味だよ。今だって知りたくもない警察の汚い部分を知ってしまった。混乱したはずだ。そんな、色んな社会の裏なんて知らない方がマシだって。正義のヒーロー、ましてや高校生が気にすることじゃないよ」
待てよ。待ってくれ。そんなの、ガキの頃からやろうとしていたことがすべて否定されてしまうことになる。この街を誰もが安全に暮らせる街にするには、ギャングスタも、ワンクスタも、警察さえも壊さなきゃならないってのか?
警察だけじゃない。メイソンは「社会」と言った。ならば警察に限らず役所や一般企業にもそういった悪が蔓延ってるって意味じゃないか。
馬鹿な。俺が守りたかった一般の人たちでさえ、どこかで悪事を働く。或いはギャングみたいな奴と繋がって共生しているって話なのか?
……いいや、そんなのは一握りだ。ジェイクやグレッグの家族はそれを恐れてK.B.Kやこの街から息子を遠ざけたはずだし、リカルドの両親だって至極真面目だ。そういう人間だっている。
警察も、組織自体が腐りきってるはずがない。馬鹿な奴が紛れ込んでるだけだ。そもそもギャングがいなければ、悪党がこの街で暮らしていなければ、殺しの依頼をするなんて発想は無くなる。
ギャングだ。やっぱりギャングなんだ。あいつらがすべてを狂わせてるんだろう。そうに違いない。そうに違いない。そうに違いない!
「とりあえず、理由が分かったからめでたしめでたし……ってことになるのか?」
リカルドが言った。語尾が疑問形なのは不完全燃焼というより、警察が信用ならないという事実に困惑しているからに他ならない。
シザースは嘘を言っているわけではないだろうし、メイソンもこれ以上は協力してくれないだろう。相手は警察だ。だが、ここで目を瞑って彼の言う通りの普段の生活に戻るなんて出来ない。
「そうだな。シザースの動機は分かった。ありがとよ、メイソンの兄ちゃん」
「気はすんだかい?」
「いいや。ますますギャングがこの街にいちゃいけないんだと思ったよ。警察が腐っちまう」
「そうは言ってもお前にどうにか出来る事じゃないはずだ。天涯孤独になったからって、警察に逆らって捕まったりするなよ。お袋さんもそんなこと望んじゃいない」
「分かってるっての。俺だってそこまで馬鹿じゃねぇよ」
安心しな。タレコミの為に警察署へ向かうなんて真似はしないさ。門前払いか、最悪は捕まっちまうのが目に見えてる。
「ギャングとも絡むんじゃないぞ」
「そっちは約束できねぇって。今回みたいに、ワンクスタとの諍いに奴らが出しゃばってくる場合もあるんだからさ」
「……本当は、ワンクスタも放っておけよと言いたいところなんだけどなぁ」
そこまでは言えない、という捨て台詞を残してメイソンが事務所に引っ込んだ。よくわかってるじゃねぇか。俺はそんなに素直じゃねぇってな。
「リカルド」
「うん?」
「今よりもB.K.Bのアジトに近い場所でワンクスタ狩りやろうぜ」
「は? 何で? あぶねーだけじゃん」
まぁ普通はそう思うだろうな。だが、ギャングスタに直接触れることなくギャングを潰すにはいい方法だと思う。
「警察の悪事を訴えても取り合ってもらえないんなら、奴らの悪事を直接暴いて回ろうって腹さ。写真でもビデオでも良いだろ。コソ泥みたいでダサいけど、それを警察にいくつも突きつければ動かざるを得ないって」
「馬鹿。俺達が先に睨まれちまうのがオチだっての。ギャングスタに見つかればお終いだし、警察側が逆にB.K.Bにチクり入れるかも」
「だったらどうすんだよ。メイソンの言う通り大人しくしてるのか? シザースは命令だからって簡単に人を殺したんだぞ。そんなことをする組織がデカい面してる間は、この街に安寧の時は永久に訪れねぇぞ!」
リカルドの肩を掴んで揺らすが、奴は苦い顔で首を横に振るだけだ。
「それでもダメだって! そのために死ぬ気かよ?」
クソッ、この石頭め……
こうなったら俺一人でやるしかない。B.K.Bの悪事を暴きまくって警察に提出する。いや、待てよ。地元警察が堕落していて信用ならないなら、国直轄の機関、FBI(連邦捜査局)やらDEA(麻薬取締局)あたりを頼ればいいじゃないか。幸い、ロサンゼルスにはどちらのオフィスもあるのだから。
「わかったわかった! お前まで説教垂れるのはやめろっての」
「それよりも、一人だけ運転の練習ばっかりしてないで、俺のハーレーのレストアも手伝えよな。早く動くようにしてツーリングしようぜ。こんなゴミ溜めみたいな街の事は忘れて、ロングビーチの海岸線を突っ走るんだよ」
ん……それはちょっと楽しそうだ。まぁ、スパイ活動は一人でやると決めたわけだし、それくらいは付き合ってやるか。
「レストアだけだぞ。どうせカスタムもやりたいとか言い出すんだろ」
「バレたか? まーいいさ。とにかく直っちまえば、カスタムはいつだって出来るんだからよ」
日が落ち、今日の仕事は終わった。そのほとんどの時間をバイクの為に使っていたにもかかわらず、日当が一日分支払われたのは僥倖だった。
「久しぶりの給料だからサービスだ。来週からは仕事の後の空いた時間でバイクいじりは進めてくれよな」
「了解ー」
「あぁ、わかった」
メイソンの言葉に反論はないので俺とリカルドは素直に承諾する。
譲ったWRはどうするんだと訊かれたので、後日、俺の家に運んでほしいと答えた。敷地内にはこれを積めそうなトラックもある。乗って帰るとしても免許とヘルメットを持っていないので、俺達はいつものようにお袋のポンコツ車で帰路についた。
バイクの免許は僅かな実技とペーパーテストですぐに取れる。リカルドと一緒に、それが終わってからヘルメットを買えばいいだろう。




