Revives! K.B.K
週明け。久々の登校と同時に驚くべきニュースが飛び込んできた。
昨日、ワンクスタとK.B.Kが激突したらしいのだが、その際にグレッグが大怪我を負って入院し、ジェイクが逮捕されたのだという。
「まさか……どうして、そんなことに」
「すまねぇ、クレイ……俺は何も、できなかった」
沈んだ声のリカルド。彼自身も顔に絆創膏を貼っている。かなり大きなケンカになったのは間違いない。
「お前が登校してくるまでにさ、大手柄を送ってやろうぜって話になったんだ……」
「そんなことはどうだっていいんだよ……! なんでグレッグが入院してジェイクがパクられてんだって訊いてんだろうが!」
「グレッグは……グレッグは、警官に撃たれたんだよ……!」
リカルドが、大粒の涙と一緒に声を振り絞る。
「なっ……!」
嘘だ。嘘だと言ってくれ。警官に撃たれた、だって……? ガキのケンカを止めるために警官は銃を撃ったのか!? どうかしてるぞ!
「それでブチ切れたジェイクは警官に掴みかかって……! 三人の警官からボコボコにされて、車に押し込まれて連れていかれちまった……!」
その光景が手に取るように浮かぶ。しかし、さらに問題なのはグレッグだ。なぜ、奴が警官から撃たれなくちゃならない。
「グレッグは何か撃たれるような事したのかよ! 丸腰だったろ! それに、まさか死にはしねぇよな!」
「もちろん俺らは丸腰さ。撃たれたのは腕だから、死にはしねぇはずだ」
「だったら何で!」
「警官が駆けつけた時に、ビビった一人のワンクスタが撃ちやがったんだよ……! どうしてあんなもん持ってたのか知らねぇが、奴は撃ちやがった。それに応戦した警官の弾がグレッグに当たっちまったのさ」
何という事だ……半端者の悪ふざけにしては常軌を逸している。銃なんか持ってたら本物のギャングスタと変わりはしない。威嚇のつもりだったのかもしれないが、こちらには怪我人や逮捕者が出た。そのワンクスタの行動を許すわけにはいかない。
「そいつは……どうなった」
俺の声にリカルドの顔が凍り付いた。俺自身も驚いている。自分の口からこんなにも冷たい声が出たことに。俺がよく激昂した時に吐く、暑苦しくてやかましい罵詈雑言とは違う。人はもう一段階高い怒りを感じた時、こんな声が出るものなのかと思わされた。
「に、逃げたよ」
「どこにいる」
「細かな場所は分からない。でも、昨日と同じエリアに出向けば知り合いくらいはいるんじゃねぇかな……」
もう、リカルドにも俺の答えは分かっているだろう。
「学校帰りにK.B.Kメンバーは全員集合、だな? 分かったよ。でも、グレッグの病室にはいかないのかよ?」
「先に病院。それから仇討ちだ。いいな」
「オーライ。銃声で俺がチビっても笑うなよな。撃ってくるような奴のとこ、俺は行きたくねぇんだから」
……
パァン! パァン!
びくりとK.B.Kの一同は身体を反応させた。もちろん俺もだ。
「あっちだ!」
仲間の一人が指をさす。端から見ればどうかしている。銃声が鳴った方に駆け出すのだから。殺される可能性がある場所に自ら向かう高校生なんて、ここらじゃ俺達くらいなものだろう。
グレッグの見舞いの後、奴が警官に撃たれるきっかけとなったクソ野郎を探し、俺達はワンクスタと揉めたという街角にいた。そこで偶然にも銃声を聞きつけ、走り出したところだ。
この銃声がそのクソ野郎のものだという確証はない。もしかしたらギャングスタかもしれないし、警官やFBIかもしれない。
先に向かった病室での「もういいからやめとけ」というグレッグの弱々しい言葉が脳裏をよぎる。そして血が滲んだ痛々しい腕の包帯。必ず無念は晴らす。立ちすくんでいるわけにはいかない。
声と脚を震わせていたリカルドだって、しっかりついて来ている。大した根性だ。もちろんK.B.Kの中には、リカルドがブルっている様子を見て笑う奴なんか一人もいなかった。
「みんな、止まれ」
先頭を走っていた仲間が手を挙げた。曲がり角の向こうに何かを見つけたらしい。それに従って移動を停止した仲間達をかきわけ、俺は角のコンクリート壁から覗き込む。
死体だ。一体の若い男の死体が民家の前に転がっている。そして、その前で泣き崩れている中年の女。母親だろうか。どうやら銃声は既にアイツの命を奪った後だったらしい。
そして、遠くに見える一台の車。進行方向からして、あの現場から立ち去って行ったように見える。あれは……シザースのクラウンヴィクトリアじゃねぇか!
