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B.K.B 4 life 2 ~B-Sidaz Handbook~  作者: 石丸優一
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Curse! B.K.B

 近所のさびれた教会の裏手。こぢんまりとした墓地にはわずかな人数のすすり泣きが響いていた。

 俺は牧師の祈りの言葉をうわの空で聞いていた。近くには喪服姿のメイソンの姿もある。彼も声を上げて泣いていた。唯一、この場にいる人間の中で無音なのは俺だけだ。いや、無音ではない。音は聞こえている。でも何も入ってこない。

 そして、俺自身は昨日の朝から今日にいたるまで、一切の涙が出なかった。虚無。それが今の俺を表す最も適切な表現だ。


 昨日、連絡もなしに学校を休んだ俺を心配したグレッグとリカルドが訪ねてきた。チャイムやノックに一切の返事がないことを不審に思ったらしく、家の中に入ってきた彼らは、お袋を見つめたまま茫然とする俺を発見した。

 そこから警察や救急への連絡などは彼ら、もしくは彼らが親に報告をしたことで勝手に行われた……のだと思う。家の側に駆けつけた救急車とポリスカー。リビングで軽く聞き込みがあった……ような気がする。事件性なし。警官や救急隊は去っていった。部屋の清掃は救急隊の誰かがやってくれたのか、お袋の糞尿のにおいやシミはきれいさっぱりなくなっていた。もちろん、お袋もいなくなった。


 そして翌日である今日。リカルドとその両親が俺を車で迎えに来た。教会に連れて行くためだ。何もかもリカルドの両親が手配してくれたのだろう。

 ダークスーツなんか持ってない。リカルドの親父さんが持参してくれていたそれに、リカルドのお袋さんが着替えさせてくれた。


 それで今、ぼんやりとした表情で俺はここに立っている。すぐ隣にはリカルドがいる。心配したK.B.Kのメンバーも全員が駆けつけてくれ、着なれない喪服でしんみりと俯いている。


「クレイ、クレイ」


 リカルドに肩を揺すられ、俺は意識をわずかに戻した。


「……何だ?」


「まずはお前からだ。ほら、これ」


 一輪の白い薔薇が手渡された。あぁ、もう埋葬の時間なんだな。

 俺は墓標の前に置かれた棺に歩み寄った。棺の蓋、ガラス窓から見えるお袋の顔。安らかに見えるが、苦痛の末に落とした命だ。俺はそのガラスの上に薔薇を置いて、胸で十字を切った。

 それから参列者たちが思い思いの花を一輪ずつ捧げていく。そして最後に、数人の参列者の手によって棺は掘られた穴へとゆっくり入れられ、土がかぶせられていった。


 参列者たちはバラバラと会食の会場へと移動を開始した。さっきまでのしんみりとした雰囲気が嘘であったかのように笑顔が溢れている。そりゃそうだ。誰だってパーティは好きだろう。そう、例えそれが誰かの葬式だったとしてもだ。


「クレイ、移動だよ。俺の車に乗れ」


 リカルドや親父さんではなく、涙声のままのメイソンが俺を誘った。特に断る理由もないのでそれに乗る。

 屋根が開いたコンバーチブルだ。古いシボレーベルエア。赤いボディが快晴のカリフォルニアには映える。彼の整備工場にはいろんな車があるが、こんなのも持ってるんだな。


「お前……感情がなくなった人形みたいだな。まぁ、仕方のないことだとは思うが……」


「お袋が死んだんだ。普通なわけ無いさ」


「そうだな。でも、お前は強い子だ。普通なら狂っちまうぞ」


「狂う……か」


 狂ってるのはこの街そのものだろう。お袋は親父を取り戻そうと正しい事をしたのに、そのせいで悩み、そしておかしくなった。


 ベルエアが教会の敷地を出ようとした時、俺はお袋の墓を振り返った。そして、そこに信じられない光景を見る。

 さっきまで俺達がいたお袋の墓場周辺が真っ赤に染まっていたのだ。燃えていた、という意味ではない。真っ赤な服を着た連中がそれを取り囲み、祈りを捧げていたのだ。人数は二十人くらいだろうか。


「あ……クソッ」


「ん? どうした」


「B.K.Bだろ……あれ! お袋に近づくんじゃねぇよ……!」


 親父はB.K.Bの初期メンバーの一人だ。その配偶者である俺のお袋が死んだのだ。それで、葬儀が終わるのをどこかで見ていたのだろう。ふざけるなよ! お前らのせいでお袋は死んだんだぞ!

 メイソンも振り返り「あぁ」とだけ返した。


「引き返せよ! 俺が追い払ってやる……!」


「お断りだ。殴り掛かっても返り討ちに合うだけだぞ? アイツらも祈りが済んだらすぐ帰るさ」


「いらねぇんだよ! ギャングスタからの祈りなんてなぁ!」


 しばらく俺は抗議し続けたが、メイソンは全く取り合わず車を走らせた。無理やり飛び降りようとすると、左腕を掴まれる。そして信じられない怪力で俺を引き戻した。

 その小柄な体のどこにそんな力があるんだ。俺やシザースを軽くあしらった時の技もだが、この怪力にはさらに驚かされた。力も技も絶対に俺では敵わない。いや、ジェイクやグレッグでも絶対にメイソンには勝てない。


「おい、勝手に落ちたりすんなよな。お前まで死んじまったらどうするんだよ」


 怒鳴りつけられてもおかしくはない状況なのに、メイソンの声色は変わらず優しい。やれやれ、これは完全にお手上げだ。飛び降りようとしてるガキが横にいても平静だなんて、どんなメンタルしてやがる。俺が今ここで舌を噛んでも、笑顔で口に指を突っ込んでくるんじゃなかろうか? もちろん、俺は死にたいんじゃなくギャング共を追い払いたいだけだ。


「なんなんだよ……」


「ま、ガキはおとなしく泣いてりゃいいって事かな」


「泣いてたのはそっちじゃねぇかよ」


「はいはい。そうだね」


 口論の相手にすらされないので、打つ手なしだ。結局、そのまま会食の会場であるイタリアンレストランに到着してしまった。


「ほら、降りてくれ。まさか走って教会まで戻ろうとはおもわないよね? どうせもう、ギャングは帰ってると思うけど」


「行かねぇよ」


「それはよかった」


 促されるままベルエアから降りた。腹いせにこのピカピカのボディに蹴りを一発入れてやろうかとも思ったが、きっと「あーあ」とか言われて終わりだ。メイソンは決して悔しがったり怒ったりしないだろう。それが返って俺の機嫌を損ねることは分かりきっていたので、レストランに黙って入った。


 木造の古い外観が馴染み深いこのレストランの店内は、既に俺とメイソンの到着を待っている状態だった。

 ジェイクが俺を手招きしていたので、奴の隣に座る。喪主には卓の中心を空けとけよ馬鹿野郎。なんでお前が先に座ってやがるんだ。


「クレイ、大変なことになっちまったな。大丈夫か?」


「どうだろうな。今は何も考えたくねぇよ」


「メシ、喉通らねぇか? 無理してでも食えよな。ハイスクールの事は心配すんな。俺達が協力して、お前が取ってる講義は全部ノートつけとくからよ」


 ハイスクール……か。いや通うさ、そりゃあ。卒業はしたい。金だって、俺が学校に通うくらいは問題ないってお袋から聞いている。

 だが、俺はこれからどうなるんだろう。ハイスクールを出て、大学を出て、どうなる。ギャングを消しても、守るべきお袋はもういない。警察は信頼できるのかよくわからない。ただ、リカルドを痛めつけた警官だけはダメだ。敵だ、あれは。善良な市民の敵だ。


「頼む」


 ようやくそれだけ返したところで料理が運ばれてきた。色鮮やかな野菜で彩られたイタリアンサラダとミートピザだ。


「お、美味そうだな。そんじゃ、食前の祈りを頼むぜ、クレイ」


「あ? あぁ、祈りか」


 俺は一人起立し、皆を見渡した。二十人程度の出席者が俺に視線を送る。別に俺は信仰心が篤いわけじゃねぇんだ。それらしく適当な事を言っておくか。


「あー、っと……神よ。今日は、俺のお袋の新たな旅立ちの日に、これだけの人たちの出席をお与えくださったことに感謝いたします。それと、休んでいるせいで遅れそうな俺の勉学に、協力を申し出てくれた友人に感謝いたします。それから……あー、この旨そうな料理を提供してくれたレストランのシェフと、この食材の命をお与えになったあなたに感謝いたします。えーと、アーメン」


「「アーメン」」


 一同が続いた。


……


 誰もいない家の中。ベッドで一人、考える。

 今から一週間、ハイスクールは休みだ。お袋のおかげで貰えた休みだ。出席には響かない。もちろん、こんな形での休みなんか欲しくなかった。だが、ただただ自堕落になって過ごす気にもなれない。それと裏腹に何の気力もわかないのも事実だ。俺は何をすればいいんだ? これからどうすればいいんだ?


 目を覚まし、お袋の部屋に向かう。お袋はいない。キッチンに向かう。お袋はいない。バスルームに向かう。お袋はいない。リビングに向かう。お袋はいない。庭に出る。お袋はいない。

 ダイニングのテーブルにメイソンからの差し入れが置いてある。帰り際に買ってくれたドーナツだ。俺は席につき、頬張る。お袋はいない。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」


 泣いた。

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