「おい、あれって」
仲間の一人も気づいたようだ。
「あぁ、間違いない。シザースだ。それより、倒れてる奴は?」
「よく見えないが……多分、昨日弾いてたワンクスタだと思う」
クソッ! 確かに俺達もあの男を仇討ちするつもりだったが、殺しちまうなんてどういうつもりだ! それに、シザースがなぜこんな事をする必要がある! 関係ねぇくせにふざけた真似をしやがって!
「おい、クレイ、離れた方がいいんじゃねぇの? すぐにおまわりも来るぞ」
これは青い顔のリカルドだ。奴の言う通りだ。これ以上、俺達がこの場で出来る事はない。警察が来る前に移動すべきだろう。ただでさえジェイクが捕まっているのだ。ここで俺達が見つかっては殺しの容疑者としてK.B.Kに目が向くことになる。
ジェイクは警官相手に暴れた。だがそれもグレッグが誤って警官に撃たれた事に腹を立てたからだ。頭を冷やすために一日二日だけ留置されて、すぐに出てくるだろう。
「あぁ……帰ろう。こんなところにいたんじゃ、捕まるどころかいきなり撃たれかねない」
「死にたくもねぇし、捕まりたくもねぇよ」
警察も今のところは俺達を高校生のガキの集まりくらいにしか思っていないはずだが、殺しが絡んでしまうと一気に要注意リスト入りまっしぐらだ。ワンクスタやギャングスタと戦うために立ち上がった俺達が、あんなのと同類だと思われてしまっては元も子もない。
「こっちだ。裏道を使おう」
俺達はこっそりとその場を離れた。
……
次の日。グレッグの病室に集まっていたK.B.Kのメンバー。そこにジェイクも現れた。昨夜には既に釈放されていたらしいのだが、連絡もよこさなかったのは、両親からこっぴどく叱られて携帯を取り上げられてしまっていた為らしい。
「よう。久しぶりだな、クレイ」
大きな身体と俺はハグをする。そして、ジェイクの口から信じられない言葉が出た。
「俺、遠くのハイスクールに通うことになっちまった。転校って奴だ」
「……は?」
一瞬、何を言っているのか理解できなかった。みんな固まっている。
「最近、ワンクスタ狩りでケンカに明け暮れてるのもずっと怒られてたんだけどよ、警察沙汰になって、いよいよこんな街には置いとけねぇんだと。俺を大学まで行かせるつもりだった親父はカンカンさ。犯罪者予備軍とは付き合うなってよ」
「ま、待てよ! お前は何も悪くねぇだろ! 悪いのは銃なんか出したワンクスタと、そのせいでグレッグを撃った警官だ!」
「その通りだ。俺は今でも間違ってねぇと思ってる。お前らと離れたくなんかねぇよ」
だが、きっと親にはそんなことどうだっていいんだ。自分の息子が捕まったり、撃たれて死ぬ可能性があるのなら、そこから引き離す。当然だ。
「……言いづらいが、実はうちの親もジェイクの親と同じような事を言っててな」
さらに追い打ちをかけるような言葉が、グレッグの口からも出てきた。
「何だって?」
「自分の口から言うようにって諭されてたんだが、こうやって見舞いに来てくれてるみんなには、なかなか言い出せなかった。撃たれるような事を続けるつもりなら、そんな連中とは付き合うなってさ。転校までは考えてないみたいだが、今後は学校まで送り迎えするって言われてる」
つまり、グレッグは常に親の監視下に置かれてK.B.Kの活動を続けることは不可能になるわけだ。彼は実際に警官から撃たれたのだ。勝ち負けは分からないが、おそらく裁判沙汰になる。
ジェイクは街から去り、グレッグとの交友は遮断される……か。
復活したはずのK.B.Kが、こうして少しずつ崩されていく。




